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ステルスモードのまま周囲をぐるりと見渡す。
動く者は――いた。
のろのろと見えないはずのこちらに向かって剣を引きずりながら歩く精霊剣の使い手ことアルベルト君。
「あれで死んでいなかったのか」という疑問は倒れている隊長さんに瓶を逆さにしてポーションをぶっかけ、頭に蹴りを入れて起こす金髪さんを見て察する。
恐らくだが、これまで何度も同じように回復させていたのかと思うと、気づかなかったことに納得がいかない。
顔にかかったポーションを手で拭い、起き上がって来る傭兵の姿を見て思う。
(なんと言うか、完全回復魔法を持った主人公パーティーと戦うボス敵の気分だ)
やられる側になるとわかるが、中々にクソゲ―である。
しかも準備万端で来ているということは大量に用意されていたのは間違いなく、今になってサポート役に回った連中を放置していたことが間違いだったとわかった。
しかし体勢的に致命打になりそうになかった蹴りは納得できるのだが、正面からまともに受けた隊長さんが生きているのが不思議でならない。
(まさかと思うが……ステルスモード中は能力が低下する?)
真っ先に思い付くのがそれくらいしかない。
果たしてそうなのか、とこれまでの擬態能力使用時について思い出すと「検証不足」との答えが俺の頭にデンと構える。
つまり記憶にございません。
「これはミスった」と己の迂闊さを反省。
防御力の低下があった場合、思わぬ一撃で大ダメージを受ける可能性まである。
新たな懸念事項に頭を悩ませていると、俺のいる場所を指差すエルフが場の空気を一変させるような発言をする。
「よもや食った相手の能力を奪うとはな!」
エルフの魔術師の言葉に「そんな能力持ってない」と否定したいが、現在はステルスモード。
身振り手振りで否定するが誰にも見えない。
かと言って声を出して否定するのも間が抜けている。
「悪夢を食らったと聞いた時は何の冗談かと思ったが……そういうことなら合点がいく」
一人納得するエルフの魔術師。
残念だがそんな能力があればもっと有効活用できている。
面倒な勘違いをされたものだと、げんなりしているところに更なる悪材料が投下された。
「まさか……こいつ、人を食って知能を得たのか?」
何処の誰とも知らない傭兵の発言で周囲がざわめく。
やめろ、その悪評は俺に効く。
現状明確に敵対しているのはカナン王国だけなので、他からの心証が悪くなる噂を流すのは地味だが効果的な嫌がらせになる。
「これは面倒なことになってきたか?」と決着を急ごうと攻撃を再開しようとした時、一人の男が声を上げた。
「そんなことはどうでもいい!」
息を切らせ、剣を杖替わりにして辛うじて立っているアルベルトが叫ぶ。
「今ここで、アルゴスを討たねば、人に未来はないんだ!」
その叫びを聞いて俺が思うことは唯一つ。
(人類、ではなくカナン王国の間違いだろ)
素人予想でもカナンが俺に構いすぎれば、国力の低下からセイゼリアとの戦争に発展すると見ている。
そのような状況になれば勝敗は歴然。
現在の国力比が如何程かは知らないが、魔法に傾倒し続けたセイゼリアと、中途半端に科学に手を出し、それを途中で放り出したカナンではどちらに軍配が上がるかなど考えるまでもない。
煽動、もしくは士気を取り戻すためには悪くないセリフだと思うが、それで傭兵を動かすのは少しばかり無理がある。
現に動く者はいないままだった。
だが、そうではない一人がアルベルトの頭からポーションをぶっかける。
呆然とするアルベルトと空の瓶が割れる音が響き、彼の背中をバンと大きく叩かれた。
「お前、何のためにここに来たんだよ」
そう言って前に出てくるおっぱい出しっぱなしのワイルド系金髪美女。
余裕のある今なら言える。
「ナイス美乳」
いや、実際に口には出さないけどね。
ともあれ、彼女の言葉にどんな意味があったのかはわからない。
それでもアルベルトは小さく「ああ」とだけ呟くと、見えないはずの俺を睨みつけた。
「……そうだ。そうだった。俺は、そんなことのためにこの剣を手にしたわけじゃない」
憑き物が落ちた、とでも言うべきか?
それまでにあった何かが彼から抜け落ちたかのように思えた。
人生経験の浅い俺ではわからない。
だが何処か吹っ切れたかのような表情から、彼はきっと自分にとって大切な何かを思い出したか取り戻したかしたのだろう。
「お前を倒し、本物の英雄となる。ここで朽ちてもらうぞ、アルゴス!」
俺に向かって走り出したアルベルトに「やってみろ」と声を出して答えてやる。
多分そうするのが絵的に映える気がしたからだ。
なので全く別の方向から返事をするのは許してやろう。
だが、まともに戦ってやるかどうかは別だ。
俺が動き出し、一番初めに標的としたのは――エルフの魔術師。
ゼサトの手の者だという確証はなかったが、それでも精霊剣を手に入れさえすれば買収できると踏んでいた。
記憶が確かならばゼサトは精霊武器を有する三大氏族に入りたがっていた記憶がある。
ならば新たに精霊剣を用意し、四大氏族と拡大できるようにすることでこちら側に引き込めるのではないか、と思っていたのだが……先ほどの言葉で俺の脅威度が上がりすぎた。
よってこの案はお蔵入りとなり、この間違った情報を持つ彼らを生かして帰すわけにはいかなくなった。
「こっちに向かって来ている! 援護しろ!」
こちらの動きに気づいたエルフが俺に向かって広範囲に水を撒き散らす。
まずは周囲に俺の位置だけでも把握できるようにする一手。
長く生きる種族なだけあって優先順位というものをよくわかっている。
擬態能力を解除し、姿を見せると同時に放たれた拳は水の防壁を容易く突破してエルフの魔術師に迫る――が、その手は光の矢によって撃ち落とされ、空振りに終わった隙に距離を取られてしまう。
追撃を試みたものの、後方にいるエルフとの見事なまでの連携の前に詰め切れず、アルベルトが間に合ってしまう。
現状精霊剣との攻防が最も危険度が高い。
俺は一つ舌打ちをしてサーベルを拾うために一度飛び退く、そしてこちらの目的を察して「そうはさせてなるものか」と傭兵の一人が壊れた大斧を投げつけ俺の得物を弾き飛ばす。
そちらを見ると大斧使いの傭兵が槍使いに肩を借り、してやったりと笑っている。
死にぞこないがやってくれる、と小さく呟き精霊剣の一撃を一歩退くことで回避する。
当然ながらその一撃で終わるわけもなく、危険を顧みずアルベルトが前に出てくると同時にエルフからの援護の矢が飛んでくる。
それに合わせるように復活した隊長さんと予備と思われる大斧を担いだ傭兵も加わり、再び乱戦の様相を呈してきた。
男の陰に隠れながらも軽装の利点を活かしたヒット&アウェイをする金髪さんだが、ちょっとおっぱいに目が行き過ぎるので下がってもらえないかと懇願したい。
とは言え、体力が底をつき、最早気力で戦い続ける彼らにエルフ三名が加わったところで、一度傾いてしまった戦局はもう戻らない。
そして正々堂々など一切考えなくてもいいのがモンスター。
攻防の最中、一瞬の隙を突いて擬態能力を使用し、その場から跳躍で離脱し両手両足でドスンと着地。
音と砂煙で位置はバレるが問題などない。
包囲を安全に抜けることができれば擬態の必要はないので解除し、目標である最優先排除対象――即ちエルフの魔術師へと特攻する。
同時に俺の前に突き刺さる閃光。
これを見越して俺は足を止めていた。
(何度も妨害されれば、いい加減対策くらいするさ)
勿論その後のことも考えている。
そのために、あのような着地をしてまでこいつを手に入れたのだ。
足を止めたが勢いは殺し切れていない。
ならばその勢いのままに俺は手の中に隠し持った石をエルフの魔術師に向けて投げつけた。
咄嗟の反応で右腕を差し出すように前に出し、何らかの魔法でその威力を殺しながらも回避しようと試みたようだが、彼の右肘から先を投石がぶち抜いた。
血を撒き散らしながらくるくると宙を舞う自分の右腕を見て悲鳴を上げるエルフ。
当然止めと行きたいが……そうはさせるものかと森にいるエルフからの射撃が激しくなり、魔法まで飛んでくる。
それを華麗にいなしたところでアルベルトが俺に飛び掛かる。
振り下ろされた斬撃は僅かに俺の腕を掠めた程度。
戦力的に今エルフの魔術師が落ちれば勝ち目がなくなることを理解しているのか、かなり捨て身に近い攻撃だった。
つまり、彼は深く入り込み過ぎた。
今この瞬間、ここが彼の死地となるが、それでも精霊剣が最大の脅威であることには変わりはない。
故にそれを封じる一手を必要とする。
俺はアルベルトの目の前で、動きながら擬態能力を使用する。
二度の強化を経て、今では擬態能力が全身に適応されるのは二秒足らずまで短縮されている。
それでも最後に見えなくなるのは尻尾の先であることは変わっていない。
そのタイムラグを利用する。
彼の目にはこう映っただろう。
消える間際に俺が尻尾で死角から攻撃をしようとしている、と――
「目で追ったな?」
これは死刑宣告。
刈り取るように振るわれた尻尾に咄嗟に精霊剣で対応するアルベルト。
だがそれはフェイントだ。
空を切った剣、振るわれる拳。
アルベルトの注意が正面から逸れていた。
その一瞬は、俺の前では致命的だ。
拳に感じる肉と骨が潰れる感触。
叩きつけられた拳は確かに彼の命を奪い去った。
「なるほど、見えない攻撃と見える攻撃。組み合わせるとこうなるか」
参考になる、と如何にも「戦いの中で学習してます」的なセリフとともに動くことのなくなったアルベルトを放り投げる。
その手には精霊剣はなく、俺はようやくお預けされていた目的を果たす。
手を伸ばし、俺には小さすぎる剣を手に取った。
これで当初の目的を達成――そう思った次の瞬間、俺の手から弾かれるように精霊剣が放れる。
「なんだと!?」
思わず声に出すくらいには驚いた。
選ばれた者にしか使えない、とは聞いた覚えがある。
だがまさか持つことすら叶わないとは思わなかった。
「聖剣を渡すな!」
それが誰の声だったかはわからない。
しかし直接持つことが叶わぬ以上、争奪戦とするか、殲滅戦とするかを直ちに決めることができなかった俺は反応が遅れた。
持ち去るならば、それを可能とする何かがいる。
戦闘を継続するなら、精霊剣を持って逃げられないように戦う必要がある。
逡巡の時間は僅かだった。
俺は後者を選択し、まずは手負いのエルフから排除しようと向き直る。
そこには大量の血を流しながらも、こちらに向かって何かを叫んでいるエルフの姿があり、その光景を見た直後、俺の意識はプツリと途切れた。
(´・ω・`)次回は別視点




