2
思ったよりも順調に書けているがネタ出しにはまだまだ不安が残る。
ブランクなんて何のそのと強がれれば良いのだが、そうは行かぬ小心者。
最近の流行りなどチェックもしつつ「良いものができますように」と神に祈る。
そういえば今年初詣行けなかったな。
嫌な予感というやつはどうしてこうもよく当たるのか?
崩落した部屋を見つけた後、さらなる探索の結果ようやく見つけ出した大きなゲートと施設全域の案内板。
苦労して読み取った施設情報の中にある「地下60m」という文字。
これが何を示すかは大して頭の良くない俺でもわかる。
ともあれ、このデカくて分厚く頑丈であろうゲートの先に昇降機があるということがわかったことで「脱出口が存在しない」という懸念は一先ず消えた。
「証拠隠滅のため埋めました」とかない限り大丈夫なはずだ。
目下の問題としては、肝心のゲートがうんともすんとも言わない。
押す、引く、持ち上げる――全部ダメだった。
つまり出口に通じる昇降機がすぐ目の前にあるが、肝心のゲートを動かす電源が落ちているため、まずそこを何とかしないといけないということだ。
ますますもってホラーゲームの体をなしてきた現状に「ゴフー」という溜息が吐き出される。
ふと「ブレスとか吐けないだろうか?」と思い頑張ってみたが、出てくるのは無理をしたが故の咳ばかり……俺は一体何をやっているんだ?
特に意味のない失敗はさておき、ようやく施設脱出の手がかりを得たわけである。
目的が定まったことでやる気は十分――さあ、ゲートを管理する部屋を探すとしよう。
情報は全く無いと言えど、電源さえ入れてしまえばゲートの操作くらいならできるはずだ。
――などと楽観的に考えていた自分を殴りたい。
ゲートがそこにあるからね、きっと近くにあると思ってた。
でもなかった。
それ以前にこの図体で人間サイズ用の施設を調べるということを舐めてた。
あと、マジで明かりが欲しい。
おまけにどこを探してもそれらしき部屋はあれどゲートに関するものは見つけることができなかった。
よくよく考えればね、ここが「軍施設」だってことはわかるはずなんだ。
機密保持のために外部からしか操作不能ということも十分あり得る話だった。
だがそれ以前に大きな問題があった。
(……どの機器にも電源が入らないんですけど?)
というより発電施設からの電力供給が途絶えている可能性すら出てきた……というより濃厚だ。
この無機質で真っ暗なゲート前の空間で一人……いや、一匹佇む。
どうしたものかと思案する。
そこで思い浮かんだのが俺が目覚めたあの部屋だ。
どういうわけかあの部屋だけは電気が通っている。
それが何を意味するか、という部分はあえて触れないようにしておくが、自分一人が生き残っていたことを考えると嫌でも想像できてしまう。
ともあれ思考を切り替えて「その電力をどうにかこちらに持ってくることできれば……」と考えたところでこの案はボツとなった。
俺は技術者でもなければ工作員でもない――ただの徴兵されたばかりの取り柄のない新兵である。
そんな知識も技術は持ち合わせていない。
どこをどうすれば良いかなどさっぱりわからないのだから、廃案となるのも仕方ない。
加えて各種工具をこのデカくてゴツい手で使用できるとも思えない。
そもそもの話、電力の都合が上手くいったとしてゲートを開ける操作ができるかどうかも今となっては疑わしい。
緊急時の備えの一つや二つあるとは思うが、末期と思われる帝国に果たしてそのような余裕があったかと言えば答えに詰まる上「緊急時」に使用するものなのだから、この施設の関係者でもない俺がそのための手段を行使できるとも思えない。
つまり、俺が採れる手段は一つだけ――そう、力技である。
俺はゲートの前に立つと構え、そして振りかぶる。
突き出された拳がゲートに突き刺さる……かのように思えたが扉は凹むどころか傷一つなし。
「拳を痛めないように手加減しすぎたか」と少し痺れた手の調子を整えるようにブラブラと振り一呼吸。
(次は全力で……行くと痛そうだけどしゃーないよなぁ)
しばし照明のない天井を見上げ覚悟を決める。
右足を引き、拳を作ると腰を落とし腕を引いて動画で見たことのあるような構えを取る。
そして――「スゴン」という大きな岩の塊を鉄の塊にぶつけたかのような大きな音が響く。
結果、俺は右腕を押さえゴロゴロと痛みのあまりのたうち回り、肝心のゲートは無傷のままそこにあった。
まさに惨敗……いや、完敗である。
どうやら扉は特別頑丈に作られているらしく、俺の拳では破壊不能であるという結論を出さざるを得ない。
だが拳がだめならば脚がある。
蹴りの威力は拳の威力のおおよそ3倍とも言われており、この見た目「筋力特化型モンスター」にクラスチェンジした俺の切り札を早くも切らされる形となった。
取り敢えず痛みが治まるまで手をブラブラさせながら深呼吸で息を整える。
準備が整い三度目の挑戦。
「ホォアタァッ!」と頭では叫んでいるつもりでも出てくる声は「ゴッボァア!」という汚い奇声。
先程の一撃よりも、より深く大きい音が振動となって響く。
手応えは――なかった。
むしろ俺の足の方が重傷だと言わんばかりに痛みでガアガア泣いてのたうち回る。
破壊するには至らずとも亀裂なり入るだろうと予想していた。
だがまさか僅かな凹みを作るのが精一杯だったとは思わなかった。
しかも触ってようやくわかるレベルの小さな凹みである。
無傷ではない。
そう、まともな損傷がないだけだ。
続ければいつかは……そんな考えが一瞬頭を過るが「先に脚が壊れる」――その結論が即座に出ないほど馬鹿でもなければ楽観的でもない。
その瞬間、俺の脳裏にあの部屋から出ることが叶わず、朽ち果てた被験者達が浮かぶ。
死が現実となって俺の背に覆い被さった時、俺は叫び声を上げた。
(いや、だ……嫌だ! こんなことで! こんなところで! 死にたくない! 死んでたまるか!)
言葉にならない咆哮は行く宛もなく響き、冷静さを失った俺は矢鱈滅多にゲートを殴り、蹴る。
がむしゃらな攻撃に手足の痛みが増すばかりだが、それでも俺は止めなかった。
息を切らすほどに感情をぶつけたところで、目の前のゲートは何一つ変わらぬ様相であり続ける。
「出られない」と認めたくない現実が肩を叩く。
その瞬間――フッと恐怖が薄れた。
まるで憑き物が落ちたかのように呆然と立ちすくみ、しばしアホ面でゲートを眺める。
「何だこれは?」と言葉にはできないが口にしようとした時、あることに思い至る。
(感情……いや、恐怖の抑制か!)
なるほど、戦闘用なのだから「恐怖」はない方が都合が良い。
先程暗い通路で感じた恐怖が抑制された推測が現実味を帯びてきた。
効果に違いがあるようにも思えるが、今回のまるでスイッチで切り替えるような劇的な変化である。
憶測に過ぎないが、条件を満たしたことで発動する場合の効果とは別に感情を抑制する二重の機能があるのではないだろうか?
ともあれ冷静さを取り戻すことができたのは僥倖である。
真っ向勝負では強化されたこの肉体と言えど分が悪い……というより何かあっても良いように、こちらのスペックに合わせて設計しているであろうことは予測しておくべきだったと今頃気が付いた。
考えてみればこのスペックの怪物が暴走した場合、どれほどの被害が出るか想像がつかない。
ならば封じ込めることができるようにはできていて然るべきだ。
普段ならこれくらいのことはすぐに思い付くはずなのだが……もしかしたら知能低下などのデメリットもあるのかもしれない。
しかしそうなると正面からぶつかるだけではこのゲートを突破できず、このままここで餓死する未来が見えてくる。
(バカ正直に真正面からゲートに当たったところで、壊す前にこっちが壊れる。ならどうする? 普通のやり方ではダメ。出入り口はあのゲートのみ……あったとしても通風孔のようなものがあるくらいだろうし、そんな場所に俺が入れるわけがない)
「ならば通風孔を見つけて拡張。通れるようにするか?」と考えたところで何かがまとまりかけた。
(ゲートの破壊は現実的じゃない。でもゲートを通らなければ外には出れない……いや「ゲートを通る」必要はない。扉の向こうにさえ行ければ良い)
俺がゲートをじっと見る。
分厚く、頑丈で俺の全力でもビクともしない。
この先に地上に通じる昇降機がある。
ならば――
地下に響く轟音。
その度、地面には硬い岩の塊が転がる。
直面した問題を前に俺が閃いたものはと言うと――ゲートが無理なら迂回すれば良い。
つまり、穴を掘ってゲートの先に行くという手段を取ることにした。
幸いというべきか、この肉体能力ならば外壁の破壊は容易にできる。
最初は「ゲートのすぐ横を破壊していけばいけるのではないか?」と思い、早速行動に移ったのだが、思った以上にゲートが横に長く、結局岩盤も叩くことになった。
岩盤の掘削には少々手こずってはいるものの、あのゲートを破壊するよりかは余程現実的だ。
拳や蹴りでは破壊することが難しくなれば、戻って適当な金属部品を拝借。
それを楔のように打ち込んでは次々に岩盤にめり込ませて切り取り削っていく。
これを繰り返し「そろそろ道程の半分は超えたか?」というあたりで俺の手足が限界に近づいてきた。
具体的に言うと痺れてきた。
俺は手をプラプラさせながら掘った横穴から這い出ると、体についた土埃を払い大きく空気を吸う。
どれほどの時間が経過しただろうか?
ただ一心不乱に掘り進めていたので時間などわからないし、時刻を知るには俺が目覚めた場所まで戻る必要がある。
当然そんな無駄なことをするつもりはなく、そもそも戻る道など覚えていない。
少し体を休めたところで、削岩再開――と思ったら土が出てきた。
(あー……これもしかして反対側掘ってたら楽にいけてたかもなぁ)
掘る場所次第では楽に行けた可能性もあったかもしれないが、ここまで来たのなら後の祭りである。
ともあれ残りはさっくりと掘り進み、ゲート横の外壁を破壊。
空いた穴にこの巨体をねじ込み強引に抜け出ると、そこはやっぱり真っ暗な空間だった。
周囲を軽く探索してみたが、ここも電気が止まっているらしく全ての機器が反応しない。
詰め所と思しき場所には中身の入った酒瓶が幾らかあったが、流石に飲むことが躊躇われる。
缶詰を発見したことで空腹感があまりないことについて考えてしまうと同時にある問題が浮上した。
(飯どうすればいいんだ?)
時間が経過しすぎてこの施設にある保存食など到底食せるものではない。
「この体ならばあるいは……?」などと考えてしまうが、流石に御免被りたい。
(ま、飯のことは外に出てから考えよう)
真っ暗な広い通路の先に進み、目の前にあるのは俺でも何とか入れる通常サイズより少しだけ大きい昇降機。
(60mかぁ……)
電気がない以上、俺はここを自力で登らなければならない。
扉をこじ開けると生暖かい風が俺の体を撫でた気がした。
埋められていなかったことは確実であり、外と繋がっていることを確信せずにはいられない。
かご室は上にある――ということは目の前にあるワイヤーで登った後、底をぶち抜くか持ち上げるかして扉を開けることになる。
ロッククライミングのように外壁をよじ登るでも良いが、そこは臨機応変に対応していこう。
そんな風に考えていたのだが、梯子があった。
流石にこの体には小さすぎるのだが、足の指が何とか引っかかるので無いよりは遥かにマシである。
この梯子と昇降機のワイヤー、それに所々ある外壁の出っ張りを使い順調に登っていく。
体が大きいおかげで手足を置く場所に困らない上、手と足を思い切り伸ばさなくとも壁に届くのでホイホイと登っていける。
最後の障害がこんなあっさりクリアできて良いのかとも思ってしまったが、天井――つまりかご室の底が見えてきたところで俺は選択を迫られる。
(さて、こいつをどうするか?)
選択肢としては「ぶち壊す」か「持ち上げる」の二つくらいしか思い浮かばない。
「下に落とす」というのもあったが、この図体ではそもそもかご室の上に上がれない。
取り敢えず背中に乗せるようにして体を持ち上げてみるとあっさりと動いた。
掛かる負担もそれほどでもなく、このまま行けるかと思ったが出口がどうやら反対側にあるらしく、一度下りて場所を変える。
扉を開けやすい中央に陣取り、もう一度同じようにかご室を持ち上げつつゆっくりと登っていく。
腕が入るほどの隙間ができ、伸ばした片手に扉をこじ開けようと力を込める。
(よし、いける!)
確かな手応えがあった。
そのままねじ込むように指が僅かに動いた扉の隙間に滑り込ませる。
指が一本入った。
扉は開く、開けることができる。
僅かではあるが、開けた先から光が漏れる。
あとはこのままかご室を持ち上げればよいだけ――そう思った直後、足場として指をかけていた梯子が崩れた。
200年という歳月故の老朽化か?
それとも俺が重すぎたか?
その両方という線が濃厚だろうが、俺が持ち上げようと力を込めたことも要因の一つだろう。
俺の片足を宙ぶらりんとなったことでかご室の重量が扉の隙間に入れた指に伸し掛かる。
「がぁっ!」
「痛ってぇ!」と小さく叫んでしまう。
反射的にワイヤーを掴む手を引き体を上へと持ち上げる。
かご室が浮き指にかかる圧力が消えると体勢を変え、最早遠慮は無用とばかりにガッコンガッコンと揺さぶり、跳ね上げながら力技に訴える。
隙間に通した指をさらに奥へ、背に伸し掛かる重みなど知ったことかと強引に、荒々しく扉を抉じ開け片腕を通す。
昇降機の扉から這い出た手が床に食い込み掴む。
もう片方の手が扉にかかり、思い切り掴むと体を引っ張り上げ少しずつ扉を押しのけながら腕をねじ込んでいく。
両腕がしっかり扉の先へと辿り着く。
ここまでくれば後は時間の問題だ。
両腕を広げ、扉を抉じ開けつつ体を引っ張ると扉の先が見えた。
恐らく、出入り口となるこの部屋は厳重に施錠されていたのかもしれない。
しかし200年という歳月か?
それとも戦争の爪痕か?
天井が僅かに崩れ、そこから光が差し込んでおり、侵食した植物が部屋を半分近く埋めていた。
(ああ、ここから抜け出せば外だ)
こんなことで感動をすることになるとは思わず、涙は出ないが目頭が熱くなったような気がする。
それからしばらく扉とかご室と格闘し、やっとのことで扉の隙間に体をねじ込み芋虫のように体を揺さぶり這い出ると、昇降機のかご室が落下。
轟音が響く。
映画だと炎でも吹き出してきそうだが、しばし落下先を見続けたがそのようなことはなく、俺は手足を広げそのままぶっ倒れた。
肉体的な疲労はともかく精神的には限界だ。
(というか情報が欲しい、整理したい、全く足りてない。そのためには……)
僅かに光が漏れる天井の亀裂を見る。
地上へは出た。
外の世界まで後少しだ。




