187
(´・ω・`)コミックス1巻が2/15に発売です。4-2話を少しだけ早く読みたい人や、肝心な部分が見たい人は是非どうぞ。
少々距離はあったが、全力疾走できるくらいには自然破壊が進んでいるので夕方になる前に川に到着。
対岸では焚き火を囲んでいるグループが暇そうにしている。
その中に……おっぱいさんとレナがいることを確認。
今回は八人と数が倍に増えているが、女性はあの二人だけである。
男どもはどいつもこいつも武装しているが、一人だけこの場にそぐわない恰好をした小太りのおっさんがいる。
こちらの姿を確認してざわめいているようだが、若干一名こちらに手を振る者がいる。
「アルゴース」
緊張感も欠片もない声で俺を呼ぶレナ。
大物なのかおバカなのか判断に苦しむところではある。
その隣で嫌そうな顔をしているおっぱいさん。
彼女とは和解できたと思っていたのだが……どうやらもう少しコミュニケーションが必要らしい。
ならば今日もその素敵な果実を拝見させていただこう。
冗談はさておき、俺は川の深さを気にせずザブザブと進み、対岸へと到着。
小太りのオッサンがそわそわしているが、まずは先客との取引からだ。
真っ直ぐにおっぱいさんの元へと向かい、軽く手を上げて挨拶。
返事をしてくれるのは隣のレナだけ。
しかしこれを見てもそんな態度でいられるかな、と腰を下ろしてリュックを置くと、取り出したるは帝国産のワイン。
しかも二本――ラベルも前回とは違うものを選んで持って来た。
この粋な計らいに大きく目を見開くおっぱいさん。
だが手を伸ばしたところで引っ込める。
さあ、ブツを寄越してもらおうか。
俺の行動に「わかっている」と言いたげにポシェットから袋を取り出し、互いに交換。
学生時代のプレゼント交換を思い出した。
何はともあれ中身を確認すると、きちんと二種のポーションが緩衝材と思しき綿の中にあることを確認。
いそいそとリュックの中に仕舞い、おっぱいさんを見ると酒瓶に頬ずりしていらっしゃる。
「やはり酒好きか」という俺の予感は的中。
故に俺はここで追撃を選択する。
手渡したのは一本だけで、もう一本はまだこの手にある。
そこに荷物の中から追加でまた別のラベルが貼られたワインを取り出してみせたのだ。
俺を指差し言葉を失うおっぱいさんに、隣のレナが笑顔でその大きなお尻を抓る。
「わかってる! わかってるから!」
多分そんな感じのことを言っていると予想しながら、おっぱいさんの目の前で酒瓶をフラフラさせる。
扱いに気を付けろ、とお叱りを受けたが、記憶が確かならこのラベルのワインが一番多かったはずである。
まあ、割るつもりはないのでそっと平らな岩肌に置き、サッとメモ帳に書いたものを見せる。
「実はもう一つ取引がしたい」
その文を見るなりあからさまに嫌な顔をして見せるおっぱいさん。
同時に周囲の男たちがざわめいている。
多分「こいつ、文字を書いたぞ!?」とかそんな感じなのだと思われる。
似たような反応ばかりな上にリアクションがイマイチなので君たちは減点だ。
ただ、小太りのおっさんはなんか嬉しそうにしている。
「正直なところ、そいつは確かに魅力的だ。中々良い値段で売れたし、違う銘柄のものなら尚更だ。だけどね、私はこれ以上あんたとかかわりたくない」
面と向かって「かかわりたくない」なんて言われるとちょっとショックである。
悪くない関係を築けていると思っていたのは俺だけだったようだ。
このおっぱいをどうしてくれようかと思い始めた時、彼女は神妙な面持ちで語り始めた。
「私はハンターだ。冒険者と名を変えたところで、根っこは退治屋。モンスターは殺すのが当たり前なんだよ。それがあんたときたらどうだ? 人間の真似事はする。文字を書く、言葉を理解する。挙句の果てには喋り始めるときたもんだ」
彼女は俺の目を真っ直ぐに見たまま話を続ける。
「あんたは劇薬だ。セイゼリアに生きる以上、モンスターは殺さなければならない。だから、これ以上はあんたと付き合わない。これでお別れだよ、アルゴス」
明確なお別れを突き付けた彼女の意思は固く、それを尊重すべきであることも理解している。
しかし、だ。
(おっぱいさんのおっぱいも今日で見納めとなるのか……)
悲しいなあ、とその谷間を見つつ、その返事を書く。
「良い取引相手になると思ったのだが残念だ」
メモを見せつつ、地面に置いたワインの一本を手に取ると「餞別だ」と母国語を口にして差し出す。
差し出された酒瓶を見ながら嫌な顔……というより手を出したいが、取ってよいものかと悩んでいるようだ。
だから俺は残りが少なくなってきたメモ帳にこう書いた。
「帝国の書物には別れの際に酒を飲む、送るといった風習があったと記憶する」
「だから受け取れないんだよ」
おっぱいさんの言葉に続きを書こうとした手が止まる。
つまり、俺が人間の真似事をするモンスターだから、それを認めるわけにはいかず受け取れないということか?
俺をモンスターとして認識する以上、やはり線引きは必要のようだ。
しばし考え、そして頷く。
彼女の意思は理解した。
ならば、これ以上何も言うことはない。
用が済んだとばかりに立ち上がるなり背を向けるおっぱいさん。
それに続くレナの声で俺はようやく思い出せた。
「ディエラ」
俺の声に彼女は振り返る。
ただ思い出しただけなので何か言うつもりで呼んだわけではない。
だが、別れとなるならば、気の利いた一言でも言わなければと大したことのないお頭をフル回転。
そして思いついたのが何かのセリフにあったセイゼリア語の言葉。
「君に幸あれ」
それを聞いたディエラは再び背を向けると歩き出す。
ひらひらと手を振って返してくれただけでも良しとしよう。
(選択次第では、ここに彼女がまだいる可能性もあったかな?)
少なくともその隣にいるレナは大きく手を振って俺に別れの言葉を口にした。
可能性はゼロではなかっただろうが、生粋のハンターとは元来ああいうものだ。
「二百年前から変わっていないのだな」と名残惜しむように深く息を吐く。
さて、それではもう片方の用件を聞いてやるとしよう。
彼女たちだけが立ち去ったことからも、二つのグループが別々の用件でここに来たのは明らかだ。
座ったまま一人だけ場違いな恰好をしているおっさんに向き直り、俺は彼を黙って値踏みする。
目を輝かせたおっさんは笑みを浮かべて一歩近づく。
「初めまして、アルゴス。私はセイゼリア王国で商いをしている『バーリヤン商会』のガストと言う者だ」
言語はこちらでもそこそこ理解できるカナン王国語。
まさか商人が俺に用があるとは思わなかった。
何をしようとしているかは言わずともわかるが、こんな早い段階でその決断を下すこの行動力は素直に感心する。
この段階でこのガストという人物を「侮れないおっさん」へと昇格。
メモ帳に書いた「用があるのは俺が森林から発掘する旧帝国の遺産か」という文字にガストは満面の笑みを浮かべる。
「如何にも! 知っていますかな? あなたが持ち込んだワイン――貴族の手に渡り社交界で噂になっております」
大仰に柏手を一つ打ち、俺の推測を肯定する。
そして俺の持つワインが目当てと正直に頷き、おまけにその価値が極めて高いことまで話してしまう。
「商売人として大丈夫か?」という疑問が頭を過るが、それが性急な判断であったと俺はすぐさま思い知らされた。
「やはりあなたは人間と同等……もしくはそれ以上の知能をお持ちのようだ」
人であった時代を振り返り「残念。普通以下だったよ」と勝手に皮肉として捉えて密かに機嫌を悪くする。
「だからこそ、誤魔化しは無用と判断した。朧気ながらワインの価値を理解していたあなたに、国家という概念を理解するあなたには、騙しの一手はリスクが高すぎる」
一転して商売人の顔を見せるガストにその慧眼を見る。
どうやら侮っていたのは俺の方だったらしい。
とは言え、馬鹿正直に取引に応じてやるつもりはない。
おっぱいさんと同等の色気を持つ美女であれば、なんやかんやと理由を付けて応じていたかもしれないが、目の前にいるのは小太りのおっさんだ。
果たしてこの男が帝国の遺産を手にするだけの何かを持っているか?
それを俺は見極めなくてはならない。
(というか……魔法国家のセイゼリアで旧帝国の品物を扱うってどうよ?)
自分で言うのもなんだが、これはかなり真っ当な意見である。
ワインのような嗜好品は理解できるが、そんなものがそう都合良く見つかるわけもない。
おまけに状態が最良に近くなくては意味がない。
(ああ、宝飾品も渡してたからそっちもか!)
しかしそうなると問題がある。
町を何度も探索したからわかるが、基本的に貴金属類はほとんど持ち出されているので安定した供給など不可能に近い。
そして俺は貨幣を必要としていない。
長く取引を続けるつもりであれば便利だろうが、東の探索が終わり次第南へと進路を取る予定だ。
考え込む俺をどのように捉えたのか?
ただ唸り続けている俺を説得にかかるべく、ガストは交渉へと至る理由を口にした。
「そう邪険にしないでくれ。なにせ、人生で二度も人語を解するモンスターと出会うなど誰が予想できただろうか? 私はこれを神の導きと捉え、商売のチャンスと理解した」
俺が最初に反応したは「神の導き」という宗教めいたもの。
単純に言い回しのようなものだと思い直した直後、もっと重要な部分があることに気が付いた。
そう、ガストは「人間の言葉を理解するモンスターと出会うのはこれで二度目だ」と言った。
少なくとも俺はこの男を見るのは今回が初めてのはずだ。
だとしたら、彼は何処でその人語を解するモンスターと遭遇したのか?
一瞬大きく動いた感情の振れ幅が抑制機能により切り替わる。
情報次第では俺の進路は東となる。
しかし相手は商人――その情報の価値を吊り上げられては堪らない。
ならば、俺がすべきことは何か?
俺は一つ息を吐くと、真っ直ぐにガストを見つめて頷いた。
「話を聞こう」
俺の声にどよめく男たちの中、唯一人ガストは笑みを浮かべていた。
こういう戦いは苦手なんだが、やるしかないのが辛いところだ。




