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(´・ω・`)予約時間を間違えたガバ投稿者
施設探索二日目。
気づけば丸一日経過しているのだから探し甲斐のある広さである。
光の加減を誤って度々魔力不足に陥っていることも原因の一つとして挙げられるが、少しずつ改善できているには違いないので、ついでの成長と考えれば差し引きプラスで良いだろう。
次にこれまでの収穫だが、研究者の日記とこれまでの情報の裏付け、後は割とどうでも良い知識がメイン。
個人的には姉の写真も収穫に入るが、これは目的外のものなので除外しておく。
そうなると現状大きな成果が得られていないことになる。
引き続き、気を引き締めて探索を行おう。
時間的には夕食と言う方が近い昼食を終え、俺は再び地下へと降りる。
今日こそは欲しい情報が得られることを祈りつつ、未探索エリアへと足を進める。
すると目覚めたその日に壊した扉を発見。
(確か殴って吹き飛ばしたような記憶があるから……この先に俺が目覚めた部屋がある)
最早はっきりとしない記憶を頼りに狭い廊下を進んで行くと、俺が入っていた冷凍睡眠装置が設置された部屋を発見。
早速中に入って検める。
何もないので次。
よもや装置があるだけの部屋だったとは思わなかった。
資料の一つくらい置いてあってもいいだろう、と愚痴を溢しながら次の部屋に入る。
「アタリだな」
入ってすぐにわかった。
幾つもある本棚。
そこに残された無数のバインダーや本から、ここが資料を保管していた部屋であると推測する。
収納スペースにかなり空きはあるが、恐らくは持ち出されたと思われる。
それでもこれだけ残っているならば役に立つ情報の一つや二つはあるはずだ。
これだけの量があると、外に持ち出して読むという選択肢も生まれてくる。
魔力回復のために一々中断するのも効率が悪い。
なのでゲート前まで運ぶことに決めた俺は、丁寧に一つ一つ一か所に集めていく。
流石に一室分とあっては本棚一つに収まりきらない。
複数回に分けることで取り敢えず一つ目の本棚を部屋から持ち出す。
通路の狭さから少々持ち運びに難があったが、どうにか無事にゲート前まで運び出せた。
自分の堀った穴をちゃんと通れるのかをまずは確認。
やはり俺の体が通れるサイズとなれば、これくらいの本棚なら大丈夫なようだ。
少々凹凸に引っかかりはしたものの、何事もなくゲートの先へと持ち運ぶことができた。
外が暗くなる前に今ある分だけでも読んでおこうと、適当に取り出した三冊を拾ったバッグに入れて地上に戻る。
リュックを地下に置いたままだったが、暗くなればまた地下に戻るので取りに行く必要はないだろう。
地上に戻った俺は早速、一冊目のバインダーを開いた。
そこに書かれていた文字や数字を読み取れる範囲で目を通す。
しばらくパラパラとページを捲り続け、パタンとバインダーを閉じた。
「これは違うな」
どうやらこれは使用された薬剤とそのデータと思われる資料だ。
これはこれで貴重なものなのだろうが、俺が求めているものではない。
思いの外一冊目に時間がかからなかったことに安堵しつつ、二冊目のバインダーを手に取った。
こちらは表題に「戦術・能力」と書かれており、俺が必要としている情報がありそうなタイトルだった。
結論から言えば、これの中身はハズレだった。
このバインダーの中身を要約すると「こんな能力があればこのような戦術が可能となる」というこれまた実験段階の資料。
これもダメ、と三冊目を取り出す。
何も書かれていないバインダーを開くと、そこには何枚かの色褪せた写真が貼り付けられていた。
それは人間の姿から始まり徐々に人の形を失っていく様を観察した記録。
何ページにも渡って貼り付けられたそれを見て、異形の姿へと変貌する経過を目の当たりした俺は軽く吐き気を覚えた。
ページを捲り続けると今度は別の男性の裸。
そして更に捲り続けると今度は女性。
特に美人というわけではないのだが……手が止まる。
仕方ないね。
そんなわけでこの三冊はハズレだった。
地下に戻って別の五冊を持ってくる。
というわけで気を取り直して一冊目。
「お、これは……」
思わず声が出てしまうくらいにはタイトルに期待ができた。
「ネメシスコード実験記録」と書かれた表紙を指でなぞる。
ようやく俺は一つの核心に迫ることができる――と十五分前までは思ってた。
一言で言うならば、思っていたのと違う、である。
ただ延々とモルモットにネメシスコードを移植し、その過程を記録している。
そう、対象がモルモットなのだ。
これではわからないことだらけで何の参考にもならない。
溜息を漏らしながら流し読みへと切り替えパラパラとページを捲る。
その一文が目に留まったのは偶然だ。
読めない部分が多く、全文の内容を把握することはできなかった。
だが「スイッチが切り替わるように」と書かれた部分が、どうしようもなく俺の不安を掻き立てる。
ページを戻り、関連すると思われる文章に片っ端から目を通す。
そのどれもが断片的にしか読み取れず、資料の状態が劣悪であることが内容の理解を妨げる。
勢い余って破いてしまったりもしたが、関係のない部分なのでセーフ。
結局、読める前後のページには関連する記述を発見することができず、残りを読み進めても何の成果も得られなかった。
諦めて次のバインダーを取り出す。
そこにも書かれている「ネメシスコード実験記録」の文字。
念のために残りも見たが、全部同じ表題だった。
「……時間返せよ」
この酷いオチには仕事をしない表情筋で苦笑い。
取り敢えず全部が同じタイトルならば、順番に読み進めていくのがベストである。
なのでそれぞれを見比べてみたのだが……これを書いたのは余程の整理下手なのか、バインダーに納められた順番がぐちゃぐちゃだったのだ。
「あー、イライラする!」
資料を解読するはずがいつの間にかパズルをやっていた。
そして並べ替えがある程度完了し、ようやく資料として読むことができるようになったところでタイムアップ。
辺りは暗くなり始め、これ以上は光源なしに読むのは適切ではない。
感情抑制機能のスイッチがよく入らなかったな、と我ながら思うくらいには苛立たせてくれた。
そんなわけで火を熾してから整理された資料を読む。
最初の方に有用な情報はないので読み飛ばしていると、早速気になる文章を発見した。
先に前後のページの繋がりも確認したが、恐らくちゃんと揃っている。
改めて文章を読むと、所々欠けてはいるが、確かに「スイッチ」という単語があり、他にも「進行」などが読み取れる。
「……これは『感情』と『抑制』か? 感情抑制機能が……スイッチ? 進行する? いや、させるか……」
一つの文章の中にある読み難い単語を繋ぎ合わせていく。
不明瞭な部分は多く、全てが読めるわけではない。
しかし、読める範囲で繋ぎ合わせてできた文章は、俺から言葉を奪うには十分すぎる破壊力を持っていた。
(感情抑制機能がスイッチとなりネメシスコードを進行させる?)
意味を通じるように繋げてできた文章に血の気が引く。
しかしここで思い出したのは感情抑制機能は全ての被験者に搭載されているものではない。
俺だけなのか?
もしくはただの実験での話なのか?
読めない部分に重要な単語がある可能性は?
焦る気持ちを落ち着かせ、平静を保ちつつページを捲る。
しばらく半分以上が読めない文章と睨み合い、やっとのことで見つけた関連する記述の中にあった「実験データ」と「不採用」の文字。
俺は安堵の息を漏らす。
そのまま読み進めて出した結論がこれだ。
「つまり、これらは思いつきで作った機能などの実験記録ってことか」
実に心臓に悪い資料である。
最後の一冊を手に取り、その中身が他と大差がないことを知るとバインダーを閉じた。
火を消して地下へと戻り、まずは本棚から表題のあるものとをないものを分ける。
その中で未分類となったのがこちらの日記。
パラパラと捲っているといきなりヤバイ内容が目に飛び込んだ。
「実験で作った機能を勝手にねじ込む馬鹿が現れた。今日は徹夜だ。締め上げた馬鹿に理由を問い質すと『折角作ったものだから』というふざけた理由だった。こんな阿呆が同じチームにいることが信じられない」
俺も信じられないよ、と続きを読む。
状態が良いので解読が楽なのが救いだ。
また、この日記によるとどうやら件の阿呆はしっかり処罰された模様。
組み込まれたネメシスコードに連動した機能も削除されており、プロジェクトの軌道も修正されたと締め括られていた。
これで一安心かと思いきや、ここで「アサルトモード」に関する記述を発見。
どうやらアサルトモードは元々ステルスモードと組み合わせて使うことを想定されていたらしく、これらを合わせて「アサシンモード」と仮称されていたようだ。
その名残からか、アサルトモードへの移行はステルスモードと似たような切り替えとなるようだ。
確かにどちらも外皮を変質させているという記述があった。
思わぬ収穫だったが、資料よりも日記の方で有用な情報が見つかるのは如何なのものか?
早速俺は確認のために試行を開始。
それから僅か五分後、魔法の明かりが照らす地下で確かな変化を俺は確認することになる。
「変色――腕が、黒くなった?」
確認のために変色していない手でその感触を確かめる。
それはまるで鉱物のように固くなっており、手の甲でノックをするように叩くと音が違って聞こえた。
しかし色が変わった部分はすぐに元に戻ってしまう。
「これは……慣れが必要だな」
しかし取っ掛かりは掴めた。
アサルトモードをものにするのも時間の問題だろう。
これで残す問題はネメシスコードのみとなったと言ってよいだろう。
まだまだアサルトモードの検証に時間を割かなくてはわからないことはあるが、それでもこちらは一段落着いた。
使える時間はなるべく最大の問題につぎ込みたい。
日記の方に戻って読み進めていくと、どうやらこの著者は真面目な研究者らしく、ただひたすらに遺伝子強化兵計画を進めることに邁進していた。
他の研究員との対立もしばしばあったらしく、元居た研究施設に戻りたいと愚痴っている。
流石にこれ以上の収穫はないか、と見切りを付けようとしたところで目にするネメシスコードの文字。
もう少しだけ、と読み進めると、どうやら彼はネメシスコードを利用することに賛成の立場の人間のようだ。
「まったく理解できん。必要とあれば処分もしなくてはならなくなるのが遺伝子強化兵だ。数々のリスクを最小限で抑える手段として、ネメシスコードは最適だと何故わからんのか。取り込んだモンスターの遺伝子が前に出ることで発揮される凶暴性は、間違いなく被験者をモンスターと認識させるには十分なものだとデータが証明している。必要なのは理由。そして大義名分だ。軍事技術として昇華された遺伝子改造技術。それを妬んだ博士による暴走。筋書は既に揃っている。それを台無しにしてどうする? 被害が出てからでは遅いのではなく、被害が出た後のことを考えなくてはならない。モンスターの遺伝子を取り込んで、人間社会の中で生きていけるなどと世迷言を抜かす阿呆どもは、生かされる苦しみというものを考えろ。彼らは皆志願した者たちだ。その覚悟はできているからこそ、ここにいる。我々が第一に考えなくてはならないのは、戦争に勝つことだ。そのために何をすべきかさえ、見失っているのだから始末に負えない。ああ、こんなことなら第七から出るのではなかった」
日記を閉じる。
続きはあるが、これ以上は考えるのが辛い。
「俺は、覚悟なんてなかった」
それはきっと被験者を集めた者と、研究者との間に起きた齟齬――もしくは「そういうことになっていた」という事実。
俺が知らなかっただけという可能性もある。
だがそれでも、この食い違いには言葉を抑えることができなかった。




