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手にした二つの候補を見比べる。
一つは訓練兵時代に何度も使ったよく知るライフル。
当時ですらとっくに型落ちの旧式ではあれど、その頑丈さから長く使われた良くも悪くも平凡な量産型である。
利点としては使用する弾薬も旧型であるために貫通力が乏しく、恐らく俺の外皮を撃ち抜くことは難しいであろう点にあり、仮に量産されても短期的に見るならば脅威は低い。
デメリットは技術の流出。
三十六式ライフルは銃の構造を知るには良い素材であることは間違いなく、それを発展させられた場合、俺の脅威となる可能性がある。
続いて貴族の持ち物であった装飾銃を見る。
元になった銃が何なのかさっぱりわからないハンドガン。
改造されているのであろうことは想像できるが、それが如何様になされているかは不明である。
少なくともこれに似た銃を見た記憶は俺にはなく、一点ものである可能性もある。
これを渡したとして量産には至らないと考えるのはやや楽観的な見解だが、一考の余地があるのも間違いない。
つまり、この装飾銃を取引に使うメリットは俺の脅威には結びつかない可能性があること。
しかしそれは俺がこいつのスペックを知らないだけで、逆に俺を危機へと追いやる可能性も考えなくてはならない。
やはり知識にない銃であるだけに、それを迂闊に流すのは危険と判断した俺はどちらを取引に用いるかの決断を下した。
「まあ、やっぱりこっちだよな」
選ばれたのは三十六式ライフル。
見た目の状態がそこそこ良いレベルのものなので、もしかしたらこれを元に何かを作っても失敗することだってあり得る。
「腕の良い鍛冶師を揃えている」とのことだが、それは帝国の技術を模倣できるレベルのものか?
もしかしたらどちらを渡しても復元するに至らず、何も起こらない可能性もある。
それはそれで望むべく未来だが、できるなら騒ぎの一つでも起こってセイゼリアの目を西側から逸らしてほしいのも本音だ。
結局のところ俺が行動しないことには変化はないだろう。
「さて、これが後世どのように伝わるかはわからないが、得られる物次第ではその価値が十分にある」
しない理由がない、と自分の選択を自分で後押しする。
これで取引の品物が手に入ったので後は待つだけである。
選ばれなかったハンドガンはリュックに仕舞い、一応三十六式以上に適した銃が手に入る可能性もあるので探索は続ける。
俺にも使える何かがあればもっと良いのだが、流石にそれは望み過ぎだろう。
原型などほとんど見当たらない集積所跡を探して回る。
日は高くなり、そして暮れる。
その間に発見できたものと言えば、三十六式ライフルに使用する古い弾薬くらいのものである。
現地での訓練か、はたまたこんなものまで実戦に投入する必要があったのかは定かではないが、取引に使える商品が増えるのは悪いことではない。
まともに使えそうなものがこれくらいしか見つからなかったのは残念だが、候補が増えて更に悩むことにならなかったと思うことにしておこう。
収穫を丁寧に梱包し、リュックに入れて移動を開始。
一応チェックしていたポイントはまだ一つ残っている。
こちらも確認しておきたいので日が落ち切る前に到着しておきたい。
そう思っていたら樹木の密集具合から辿り着かないのだからままならない。
代わりと言ってはなんだが、俺の存在に驚いて巣から飛び出した兎を二羽確保。
尻尾を使ってシュパッと打ち上げ、スッと手を伸ばしてその首を掴んだ技は最早芸術の域に到達していると言っても過言ではない。
血抜きをしながら歩いていると、血の臭いを嗅ぎつけたのか野生動物が遠巻きにこちらを見ている気配を感じる。
その中に混じる緑の人型――ゴブリンは駆除対象。
ウサギ両手に追い立てた先でゴブリンの小さな集団をキッチリ始末すると、そこにはなんと人骨があった。
つまりここからそう遠くない場所までセイゼリアの人間が来ている、ということである。
予想以上に南側は西へ進出している。
(そうか。北側はカナン王国との小競り合いもあって遅れていたが、南はフロン評議国まで距離がある)
邪魔する者はいないので西への領土拡大は容易であり、それだけ深く森を開拓できていると考えられる。
これでガストが騒ぎを起こしてくれた際のメリットがより大きくなった。
この分だと多少の譲歩も視野に入れる必要があるかもしれない。
すっかり森が暗くなった頃、俺は夕食を作るために開けた場所を探す。
幸いにもすぐに見つけることができたので、両手に持った兎肉を解体。
肉を焼き、塩とハーブというシンプルな味付けで挑む。
今回は癖の少ない香草を使っているので中々悪くない味わいだ。
食事と片付けが終わったところで立ち上がった俺は再び歩き出す。
位置的に今度のポイントはここから更に東となる。
既にセイゼリアの勢力圏内に組み込まれている可能性はまだ低いと見ているが、それでも人が来ることには変わりはない。
暗い森で草木をかき分けつつ進む俺は若干の焦りを覚えつつ進む。
そして深夜を大きく過ぎた辺り……というより明け方前くらいで凡そのポイント付近に到着。
目印となるようなものもないので感覚頼りの到着である。
早速明かりの魔法を使う――前に周囲を警戒。
人の気配はないかと神経を集中し、音や臭いで周りを探ると誰もいないことを確認した俺は指先から光球を幾つか放ち周囲を照らす。
欲しい情報は地面にあるので光源は腰の当たりの高度に留める。
ここが何らかの跡地であるならば、その痕跡があるはずである。
身を屈め、足の感触も併せて探すも何も見つからず、移動しながら探索を継続したが朝日が昇る。
収穫はなし。
この結果に俺は肩を落としつつも、明るくなり出した森をもう一度しっかりと見渡す。
「ここはハズレ、か……」
溜息を一つ溢し、俺はもう一つ確認したいことができたことでここから更に東へと進路を取る。
今、セイゼリアはどこまで進出しているのか?
前方だけでなく、周囲にも気を払いつつ東へ東へと駆け抜ける。
そして樹木の密度が減ってきた辺りで俺は擬態能力を使用。
理由は木に食い込んだまだ新しい剣。
その周囲を見ると血痕や斬撃に因るものと思われる切れた植物があり、どうやらここで戦闘があったようだ。
(状況から察するにあそこで見た白骨か?)
ここで武器を失いゴブリン相手に不覚を取り、巣に運ばれて食われたと予想する。
状況から察するに単独での事故――となれば、ここいらは既にセイゼリアの活動範囲と見て良い。
そう遠くない場所に前線拠点となる開拓地があるはずだ。
既に川を越えていた可能性は考えていたが、それが現実のものとなると空白地帯の探索を急がなくてはならない。
しかしその前にセイゼリアがどの程度の規模の拠点を用意したかを知りたい。
俺は擬態能力を維持したまま拠点を探して走り出す。
最初に見つけたのは木でできた防壁。
恐らくはカナンと同じで撤去することを前提とした拡大予定の拠点である。
幸いなことにカナンにあったものと規模は然して変わらない。
防壁を迂回するようにしっかりとその造りを観察。
まさに「最低限」を体現したかのような貧相な防壁である。
国土の割に人口が少なく、国内にモンスターが蔓延る事情が変わらぬが故に、外へと向ける余力も少ないと見るべきか?
これだけでは情報が不足していると川へと向かう。
所々で擬態能力を解除しつつ、辿り着いた先で見たものに舌打ちした。
「橋ができてるとは思っていたが……」
これが予想以上に立派な幅広の石造りの橋だった。
完全に大量の物資の輸送を想定してのものに「破壊工作」の文字が頭に浮かぶが、残念ながら経験がない上にやるなら闇夜に紛れてするのが基本である。
今回は御縁がなかったということですごすごと退散。
セイゼリアは魔法国家なので「魔法的な何かあるんじゃないの?」的な軽いノリで魔力を探ったら本当にあった。
迂闊に破壊活動はできなくなったことに悪態を吐いて橋を背に走り出す。
見るべきものは見たので長居は無用。
擬態能力も完璧ではないので早めにセイゼリアの勢力圏内からは抜け出しておきたい。
走りながら横目に急ごしらえのような前線拠点を見る。
貧相な防壁とは言え、中が見えないのがもどかしく、斧を担いだ屈強な男たちが拠点付近の木を伐採している姿を目撃したことで悠長にしていてよいものかと焦りが生まれる。
やはりここはガストに頑張ってもらうのが望ましい。
そうと決まれば北に戻ろう。
周辺の探索も完了したわけではないので、少し早めに戻ってもやることはまだまだ残っている。
この巨体故に森を移動すればその痕跡がはっきりと残る。
これで俺がどこまで進んで何を見たかを知ることができるわけだが……こればっかりは仕方ない。
適度にセイゼリアの前線拠点から離れたところで進路を北へと変更する。
一応この辺りの探索もしながら東部の仮拠点となった地下室へと戻る。
時間には余裕を持たせているので取引には間に合うはずだ。




