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楽しい時間というものは過ぎるのが早い。
「これが最後となります」と取り出したのは紋様の描かれたベルト。
名を「剛力の帯」といい、使用者の力を増幅する効果のあるマジックアイテムなのだと言う。
膂力がものを言う自然界では確かに強力であり、俺をモンスターと認識しているならトリを務めるには持ってこいの一品だ。
腰に巻かずとも腕に巻き付けるなりで効果は発揮するらしく、俺でも装備できるマジックアイテムとなっている。
確かに欲しいと言えば欲しいのだが、生憎と現状俺が戦闘面で求めるのは攻撃力ではなく防御力。
アサルトモードが未だ不完全である以上、精霊武器での致命傷を避けるために道具に頼るのは極自然の流れであり、銃器を渡す以上は避けられない技術流出から来る一般兵の攻撃力向上への備えとしても、俺が手にするべきは防御力である。
(一通り見たのでここまでの候補をおさらいしよう)
一つ目は「呼び寄せの鈴」――野生動物を呼び寄せる地味に便利そうな道具だが、使用者の魔力に依存するため安定した性能は保証されない。
使えるのであれば欲しいが、今回の取引で手に入れるほどのものではない。
二つ目が「追憶の頁」――条件はあるが魔法版カメラという立ち位置のマジックアイテム。説明不要で欲しい。
そして三つ目が「耐魔の護符」――首にかけるアミュレットだがチェーンの部分は他と繋いで延長可能らしく、俺でも首にかけることができる対魔法用の防具である。
これが現在の最有力候補となっており、魔法関連に疎い俺の弱点をピンポイントに補ってくれる一品であるため、先の懸念事項から外れても入手しておきたい。
先ほど出てきたベルトも悪くはないが、現在優先すべきは防御である。
他にも純粋に身体能力を向上させる腕輪や探索の役に立ちそうなオートマッピング機能の付いた地図、魔力で水が湧き出る壺など魅力的な商品を並べてくれたのだが……例によって腕輪は装着できず、地図は魔力を必要とするので残念ながら選択肢には入らなかった。
一番最初に出てきた「堅牢の腕輪」が装備できたのであればよかったのだが、世の中思い通りにはいかないものである。
さて、ガスト側が商品を全て見せてくれたので今度はこちらの番だ。
「確認できたものの中で最も状態の良いものだ」
そう言ってリュックの中から布に包まれた三十六式ライフルを取り出す。
それを受け取り丁寧に布を外すガスト。
言葉はなく、沈黙を保ったまま銃の状態を確認すると再び布を丁寧に戻した。
「それでいいのか?」
手に持って確認してくれても構わなかったのだが、ガストは不要とばかりに首を横に振る。
やはりあまり他人に見せたいものではないようだ。
余計な詮索はしない方がよいだろうと、早速対価となる品物を指差す。
「耐魔の護符か……」
意外そうな口ぶりだが、俺も魔法には疎いのでこれは確保しておきたい。
もう一品何か付けてもらえないかと交渉を持ちかけるも「それならそちらも何か付けてくれ」ともっともな返しを受け、俺はもう一枚のカードを切ることにした。
リュックの中から取り出したのは布に包まれた一発の銃弾。
それを見せるとガストは難しい顔をした。
「これは弓でいうところの矢に該当する。銃に書かれた型番と一致している箱に入っていたものだ。恐らくは帝国は銃によって弾も種類も変えていたのだろう」
如何にも調べた結果を報告するように話すが、こんなことは常識の範疇だ。
こんなこともあろうかと弾薬箱の中から一つだけ取り出して用意しておいたのが役に立った。
残りの弾?
それは別途の取引となっております。
弾がなければ銃は兵器として機能しない。
魔法的な何かで解決される可能性もあるだろうが、ガストが狙う相手は魔術師だ。
ならば本来の使用法が望ましいと考えるのが合理的。
俺としても彼にことを起こしてもらうのであれば、早い方が助かるのだ。
再現するにせよ、再び俺に弾薬を要請するにせよ、見本となる弾があれば目的までの時間を短縮できるのは間違いない。
セイゼリアが西へと本格的に勢力を伸ばす前に、彼が動くことが恐らく最も俺にとって都合の良い展開のはずである。
銃弾を手に取ったガストはしばしの思考の末に「わかった」と追加の取引を承諾。
頷く彼を確認してから俺が手を伸ばした先にあるものは追憶の頁。
予想が外れたのかガストが不思議そうに俺を見ている。
「面白そうだったのでな」
変わらない表情で笑って見せたが、どうやら伝わらなかったらしく肩を竦められた。
他にも面白そうなものがあれば取引に応じるつもりだが、ガストとしては目的の物が手に入ったのでしばらくは俺に構う余裕はないらしい。
これで彼との取引は終了となった。
次回があってもよかったのだが、あれ以上の武器を出すつもりがないので俺の手札はワインくらいしかない。
立ち上がったガストが背を向けて歩き出すも、一度立ち止まってこちらを振り返る。
「奪えば楽だっただろうに。変わったモンスターもいたものだ」
遠慮のない彼の言葉に俺は最初の彼の口調を思い出しながら鼻で笑う。
「人間に、大義名分を与える気はない」
俺の返答に一瞬だが目を見開いたガストだが、結局何も言わずに立ち去る。
去り際に「怖い怖い」という呟きを俺の耳が拾った。
俺としても「そんな危険なモンスターなど野放しにできるか」と一致団結されるのは御免被る。
そんな可能性を潰すためならお行儀良く振る舞うのも吝かではない。
カナン王国?
なんのことだかわかりませんね。
(対話で何とかなるならそれに越したことはない――そんな日和見主義が大戦を引き起こしたのだ、って言ったのは誰だったかな?)
記憶にあるニュース番組に出てきたコメンテーターの言葉を思い出しつつ、そんな日和見がセイゼリアで蔓延してほしいものだと手にしたマジックアイテムにご満悦の俺。
早速共和国側までひとっ走りと思ったところで俺は気づいてしまった。
(しまった。こんな季節に川で水浴びするエルフなんていない!)
妄想が逸って手に入れる時期を間違えた。
これでは六号さんの美しい裸体を保存することなど叶わない。
こいつを手放すのは存分に堪能してからと最初から決めていたので、これでは宝の持ち腐れである。
(いや、ダメおっぱいで妥協すれば可能性はまだ残されている! 騙すことは容易い、だがしかし……)
それをすると六号さんから「また何か吹き込みましたね?」と怒られる予感がする。
現在ダメおっぱいは六号さん――フォルシュナの氏族にてその根性を矯正中である。
これを妨げるようなことがあれば、折角築き上げた信用が失われてしまう。
彼女との関係が悪化するようなことは望ましくない。
エルフとの窓口である彼女との友好は決して疎かにしてはならない案件だ。
ガストと護衛たちの姿が見えなくなっても俺は座ったまま悩み続ける。
「よし、取り敢えず保留だ」
焦る必要はそもそもない。
ふとしたことで良いアイデアが思い浮かぶ可能性だってあるのだ。
ここは俺の閃きを期待して、現在の目的を果たすことに尽力しよう。
そうと決めた俺は立ち上がる。
目的は南側の空白地帯――何としてでも見つけてみせる。
そう意気込んだその翌日、持ち運ぶ物資を拠点で選別し終わり「さあ行くぞ」と一歩を踏み出したところで東側で狼煙が上がっているが見えた。
おっぱいさんといい、セイゼリアでは別れの挨拶をしてもまたすぐに会うのが普通のことなのだろうか?




