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195 とある冒険者の報告

 自分を特別と思ったことなどない。

 貴族の家に生まれながらも、魔術への適性が低いとわかってからは家族と呼べる者はいなくなっていた。

 追い出されるように家を出て、辿り着いた先がハンターというのは良くある話らしく、身の上を話した時の「ああ、またか」と口にこそ出さなかった受付嬢だが、顔色を窺ってばかりの生き方をしていた私には、彼女が言わんとしていることが嫌という程にわかってしまった。

 両親の言う通り、私は「何処にでもいる幾らでも替えの利く凡人」だったということだ。

 幼い頃には一部の天才だけが通うことを許された塔を眩しく見上げたものだが、この頃は魔術そのものが忌まわしく思えてしまっていた。

 だから剣を手に取った。

 頑なに幼少期より叩き込まれた魔術を使うことを拒み、この手に握る剣だけを頼りに生きていくと誓った。

 そんな誓いが一年とせずに破られることなど知る由もなく、私の手からは幾つもの命が零れ落ちた。

 家名を捨て、ただの「コール」となったあの日から「私の人生は始まった」のだと、この時の私は思いあがっていた。

 世界はこんなにも厳しく、理不尽に溢れていると知りながら、私は生きることに手を抜いていたのだ。

 その結果が齎した光景は今の脳裏に焼き付いている。

 仲間の死と生き残った自分――敵わぬ相手に挑み、敗れた。

 それだけならばよくある話で片づけられた。

 だが私は仲間の死を前にして恐怖に屈した。

 助けられたはずだった。

 恐怖に駆られ、最後に残された自分の番となった時、体に染みついていた魔術を咄嗟に使ってしまったことで、魔獣が警戒し逃げ出したのだ。


「どうして、使わなかったんだ?」


 最早友と呼ぶことも許されない仲間の最後の言葉がそれだった。

 こうして私は己の弱さを嫌という程に叩き込まれ、後悔だけを残して全てを失った。

 しかし残酷なことに再起を図ることは簡単だった。

 この国ではハンターが狩る対象には事欠かない。

 狩人は幾らいても足りず、どれだけ死んでも補充されるのだ。

 人は生きるために生きる。

 私はまだハンターとして生きていた。

 チームを組むことはできなくなっていたが、一人で命を懸けることは楽で良かった。

 臨時の雇いとして組むことはあれど、固定の面子で仕事を行うことは今でもない。

 気が付けば十年の月日が流れていた。

 私は生き続けた。

 あの日の光景を引きずり続け、すり減った後悔を背負いながらも熟練者と呼ぶ域に到達した。

 もしもあの時――と今でも思わない日はない。

 だが、それが俺をここまで強くしたことは、残念ながら事実と言う外ない。

 この実力やギルドの信用はあの日を糧に育ったものだ、と自分に言い聞かせ「身の程を知って生きろ」が口癖のようになっていた。

 それが自分に向けたものだと周りが知ることなく、俺はハンターとして生きていくつもりだった。




 ハンターが冒険者と名前を変え、未だ自分のことを「ハンターだ」と言う者が多い中、俺の元に一つの依頼が舞い込んだ。

 依頼主は冒険者ギルドのパトロンであり、金にものを言わせて副ギルドマスターという地位を新規に作ってまでのし上がってきた男。

 名を「グオン」と言い、元「ロウポウネ」商会の会長である。

 会長の座を息子に譲ったらしいが、西へと進出する動きを見せた国に合わせ、冒険者ギルドでの地位を手に入れた利に敏い男だが、誰かの入れ知恵があってのことではないかと囁かれるくらいには凡庸な人物だった。

 地位を盾に冒険者に対して傲慢に振る舞うことを当然とする奴はそれはもう瞬く間に嫌われた。

 特に平民の出であるが故に、魔術師への当たりが強かったことでその立場が危うくなってきたとの噂があった人物からの依頼だけに、受けるつもりはなかったのだが……一つ借りのあるチームから頼まれてしまえば首に横に振ることはできなかった。

「ありがとうございます」と頭を上げたのは女性神官のネーア。

 討伐依頼中に厄介な病気を貰ってしまったが、彼女のお陰で助かったことで借りを作ってしまったのだ。

 彼女の人柄には惹かれるものもあるが、既にチーム内で良い相手と巡り会っている。

 俺ができることは黙ってそれを祝福するのみである。

 さて、依頼の内容は護衛である。

 二つのチームによる合同での仕事となるが、どうやらグオンはサイサロスでも上位の者たちだけを雇ったようだ。

 見知った顔ぶれが互いに肩を竦めたことで、どのような手段で集められたのかが容易に想像できてしまう。

 そして依頼の詳細を聞いて絶句した。


「モンスターと交渉? 頭おかしいのか?」


 誰が言ったかは覚えていないが、誰かがこの場に集められたハンター全員の意見を代弁した。

 これに対してグオンはただ鼻で笑うだけと意外な反応を見せた。

 どうやら少し前に話題になっていた個体らしく、相当に知能が高い上に既に取引が行われた実績もあると豪語した。

 新種のモンスターの名前は「アルゴス」――カナンでは暴れまわっていたらしいが、どういうわけかセイゼリアでは未だ被害はない。

 それにかかわっているとされるハンターの名が挙げられる。

 ディエラ・キノーシタ――キノーシタの名を名乗ることを許された若い魔術師であり、実戦的な魔術の使い手であったと記憶している。

 チームが不覚を取って壊滅したとの話だったが……どうやらソロで活動していたようだ。

 彼女がギルドに提出した報告書に依れば、このアルゴスというモンスターは極めて知能が高く、人語を理解するどころか、確認できただけでも複数の言語を用いて意思疎通が可能と言う。

「何を馬鹿なことを」と一蹴できればよかったのだが、既に取引を行った人物がいるという事実は大きく、ギルドマスターの承認を得た正規の依頼なだけにひっくり返すことはできなかった。

 また戦闘能力に関する詳細な情報は「わかっている範囲でこれだけだ」と最後に言われ戦慄した。

 何かの間違いかと思いたかったが、五百を超える傭兵と正規兵の混合軍を単騎で蹴散らすモンスターなど冗談としか思えなかったが、この報告書は別件の調査からも正しいことが証明されたと付け加えられた。

 流石にそんな化物相手とは戦えないとの意見が噴出するも、報告書を手にしたグオンが得意気に「こちらから攻撃しなければ何も問題はない」とこちら側の抗議を一蹴する。

 果たしてそれは何処まで信用して良いものなのか?

 誰もが不満と不安を抱えて仕事に臨むこととなったのは、経験上必ずと言っていいほどよくないことが起こる前兆だ。

 そしてその勘は大当たりとなった。

 但し、不安の部分ではなく不満の爆発によるものだった。

 アルゴスとの交渉をまとめる、という実績を求めるグオンが道中で足手まといになるのはわかりきっていたが、それでも傲慢な態度を崩さず、事あるごとに罵声を浴びせてくる護衛対象に一団の雰囲気は最悪と言えた。

 それを察することもできないグオンは魔術師であるリザリーや神官のネーアに手を出そうとする。

 隠そうともしない女性陣の嫌悪感に不機嫌となり行程に遅れが出るのだから、これまでの依頼主の中では間違いなく最悪の部類に入ると断言できる。

 問題はさらに続いた。

 川に到着し、事前情報通りにそこで狼煙を上げるもアルゴスは一向に姿を現さない。

 痺れを切らした一人がグオンが持ち出した情報に間違っているか、それとも何か重要なことでも忘れているのではないか、と依頼主に突っかかる。

 それに呼応するかのように不満をぶちまけた魔術師のリザリーに対し、グオンはあろうことか怒鳴りながら歩み寄ると彼女のドレスローブを掴んで引きずり下ろしたのだ。

 上がる悲鳴と動き出すチームメイト。

 そこから先はあっという間だった。

 自分の非を認めることもなく、お前たちが悪いとしか言わないグオン。

 短慮に出ようとした一人を羽交い絞めにしてでも止め、そこに石を投げつけ怪我を負わせるまでは耐えることができた。

 だが、当たり所が悪く、直ちに治療を必要とすると判断し、駆け寄ったネーアを蹴り飛ばしたことで自制の必要などないと悟った。

 何せ全員が同じ意見なのだ。

 ここで始末しても全員が意見を合わせれば罪に問われることはない。

 腕を切り落とし、後は逃げるグオンに止め刺すだけかと思われたが、奴は逃走手段を用意していた。

 煙幕――それも魔力反応を遮断し、吸った者に軽度の眩暈を与える高価なものだ。

 しかしながらここにいるのはサイサロスの精鋭。

 その程度の対処など容易く、これまでの鬱憤を晴らすかのように無数の氷の矢を煙幕を払うように広範囲に射出する。

 流石はヤメイダの秘蔵っ子と言われるだけのことはある見事な魔術である。

 あの歳でヤメイダを名乗ることを許されるのは確実との噂通りだった。

 称賛に値する、と確実にグオンを仕留めたと判断し、風の魔術で煙を払われるのを待って川へと足を踏み入れた。

 グオンが川を出た辺りで氷の矢に貫かれて倒れていた。

 だが、それ以上に俺の正面にいたモンスターに目が留まる。


「アルゴス……」


 その位置はまずい――そう、広範囲にばら撒かれた氷の矢はアルゴスの周囲にも刺さっていた。

 攻撃と判断されれば戦闘の回避は難しい。

 咄嗟に戦闘の意思はないことを叫ぼうとするも、体勢を崩すように前のめりに倒れるように四つん這いとなるアルゴス。

 そのアルゴスが黒く染まっていく。

 それが何を意味するかはわからない。

 ただ危険な兆候であると肌で感じた俺は、その姿勢から来るであろう攻撃を予測して回避行動を取った。

 後ろではアルゴスに呼びかける声が聞こえたが、そんなものはお構いなしに全身を黒に染めたアルゴスは突進してきた。

 予想通り――だが、その速度は予想外だった。

 一瞬にして距離を詰められ、咄嗟に抜いた魔剣を盾にその一撃を受けるも、長年の相棒と腕の骨が砕ける感触が伝わると同時に視界が空一色に染まった。

 すぐに視界は緑へと変わり、自分が森まで吹き飛ばされたとわかった直後、木にぶつかったのであろう俺は意識を失った。

 これが俺の記憶にあるあの場での全てである。

(´・ω・`)女ばかりに目が行くダメな子。次回も別視点にする予定。

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[一言] 次回が待ち遠しい。 30話ぐらいいっぺんに来ないかなぁ。
[一言] おっぱい4号とおっぱいさんの敵グオンは死すべき!!!
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