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俺が目の前の素晴らしい勘違いの結果をどうしようかと悩んでいると、おっぱいさんは露わになった胸をドレスローブに収めてしまう。
大きさが大きさなので片手では少し手間取っていたが、元に戻すと詠唱を開始。
川の上に小さな光球を幾つも作り、水面から出ている岩肌へとリズムよく飛び移ってこちら側へとやってくる。
跳躍と同時に豊かな胸が激しく揺れて正に眼福。
その後方から声が聞こえているが、残念ながらセイゼリア語はわからない。
まあ、魔術師が単身で如何にもパワー型なモンスターに近寄っているのだから、それを咎めたりしているのだろう。
こちら側に渡ったおっぱいさんが岩に腰掛けたままの俺と見合う形となる。
川に残された光球と焚き火のお陰で周囲は明るく、双方の挙動がよくわかる状態だ。
俺が立ち上がると川の向こうで叫ぶ男女が二人。
後一人いるようだが、もう少し後方を走ってこちらに向かって来ている。
取り敢えず俺の目的は立ち話もどうかと思い、手頃な岩があったのでそれを持ってきて椅子替わりにしてもらうことである。
俺が座る対面の焚き火から程よい距離に岩を置く。
立ち上がったついでに捌いた魚に塩を振り、鉄串に刺して焼き魚を追加。
「またこいつは」という顔をしているおっぱいさんは俺が運んできた岩に腰掛け、川の向こうにいる仲間に向かって手招きする。
人が増えるようなので、生簀の中の魚も追加しようと川へと歩く。
明らかにビビっている二人に最後の一人が合流。
長い金髪の何処かで見た気がする美少女。
(男一に女三人のハーレムパーティーか)
女性の分の椅子くらいは追加してやろうと魚を持って戻り、また岩を両手に持って戻る。
物怖じする二人を置いて、後から来た金髪の美少女がピョンピョンと川を渡る。
おっぱいさんに抱きつくように飛び込んだことで、俺は「あ、もしかして最初に人を見つけた時にいたもう一人か」と見覚えがある理由に思い至る。
それならば、とおっぱいさんのすぐ隣に岩を置く。
もう一つを反対側の隣に設置し、魚捌きタイム。
背後から声が聞こえるが何を言っているのかはわからない。
恐る恐る川を渡った二人はこちらと距離を取ったままだ。
(男は戦士。女はスカウト、ってところかね?)
こっちに来ない連中は無視していちゃつき始めた二人を見る。
何と言うか……この二人、距離感が近すぎる。
(あっれー、おっぱいさんってそっちの人だったの?)
まあ、美女と美少女なので絵になるから問題はないと思うが……それはちょっと生産的ではないのではありませんか?
思わず畏まってしまう部外者の雄。
さて、焼き魚を更に追加して俺も彼女らの対面に腰を落とす。
先に焼きあがっている魚の串を二本引き抜き、その切っ先を摘まんで持ち手の方を差し出す。
金属だから火傷しないように注意してくれ。
げんなりとした表情でそれを受け取ったおっぱいさんが片方を隣の美少女に渡す。
美少女が何か言って頭を軽く下げた。
俺も頷き「があ」と一鳴き。
なんか久しぶりにがおがお言った気がする。
彼女は多分礼を言ったのだろうが、残念ながらセイゼリア語はわからない。
おっぱいさんも何か喋りながら焼き魚を一口。
慎重に咀嚼した後、二口目が入る。
どうやらお気に召してくれたようだ、と俺も焼けた魚を一口で骨ごとボリボリ食らう。
飲み物もいるな、と尻尾を使ってリュックを手元に手繰り寄せ、コップ替わりにしている容器を取り出す。
リュックはそのまま俺の背後に置き、飲料水用のタンクも尻尾で持ち上げ、キャップを外してコップに注いで飲み干す。
その姿を口開けて呆然と見ている美少女と顔に手をやり「またか」と言わんばかりに仰け反っているおっぱいさん。
残念ながら人間用の入れ物はないんだ、と思っていたら美少女の方が自分の荷物から木製のコップを取り出しこっちに差し出した。
中々に肝が据わっているな、感心しつつ、そのコップに水を注ぐ。
隣のおっぱいさんが何か言っているが、少女はそれを一気に飲み干した。
焦るおっぱいさんと平然と何か言っている少女。
安堵した様子を見せた彼女の姿から、多分悪い水か生水を飲んだ可能性が頭を過ったのだろう。
まったく失礼なおっぱいである、とその大きなウィッチハットを摘まんで奪い取ると自分の頭に乗せる。
そしてこちらを見た彼女の前で即席の竈を指差し、次に水、焚き火を指差し煮沸済みであることを示す。
するとまた顔を片手で押さえて仰け反る。
さっきまでつばの広い帽子の所為で見えにくかったが、何度見てもご立派なものをお持ちである。
談笑しているわけではないが、雰囲気が悪くないことを察したのか、距離を取っていた二人がゆっくりとこちらに近づいてきた。
後ろの二人に向かっておっぱいさんが何か言うと、観念したかのように歩いてくる。
しかし踏ん切りがつかないのか、座ることはしなかった。
短い茶髪のスレンダーな女性は周囲の警戒をしているのか、一番外側に陣取った。
黒髪の男の方は何かあれば座る二人を守れるように後ろに立っている。
(いや……あの位置、その視線。こいつ……)
どうみてもおっぱいさんの谷間に目が行っている。
あまりに自然に行われたこのポジション取りに俺は彼の評価を改めた。
「この男、やりおる」と謎の上から目線で焼きすぎた魚を差し出す。
しかしそれを手で押しやるように遠慮する男。
仕方なく俺が自分でいただく。
塩加減も失敗していた。
と、ここで美少女が二本目を所望する。
将来大物になる予感がひしひしと伝わる豪胆さである。
そしてその美少女が焼き魚を受け取りつつ、何か言ったことでおっぱいさんが凹んでいるように見える。
これはあれだ。
多分「モンスターの方が料理上手」とか言われたのだと予想。
目の前でそんな面白やり取りをされてしまえば悪戯心が湧き上がってくる。
丁度都合良く俺の後ろにはリュックがある。
おもむろにメモを取り出し、二人の見ている目の前でペンを走らせる。
「もしかして料理下手なの?」
俺が書いて見せたカナン王国語に口に含んでいた水を吹き出すおっぱいさん。
立ち上がると同時に後頭部によるアッパーカットが後ろの男の顎に炸裂。
前かがみに後頭部を押さえるおっぱいさんとダウンする覗き魔。
激しい上下運動に零れた肌色を隣の少女が咄嗟にキャッチ、そしてドレスローブへとおっぱい様にお帰りいただく。
後頭部をさする涙目のおっぱいさんがこちらを睨みつけ一言。
「あんた、言葉がわかるのかい」
「そっちのはわからないがカナン語はできる」とメモに書いた文字を見せる。
そして顔を押さえて本日何度目かの仰け反りと溜息。
そろそろ返しておくか、とその顔にウィッチハットを被せる。
帽子をかぶり直したおっぱいさんがもう一度大きな溜息を吐き、隣で状況を把握しようとしている少女に説明している。
どうやらこっちはカナン語はわからない模様。
なので今度は帝国語――もとい、フロン語で「このお姉さんは料理が下手なの?」とメモ帳に書いて尋ねる。
しかしこちらも通用しないらしく、困ったように首を傾げる仕草が中々可愛らしい。
ならばと次はエルフ語で「私はセイゼリア語がわかりません」と自己主張。
「なんで、カナンとフロンとエルフ語で書いてんのよ!?」
突然叫び声を上げたおっぱいさんにビクッとなる少女。
どうどう、と落ち着くよう手振りで伝える俺に、おっぱいさんのこちらを睨む目が厳しいものとなる。
というかフロン語とエルフ語も読めるとは思わなかった。
この人思ったよりも知識人である。
「カナンよりエルフ、エルフよりフロン語が得意」
三つの言語を交えておっぱいさんの読解力チェック。
スパンとメモ帳を叩き落とされた。
予想より怒りっぽい人だ。
そして何事かと周囲を警戒していた女性が近づき、ノックアウトされた男を起こしておっぱいさんが状況説明を開始。
最後の焼き魚をモグモグしながら、事の成り行きを見守っていると、金髪少女が胸の前で手を硬く握り俺の傍にやってきた。
そして自分を指差し「レナ」としっかりとした口調で言う。
「レナ」
もう一度、彼女ははっきりと口にした。
どうやら自己紹介のようだ。
だから俺も彼女を指差し、僅かに知っているセイザリア語でこう言った。
「わかった。レナだな」
「しゃべったぁぁぁぁぁっ!」
全員が一斉に同じ言葉を叫んだので多分これで合っていると思う。
さて、思わずやってしまったがどうしたものか?
(´・ω・`)今年のこっちの更新はこれでおしまい。皆様、よいお年を。




