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日が暮れる。
夜の闇というものは本能的に恐怖を駆り立てるが、人の身ならざるこの体を持つ俺にとっては、たとえ森の中であったとしても薄暗い程度に収まってしまう。
「……ダメだ。完全に迷った」
そんな森の中で途方に暮れる。
暗い森というのはそれだけで気味が悪い。
そこをのっしのっしとこんなモンスターが徘徊しているのである。
これがホラーでなくてなんだと言うのか?
俺でなければ逃げ出しているぞ、とホラー要素の中心が現実逃避を叫ぶ。
「割と大真面目に洒落にならない」と文字通りお先が真っ暗な現状を悲観しつつ、取り敢えず東に移動して川を見つけようと目標を立てる。
まずは現在位置の把握をしなくては先へと進むことはできない。
迷子になったのではないか、と疑った時点で動き回ったのは失敗だった。
身体能力への自信が不用意な行動を無意識に容認してしまっていたのかもしれない。
(命にかかわることではないとは言え……いやはや、油断をしたもんだ)
現状へと至った反省点を意識しつつ、月や星の位置から東を割り出し歩き出す。
一応未探索地域だと思われるので旧帝国の施設がないか探しながらの移動となる。
残念ながら何かを発見するようなことはなかったが、深夜頃には無事川に辿り着くことができた。
「さて、問題はここからだが……」
北か南、どちらに進むべきか?
少し考えたところで北へと向かうことにした。
理由は北ならば見たことのある地形や基地跡、砦といったわかりやすいポイントがあるからだ。
そんなわけで蛇行気味な川に沿って軽く走る。
途中川の向こうに明かりが見えたので望遠能力で様子を見ると、そこにはハンターと思しき集団が野営中だった。
気になったのでしばらく様子を見ていたところ、恐らくは三つのパーティーがあると思われる。
一つはむさ苦しい男だらけ筋肉チーム。
如何にもな重武装の魔法国家らしからぬ脳筋編成だが、他のパーティーから扱いが決して良くないことが見て取れたことから、相変わらず魔術師が幅を利かせているお国柄のようだ。
二つ目が見た目麗しい女性だけのチーム。
彼女たちの編成はバランスが良く、騎士と魔術師に加えて斥候役と思しき軽装のハンター。
騎士の人は金属製の防具で判断がつかないが、魔術師の女性は何時ぞやのおっぱいさんと同様の肩だしスタイル。
サイズは及ばないものの平均以上の良いものをお持ちだ。
なお、斥候役は悲しいほどに平たい。
最後に男が一人に女が三人のハーレムパーティーだが……男はテントに入ったまま出てこず、女性だけが出入りを繰り返している。
ナニをしているんでしょうね?
ちょっと殴り込みに行きたくなったが、ここは我慢だ。
そんなことをしている余裕などないのだ。
一つの決断を乗り越えていたところで、ようやくテントから出てきた上半身裸の男が女性パーティーに声をかけ、炎の矢を飛ばされて追い払われていた。
何を言っていたのかが容易に想像できる。
(複数のチームによる合同の仕事……大物か? はたまた規模が大きめの討伐か?)
視覚情報だけではここいらが限界である。
セイゼリア王国語の言葉も覚える必要があるのかと思うとげんなりする。
魔法で栄えた国家なのでいっそのことかかわらない、とした方が面倒がなくて済むのでは?
そんな考えが頭を過るが、既に何人かとかかわってしまっているので今更ではある。
ここにハンターのパーティーが複数いる、ということを頭に留めて俺は立ち去る。
特に何か予感があったりするわけではないが、セイゼリアが西に進出し始めている可能性を考えるには十分な材料とも言える。
(ハンターを使って以前から探索を行っているのは間違いない。それにしては……ああ、そういうことか)
セイゼリアにおけるハンターとは言わば「退治屋」である。
彼らはモンスターを狩る集団であって、未探索領域へと踏み込むことを生業とした探索者や冒険家ではないのだ。
なるほど、それなら確かにハンターを主軸にしていると思われるセイゼリアの動きが遅いのも頷ける。
同時にカナンが南に目を向けたことで、セイゼリアが焦って西に進出し始めた背景も見えてきた。
こうなってくると旧帝国領を支配下に置きたい共和国――というより、ゼサトの一族もかかわっているであろう当然の疑念が湧いてくる。
そして南のフロン評議国は着々と北進を続けている。
(この大森林を囲むように周囲の国が動き出した言わば激動の時代。そこでピンポイントに目覚めるとかちょっと偶然かどうか疑ってしまうな)
全てが何者かの掌の上だった、なんてことはないと思うが、もしかしたら未来を予知するコンピューターなんかが生まれていたのかもしれない。
そんなことを考えながら北へと向かっているとようやく見覚えのある地形を発見した。
「やっと振り出しに戻れたか」
肩を落として一息つく。
明るくなってからやり直し、ということで明け方までに狩りと食事を済ませておく。
肉の確保が予想以上に早く終わり、余った時間を魔法の訓練に費やし探索を再開する。
前回は少々動き方が雑すぎた。
なので今回は軍事基地跡の位置を確認した後、初めてゴブリンと遭遇したポイント辺りを発見するべく川の近くを探索する。
あれから時間が経っているので痕跡が残っているとは考えにくく、精々記憶にある地形を見つけるくらいが関の山だと思われるが、手掛かりがなさすぎる現状からすればないよりマシな方針だ。
せめて俺の記憶力がもう少し優れていたならばよかったのだが、ないものはないのだ。
というわけで昨晩北上してきた道を逆戻り。
やはり明るい方が地形は把握しやすい。
幾ら夜目が利くと言っても、昼間同様はっきりと見えているわけではないので。この小さくも大きな差をもっと考慮に入れて動くべきだったと反省する。
きょろきょろと周囲を見渡しながら川の傍の森を進む。
しばらくするとピーという笛のような音が鳴った。
恐らく昨日発見した集団がこちらを見つけたのだと思うのだが……俺の感知範囲に人影がなければ嗅覚や聴覚にもそれらしき反応がない。
「おいおい、どうやって俺を見つけたんだよ」
呟いたところでもう一つの可能性に思い至る。
(あ、そうか……別の何かと遭遇している、ってことも考えられるな)
彼らが派遣されることになった理由がいるかもしれない。
それが被験者である可能性がゼロではない以上、これを無視して後悔するようなことは避けたい。
少しばかり興味が湧いたのもあるが、もっともらしい理由を付けて「ちょっとだけ覗いてみよう」と音の鳴った方向へと駆け足で急ぐ。
戦闘中であったならば、今のハンターの実力を知るには良いサンプルとなるので観戦も視野に入れる。
ほんの十分ほど走ったところで人の声を俺の耳が拾う。
何を言っているのかは不明だが、その口調からかなり焦っているように思えた。
「ハンターの集団が苦戦、または状況が著しく悪くなるような相手、か……」
そうであってほしいという願いとは裏腹に、俺の目に飛び込んできたのは一匹のオーガ。
しかも赤いのだ。
戦況に至ってはかなり悪い状態で、有体に言えば壊滅一歩手前である。
チーム脳筋に至っては今しがた全滅。
五人目の頭が叩き割られて明らかに前衛不足となり、ハーレムパーティーの男が何か喚いて逃げ出し、前衛が女騎士一人となる。
ハンター側が瓦解するのは時間の問題となった。
戦闘もほとんど見れなかったので良いことなしである。
仲間を見捨てて自分だけ逃げた男の背中をポカンと見つめる女性四人に何か叫ぶ女騎士。
あの女騎士が余程の凄腕でない限り勝敗は決したと見て良い。
あとはもうバラバラに逃げて犠牲者を減らすくらいしかできることはないだろう。
オーガはゴブリンのように女を玩具にはしないが人を食らう。
しかも女性を好んで食う傾向にあるのが多く、その食い方は基本的に生きたまま、であることが知れ渡っている。
複数の女性がいるこの場合、その場で一人か二人食い散らかし、残りは動けないようにして保存するのが通例だ。
残酷な結末だが、彼女たちを助ける理由がなければメリットもない。
女騎士が何かを叫び、他のメンバーが逃げ出すも、その動きを読んでいたかのようにレッドオーガが前衛を抜き去り逃走を図った者へと手を伸ばす。
スカウトの女性はその手を振り切ることに成功するも、魔術師の女性は羽織ったマントに爪を引っ掛けられ捕まった。
身に纏う布を引き剥がされ、露出した肩口にオーガの歯が立てられる――その直前に人食いの背中が小さく爆ぜた。
食事を邪魔されたことで怒りを露わにした鬼が捕まえた魔術師を投げ捨てる。
もう一人のまだ少女と言ってよい魔術師へと狙いを定め、駆け出したが当の本人は恐怖で足がすくんで動けないようだ。
四人いたはずのハーレムメンバーの内、二人は逃げ出すことに成功していたが、一人は抗うことを選択し、最後の一人は恐怖のあまり動くこともできず、その場でただ立ち尽くしている。
背格好からまだ若い連中だが、敗れて死ぬのはどの世界でも変わらない。
俺はこれ以上の惨劇を見ることを拒否するようにその場を後にしようとして、立ち尽くしてしまう。
それは本当にただ何となくだった。
ただ髪型が似ていたから、という程度の理由なのかもしれないが、無意識に、確認するように望遠能力を
使って少女の顔を見てしまった。
恐怖のあまりただ立ち竦むことしかできなかった無力な少女。
自分が良く知る彼女であれば、そのような無様な姿を晒すことはないし、髪の色だって違う。
だが、それでも似ていたのだ。
「セリーヌ?」
口から出た妹の名。
ただ顔立ちと髪型、背丈が似ているだけの他人のはずだ。
家族は南へ逃げたのだ。
無関係のはずである。
頭ではそう理解していても、俺の足は駆け出していた。
(´・ω・`)新作やっとりますので暇な方はどうぞ




