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じっくりとそれを眺めながら、この若干歪な球体の正体を探る。
あれからエイルクゥエルに戻り、エプロンが見つからなかったことに愕然とした。
それでも、と付けてみたエプロンはどう見ても赤ちゃんの涎掛け。
事ここに至っては最早作成する外なく、引っ込みがつかなくなった俺は真っ白な布団のシーツを使いそれっぽいものを作るに至る。
余計な荷物が増えてしまったことはさておき、当初の予定通りにカナン王国領内に入るために北へと向かう。
折角なのでルークディル跡にももう一度見落としがないかと真夜中の森を突っ切った。
これが功を奏したのかはわからないが、ルークディルから出た辺りで魔力の反応を捉えた。
そして現在、その発生源と思しき丸い石のような何かを調べている。
(どう見ても人為的に配置されたもの。地面に落ちていたなら兎も角、木にぶら下げられたとなればそう考えるしかない)
何のために?
まずはその目的を考える。
こんな場所に設置する魔法的アイテム――考えられる用途など限られる。
「警報か」と小さく呟く俺は、これがなにかの接近を警戒して設置されたものだと結論付ける。
ではその「なにか」とは?
(俺以外考えられんよなぁ……)
他にいるなら是非見てみたい。
十中八九、俺と同じ遺伝子強化兵かその類だろう。
以前話に聞いたタイプベヒーモスはお断りする。
純粋な戦闘技能に劣るので力任せの戦術が通用しない相手は正直怖い。
そんなことを考えながらも魔力の発生源である石を調べる。
「お、これは……」
どうやら見た目が石っぽいのは付着した塗料と粘土みたいなものに因るようだ。
それらを取り除いてみたところ、半透明な丸い鉱物のような姿になった。
その中心部分が僅かではあるが発光しており、如何にもな魔法道具である。
おまけに剝がした塗料と粘土をじっと見てみると、こちらも微弱ながら魔力の反応がある。
(なるほど、本体を視覚的だけでなく魔力方面でも隠蔽していたのか)
色んな工夫があるもんだな、と感心していたが、それが自分に対して用いられていたことを思い出す。
「いよいよ向こうも本気になってきたか?」と気持ち警戒を強める。
カナン王国の上限は見えていたつもりだったが、今更こんなものを出してくるのであれば、まだ手札が残っていると思われる。
帝国の兵器を接収しているのは確実で、残りも僅かであろう確信もある。
しかしその全てをぶつけられた場合どうなるか?
(無傷では済まない。足をやられたりすると面倒だし……ここは一つ保険をかけておくか)
現在の手持ちのポーションは青が二本に緑が三本、そして赤が一本。
なんやかんやで増えたり減ったりしてこの本数。
ちなみに赤色は魔力の回復効果を持つ希少な代物で、エルフの里で交換したものである。
青は回復、緑は解毒と判明しており、どちらもかなり等級の高いものであるとの鑑定結果をいただいている。
そんな貴重な代物を不注意で割ったりしていたのだから、物の価値は早めに確認しておくべきだと大いに反省した。
さて、進路を北西へと変更して向かった先はいつぞやの洞窟。
研究対象が消えて予想通り人気が無くなったこの場所――まさに保険としてポーションを隠しておくには打ってつけと言える。
荷物を持ったまま奇襲を受け、真っ先にリュックを狙われた結果、ポーションがない状態での戦闘という危険を避ける。
リスク管理をしっかり行うモンスターとか中々厄介だなと人間目線で満足気に頷くと、洞窟の中でリュックを下ろし、青と緑瓶をそれぞれ一つずつ取り出し目印を付けた岩の隙間に隠す。
(いい加減あの隊長さんも、俺がポーション持ってること白状してるだろうしな。まず荷物を狙ってくることも十分考えられるし、全部なくなる可能性を鑑みれば、分けておくのが正解だろう)
これまでは大体戦闘前にリュックを何処かに下ろしていたが、それを奪われる可能性が前回の退場からの武装して出直しで発生している。
カナン側が未だに近くに荷物を置いていることに気づいていないのは流石にあり得ない。
しかしこの一手で装備と道具を失い、負傷した上で撤退してもまだ戦える下地が出来上がった。
元人間だからこそ、カナンの次の狙いが手に取るようにわかるのだ。
「なんて自信満々で外したら恥ずかしいよな」と笑いつつ外に出る。
夜が明けるにはまだ時間がある。
打てる手はもう少し増やしておこう。
日が昇る。
ちょっとずっしりした感じになったリュックを背負い、カナン王国領内を隠れながら移動する。
当初の予定は塩だけ貰って帰りにショッピングモールで軽くお買い物のつもりだったが、王国側がやる気満々なのかこちらに備えているので、向こうの本気度の確認も兼ねて少しばかり相手をすることにした。
当然こちらも手を抜くつもりはない。
リスクを分散するべくポーションを分け、リュックの中には俺が投擲するに適した瓦礫や石を詰め込んだ。
リュックの耐久が少しばかり心配だが、遠距離攻撃手段はあるとないとでは大違いなので、ここは二百年ものの化学繊維に鞭を打つことにする。
無理そうなら荷を減らすつもりだったが、思いの外危険な兆候は見られない。
「流石は帝国産」と母国自慢をしつつ、まずは何度も目にしたカナン王国が南を開拓するために作ったと思われる町へと向かう。
そして到着するまでに二度ほど何もないところで魔力の反応を感知。
恐らくは昨夜見たあの魔法道具の類似品か、それと似たような効果を持つ何かと思われるが、これに関しては実物を発見するには至らなかった。
「役目を終えると消えてなくなる消耗品だろうか」と当たりをつけ、こちらの接近がバレていることを前提に擬態能力を使用して進む。
その予想は大当たりと言ってよかった。
俺が目的地へと到着すると、町は不気味なほどに静まり返っていた。
(あー、臨戦態勢だわ)
しかもこっちの位置が大まかではあるが判明しているらしく、俺がいる方向を物見の兵士が睨みつけている。
「攻めるは下策、か……」
警戒度が高い今、考えなしに突っ込むのは相手の思う壺だろうし気分が良くない。
そもそも目的が塩の調達であるため、ここの物流が止まることを考えれば手を出すのはまだ早い。
まだ厳戒態勢が始まったばかり――ならば気が緩むまで待つのが策士。
(つまりは焦らしプレイか!)
持ち帰る予定のエロ本の影響が少々残っているようだが、とどのつまりは「人間はいつまでも緊張感を維持することができない」ということである。
いっそのこと迂回して別の場所で塩を確保し、それから用意されているであろう戦力とぶつかるのも悪くはない。
なんにせよ、待ち構えている相手のフィールドにわざわざ入って戦うほど酔狂ではない。
「二度の敗北で最早向こうも後がないはず……となれば釣り出しは効果的、か」
何処か別の場所で騒ぎを起こし、そちらに戦力を誘導した方が有利に戦えるのは間違いない。
前回は戦闘でこそ勝つことはできたが、精霊剣を奪取することはできず、また使い手にも逃げられた。
油断はなかったはずなのにこの体たらくである。
実質年齢が二十に届かぬ若造では、王国側の戦術的優位性を覆すことは厳しい。
それを身を以て知った以上、慎重に動くのは当然の帰結と言える。
(何を用意しているかは存ぜぬが、それに乗ってやるほど馬鹿ではないのだよ)
俺は小さくガッガッと笑うとその場から静かに離れた。
次の目的地はカナン王国西部――共和国との国境にあるエメリエード城塞都市。
そこへと続く街道で目的の物を確保するのが第一段階。
国境を守り、モンスターの侵入を阻む要所の一つへと続く道を事実上封鎖することになれば、俺を討伐するために集められた戦力はそこに向かわざるを得ないのは明白である。
これを待ち伏せ、奇襲することで壊滅させ、討伐メンバーにいるであろう精霊剣の使い手から前回奪い損ねた物を頂戴する。
保険を掛けた位置からも遠くなく、まさに完璧な計画と言えよう。
この作戦が成功すれば、カナン王国も俺を討伐しようなどとは考えなくなるだろう。
初期に比べて王国の評価は上がっている。
俺が色々と手を抜いているのもあるが、ここまで食い下がることができるとは思っていなかった。
一度は落胆したものの、確かにカナンは俺にとって有益な国家である。
二百年前の恨み言を口に出すつもりはないが、それでも俺の中にある消化不良の何かは一つ解消されるのではないだろうか?
素人の頼りない予測だが、恐らくこれでカナンとの戦いは決着となる。
後は俺が国土を荒らしすぎないよう気を付ければ、彼らは多少の被害を許容するだろう。
その結果は想像するのは難しいが、どんな国でも費用に見合わない成果など誰も欲しがらない。
共和国は討伐を拒否し、魔法王国は犬猿の仲なので弱みは見せることができない上、下手をすれば意気揚々とセイゼリアはカナンに宣戦布告するだろう。
つまり、カナンは俺という脅威に対し独力でどうにかするしかなく、その対処を誤れば諸侯の不満が爆発し、力を注ぎ過ぎればセイゼリアが好機とばかりに攻め込んでくる。
「んー、これもしかしてカナン詰んだっぽい?」
擬態能力を解除して森を西へ西へと走る俺が呟く。
まあ、それもこれも、最後の戦いの結果次第だが……残念ながら負ける気がしないし、今更やめるつもりも毛頭ない。
やっぱり「大戦の引き金を引いた」という事実は、俺の中では思ったよりも重かったようだ。
(´・ω・`)8/30に漫画が更新しとりまっする。




