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(´・ω・`)明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
「では、改めて自己紹介しよう。私がアルゴスと呼ばれている新種のモンスターだ。さて、用件を聞こうではないか」とメモ帳に書かれたカナン王国語の文章をおっぱいさんに見せる。
「いや、そこは筆談ではなく喋りなさいよ」
ごもっともな意見だが、生憎とこちらネイティブに遠い発音。
まだまだ練習中であることを伝えてこのまま続けさせてもらう。
流石に「はい」と「いいえ」くらいは口に出すが、余程簡単なもの以外は基本筆談で進行する。
おっぱいさんは「まあ、いいけど」と疑いの目を向けてくるが、互いにネイティブの言語ではないのだからここは慎重に事を進めさせていただく。
「まず初めに聞きたいのは、あんたが何故ここに来たのか、よ」
「何処にいようが私の勝手だと思うが、この辺りは何処かの国の領土なのか?」
領土という概念を持ち出す俺に溜息を吐くおっぱいさん。
「そうだ」と答えるもそれを俺は「嘘だな」と両断。
「エルフから領土に関する情報は得ている。少なくとも川のこちら側をセイゼリアが領有したという記録はない。また領有を宣言したというのであれば、それがいつのことなのか、またそのために何をしているのかを明確にすべきである」
俺の長文と読解にかかる時間で微妙な空気が流れているが、頭を抱えたおっぱいさんが何か呟くと「このメモを貰っても良いか」と尋ねる。
それを俺は了承し、彼女から「ちょっと試させてもらった」という言葉でお茶を濁される。
「まあ、そういうことにしておこう」
流石にモンスターが書く内容ではない文章である。
想定外が過ぎたであろうことは明白なので、ここはおっぱいさんに貸しを一つ作っておく。
「それでさっきの質問の続きだけど、私たちはあなたの目的を知りたいのよ」
当然のことながら素直に答えるほど俺はお人好しでなければ馬鹿でもない。
第一、こちらの事情を話したところで理解されるとも思えず、下手をすれば利用されかねないのだ。
恐らく人間の中では最も親しいと言える人物だろうが、都合の悪いことを教える気はない。
なので俺が出した答えはこちら。
「……『冬が近づいているから広範囲に渡って越冬のための活動をしている』ね。あんた冬眠でもすんの?」
明らかに俺が渡したメモの内容を疑っているおっぱいさん。
こっちも初めての冬だからはっきりしない点が多いので確かなことは言えない。
ただ元となったモンスターがリザード系なので可能性がゼロではないのが怖いところだ。
「ご想像にお任せする」
そう書かれたメモ帳を見せ、次に備えて紙を爪で摘まんで器用に捲る。
「なら、具体的に何をしているのかを教えてもらえないかしら?」
この踏み込んだ質問に「秘密」と口元に人差し指を立ててお茶目に返してみる。
その時の胡乱げな顔は美女がするものではない、と思わせるくらいに歪んで見えた。
そんなお隣のお姉さんを見かねたレナと名乗った少女が、落ち着くようにと彼女の服を引っ張り自分の方へと意識を向けさせる。
大丈夫、と頷いたおっぱいさんが再び俺と見合う。
「教える気はない、ということね?」
「『拠点になりそうな場所を探している』とでも答えた方が良かったか?」
「答える気あるなら最初から答えなさいよ!」
キレ芸を披露するかのように声を荒げるおっぱいさん。
しかしこちらの言い分も聞いてほしい。
仮に最初から答えたとして、それを君は信じただろうか?
またその理由を話さずして納得してくれただろうか?
そのような旨を伝えたところ、返ってきた答えで彼女のことが少しだけ理解できた。
「そんなの私が考えることじゃないわ。こっちの仕事はあんたと接触して目的を聞き出すまで。そこから先は知ったことではないわね」
恐らくおっぱいさんは俺の目撃情報が出てきたことで、無理矢理駆り出されたのだろう。
だから言われた通りに必要最低限だけこなしてさっさと帰ろう、と考えているのだと思われる。
面識のある彼女をあまり煩わせるのも心苦しい。
なのでそれっぽい目的を簡単にメモに書いて渡す。
彼女が窓口となってくれるのであれば、俺としても多少の譲歩は甘んじて受け入れよう。
「……東側での拠点の設営と地形の把握及び生態調査」
渡されたメモを読んだおっぱいさんがこちらを睨む。
「これ、何がしたくてやってるわけ?」
「食糧事情と生活環境の改善」
書いたメモを見たおっぱいさんが今度は頭を抱えた。
それを心配そうに声をかけるレナ。
完全に空気の残り二人はおっぱいさんに全部任せる気らしく、ちょっと距離を置いて周囲を警戒している風を装っている。
「なんでモンスターが生活環境なんて考えてるのよ……」
「重要だと思うがなぁ」とおっぱいさんの呟きに応えてみるものの、彼女からの反応はなし。
「取り敢えず、知りたいことは知れたはずよ」
俺が渡したメモ用紙を腰のポシェットに仕舞いこんで立ち上がるおっぱいさん。
撤収の号令を出したと思われる彼女に隣の少女も立ち上がり、空気だった二人も動き出す。
俺としては一つ頼み事があったのだが、ここまでの対話から聞いてはくれなさそうな雰囲気だ。
仕方なし今回は諦めようかと思ったところで、おっぱいさんが思い出したかのように振り返って俺に質問をした。
「そうだ。個人的に聞きたいことがあるんだけど……レナはちゃんと名前を把握できたのに、なんで私は胸で覚えられているわけ? あんた、カナン語がわかるなら私の名前聞いてると思うんだけど」
おっと、その質問は俺に効果的だ。
しかしすぐに思いつく言い訳はちゃんとある。
何せ十分なサンプルがあったのだから、これを理由にできないはずはない。
「魔術師は皆同じような恰好をしているから見分けがつきにくい。名前については恐らく聞き逃している」
これまでに出会った女性の魔術師は揃いも揃ってウィッチハットに肩出しのドレスローブ。
流行なのかは知らないが、男の方もほとんど同じような服装だったと記憶している。
よって「魔術師は見た目で区別がつきにくい」という俺の理論も成立する。
この理由を聞いたおっぱいさんは「こっちにも色々あるのよ」と何か思い出したくないものでもあるのか、目を逸らして溜息を吐いた。
どうやら彼女も同じような服装をすることに否定的なようだ。
最後に仕事絡みではない会話ができたことで、俺はダメ元で一つおっぱいさんに頼み事してみる。
「折角だから一つ頼みごとをしたい」
おっぱいさんを呼び止め、そう書かれたメモを見せると彼女は露骨に嫌な顔をする。
その反応は当然予想済みだ。
だから俺は一つ手札を切る。
リュックを彼女が見えるように俺の手前に持ってくると、そこから一本の瓶を取り出した。
「それは……!」
有史において、最も人類を狂わせたアイテムの一つである酒――しかもこいつは帝国産のワイン。
亡国であるが故に嗜む程度の者ですらこの一本の価値はわかろうというもの。
酒を飲まない相手には効果は薄いだろうが、金銭的な価値は間違いなくある。
純粋の酒として見てよし、換金用として見てもよし……果たして彼女はどちら側の人間だろうか?
フラフラとこちらに歩み寄る彼女を見れば一目瞭然。
彼女は前者、しかも効果は覿面だった。
後ろでレナが何か呼びかけているが、そんなものなど耳に入らないかのように俺の持つ瓶に彼女の手が伸びる。
「……間違いない。帝国産のワインだわ。これを一体何処で手に入れたの?」
瓶のラベルを指でなぞるおっぱいさんが俺を見上げて尋ねる。
「偶然状態の良い地下室を発見し、その中で手に入れたものだ」
つい最近のことだと付け加えると、おっぱいさんが何か呟いている。
恐らくワインの保存状態について調べるのに夢中であるらしく、俺の呼びかけに応じてくれない。
なのでウィッチハットをまた拝借。
良く見えるようになったのでしばし鑑賞――からのワイン瓶の持ち上げ。
「ちょっと、もっと、しっかり、調べさせ、なさい」
背伸びして手を伸ばすおっぱいさんのおっぱいが眼前に迫る。
ピョンピョン跳ねるのでその質量の躍動感が素晴らしい。
しかしその上下運動もすぐに終わり、おっぱいさんが一歩退く。
「わかったわよ。聞けばいいんでしょ、聞けば」
そう言って乱れたドレスローブの胸元を正す。
俺は頷き瓶を手渡すとメモにペンを走らせ、書き終わると同時に彼女に見せる。
「……前回取引した時のと同じポーションね。あんた、まさかエルフともこういうことしてないでしょうね?」
「してるぞ」と返事をするとおっぱいさんが何度目かの仰け反りを披露してくれた。
その頂きにウィッチハットを乗せると、手にしたおっぱいさんが被り直す。
「二つとも? あれ、結構高いんだけど?」
あの効果を知っていれば嘘ではないことはわかる。
傷を治す方だけでも良かったが、万一を考えるともう片方も補充しておきたい。
だから俺は身銭を切ることにする。
もう一度リュックを漁り、取り出したるは二本目のワイン瓶とエルフとの交渉に使っていた宝石を含めた装飾品の残り物。
突然現れた貴金属類に目の色が変わるおっぱいさんだが、ここは彼女を手で制する。
取り出した二つを左右に分け、俺は「どちらを選ぶか」と問う。
こちらの意図を察したおっぱいさんがどちらを取るか悩んでいると、後ろからやってきたレナに何やら説教されている。
多分お酒で失敗した経験でもあるのだろう。
惜しむおっぱいさんの手がゆっくりと宝飾品へと向かいそちらを指差した。




