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(´・ω・`)コミックス1巻発売中。あと漫画の方が更新されております。
「――ということでしてな! 蓋を開けてしまえばその正体はただのネズミ。よもやあれほど大きなネズミなどとは誰も思わず、噂が独り歩きした結果『新種のモンスターだ!』と騒ぐ輩が出て、それを鵜呑みにしたギルドに振り回されてしまったというわけです!」
笑うガストと頷く俺。
正直なところ、言葉を理解するモンスターの正体を口にした彼とはもう話すことなどない。
なのでさっさと話を切り上げたいのだが……予想以上にこの男、饒舌である。
聞いてもいない話を延々と語るガストにうんざりとまではいかないまでも、夕暮れ時となるまで続くとは思わなかった俺は夕食をどうするかを考え始めている。
(まさか言語を理解していたのが鳥のモンスターの変異種だったとは……)
サイズを聞いたところどう考えても遺伝子強化兵とは思えない。
つまりはハズレ。
何でもいいから手掛かりが欲しかったのだが、この調子ではまず間違いなく何もないだろう。
流石にこれ以上は聞く必要がないと判断した俺は、メモ帳を取り出しペンを走らせる。
その姿を見たガストはピタリと喋るのを止め、動くペンに注視する。
「私と取引がしたいのはわかった。あなたは何を望むか? そして私は何を得られるか?」
母国語ではないが故のお堅い言葉を見せる俺と、意思の疎通が可能であることを確かにして笑みを浮かべるガスト。
表情が変わらないのでその温度差を計ることは難しいだろうが、彼は手応えでも感じたのか両手を広げて大仰に喜びを表現する。
「こちらが提示する物は、魔法王国とまで呼ばれる我が国のマジックアイテム」
その言葉に興味が引かれたことは間違いない。
魔法国家であるセイゼリアが生み出したマジックアイテムなど、旧帝国の領土内では決して手に入ることはないだろう。
しかしその発言は少々危うい――そう思っていたのだが、護衛と思しき他の男たちはまるでこちらの話を聞いていないかのように周囲を警戒したままだ。
流石に今の発言には反応するかと思っていたが、どうやらしっかりと抱きこまれた者たちのようだ。
そう思っていたのだが、何やら様子がおかしい。
(いや、これはまるで……)
確証があったわけではない。
だが、笑みを浮かべたまま次の言葉を口にしないガストに不信感を覚えつつ、俺はまさかと思い確認した。
「これがそうか?」
ご名答です、と笑うガストが種を明かす。
「例えばこのような音を遮断するマジックアイテム――このように会話を聞かれずとも済みます。当然他にも使い方はありますが……言わずともよいでしょうな」
隠密行動の役に立つのは間違いない。
その上、ガストが懐から出したその球体のマジックアイテムを注視しても魔力の反応がわからないときた。
単に俺の感知能力が低いだけなのかもしれないが、もし高度な魔力隠蔽機能を備えているのであれば有用な道具となることは請け合いである。
「他にはどんなものがある?」
思わずそう尋ねてしまうくらいには魅力的な提案だ。
相手が何を欲しがるにせよ、金に換えることができる品物はまだまだ残っている。
だがその前に彼が何を用意できるのかを知っておく必要がある。
「そうですな……あなたが欲しがりそうなものと言えば――この『遠見の筒』などは如何でしょう」
名前と見た目でわかる望遠鏡。
残念なことに遠くを見る目は持っているので次を催促。
「おや? 割と自信があったのですが……ならばこれなど如何でしょう?」
そう言って大きな鞄から取り出されたのは青い粉の入った瓶。
「なんとこちらの粉を被れば短い時間ではありますが姿を眩ますことが可能です。動けばその存在を知られてしまいますが、待ち伏せ等には大変有効です」
擬態能力がある上に、どう見ても使い勝手が悪そうなので次。
ならばと出されたのは一枚の資料。
どうやら持ち運びのできる冷蔵庫のようなものがあるようだ。
クーラーボックスがあるのでそこまで欲しいものでもない。
すると今度はその逆を狙ってか持ち運びのできる暖房器具。
欲しいと言えば欲しいが、人間用なので明らかに小さすぎる。
おまけに携帯用なので尚更である。
その旨を伝えるとペチリと額を叩いて「これは失敗」と無言で語る。
「確かに人間用ではサイズが不十分ですな。いやはや、気が急いてしまってこんなことにも気が付かないとは……」
しばらく考えるような素振りを見せた後、ガストは「それならば」と取り出したるは二本の棒。
説明に依ればどうやらこの二本の棒は常に互いの方角を指すらしい。
(なるほど。使える道具ではあるが……)
特に欲しいものでもないので俺は頭を振って必要ないことを伝える。
確かにあれば便利ではあるが、現状道に迷うということがない上に、どの程度の距離まで有効なのかでもその価値は変わってくる。
これもダメなのかと真剣に考え込むガスト。
流石に少し気が引けたので、ペンを手に取りメモ帳に捲る。
「品数があるのはわかった。それで、お前は私に何を求める?」
書かれたメモを見たガストはしばらく黙ったまま俯いている。
果たして彼は俺に何を求めるか?
ワインの本数には余裕がある。
宝飾品は多くはないが、数度の取引ならば可能だろう。
仮に他の物を要求されたとして、町に行けば手に入ると考えていた。
しかし、ガストが求めた物は違った。
「……武器を」
思わず聞き返してしまったその言葉。
だからだろう、彼ははっきりとこう言った。
「かつて、この大陸で栄華を誇った帝国の兵器を私は求める」
それは極めて危うい要求である。
「何のために」ではなく、それを求めること自体が魔法国家としての禁忌に触れるのではなかろうか?
だが、俺は理由は聞かなかった。
訓練兵だった俺にも見覚えがある。
一瞬だが、確かにガストは俺に見せた。
かつて志願兵となった同胞の中にいた明確に戦争へと赴く理由を持つ者たち――家族や友人、或いは恋人などを奪われた者の行きつく答え。
ガストからは魔力を感じることはない。
魔術を重んじるが故に、それを使えぬ者は差別される。
聞くつもりもなければ聞く必要もない。
(つまり、セイゼリアはまた同じ過ちを繰り返すのか)
俺が人間であった時もそうだった。
行き過ぎた魔法絶対主義が招いた内乱――帝国が反乱勢力に武器を流し、それを誘発したという話もあったが、結局この国はあの時から変わっていなかったということだ。
優れた魔法技術を持ちながら、帝国が東の戦線を維持し続けることができた理由でもある。
よくよく見れば護衛の中に魔術師っぽい人はいない。
交渉相手から要注意人物へとクラスチェンジを果たしたガストだが、彼が俺にとって利用できる人間であることには変わりはない。
魔法国家のマジックアイテムを「欲しいか?」と聞かれれば俺は間違いなく首を縦に振る。
互いに欲しい物があり、ただ単に利害が一致しただけとも言う。
北は受けた損害から南に向かうことはしばらくはないだろう。
南は釘を刺しておいたから北上するにしても問題のない範囲のはずだ。
西が動くことはない。
ならば残る東をどう留めるか?
これはその答えの一つではないだろうか?
問題は、二百年後のこの世界でも使える武器がまだ残っているかどうかである。
俺は腕を組み考えた。
あるとは思えない――魔法的措置を施された当時の武器を見つけるなど到底確約できるものではない。
考えた挙句、出した結論は「難しい」である。
何よりその銃口が俺に向けられることに危機感を覚える。
マスケット銃のような骨董品でもあれば話は別だが、そんなものを探すくらいなら量産されていた訓練兵でも持てるハンドガンを渡した方がまだ楽だ。
技術的に自動小銃は無理だろうし、弾をばら撒く関係で弾薬の問題もあるだろうが、俺に向けられる可能性を考慮すれば渡せない。
同様の理由でライフルも無理。
貫通力のあるものは俺の防御力を抜いてきそうなので渡したくない。
「危惧していることはわかっている。現物は一つあればいい。壊れていても、状態が良いものならば構わない。腕の良い鍛冶師を揃えている」
悩み続ける俺にガストは説得の構えだが……ポイントがズレている。
これはもしかして銃の威力が正確には伝わっていない、ということなのか?
はてさて、となればどう返答したものか?
セイゼリア事情
セイゼリアは魔法国家であり、魔術を使える者を尊重する。しかし貴族と平民ではその意識に差があり、魔術が使えて当然である貴族(魔術が使えなければほぼ追放される)が魔術師となった平民を下に見るのはよくあることである。基本的に対等な関係を築くことなど不可能に近く、本編では貴族であるトネル・バウマンが同じ魔術師であるディエラを都合良く用いている。これに彼女が反発しないのはそのような背景があり、逆らうことで被る不利益が多く、また「やるだけ無駄」という意識がディエラに存在するためである。
このように当たり前となった事情があるが故に、魔術師に敬意を払うとしながらも、冒険者ギルドのギルドマスターは貴族であるトネルからのディエラへの強制依頼をあっさりと呑み、商人であり、副ギルドマスターという地位についた男は己の権益を増やすべく魔術師であるはずのディエラを顎で使おうとしている。
また上手く貴族などの権力者に付くことができなかった者が被る不利益は大きく、その歪みがガストのような思想を持つ人物を育てている背景もある。この辺の事情は帝国が存在していた時代からあまり変わっていない。




