196 とある神官の決断
(´・ω・`)ちょい短め
副ギルドマスターについては残念でした。
護衛対象ではありましたが、自らアルゴスに近づき命を落としたのです。
今回依頼を受けた冒険者に落ち度はないと断言させていただきます。
我々も「敵意がないことを示すため」と距離を取らされていたため、駆け付ける間もなく彼はアルゴスに殺されました。
残念ながら何を話していたかはわかりませんが、グオン氏の日頃の言動から鑑みるに交渉は失敗。
思い通りにいかないことに激昂したことで、何かしらよくない言葉を口にしてしまった結果だったのかもしれません。
そしてアルゴスが体色を灰色から黒へと変色させると唐突に戦闘が始まりました。
最初に声を上げたのは臨時雇いのコールでした。
こちらに戦闘の意思はないことを訴えましたが聞き入れられず、アルゴスはコールに肉薄すると彼を森まで吹き飛ばしました。
その後、必死に呼びかけるリザリーを殴り殺し、アルゴスが川を渡ったところで今回の依頼のリーダーとなっていたクォースが叫びました。
「散開してバラバラに逃げろ!」と――依頼は失敗であり、戦っても勝てないと彼は判断したのです。
その判断が正しいものであったと今でも思います。
メンバーの中で最も戦闘力に秀でるコールが何もできずに生死不明となったのです。
あの時、私たちにできたのは逃げることだけだったと断言できます。
それほどまでにあのアルゴスと呼ばれる新種は脅威でした。
私たちは指示通り散開し、別々の方向へと走り出しました。
一つ悲鳴が上がる度に「次は自分ではないか?」と恐怖で足が竦みました。
そして七度悲鳴が上がった後、私は確かに彼の声を聞きました。
クォースです。
彼は逃げるべき方向とは真逆の方法に進み、アルゴスを誘導しました。
「遅かった」と言うことは誰にもできるでしょう。
ですが、彼は自分が死ぬことになろうとも、せめて一人だけでも逃がし、このことを伝えることを選びました。
そうして、私だけがサイサロスの町に辿り着くことができたのです。
私は彼に生かされました。
だから私はせめて彼の死に報いたい。
あの状況下、自分が生き残ることよりも、囮となって他者を生還させた彼の功績と人格を、何卒皆様にもご理解いただけますと幸いです。
以上が私が見てきたことの全てです。
私は思うのです。
知能が高かろうがモンスターはモンスター。
我々の歴史が物語るように、我々は選択を間違うわけにはまいりません。
どうか、賢明なご決断をお願いいたします。
「どういうことだ、ネーア神官!」
「どう、とは?」
ギルドから出た私を待っていたのは同じくあの場から生き延びたコールからの詰問。
呆けてみせる私にコールは更に詰め寄って来る。
でももう何もかも遅すぎたのです。
「あの報告は何だ!? あれでは討伐隊が組まれるぞ! 奴を見てわからなかったのか!? あれは人間が――」
「それが?」
言葉を遮った私にコールは唖然とする。
きっとアルゴスと戦えばたくさんの犠牲が出ることを理解しているのでしょう。
ですが、それで私の意思が変わるわけもなく、それが考えを改める理由にもなりません。
クォースはもういない。
私を生かすために死んだ彼に、私ができることなど最早これくらいしか残されていない。
いいえ――きっと本音はそうじゃない。
「クォースはもういないんですよ?」
私は憎かった。
彼を奪ったあのモンスターが、あんな依頼を持ち込んだギルドが、その依頼の元となった元凶が――私は憎かった。
だから全部潰れてしまえ、と自暴自棄となっている自覚は多分あります。
「付け込まれた」と言われても否定はしないでしょう。
それでも、何かを憎まなくてはこの悲しみと喪失感に圧し潰されてしまいそうなのです。
恐らくはこれが最後の機会なのでしょう。
ですがコールは私を止めることなく、ただ黙って頷いてみせた。
何も言わず、私の選択を彼は受け入れた。
誹りを受けることを覚悟していましたが、彼は仕事に忠実であれど思うところはあったようです。
口裏を合わせるには少しばかり遅かったようですが……それも問題はないでしょう。
この国に、モンスターと仲良くしようなどという人間がどれだけいるか?
人とモンスターは生存競争の真っ只中にいることなど、学はなくとも知ることができるのがセイゼリア王国という国です。
体験で、或いは伝聞で知る。
モンスターは駆逐する以外にない、と――だからこそ、あの人は私に声をかけた。
「知能が高い? ならば余計にそんな危険なモンスターは排除しなくてはならない。そうですよね?」
以前の私ならばその問いかけに少し考える時間があっただろう。
しかし今や私も奪われた側の人間。
当事者となって初めてわかることもあります。
失った人たちは皆、このような気持ちだったのか、と……私はそれを傍観者という視点で眺め、神の教えを説いていたのかと過去の自分を恥じる。
「救いを齎すのは常に自分である」
自身が動かなければ救われない。
自分が決断せねば始まらない。
だから私は選択した。
この道がどのような結果を招こうとも、私は止まることはないでしょう。
事実を知る彼も口を閉ざし、私の行為を黙認した。
口では犠牲が多すぎると言っても、アレは排除しなくてはならないものであると理解している。
彼は優秀なハンターです。
説得すればきっと一緒に戦ってくれるでしょう。
ああ、でもその前にあの人ともう一度話をしなくてはなりません。
やはり王国を支え続けてきた貴族だからこそ、その思考は乱されることはなく常に一つの目的を目指していた。
「モンスターをこの世から駆逐することは人間が幸福に生きる上で必要なことです。仮に貴女が決断しなくとも、私は行動したでしょう。ですが、貴方の決断が多くの人を奮わせる」
あの時、差し伸べられた手を私は取りました。
犠牲は生まれる。
しかし誰かがやらなければならないことだと彼は言った。
奇麗事は貴族だけのものではない。
神に仕える身である私も、どれだけの耳触りが良いだけの空っぽの言葉を口にしたかわからない。
だからもういい。
この手をどれだけ血に染めようと、どれだけの屍を積み上げようと、私の復讐は止まらない。
だがその前に「罰せられるべき女がいる」と諭された。
それが誰なのかはすぐにわかった。
貴族である彼も魔術師である彼女が目障りであることがその態度からわかっている。
共犯者――ではなく、ただ利用されているだけなのでしょう。
ただ利害が一致しただけに過ぎないことは理解しています。
それでも私は頷いた。
彼女もまた、私にとっては憎むべき対象の一人にすぎないのだから。
(´・ω・`)次回も別視点。その次から主人公視点。




