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184/242

184:とある魔術師の泣き言1

(´・ω・`)遅れて済まぬ。そして二つに分けることになってしまった。

 その依頼が私の元に届けられた時、内容も確認せずに「嫌だ」と言った覚えがある。

 こっちの拒否をはねつけられたのも記憶にある。

 だったらとハンターライセンス……今は冒険者証を叩きつけたのは昨日のことだ。

 そして今私の目の前にあるのが、冒険者であることを示す金属製のタグ。

 それを持って来たギルドの受付嬢が私に無言で押し付ける。


「辞める、って言ったはずだけど?」


「受理されておりません。この依頼には強制力が伴います」


 勘弁してよ、と肩を落とすも返ってきたのは小さくともしっかりと聞こえた舌打ち。

 態々私に会いに宿にまでやってきた受付嬢の視線の先で意味を理解する。

 渋る私を追い詰めるように貴族の名前まで持ち出す受付嬢。

 この「逃がす気はない」という宣言に大きな溜息を吐いた私は仕方なく連行されることにした。

 ギルドで待っていたのがいつものハゲ……だけならよかったのだが、あの時の貴族までもが応接室にはいた。


(情報一つに金貨二百は取りすぎたか?)


 新しく何かを始めるならば、困ることのないくらいはと少々吹っ掛けたが、それを支払われてしまえば拘束力が発生する。

 金を受け取ってさようなら、とはいかないのが情報という商品だ。

 よって、私は何を言われるのかを部屋に入ると同時に察した。


「――ということで、だ。改めて言うが、アルゴスの目撃情報があった。情報の精度を確認するべく、君にはアルゴスと接触してほしい」


「ああ、だと思った……」


 まさかあいつがこちら側に来るとは思っておらず、完璧に忘れていた姿を思い出してげんなりする。

 どうせなら西に行って長耳にでも殺されていれば良かったのにと思わなくもないが、来てしまった以上は仕方がない。

 気は進まないが金貨二百枚分の働きをご所望とあらば、動かなくてはならないのが契約内容。


「で、どの辺に出たんだい?」


 こうなったらさっさと終わらせようと切り替える。

 そうなれば話は早かった。

 やるべきことを伝えられ、急かされるように部屋を追い出され、出発の前にはギルドから派遣された二人と合流。

 名前も知らない相手だったので、私の情報が間違っていても大丈夫な人選なのだろう。

 つまり死んでも問題ない冒険者。

 どのように言いくるめられたかは知らないが、ご愁傷様とだけ言っておこう。

 そんなわけでサイサロスの町を出発するメンバーは四人――私は予定外の一人に視線を送る。


「ディエラ姉さん。また私を置いていくなんてしないよね?」


「ああ、うん」


 笑顔に隠された有無を言わせぬ圧力に負けた私は大人しく頷いた。

 前回は私が我を通した。

 だから今回は私が引かなきゃならない。

 わかってはいるが、待っていてほしいのが本音だ。

 心の中で自分の推測が当たっていることを祈りつつ、目撃情報のあった場所へと向かう。

 少々曖昧ではあったが、川の向こうを探せば何か見つかるだろうとレナと話をしながら歩く。

 大丈夫だと思うが、念には念を入れて手を出さないように言い聞かせる。

 アレは知能が高いと言っても所詮モンスターだ。

 何があってもレナだけは生かして帰さねばならない。

 決意を胸に進み続け、日が暮れたところで目撃情報のあった川の付近まで近づくことができた。

 この辺りはまだセイゼリアの勢力圏内と呼べるのでモンスターの数は少なく、その質も大したものではない。

 夜を明かすのであればこの辺りが適切だろうと他のメンバーと相談。

 どうやら全員が同じ意見であったことからすんなりと野営の準備に取り掛かる。

 しかしここで斥候役のレジーナが何かを発見。

 近づいて指を差す方角をじっと見ると確かに微かではあるが光が漏れている。


「他に冒険者がいるって話は聞いてない」


 目を細めるレジーナの言葉に私は頷いた。

 だとするとあれは何か?

「まさか」という思いが私を走らせた。

 後ろから呼び止める声が聞こえてくるが、気にせずそのまま走り続ける。

 そして近づくにつれ、私の中の疑念が確信へと変わる。

 あれは焚き火だ。

 しかしその周囲に人影がなく、川へと到着するとその姿を確認した。

 それが何なのかは遠目からでもわかった。


「アルゴス……」


 私は無意識に奴の名を呟いていた。

 呼吸を整えると川を渡るために明かりの魔法を使う。

 これでこちらの存在は確実にばれた。

 既に察知されている可能性も十分あるが、こちらから仕掛けない限りは大丈夫なはずだ。

 はっきりと見えるその姿は前に見た時と変わりはない。

 長い串に刺した魚で囲われた焚き火の前に腰掛け、焼き上がりを待っているその姿は私の知るアルゴス特有のものだ。

 川を照らす明かりと前方の焚き火で十分に明るい今ならお互いの姿をはっきりと認識できるはずだ。

 しかしアルゴスは私の姿を見ても何かを思い出そうと首を捻るばかりで動かない。

 仕方なしに左手でドレスローブの胸元を下ろして乳房を露出させる。

 すると「ああ、こいつか」と言わんばかりにアルゴスは頷いた。


(人を胸で覚えているのは相変わらずか!)


 知能が高いなら顔で覚えろ、と心の中で悪態を吐きつつ、肌寒い外気に触れる胸をローブの中に仕舞いこむ。

 一応後ろを確認したが、他はまだ距離があるので気づかれてはいないだろう。

 ともあれ、お互いの確認が済んだので距離を詰める。

 浅い部分の水面に出ている石や岩を足場に川を渡ったところで、後ろから私を呼ぶ声が聞こえてくる。

 そのままアルゴスへと歩み寄ると悲鳴に近い叫び声となった。

 下手に刺激を与えるような言動は慎めとあれだけ事前に言っておいたのにこの様だ。


(こんな依頼に駆り出されるわけだ)


 後ろの二人に呆れながらもアルゴスと見合う。

 するとアルゴスは立ち上がり、手頃の岩を持ってくると「お座りください」とでも言うように自分が座る対面に設置。

 二人の悲鳴がうるさいが無視して置かれた岩の上に座ろうとしたところで、アルゴスを見るとその手には串に刺さった処理済みと思われる魚。


「……またか」


 金属製の串を地面に突き刺し焼き魚が増える。

 もうなるようになれとばかりに川の対面でオロオロしている二人を手招き。

 そのもう少し後ろにレナの姿が見えたので取り敢えず安心するも、そのまま川を真っ直ぐに渡ってきた。

 設置した明かりの魔法を頼りに足場を見極めリズミカルに跳んで川を渡る。

 勢いをそのままに私に抱きつき「追いついた」と笑うレナ。

 思わずその長くて奇麗な髪を撫でてやると嬉しそうに「むふー」と息を吐く。

 すると正面のアルゴスが動いたかと思えば、レナが腰掛けるための岩を私の隣に置いて川へと歩いて行く。

 まだ川を渡っていない二人の悲鳴が聞こえたが、これをアルゴスは無視して戻って来るとその手には魚があった。

 そしてそのまま取り出した刃物で魚を捌き始めた。


「こいつは……」


 呆れてものが言えない。

 その光景を呆然と見ているレナの口が開きっぱなしである。

 それを手で閉じてやるとアルゴスを指差し言葉にならない声を出しながら、視線が何度も私とあいつを行き来する。

 ここでようやく二人が川を渡った。

 取り敢えず「大丈夫だ」とレナを引き寄せて落ち着かせる。

 そして目の前に追加される魚の刺さった鉄串。

 同時に焼けた魚をこちらに向かって差し出してくるアルゴス。

 こいつはこういう奴だった。


(こっちの反応を見て楽しんでいるのがバレバレなんだよ)


 だがそれでもここに来た目的を考えれば取る以外に選択肢はない。

 差し出された片方をレナに渡し、恐る恐る齧り付く。

 レナが行儀よく礼を言っているが、そいつに言葉は通じるのか?

 そう思っていたら「があ」と鳴いて返事をした。

 深く考えるのは止めようと、魚の味を確かめる。

 変な味はしないので大丈夫だと言おうとしたら既にレナは黙々と食べていた。

 そして気が付けば水を透明な入れ物に注いで飲んでいるアルゴス。

 そこに自分のコップを取り出して差し出すレナ。

 思わず「ちょっと!」と制止しようとしてしまうが、注がれた水をレナは一気に飲み干してしまう。


「うん、大丈夫だよ」


 慌てる私にレナは安全な水であると断言。

 レナが言うなら間違いはないが、心臓に悪いから一言言ってからにしてほしい。

 ほっと一息ついたところでようやく二人が近くまでやってきた。

 立ち位置から警戒しているのはわかる。

 けどあんたらでは実力不足だ。


(その辺がわかっていないからこんなところにいるんだろうね)


 この二人は役に立たないと割り切ったところで、レナがまさかの二本目を要求。

 身振り手振りで伝えようとする姿に「無理はしなくてもいいんだよ」と諭したところ、普通に美味しかったのでもうちょっと食べたいとのこと。


「普通に焼き加減も塩加減も丁度良かったよ」


 まさかの高評価にショックを受ける。

 基本何か作っても「大丈夫。ちゃんと食べられるよ」としか言わなかったレナがアルゴスの焼いた魚を褒めていた。

 思わずよろけそうになったところで何かが動いたのを視界の端で捉えた。

 反射的にそちらを向くと、そこには「もしかして料理下手?」とカナン王国語で書かれた紙をアルゴスが持っていた。

 驚きのあまり立ち上がってしまったが、後ろにいる誰かと衝突してしまう。

 痛みに耐えているとレナが介抱してくれたが、今はそれどころではない。


「あんた、言葉がわかるのかい?」


 それは疑問ですらないただの確認だった。

 その証明とばかりに再び紙に書かれた文章。

「セイゼリア語はわからないがカナン語はわかる」という衝撃の事実に大きく仰け反ってしまう。

 そこでいつの間にか取られていたウィッチハットが私の顔に被せられる。

 取り敢えずまずは情報の共有をしなくては、と隣のレナにこのことを伝える。

 すると今度はフロン語で「この女は料理下手?」とレナに質問。

 誰が料理下手か、と殴ろうかと思ったが、通じないとわかると今度は別の言語で書き始める。


「私はセイゼリア語がわからない」


 エルフ語で何を主張しているのか?

 思わず叫んでしまったが、どうやらこれで私が複数の言語を齧っていると把握したらしく、三つの言語を交えてその得意順を知らせてくる。

 無駄に手の込んだ探りについアルゴスの手にあるメモを叩き落してしまう。

 そこに役立たず二人が近づいてきて何事かと聞いてくる。

 場を乱されたくないので、いっそそのままでいてほしかったが情報は共有するに越したことはない。

 なので二人に説明していると焼き魚を食っているアルゴスの前にレナが立つ。

 そして頻りに自分を指差し「レナ」と自己紹介。

 名前よりも外見で覚えるという前例があるので無駄だろうと思っていると、アルゴスはレナを指差した。


(ああ、鳥のように声を真似たりするんだろうね)


 最早驚いてやらんぞ、と次の展開を私を予想した。


「レナ。わかった」


 拙いながらもそれは確かにセイゼリア語だった。

 その場にいた全員が確かに耳にしたアルゴスの声。


「しゃべったぁぁぁぁぁぁっ!」


 ぴったりと揃った四人絶叫が夜の森に木霊する。

 喋ることができるなら最初から喋れ!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公以外からの描写もホント楽しいw
[一言] おっぱいさんサイドも面白いな(笑) いやー、好きやわぁ( *´艸`)ブフッ
[良い点] 人間側がこういう人たちばかりならアルゴス君も怪しい行動せずに済むのにね。
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