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穴を掘る。
下にではなく真っ直ぐ前へ前へと掘り進む。
壁の破壊は思ったよりもすんなりと終わった。
次に岩盤を砕く作業となるのだが、これが実に苦戦している。
なにせ全力で拳を打ち込めば崩落の危険があり、かと言って手加減が過ぎれば削ることすらできないのだ。
形状等で必要な力加減が変わってくるのも厄介だ。
ド素人が拳で採掘など中々に無理難題であったと今更ながら痛感する。
それでも少しずつでも進んでいるのは偏にこの肉体のスペックに依るところが大きい。
一度は成功した試みだが、前回との違いは採掘に使った金属片がこちら側にはないことだ。
岩盤を割って進む難易度が急上昇し、一度は周囲を探したものの、俺を外に出さないようにする内側と、その外側とでは材質が違うのだ。
「クソ、何か俺が殴っても壊れない岩盤に打ち込めるようなものがあれば……」
遅々として進まぬ開通作業に苛立ちを覚える。
冷静になろうと一度深呼吸をして時計を取り出し時間を確認。
信じられないことに八時間もぶっ通しで作業をしていたようだ。
一度休息を取るべきだ、と歪な穴に背を向ける。
「……食事と水分補給もした方がいい。いや、いっそ一度眠って頭を冷やせば何かいいアイデアが出てくるかもしれない」
俺はリュックを背負い地上へと戻る。
外はすっかり暗くなっており、今から狩りをすることが少々億劫だったが、それでも野生の豚を一匹確保できた。
すっかり慣れた解体を済ませ、即席のかまどに集めた枯れ枝を指先に灯る火で燃やす。
鉄板を設置し、脂を引いた後に薄く切った肉を焼き始める。
「ああ、水も補充しないとな」
飲み水の残りが少ないことに気づいた俺が呟く。
黙々と肉を切り、そして焼いて口に運ぶ。
その時、包丁替わりにしていた鉈に目をやる。
何かが頭の中で引っかかったのか、じっとその手にした刃を見続ける。
「あるじゃないか」
何故忘れていたのか自分でもわからない。
これほどまでに適切な道具を俺は既に持っていた。
それに気づくことができた俺は残った肉を食べ進める。
食後の片づけを早々に済ませ、休息も十分とばかりに地下へと向かい、ゲート前に辿り着くなりリュックから取り出したのは長い箱。
そう、精霊剣だ。
手に持つことはできないが、俺の全力でも破壊できなかったこの剣ならば、まさに今の状況には打ってつけである。
直接触れさえしなければ何ともないのは確認済みなので、まずはケースで柄を挟んでその切っ先を岩盤にセット。
そして蹴りを入れる。
するとあら不思議、刀身の真ん中辺りまでずっぷりと岩盤にめり込んだではありませんか。
周囲にも亀裂が入っており、そこ目掛けて拳を打ち込むとボコリと奇麗に剥がれ落ちるかのように掘削できた。
大満足の結果に無言の拍手を精霊剣に送る。
冷たい床に転がる精霊剣はきっと不服だろうが、散々こいつに煮え湯を飲まされた身としては溜飲が下がる扱いである。
そんなわけでガシガシ精霊剣を岩盤に打ち込んでいく。
無機物相手に何やってんだ、と思わなくもないが、この剣については俺にも色々と思うところがあるのだ。
順調に掘り進めていくことができるようになり、調子が出てきたところで少し天井部分が崩れるなどハプニングがあったが、無事向こう側の外壁へと到達。
かなり時間を費やしてしまったが、お陰で今後も出入りができそうなほどに良い感じにトンネルができたと自負している。
念には念を入れて外壁にも精霊剣をぶっ刺し慎重に破壊活動を行う。
そして少々天井が低いのは難点だが、念願の開通である。
相変わらず中は真っ暗だが、今回は明かりの魔法がある……と言いたいところだがずっと付けっぱなしということもあって魔力切れ。
中を探索することを考えれば明かりの魔法は必要である。
消耗の少ない魔法とはいえ、使い続ければ魔力は切れる。
自分の中に焦る心があることを自覚して俺は一度休息を取ることした。
この先は決して見逃すことがないよう万全を期して挑むべきである。
逸る気持ちは抑え、冷静な部分でそう判断できた自分を褒めるとゲート前へと戻って目を瞑って横になる。
魔力の使い過ぎによる倦怠感の前に寝転んで楽になるのが一番だ。
それで気づけば眠っていたのだから、まだまだこの体の疲労状態を把握できていないことに溜息が自然と出る。
(疲労を感じない。空腹を感じない、というのも利点だけじゃないよな)
お陰で自分の状態を正確に把握するのが困難なのだから、もしかしたら専用の何かで測定したりデータを基に厳格に管理するのが本来の運用なのだろうか?
結局のところ兵器扱いと考える以上、運用自体は単独でもメンテナンス等が必要な設定だったのかもしれない。
考察はさておき、自分の魔力が十分に回復していることを確認し、トンネルの向こう側へと移動する。
明かりの魔法を使い中を見ると「ああ、そうそう。こんな感じだった」と暗い中でも見ていた光景を思い出し口に出す。
照明の数を増やし明るくした施設の中を見て回る。
取り敢えず資料がありそうな場所を片っ端から調べていくとして、案内板が何処かにあったと思い出し、まずはそちらを記憶を頼りに探してみる。
そして見つけ出した案内板はそれはもう見事に役に立たないレベルで肝心な部分が掠れて見えなくなっていた。
「あー、そう言えばそうだった」
確かここが地下であることを確信したのはこの案内板をどうにか読み取ることに成功したからだった。
思い出してくると資料のような紙束を手にした記憶も戻って来る。
そうなると今度は「あっちだったような」と頼りない記憶を頼りにフラフラと歩き出す。
見つけた部屋で散乱する中で、拾い上げたのは非常に読みにくい手書きのメモ。
文字が掠れているとかではなく、単純に字が汚くて読めないそれをどうにか解読しようと試みる。
結果、わかったのはどうやらこのメモを書いた人物は同僚の女性の下着の色をメモっていたと判明。
またその日の色についての感想も書かれており、時間を無駄にしたことに腹を立てた俺はそのメモも躊躇なく真っ二つに破く。
次に拾った紙には昼食のメニューらしきものが書かれており、妙に詳細なレビューが食に対する拘りを感じさせた。
「次、化粧品。次、健康グッズ。次、育毛剤!」
何これ、と疑問を口にしたところで原因が判明。
見つけたボードに貼られていた紙から、どうやらここは仮眠室であったことが判明。
同時に個人的なお勧めのようなものを紙に書いて適当に貼り付けていたりしていたようだ。
何気ない情報交換の一端だろう、と納得のできる理由を自分なりに考える。
だとするとあの下着メモの人物は何を思ってそんなものをこの部屋に持ち込んだのか?
想像のできない研究施設の内部事情に戦慄しつつ部屋を後にする。
流石に休憩所にまで仕事を持ち込むような無粋な真似はしないだろうとの判断だ。
明るくなるとよくわかる施設内部の荒れっぷりに当時の様相が見て取れる。
やはり慌ただしく逃げ出したのだろう、廊下にまで紙の束が散乱している。
一部俺が踏んでダメにしたと思われるものもあるが、それを拾い集めて一枚ずつ確認していくといきなり研究内容と思しき単語が見受けられた。
「これは……データでいいんだよな?」
一部読めなくなっているが、間違いなく「遺伝子強化兵」の文字。
それに続く数値が何を意味するかまでは解読できないが、少なくとも被験者から計測した何かしらのデータであることは予測できる。
ただ項目が多い上に肝心の部分が欠損しているため、これが何のためのデータなのかはわからない。
読める範囲で得た情報はデータディスクが使えないケースを考慮しての資料の持ち出しだったが、余程急いでいたのか御覧の通り床に散乱していた。
つまり重要なデータも紙媒体で保管していた可能性が十分あるということだ。
問題はそれが持ち出されていた場合だが……むしろここに残っている可能性の方が低いだろう。
コピーがあることを祈りつつ探索を再開。
念のために機械類を弄ってはみたものの、やはり電力がないので反応はなし。
データディスクも無事ではないだろうが一応確保。
ついでに研究員が持ち込んだと思われるエロ本……はどうやら特殊な性癖の持ち主だったようなのでリリース。
ゴソゴソと部屋を見つけるなりRPGの勇者の如く荒らしていると思わぬものを発見。
「祖国のために、か……」
写真立ての中にある研究員の女性と思しき人物と隣に映る力こぶを作る男性。
その関係は定かではないが、そう書かれた状態の良い写真が目に入る。
(純粋に国家のために研究者となった者がいるのも、当然と言えば当然か……)
思えばおかしな研究者ばっかりだったよな、と苦笑しつつ写真の中の彼女のものと思われる机に手を乗せる。
その手のすぐ傍にあった一枚の書類――そこに見えた文字に飛びつくように顔を近づける。
「……見つけた!」
そこにははっきりと書かれた「タイプ:ゴライアス」の文字。
ようやく目的の物が見つかった。
それも状態は決して悪くない。
早速手に取ろうとしたが、どうやら透明な硬いシート状の下に入っているらしく、少しばかり取り出すのに苦労したがちゃんと読める丁寧な文字なのはありがたい。
汚れているかと思ったが、それはシートの方であったらしく、手に取ってみると状態の良い紙だ。
俺は「タイプ:ゴライアス」から始まる一枚の書類に目を通す。
タイプ:ゴライアス
ステルスモードとアサルトモードを使い分けることにより「単騎での敵拠点の制圧」をコンセプトとして生み出された最後の遺伝子強化兵計画。補給線や後方支援部隊の壊滅も視野に入れられており、帝国が共和国との戦争で打撃を受けた戦術が利用可能となるようにも設計された。以下が詳細とその頁となる。
2P~ 基本性能
4P~ 形態とその使い分けの考察
8P~ 戦略的運用
11P~ 注意事項
13P~ 技術に関する問い合わせ
既知の情報が書かれた一枚の紙を読み終わり、二枚目を探す手が彷徨う。
「……続きどこよ?」
探索再開のお知らせである。




