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結局俺が出した答えは保留であった。
「……つまり、軍事施設や兵器を生産する工場は尽く潰されているので手に入るかどうかわからない、と?」
俺のメモに書かれた長文を要約したガストの言葉に頷く。
手に入るかどうかわからないものであるため取引を確約できる品物ではない、というのが表向きの理由。
上手く噛み合えば銃を渡した時のメリットは大きいが、当然リスクもその分でかい。
このリスクの部分が最悪な方向へと舵を切れば、俺にダメージを与えることが可能な量産武器なんてものが生まれかねない。
すぐにできるようなものではないが、長期的に見るとデメリットが致命的なものとなる不安がどうしても拭えなかった。
しかし拒否するには目の前にぶら下げられた餌が眩しい。
だから今回のところは保留とした。
「これまで森の中を見て回ってきたが、軍事施設やそれに関する場所は破壊の跡が明らかに他と違う。戦争をしていたと記録にあるので当然の措置だ」
概ねこのようなことを書いて説明する。
正しく伝わっていることを祈るが、手に入りにくいものであることを理解してくれればそれでよい。
そもそもマスケット銃レベルのものならば現在でもフロン評議国が使用している。
あれくらいの骨董品を見つけて、欲しいマジックアイテムを入手できるのが理想なのだ。
最新の銃火器を渡して再現できないことを期待するよりかはずっと現実的である。
魔法という技術体系を未だ理解し切れず、また知識も浅い俺には安全ラインなどさっぱりわからない。
恐らく専門的な知識を要するので考えるだけ無駄と思われる。
「探してはおくがあまり期待しないでくれ」とメモに書き、それを見たガストが暗くなり出した空を仰ぐ。
しばらく黙ったまま消えた焚き火を挟んで座る一匹と一人。
立ち上がったガストは背嚢を背負い護衛に呼びかけた。
交渉は不成立かと思われたが、最後に彼はこちらを振り返る。
「七日後にもう一度ここに来ます」
それだけ言って彼らはこの場から立ち去った。
その背中を見送り、俺はしばし座ったまま考えに耽る。
(取引自体はそこまで悪いものじゃない。最良の結果を得られるのであれば是が非でもやるべきだ。問題は、そんな都合良く条件に合った銃が見つかるか、だ)
手に入るマジックアイテム次第では多少のリスクを負うという選択肢もある。
例えば純粋に俺が強化される場合を考えてみよう。
ただでさえ高い防御力が強化され、ライフルが量産されたところで痛くも痒くもないケース。
向上する一般兵の攻撃力よりも、俺の能力上昇が上回るのであればデメリットは帳消しとなり、銃を流すメリットだけが残る。
やはりテーブルに出される物次第か、と結論が出始めたところで、ふと疑問が頭を過る。
(フロン評議国の銃にはライフリングがあるのか?)
これのあるなしで銃の性能は大きく違う。
しばらく悩んだ後、俺は「ある」という前提で進めることにした。
名前は変わっても帝国を前身とする国家。
なのでそれくらいはあってもおかしくはない。
となれば、交渉に使う銃の範囲も変わって来る。
フロンとセイゼリアにどの程度の国交があるかはわからないが、少なくとも森林地帯と集結していたオークの軍勢を考えればその繋がりはかなり薄いと見るべきだ。
「難しいな」
夜空を見上げて呟く。
商売人は皆こういう風に頭を悩ませているのか、と学生上がりの訓練生だった俺は感心する。
何はともあれ、物が拾えなければ皮算用である。
今日はもう暗くなってしまったので探索は明日となる。
何処を探すかの目星だけはつけておくとして、取り敢えず夕食の準備をするとしよう。
日が昇る。
まだ薄暗いうちから朝食の準備を済ませ、今日はしっかりと探索をしようと思えば生憎の曇り空。
本日の予定は川沿いに北へと移動し、軍事基地跡を少し調べる。
ここはおっぱいさんと遭遇した場所なので、既にセイゼリアのハンターが出入りしている。
収穫は期待できないが、どの程度荒らされているかを確認するためのものだ。
流石にもう記憶があやふやすぎて覚えていることの方が少ない。
だったら見に行った方が早い、ということで軍事基地跡に到着。
早速、基地の状態を調べるのだが……はっきりと言うと調べるまでもなかった。
「こりゃダメだ」
そう、ここはゴブリンが巣食っていた場所でもあった。
つまり手に持てるような物はほぼ壊れている。
ただでさえ当時の軍同士のぶつかり合いで壊れているのに、それに止めを刺すかの如く乱暴に扱われたであろう金属製の残骸。
半分地面に埋まっている曲がった銃口を見れば、土の状態からどの程度風雨に晒されていたのかも想像がつく。
思い出したことは一つ。
何があるかと期待して「何か残っているのか?」と肩を落としたことだ。
ここは諦めることにして、折角だからとエイルクゥエルにまで足を延ばす。
ガンショップでもあれば解決するのだが、生憎と帝国では銃の所持は許可制。
仮にあったとしても南へと移動した避難民が果たして銃や弾薬を残していくだろうか?
よって、警察署にも銃が残っていると期待するのは浅はかである。
それでも探す価値は他と比べれば十分ある。
そんなわけでエイルクゥエルの廃墟となった街並みを歩いているのだが……それらしい建物が見つからない。
土地勘がないので仕方のないことだ、と帝都住みをさり気なく自慢。
相手がいないので虚しさだけが残る。
太陽が真上に来る頃にようやく曇り空が少し晴れた。
日の光を浴びながら「雨が降らなくてよかった」と呟いたところで見覚えのある道に出る。
以前ここを探索した時に来た道に出たようだ。
頼りない記憶を頼りに道を進み、ようやく見つけたのはショッピングモール。
違う、そうじゃない。
何度もここには来ているので覚えているが、ここら一帯には銃がありそうな建物はなかったはずだ。
普段は西側からモールへと来ていたのでほぼ真南から来るルートは記憶には残っていなかったようだ。
しかしながらここへ来れたということは、別の物を発見したに等しい。
それがこれ――周辺地図である。
問題があるとすれば、その内容をほとんど読み取ることができなかったということだ。
見事空振りに終わったわけだが、別の目的のために寄りたい場所があるので、ショッピングモールに来たのは寄り道でもなんでもない。
「ああ、あったあった」
モールの中はしっかりと探索したので記憶に残っている。
だから本屋を探すのにも苦労はしなかった。
警察署を探すついでに外の本屋でも良かったが、こちらの方が状態の良いものがある印象が強い。
ということで俺には狭い本棚と本棚の隙間に上半身を滑り込ませ、地図をごっそりと引っ張り出す。
「状態が良いのはこれと……これと……」
そして地道に選別。
結果、思ったよりも状態の良いものを手に入れることができた。
色褪せてはいるものの、二百年前の帝国が蘇る。
またエイルクゥエルの町の詳細も確認できた。
こんなことならもっと早く地図を手に入れるべきだった。
漫画やエロ本ばかりに気を取られていたあの時の自分を殴りたい。
そんなわけで警察署の位置も確認できた。
足早に向かうとそこには瓦礫の山。
わかっていたがこれが現実。
残っている建物の方が少ないのだから仕方ない。
ここで一度以前作った寝室と呼ぶにはあまりに粗末な寝床に向かう。
そこで腰を据えて幾つもの地図と睨み合いを開始する。
探すは東側にある前線拠点と軍需物資を集めているであろう補給用の拠点。
物資を集約し、そこから分配するのは基本的な兵站だと教わった記憶がある。
なのでそれを探したわけだが……やはり軍事情報を市販の地図で探すのは無理があった。
予想はしていたので前線拠点となっている軍事基地に焦点を絞る。
セイゼリアに近すぎる場所は探すだけ無駄となる可能性が高いので、少し内側にある施設の位置を確認する。
「該当するのは……この三つか」
ページを捲る手が止まり、探索するべき箇所を指差す。
そのまま日が暮れるまで調べていたが、やはり俺が求める研究施設を示すようなものは何もなかった。
結局、予想通りに地図を足掛かりに更なる手掛かりを探すことになりそうだ。




