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目を覚ますとそこは眠った時と同じ場所だった。
当たり前の話なのだが、どこかホッとする自分がいる。
さて、目覚めて間もないわけだが朝食の準備に取り掛かる。
すると感じる野生の視線。
そちらに視線を向けると一瞬ではあるが犬と思しき姿が見えた。
(あー、この辺は野犬がいるのか。昨日捌いた獲物の内臓とか捨ててたからな。多分それ目当てに近くにいたのか)
気配を探ればそれなりの数がいることもわかる。
どうやら野犬の群につきまとわれてしまったようだ。
犬は嫌いではないが、どちらかと言えば鳥類を飼いたい。
特に何かするわけでもないので野犬の群は放置。
今朝は川辺というロケーションを活かして魚を焼く予定なので、残念ながら連中に食わせるものは何もない。
ということでまったりと焚き火で魚を焼いていると一匹の野犬が一定の距離を保ってこちらを見張っている。
そこで気づいた。
この鼻を刺すような悪臭――そう、ゴブリン臭だ。
「……お前らアレを食ってたのか」
自然とは残酷なものである。
てっきり虫とかその辺の生物が片付けてくれているものと思っていたのだが、雑食性の動物も死骸の処理に貢献してくれているようだ。
だからと言って魚をくれてやる気はないがな。
そんなわけで食事と片付けが終わり、付かず離れずの距離を保っている野犬の群を連れながら、探索を再開したのはよいのだが、俺の胸中にあるのは全く別のこと。
「やはり東側を探索するにしても拠点が必要だな」
森の中を歩きながら出した結論に一度立ち止まる。
冷静になって考えれば闇雲に歩き回るより、拠点を中心に探した方が未探索エリアの把握が容易である。
加えて探索中に得た物資などの保管にも使え、安全な休息ポイントとしても活用できる。
というか屋根の下で寝たい。
この体でも入れるテントでもあればよかったのだが、ないものねだりをしても仕方がない。
しかしそう都合よく拠点になる場所があるのか?
それがあるのだ。
俺は拠点候補となる場所を既に発見している。
ワインを保管した地下室――状態の良いこの巨体が出入り可能な地下が拠点とならないわけがない。
割と近くに俺が出てきた研究施設があるが、そちらは気分的に利用したいとは思わない。
天井が少々低いのが難点ではあるが、あの広さならば十分許容範囲である。
行ったり来たりを繰り返すようで効率が悪く感じるが、東側の探索はまだ始まったばかりだ。
取引の都合もあるのでまずはあの周辺を重点的に探すという方針に切り替えよう。
そうと決まれば北上を開始。
野犬の群は途中からいなくなっていたが、もしかしたら縄張りに踏み込んだ俺を警戒していただけなのかもしれない。
少し気になる発見があったりで寄り道を挟みつつ、無事隠した地下室の入り口前に到着。
早速瓦礫を退かして入り口を解放。
中に入って確認してみたが、やはり寝泊まりするには十分な広さがあり、荷物を保管するにも適している。
「問題はこの壊れた扉、か……」
出入口がそのままでも俺が何とか通れるサイズという大きなものなのだが、開閉するための装置は当然のことながら壊れており、扉そのものが歪みがあって動かせなかった。
結果としてこれを破壊して地下へと至ったわけである。
ならば扉の代わりが欲しい。
勿論瓦礫以外で、である。
周辺を探してガレージに使われていたシャッターを拝借。
これを扉の代わりにする。
そのシャッターを見ながら改めてここがどういう場所なのかを考える。
(貴族、富裕層の保養地か別荘……だとすれば、一軒だけあるというのも不自然だ。となればこの近くに同じようなものがあるのでは?)
前回はただがむしゃらに周囲を探索した。
ならば今回は地理的要因を考慮に入れた上で探索箇所を絞ってみる。
道路や鉄道、町の位置からここより東南東の方角に同様の保養所跡があるはずだ。
そう思って樹木の関係上南に移動している最中に草木の中に瓦礫を発見。
原型は留めていないが倒れたシャッターからガレージを、その天井と思しき瓦礫を除去したところで地下へと続く扉を発見した。
運も実力のうちだ。
地下へと降りるとやはり裕福層は酒を好むらしく、またしてもワインセラーを発見。
姿勢を低くしながら収穫物を確認。
状態が良さそうなワインが十本に厳重なケースに入れられた純金と思しきカップが二つ。
「成金趣味だな」と一言感想を漏らしつつ、更なる収穫物を求めて中々に広い地下室を這いまわる。
そこで見つけたるは隠し扉。
地下に隠し扉とはいい趣味をしている、と前言を撤回しつつ早速中を覗く。
発見したのは大量の紙幣と意味深な帳簿。
つまりゴミだ。
「あー、流石にフロン評議国でも帝国紙幣は使えないだろうなぁ」
どうせなら金の延べ棒とかないだろうか、と探し続けていると見つかったのはケースに入った三つのガラス玉。
ただ一点、普通のガラス玉と違う点を挙げるとするならば……魔力を感知できるという点だ。
ある意味では大発見かもしれないが、生憎これの使い道がわからない。
おっぱいさんとの再会に期待する外あるまい。
ということでこれはケースごと持って行く。
まだまだ何かあるはずだ、と探し続けても出てくるのは紙幣ばかり。
現在でも価値のあるものはワインとカップと用途不明のガラス玉だけのようだ。
一応地上の部分も見て回ったが、残念ながら原型をしっかり留めているものはほぼ見つからず、銀製の食器を幾つか手に入れるだけに終わった。
しかしながら、その過程で道路の跡を発見し、そこを辿ることで二軒目を見つけることができたのは僥倖だった。
早速、瓦礫と草木に埋もれた地上部分を掃除しながら地下室を見つけ、どうにか体をねじ込んだところで発見したのはワインセラー。
どいつもこいつもやること同じかよ、と肩を落としたが、なんとこのワインセラー、空っぽである。
どうやらここの持ち主はしっかり持ち出していたようだ。
これは収穫物はないかと思いきや……今までで最も大きな成果を上げることとなる。
それがこれ――地図だ。
しかもこの周囲に限定されており、俺が出てきた施設も「研究施設」としっかりと書かれていた。
地下に書斎があったので「秘密の文書などあったりしないかな」と探してみたら、このような状態の良い地図が手に入った。
これにより、俺は現在位置の詳細を知ることができたのだが……どうやらこの周囲にある研究施設はあれ一つだけらしい。
とは言え、これも有益な情報だ。
「つまり、だ。同じような拡大された地図を発見すれば、研究施設を探す大きな手掛かりとなるわけだ」
少なくとも、何処に建物があったのかは確実にわかる。
今更ではあるが、足を使って探すよりも当時の地図を探す方が一気に探索を進めることができる。
盲点だったというより「軍事施設だから」と無意識に除外されていると思い込んでいた。
それなりの立場のある人物ならば、詳細がわかるものを持っていてもおかしくないし、一般向けの地図であったとしても、何処に建造物があるかぐらいは判明する。
これはもうがむしゃらに探すのではなく、本屋から地図を引っ張ってきた方が効率が良いのではないかと思えてきた。
「そうだよなー、俺が探しているのは当時存在していた研究施設なんだから、当時の地図があればある程度の当たりは付けられる。後は如何にして現在との位置情報をリンクさせるかで……それさえできれば目的の施設の発見に一気に近づくわなー」
「なんでこんなことに気が付かなかったんだ?」と俺は首を傾げながら自分の失態に溜息を吐く。
ともあれ、手にした地図情報から他にもここと同じような保養所があったことはわかっている。
取り敢えずはそれらを漁って、今後とも良い取引ができるようにはしておこう。
あの強力なポーションは幾つあっても困らない。
(おっぱいさんとも良好な取引相手になれそうだし……これは少しばかり良い風が吹いてきたか?)
俺は久しぶりに上機嫌で地図を頼りに建造物跡を漁って回った。
問題があるとすれば、保存状態の良い地下が思ったよりも少なく、またそもそも地下室がないパターンもあったりで、思いの外収穫物が少なかったことにある。
それでも状態の良さそうなワインが二十本に加え、貴金属も手に入ったことで、セイゼリアでの取引に使えそうな品物は十分に集まったと判断する。
結局この周囲の収集に四日ほど要したが、丁度その日の正午に川の方から煙が上がるのを確認。
実に良いタイミングである。
俺はリュックを背負って東へと走る。
さあ、取引の時間と行こうじゃないか。




