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185/242

185:とある魔術師の泣き言2

(´・ω・`)コミックの方が更新されております。ニコニコ静画などでお楽しみください。

 正直に言えば、このような結果に終わることになるとは予想だにしていなかった。

 想定外などと誤魔化す必要などない結果は、目の前の頭頂部が奇麗に禿げあがった男の反応を見れば嫌でも理解できる。

 ただ一つ言えることがあるとすれば、私は存外に世渡りが下手なようだ。


「ふざけるのも大概にしろ! もう少しマシな報告書は作れんのか!」


 相も変わらず怒鳴ることしかできないハゲだ、とこれ見よがしに溜息を漏らす。

 あの夜、私たちが持ち帰った情報をまとめ、報告書という形でギルドに提出したところ、運悪く居合わせたハゲにその内容を問い詰められることとなった。


「人語を理解するどころか話すだと!? 話を盛るにしてももっとマシな方向にできんのか!」


「ちゃんと読んだらどうだい? 多少話せる程度、だ。人語を理解しているどころか、カナン語、フロン語にエルフ語が翻訳要らず。うちの言語も少しは知っている程度に学習している」


「そんなモンスターがいるか!」


「いるだろうが」という言葉を呑み込み、再びこれ見よがしに溜息を吐いてやる。

 そもそも強制的に働かされた私が時間を惜しんでこんな時間に報告書を提出したのに、雇われのあの二人が未だに何も報告していないとはどういうことか?

 いや、報告はしたのだろうが、その内容がこのハゲに伝わっていない可能性もある。

 どちらにせよ、仕事を受けた以上はきちんと最後までしっかりとやれとあの二人を脳内でぶん殴る。

 取り敢えず話ができそうな奴が来るまでは、こうしてハゲの怒声を聞き流して適当にあしらっていればいい。

 そんな私の態度に更に苛立つハゲなのだが……いつの間にか冒険者ギルドの副ギルドマスターという地位にいた。

 何があったかは存ぜぬが、ハゲがその権力を振るう。


「貴様……冒険者資格をはく奪されたいのか!」


「ああ、はく奪してくれて構わないよ。辞めると言っても辞めさせてもらえず、こっちも困ってたんだ」


 丁度いいからやっとくれ、と付け加えたところで応接室の扉が開く。

 ノックもなしに扉を開けるとなれば、その相手がどういった身分か姿を見ずともわかるというもの。


「今、貴女に辞められるのは困るな」


「おお、バウマン卿自ら態々来ていただけるとは……」


 またしても現れる貴族の男。

 この貴族――トネル・バウマンは新種のモンスターであるアルゴスに注視しているのか、その動向を酷く気にしている。


(何か気になる情報があったのか……)


 私の知らないところであいつが何かやらかしている可能性は十分あるので、それ故の警戒ということも十分にあり得る。

 こっちとしてはできればもうかかわりたくない相手だ。

 取引をしてしまったが、どの道こちら側の決定を伝える役として最低でもあと一回は出向くことになるはずなので、安易に交渉の席に着いてしまったが、二度とすることはないだろう。

 ともあれ、話ができる相手が来てくれたことを今は素直に喜んでおこう。

 昨晩の強行軍から報告書の作成まで仮眠すら取らずに働いているので、さっさと終わらせて宿に帰って眠りたいのだ。


「どうも。報告書はそっちだから読んどくれ。あといい加減帰って寝たいから早めに頼むよ」


 貴族相手にこの物言いが許されるのも、私が魔術師でキノーシタを名乗ることを許されているからだ。

 魔術国家の貴族であるからこそ、その腕が認められた魔術師には一定の配慮がなされる。

 大きな欠伸をする私を見ながら報告書を受け取ったトネルがその内容に目を通す。


「……やはりか」


 その呟きはどの部分を指したものだろう?

 私を見る目つきが厳しくなったトネルがこちらへとやってくる。

 そして問題となった一文を指差すと私に確認を取った。


「これは、間違いないんだな?」


「ああ、これがその時に書かれたものだよ」


 そう言ってポシェットからアルゴスが書いた紙を取り出し手渡す。

 それを読んだトネルが眉間に皴を寄せた。

 次に大きく息を吐くと、私の目を見て問い質す。


「これは、本当に、アルゴスが書いたもので間違いないな?」


「間違いないよ。他の二人にも確認を取ってくれて構わない。あ、いや待った」


 言った直後に思い付いたもっと簡単な証明手段。

 正直惜しいと思う気持ちはあるが、売るとなった場合には貴族のコネクションが必ず役に立つ。

 普段は持ち歩くことが稀な背嚢から私はそれを取り出した。


「実はこんなものを手に入れた」


 そう言って取り出したのはアルゴスとの交渉で手に入れた帝国産のワイン。

 それを見たトネルが一瞬我が目を疑ったが、同時にこのワインを今取り出す理由と入手の経緯を理解する。

 なお、ハゲはワインの値踏みしかしていない。


「まさか……」


「そのまさかさ。エルフと取引しているって話にも信憑性が出るだろう?」


 そう言って出番が終わったワインを背嚢に仕舞う。

 魔法が付与されたこの背嚢は食品を保存するために中身を冷やす効果がある。

 品質を維持するためにも、長く外に出しておくわけにはいかない。


「何故仕舞う?」


 そこにこのハゲのセリフである。

 こいつは何故このワインを飲めると思っているのだろうか?


「正真正銘今は亡き帝国のワインだ。なんでも状態の良い地下室に安置されていたものらしい。帝国の技術を知っているならば、保存状態は最高のものだと理解してくれるね?」


 これは貴族に向けたセールストーク。

 もう一本手に入ることは付いてきたあの二人には教えていない。

 あの宝飾品だけでも私ならポーションを二種類揃えることができる。

 つまり、ワインは売った分が丸々私の儲けとなる。

 場合によっては二本とも売り払うことを視野に入れていたが、やはり少々惜しいと感じた私はトネルに一つ提案した。


「王国貴族である貴方に尋ねたい」


 畏まった口調で始まった私の言葉に無言で続きを促すトネル。


「……これ、買う気はあるかい?」


 背嚢からワインの瓶をチラリと見せて私は笑みを浮かべた。

 こいつの価値は貴族ならばわかるはずだ。

 そして貴族というのは面子を何よりも重んずる。

 この希少価値を塗りたくったかのような亡国のワイン――さぞかし貴族の社交場において役立つ一品となるだろう。

 恐らく私のこの言い方で、彼は「この女は貴族にとって、これがどれだけ価値あるものかわかっている」と思わせることができたはずだ。

 しかしこれを売るために私は一つ条件を付ける。


「もしもこのワインを買う気があり、こちらが提示する条件を呑んでくれるのであれば……私はこいつを売るつもりだ」


「……その条件とは?」


 口元を隠すトネルがたっぷりと時間を使って話を乗った。


「簡単な話さ。私もこいつを飲んでみたい。だから小瓶にでもいいから開けた時に取り分けて送っておくれ」


 親指と人差し指で小瓶のサイズを示しつつ、おどけた口調で「結局自分も飲みたいんだ」と笑って見せる。

 もう一本手に入る予定はあるが、それを悟られては値段の交渉に支障が出る。

 ついでに面倒事も増えそうなので、そこは隠して話を進める。

 だからこそ、私も飲みたいという意思を隠さず伝えることで、目の前にある一本が全てであるようにミスリードするのだ。

 しばし考えに耽るトネルは右手を広げて金額を提示した。


「金貨五枚」


 値段交渉などする気がないと言わんばかりの即決価格を示してくる。

 私の知る限り、ワイン一瓶に支払われた最も高い金額が金貨五枚。

 それと同じ値を付けた以上、最早首を縦に振るしかない。


「交渉成立だよ」


 そう言って背嚢ごと差し出す私は手を差し伸べる。

 握手を交わして交渉成立を互いに確認。

 他に質問はないかとトネルに尋ねるが、どうやらこれ以上は冒険者が知るべきことではないらしく、如何にも政治的な臭いが漂ってきたのでさっさと退散することにした。


「では、これからもよろしく頼むよ」


 去り際の言葉に「今回で終わりだよ」とこの件が片付けば、もうこの仕事はしないと告げる。


「残念だが、そうはいかない。提示されていたワインは二本。ならば他にもあると考えて然るべきだ。もしかしたらまだまだある可能性も十分にある。そんなものに金貨五枚を支払うはずはないだろう?」


 その言葉で私は自分の失態を悟った。

 あの二人はギルドではなく、貴族である彼に雇われていたのだ。

 それがわかれば報告がこちらに来ていないのは当然。


(ああ、そういうことかい! 値段の交渉をする気がないのも、さっさと私の失敗を決定づけるためか!)


 全てを理解してみれば、なんてことはないただの思い違いからのミス。

 仮にあの二人に問い詰めていたところで「冒険者ギルドから派遣された」と言われればそれはそれで正しく、どう転んでも彼には辿り着かなかっただろう。

 小細工を弄したことが仇となった。


(こんなことなら何も考えずに飲んでおくべきだった)


 天井を仰ぎ見る私に近づくトネルが一枚の紙を寄越す。


「折角なので情報を一つ提供しよう。年明けに行われるドレッサーコンテストだが……現在の前評判ではこの二つが最有力候補として挙がっている」


 それを手に取り見た私は乾いた笑いが漏れた。

 一つはフリルがふんだんに用いられたこれまでの方向性とは全く違うファンシーな衣装。

 少なくとも私が着るようなものではなく、真っ先に浮かぶ感想が「こんなものを一年間も着て堪るか」である。

 絶対にこれだけは嫌だと思うくらい、もう一つのデザインも最悪だった。

 現在の社交場で着るようなドレスの方向性が更に進み、どう見ても魔術師のローブらしからぬものとなっている。

 去年と同じタイプのはずなのに布地面積がダメな方向に減らされている。

 最早背中どころか尻まで見えるだけならまだしも、スカート部分の前方にとんでもないスリットが存在しており、誰がどう見ても「下着を見せる」という意図が丸出しのデザインである。

 これの発案者はいったいどんな下着を想定して作ったのか?

 そして着こなし一つで始まるマウント合戦が容易く想像できてしまったことで「勘弁しとくれよ」と思わず泣き言が口に出る。

 そしてまだまだ続くであろう新種のモンスター「アルゴス」との関係を思い出し、私は両手で顔を覆うともう一度「勘弁しておくれよ」と呟いた。

(´・ω・`)調子は良くなったけど本調子とまではいかない。体重減った分体力が落ちたのかね。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 私は賢いんだ!!と立ち回ろうとした挙句・・かぁ 毎回貴族に使われてるのに学習しない人だなぁ せめて売る条件を「冒険者廃業、二度と呼ぶな」と言うなら通るかはともかくまだ理解できたけど
[気になる点] 第185部分のタイトルが 62:とある冒険者の引き際2 となっていますが、並びからすると、 185:とある魔術師の泣き言2 ではないでしょうか。 わざとだったらすみません。
[一言] もうメンツだけで動いてそうで なんだかようわからん貴族やね
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