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(´・ω・`)お待たせ
立ち上る煙を目視した俺はゆっくりと立ち上がる。
少し早めに北へと戻り、周囲の探索と修練に時間を費やしていると期日の日はあっという間に訪れた。
成果と呼べるものがなかったのは残念だが、魔法とアサルトモードへの切り替えに僅かながら前進が見られたのは良いことだ。
頃合を見計らって川からそう遠くない場所で魔法の訓練をしていたところ、太陽が真上に来た辺りで狼煙が目に入ったわけだが、あまり急いでも待ちわびていたかのように思われるので、昼食に合わせて獲物を狩ってから行くくらいでもよいだろう。
そんなことを考えていた時に限ってあっさりと鹿を確保。
どうしていつもこうならないのか?
太い枝をもぎ取って丁度良いサイズに調整し、首を切った獲物を吊るして血抜きをしながら川へと向かう。
背負ったリュックに血が付かないように空いた手で持つとのっしのっしと森を歩く。
担いだ食材と荷物に気を遣いながら歩くこと一時間――俺の視界には川が映っており、その先に見える一団の中にガストの姿を確認する。
森から出現すると同時にその内の一人がこちらを指差し何か叫んだ。
恐らく「来たぞ」とかそんな感じのことを言っているに違いない。
森から出た俺は歩く速度をそのままに川を渡る。
少し深い部分でも膝くらいなので、荷物を一度置いてから手を洗う。
そしてそのまま鹿の解体を開始する。
「あー、取引は食後ということかな?」
ガストの問いかけに「があ」と一鳴き。
「それじゃわからんよ」と困り顔だが、無視して解体を続ける。
手際の良さを見せつけるようにテキパキと肉を切り分け、不要部分は川へと投げて魚の餌にする。
それが終われば再び手を洗って鉄板の準備。
竈を作って火をおこし、鉄板が温まるまでに肉を程よいサイズに切っていく。
護衛と思われる連中が「ええ……」と困惑している中、一人だけ無反応な者がいた。
顔をフードで隠し、ローブを纏った女性――なのだが、僅かに見える赤い髪と盛り上がった胸部のサイズから彼女が誰なのか予想ができてしまう。
(何やってんの、おっぱいさん?)
自分で言うのもなんだが、結構良い感じに別れを済ませたはずである。
金に釣られてここにいるのか?
それとも酒に溺れてここにいるのか?
はたまた組合からの無茶を聞かなくてはならなかったのか?
理由はわからないが、ローブで隠していることからここにいるのは不本意なのは間違いないだろう。
ならば気づかないフリをするのが情けというもの。
黙って肉を焼く俺にガストが不満気な様子だが、これは最早アルゴスというモンスターに出会った人間が経験する儀式のようなものになりつつある。
未体験の皆様には是非とも楽しんでいただきたい。
そして準備は完了する。
肉ヨシ、塩ヨシ、鉄板ヨシ!
野菜など不要とばかりの男気満点の野生飯!
手頃の岩を運んで座ると焼けた肉をトングで摘まみ一口――塩加減ヨシ!
コップに水を注いで一気に飲み干すと静かに息を深く吐く。
「さて、話をしようか」
鉄板越しに身を乗り出した俺がガストに話しかける。
苦笑いを浮かべるガストとなんかプルプル震えてるおっぱ……ローブの女性。
護衛の連中に至ってはどうしていいのかわからず全員が困惑の表情を浮かべている。
「あ、食べる?」と思い出したかのように薄く切った肉を指差す。
諦めたかのようにガストは頷き、手頃な岩を護衛の一人に運ばせるとそこに座る。
「まず初めに聞きたい。私が求める兵器は手に入っただろうか?」
早速本題に入るガスト。
大っぴらに話している魔力反応はないが今回も恐らく音を遮断しているのだろう。
ガストの問いに俺は頷いて返す。
身を乗り出すガストを手で制止した俺は焼けた肉をまた一枚口へと運ぶ。
「その前に、そちらが何を提示できるかを教えてくれ」
今回は音が漏れなくとも見ることはできるので筆談は控える。
昼食中というのもあるので、自信のない部分以外は口頭で済ませるつもりだ。
人が食べるには丁度良い肉が焼けたので、そちらを勧めると取り出した短剣で突き刺して食べるガスト。
「そういう食べ方もアリだな」と場違いな感想を抱きつつ、ガストが出せる品物の説明を始める。
「まずはこれだ。『堅牢の腕輪』と呼ばれる装着した者の……」
説明の最中だが、俺はその腕輪を見て指を立てて見比べる。
指輪にすれば大丈夫だろうと思っていたのだろうが、どう見てもサイズが合っていない。
確かに俺は大きいし、指輪にならできると思うのも無理はない。
だが俺は上半身に比重が偏っている上に手がでかい。
人間の胴体くらいなら問題なく片手で掴めるほどだ。
つまり何が言いたいかと言えば……そのサイズは俺には小さい。
能力の説明をするまでもなく、大きな背嚢へと堅牢の腕輪を戻すガスト。
名前からして候補になりそうだっただけに残念だ。
「身に着ける物は最後にまとめて見せよう」
そう言ってガストが次に取り出したのは見た目人間の拳ほどの大きさの鈴。
「アルゴス。君は生活環境の改善のためにこちら側に来たと聞く」
当然だがちゃんと報告されており、それを商人であるガストが知ることができた。
公開などするはずがないので、彼は限られた一部か別の手段で入手したかのどちらかだろう。
恐らくは後者だろうなと思いつつ、彼の説明に耳を傾ける。
「これは近くの動物を呼び寄せる『呼び寄せの鈴』というものだ」
つまり狩りに割く時間が大幅に削減できるマジックアイテムである。
地味に欲しいものが出てきたことで思わず顎に手をやり唸る。
やはりこの路線なのか、とガストの方も腕を組んで唸っている。
そう言えば俺の初期のイメージは「戦闘を好む知能の高いモンスター」だった。
この辺りがまだ残っているのだろうが、ガストはそのままマジックアイテムの説明を続ける。
簡単にまとめると「使用者の魔力に応じた範囲にいる動物を呼び寄せる」というものだ。
俺の魔力は乏しいので使用したところでどの程度の効果なのかが怪しくなった。
(というか俺が魔力を操ることができることが前提なのか?)
その疑問についてはとある魔術師から秘匿していた情報を買ったのだと言う。
視線をローブの女性に向けるが、丁度彼女は別の方向を向いており、横から見たバストのサイズからやはり俺が思った通りの人物なのだろうと確信する。
「セコイ稼ぎ方してるなぁ」とハンター業界の世知辛さを知ることとなったが、次の商品が出てきたのでそちらを見る。
「次はこれ『追憶の頁』だ」
ガストが手にしているのはきっちりと折り畳まれた一枚の紙。
何の変哲もないただの紙切れ一枚に何ができるのか?
そう思っていたのだが、説明によるとこれを開くとその時の風景を紙に映し出すことができるらしい。
つまりはレンズのないカメラ。
魔法で写真が撮れるという事実に俺は衝撃を受けた。
諦めていたアレコレが脳裏を過ったことは言うまでもなく、これがあればエロ本仲間とも呼べるクラーゼ君や、ダメおっぱいには良いお土産となること間違いなし。
何とも悩ましいものを出して来たな、とガストの評価を一段上げる。
しかしそうなるとこの手の技術がない共和国は何をしていたのだかと首を傾げる。
そんな俺の反応を見たガストが次を取り出そうとしたところで、待ったをかけて詳細を尋ねる。
「なんか面白そう」という理由で押し切ったものの、彼はきちんと詳細を教えてくれた。
「このように開いて記録した光景は閉じると消える。次が使えるようになるまでに凡そ二日はかかるが、損傷しない限りは何度でも使えるはずだ」
再利用可能――素晴らしいマジックアイテムだ、と心の中で拍手を送る。
記憶した光景を保存できれば良かったが、流石にそのような機能はないらしい。
複数枚用意することで解決できる問題なので、そういった用途の品物なのだろう。
では次の品だが……ここでガストは変化球を投げてきた。
「次はこのスクロール。中には爆裂の魔術が込められている」
一度きりの消耗品だが、どうやら禁制品レベルの強力な魔術が封じ込められている巻物なのだと言う。
音を遮断していなければ間違いなく出せない代物に思わず苦笑してしまう。
だが残念ながら攻撃力には今のところ困っていないので次を促す。
ガストは背嚢へとスクロールを戻して次をどれにするか思案している。
どの道全部見せてもらうつもりなので順番は気にしないのだが、ここら辺は商売人たるが故のものなのだろう。
さあ、彼が最も高く売りつけたいものは何か?
背嚢の大きさからすればまだまだ商品はあるように見える。
既に欲しいと思えるものが出ているからか、俺は期待を胸に彼が次に取り出すマジックアイテムを待った。




