17 とある傭兵の視点2
(´・ω・`)食ったものが悪かったのか腹の調子がよろしくない。
状況がわからない。
俺は生きている。
それは良い。
だが何故、俺を食おうとしたモンスターが吐いているのだろうか?
ゲハゲハと異物を吐き出そうと苦しんでいる姿に、周りも理解が追いつかず呆然としている。
何人かが「俺が何かをしたのか?」と目で訴えてくるが、頭から唾液まみれになった俺が聞きたいくらいだ。
結果を言えば、俺は生き残り、新種のモンスターは逃げ出した。
あの巨体の逃走を阻む手段などあるはずなく、バタバタと去っていてく姿を俺達は見送ることにしかできなかった。
そして残された者達の視線が一箇所に集中する。
頭から齧り付かれ、怪物の唾液まみれになった俺だ。
誰も声をかけない……いや、かけられない。
俺も黙って地面に座っている。
「何が起こったか?」という全員の疑問は一致しているが、俺が何かをしたと思っている者は少なからずいる。
しかし俺は何もしていないので何も言えない。
正直、ここは俺が死ぬ場面だったと思うし、俺も「死んだ」と思った。
何が原因かはわからないが、生き残ってしまったのだから仕方ないだろう。
時間経過に伴い、冷静になればなるほど気まずい空気を全員が読めるようになってくる。
沈黙という誰が口火を切るかの押し付けあいが始まったが、まさかの人物が手を挙げた。
「あの……団長。そのー、大変言いにくいのですが……」
カゼッタは言葉を濁すが俺は無言で「言え」と顎をしゃくる。
「団長、最後に体……いえ、頭を洗ったのはいつですか?」
「……覚えてねぇよ。ここ3年は記憶にねぇ」
俺の返答に全員が押し黙る。
恐らく、何故あの化物が「ああなった」のかを理解したからだ。
いや、理解ができないからこそ、そういうことにしたかったんだ。
「……なあ、俺ってそんなに臭いのか?」
しばし続いた沈黙に耐えかねた俺の言葉に、団員達はそっと目を逸らした。
レコールの街に戻った俺は、帰り道と同じように無言で体を洗われた。
特に唾液まみれの頭部は重点的に行われ、息継ぎもままならぬほどに水をぶっかけられた。
俺に拒否権などなく、誰が初めに言ったのか「ずっと団長の臭いについて言いたいことがありました」という言葉から始まり、俺の体臭を糾弾する大会が開催された。
曰く「目が痛くなる」だの「何か酸っぱい」だの言われ放題であったことは覚えている。
どうやら団員はほぼ共通して俺の体臭に不満を持っていたらしく、ここぞとばかりに文句を言う。
俺は罵詈雑言であろうと黙って耐えた。
だってさ、半分くらい泣いてんだぜ?
「何も言えねぇよ」と格好付けたつもりだったんだが、後で「いや、団長の臭いのせいです」と返された。
よし、お前ら訓練の時覚えとけよ。
そんな具合にサッパリとさせられて、まずはギルドに報告へ行く。
アーンゲイルが驚いた顔でこちらをまじまじと見ているのが気になるが、ゴブリンの殲滅とその数から複数のコロニーがある可能性を提示したところ、想定内だったらしく「やはりか」と苦い顔をした。
「それと、悪い情報がもう一つある」
アーンゲイルが目頭を抑える。
ただでさえ人手不足、その上ゴブリンのコロニーが複数あるという頭の痛い話が出たところに追い打ちがかかるのだから同情すら覚える。
「新種のモンスターを発見した」
頭を抱えたことから凡そを察したのだろう。
「察しの通りボロ負けだ。一対一じゃ話にならねぇ」
そう言って包帯で巻かれた両手の指を見せる。
ちなみに7本折れている。
こんなことなら新作のガントレット買うべきだった……いや、金属製にしたところで結果は変わらなかっただろう。
この怪我があるから結果は言わなくてもわかっただろうが、あいつのヤバさはそれでは伝わらない。
「簡単に言うと、矢が刺さらねぇ。剣が効かねぇ、槍が折れる。魔法はほとんど効いてねぇし、俺が巨人殺しを一発も当てられなかった」
「……なんだ、そいつは?」
「オーガくらいのでかさで、全身灰色の尻尾が生えた人型っぽい奴だ。ああ、ロイドの戦鎚が片手で止められた。パワーはオーガの比じゃない上、速度もあって知能も高い。奴さん、最初から俺だけを警戒して、俺を潰して去っていった。団員は一人死んで、怪我人が多数だ」
「どういう状況だ?」
「ゴブリン殲滅中に隠れている『何か』を魔法で見つけたから、炙り出して俺が誘った」
「で、完敗したわけだ」と付け加えるとアーンゲイルはそれはそれは大きな溜息を吐いた。
「お前が狩れない……いや、お前を軽く捻り潰す新種のモンスターか」
遠慮ない物言いだが、それは事実なので「おう」と短く返す。
「対処法は?」
「俺が聞きてぇよ。取り敢えず、最低でも上物の魔剣と上級魔術士を揃えなきゃ始まらないってのは言えるな」
アニーの魔剣では傷一つ付けることができなかったことは伏せておく。
ギルドには所属しているが、全てを報告する義務はない。
義理はあるだろうが、こいつはその領分を超えている。
「どうすれば良いと思う?」
「俺に聞くなよ」と冷たくあしらうとアーンゲイルが再び大きな溜息を吐く。
「仮に騎士団がその新種と当たったとして……どうなると思う」
「蹴散らされて終わりだ。勿論相手は良くてほぼ無傷。金属鎧が何の役にも立たない上、普通の剣じゃ傷一つつかない相手だぞ?」
俺の言葉に何度目かの溜息が聞こえてくる。
恐らく色々と考えているのだろうが、パッと対処法が思い付くような相手ではないのは俺が一番よくわかっている。
「これを報告しろと言うか」
恨みがましい言葉に「それが仕事だろ」と突き放す。
「今後、新種の対処に関してはお前も関わってもらうことにする。頑張って領主や騎士団に説明してやってくれ」
「おいおいおい、俺はまだ領主館には入れんのだがね?」
反撃とばかりに俺を組み込んでくるが、残念ながらうちの傭兵団は領主館に出入りすることができない。
「ああ、その問題はほぼ解決した。そもそも『暁の戦場』が領主館に入れなかったのは実力や実績、信用に問題があるわけじゃなくて、お前さんが不潔だからだ」
アーンゲイルの言葉に俺はしばし呆然とする。
傭兵団にとって実力、実績、信用の3つは極めて重要な要素だ。
それを証明するのが「貴族との直接取引」である。
これまで領主と直接取り引きできないのは実力が足りていないからだと思っていた。
「いいか、実力だけで押し通れる時代ってのはどこもかしこも戦場だったから、だ。傭兵団の『顔』である団長が、そこらの山賊と変わらない身嗜みでは沽券に関わるってことをいい加減理解しろ」
その後、軽くギルドマスターからの説教を受け、拠点に戻った俺を待っていたのは仕事が終わった後の酒盛りだった。
仕事が終われば酒盛りをするというのは「たとえ死者が出ても明日笑えるように」という暗黙の了解があるからこそ、ほぼ例外なく行われる。
俺としても指が折れてコップを持つことが困難であったとしてもやる予定だった。
しかし、だ。
「今日は団長の奢りだ! 全員容赦なく飲め!」と音頭を取ったアニーの言葉で団員が酒の入ったコップを掲げる。
「待て、お前に奢るとは言ったが全員に奢るとは言って――」
「奢るよな?」
俺の言葉を遮り目の座ったアニーが迫る。
「アタシはさぁ、アンタが死ぬと思ったよ。何で生きてんだ……なぁ、おい。あの状況で生き残って、アタシに何か言うことあんだろ? なあ?」
既に酒が入っているのか俺の胸倉を掴むとガクガク揺らしながら詰め寄ってくる。
話を聞くに帰ってくるなりずっと飲んでいたそうだ。
(そう言えば、俺を洗う時にいなかったな)
ずっと飲んでいたのか、と呆れ顔にもなる。
しばらくの間絡まれながらギルドマスターとの会話内容を主要メンバーに語りつつ、コップを両手で挟んで酒を飲む。
結果、俺の体臭について蒸し返されたが、それで命があったようなものなのだからいいじゃないかと思うのだが、どうやら様々な店で問題が起こっていたらしく、これを機に生活の見直しを求められた。
酒を飲みながらする話ではないと思ったのだが、思ったよりも切実なようで俺は頷く他なかった。
ともあれ、全員が酔い潰れる前に言っておかなければならないことがある。
「あー……お前らに言っておくことがある。俺達の当面の目標は、あの『新種』だ」
俺の言葉に団員は手を止め話を聞く。
どいつもこいつも酒を飲んでいたとは思えない面だ。
「如何に俺達がフルメンバーでなかったとしても、負けは負けだ。都合良く、というべきか領土拡大を目指す領主の意向と合致してか、あいつの対処に俺達が組み込まれることになった。他の傭兵団、もしかしたら騎士団とも共闘することになるかもしれない。恐らく他の連中は、俺らの敗北を知って情報を鵜呑みにはしないだろう。結果、俺達のように痛い目に合うことになる」
俺はそこまで話すと、一度大きく息を吸う。
「舐められっぱなしで終われるか! 次はうちの精鋭全員で当たる! 奴の息の根を止めるぞ!」
俺の宣言に団員達が沸き立つ。
若干一名酔い潰れているのがいるが、こいつには後で教えてやるとしよう。
宴は夜遅くまで続く。
いつもと変わらぬ、俺達の日常が戻った。
(あいつにはきっととんでもない額の賞金が掛けられることになる)
情報を抑制したのは、その脅威度をあげるため、他の傭兵団には悪いが割りを食ってもらう。
あの化物の強さを知れば、その被害が増えれば金額はさらに跳ね上がるだろう。
そして、それを手にするのは俺達「暁の戦場」だ。
次回から主人公視点に戻ります。




