165
翌朝、適当に現地で本などをリュックに詰め込んだ後、エイルクゥエルを発った俺は相も変わらずキョロキョロと周辺を見回しながら森の中を進む。
今回は少し思い出したことがあるので、一度ルークディルに寄り道する。
思えばここは傭兵団と出会ったことで碌に探索をしていない。
前線からかなり近い町であり、傭兵団がいたことからもわかる通りカナン王国から距離がそう離れていない。
それはつまり多数の人間が訪れることができる位置にあるということであり、目ぼしいものは既に盗りつくされた後とも言える。
しかしそれはあくまでカナンの人間基準である。
もしかしたら彼らが見逃した……或いは、興味を引かなかったものが残されており、それが俺にとって有用なものである可能性もゼロではない。
そんなわけでルークディルへとやってきたのだが、最初にするのは最早お約束とも言えるゴブリン駆除。
「ほんと何処から湧いてくるんだろうな?」と首を傾げながら投石の的にしたりと訓練は欠かさない。
折角の動く的なのだから有効活用しなくては損である。
(しかし……わかっていたが損壊状況が酷いな)
前線から近いのだから取り返された場合を考慮し破壊するのはわかる。
防壁は原型を留めておらず、町は何処を見ても瓦礫の山が目に留まる。
内陸側にある町の跡に比べると人為的に破壊された箇所が多く、どうしても当時の状況を想像してしまう。
「どうもカナン相手に遠慮がないのはこの所為なのかねぇ」と一つ息を吐いて探索を続ける。
まあ、戦争に至る経緯や大戦となる引き金を引いたカナン王国に、帝国人である俺が良い感情など持つわけもない。
向こうからすれば理不尽な理由かもしれんが、こんな姿になってしまったが故に、俺は帝国の人間……もとい、元人間という括りからは逃れられない。
「因果なもんだ」
自分でもよくわかっていないのにわかったような言葉を口する。
瓦礫をポイポイと投げ捨てながら、何か町の情報を示すようなものはないかと探して回る。
道路と思しき道っぽい跡で標識を見つけたはよいが、残念なことに書かれていた文字を読み取ることはできず、町の地図のような看板を発見するも、それは何者かが破壊した後だった。
人間がこの手のものをわざわざ破壊するとは思えないので、犯人はここに巣食っていたゴブリンだろう。
本当に存在そのものが害悪な連中である。
ともあれ「流石に町の中に研究施設はないのだろう」と諦めた俺は、次に軍関係の施設を探すため、町の北側へと足を運ぶ。
結果、得られた成果は何もなし。
いや、全て奪いつくされた後だったことがわかった、と言うべきか。
魔法で保存していたと思われる手榴弾があったことから予想はしていたが、相当数の武器弾薬が王国へと運び出されたのは間違いない。
(もっとも、それが二百年という時間でどれだけ残されているかと考えれば、然程警戒する必要はないんだよな)
大量に残っているなら俺を相手に出し惜しむことはないし、魔法で維持するにもコストがかかる。
銃器は精密機械、弾薬は消耗品――たとえ貴重な品であっても、勝ち戦となった瞬間幾らでも帝国から調達できる物資となれば、湯水の如く消費したに違いない。
他国よりも少しでも多くを切り取るべく、文字通り全力で南進したであろうカナン王国が容易に想像できた。
「うん、やっぱりこの国に遠慮なんてする必要はないな」
真っ先に出てきた結論に俺は大きく頷いた。
とすれば、それを止めたエルフに対してはどう接するべきか?
残念ながら彼らにとって決して見過ごせない理由があれど、帝国に仕掛けてきたのは間違いなく、それが原因で他国の蹂躙を許す結果となったのだから同罪と評する外ない。
(今考えても仕方のないことだがなー)
俺以外にとっては二百年前のことなのだ。
「あんま考えすぎると禿げるぞ」という人間時代の友人の言葉を思い出す。
既に毛髪など存在しないがな、と硬い頭に手をやり苦笑しながら見つけた瓦礫の山へと手を伸ばした。
それからもうしばらく未練がましく何かないかと探していたのだが、気づけば夕日が俺の体を照らしていた。
探索に時間をかけすぎてしまったことを反省しつつルークディルを後にする。
この先、このようなことを何度も経験することになるのだろうと気分が少し落ち込むが、夕食として取り出した干し肉を齧るとそんなものは吹き飛んだ。
「おお、我ながら素晴らしい仕上がり。これは……七番のやつか」
メモ帳を取り出し早速書かれた七番のレシピに丸を付ける。
色々と試行錯誤していた保存食作りはこうして微妙に作り方を変え、番号を振り分けることで管理している。
現在は二十番まで作成しており、こんなに早く当たりが来るとは思っていなかったので地味に嬉しい。
折角なのでもう一つ成人男性の掌サイズの干し肉を口に放り込む。
噛むほどに溢れる肉の旨味。
塩加減も少し辛いと感じる程度に抑えられており、きっと酒のつまみにもなるだろう。
(これはそのまま食べるに適しているが、他も早めに味わっておきたいな。辛いものはスープを作る際に……)
そんなことを考えていると俺は閃いた……いや、閃いてしまった。
「……そうだ。次に誰かと行動するときはきちんとした料理を作ろう」
干し肉でダシを取る姿を見せつけてやろう。
手際よく丁寧に下処理をする様を見せつけるのだ。
新たなネタの誕生にほくそ笑む。
本人としてはちょっと邪悪な笑みを浮かべているつもりだが、相変わらず表情筋は仕事をしない。
しかしここで俺は思った。
「料理するだけでは弱いのではないか?」
これまでの俺に関する情報を鑑みれば予想されていてもおかしくはない。
芸をする動物ではないが、想定内ではお客様は満足してくれないのだ。
ネタの追加は急務である。
唐突に湧いた使命感に俺は立ち止まり考える。
「必要なのは意外性か? それとも堅実に追加要素か?」
テーブルマナーはもうやった。
食事関係からは離れるべきか?
ありきたりなパフォーマンスではダメだ。
俺がやるからこそ意味がある何か――この姿だからこそ、やる価値のあるもの。
条件を絞り、浮かんできた案を一つ、また一つと潰していき、残ったものの中の一つに俺は手を伸ばした。
「……閃いた」
まさに天啓――誰がこのようなことを思いつくだろうか?
必要のない必要。
料理をするならば誰もが一度は身に着けるもの。
そう、エプロンだ。
油が跳ねたところで全く意に介することのないこのボディには無用な代物。
それを敢えて身に着ける。
(……完璧! そして渾身のギャグのおまけ付き!)
想像してみてほしい。
俺がエプロンを身に着けたその姿を――そしてよく考えてもらいたい。
俺は衣服を着ていない。
それ即ち「裸エプロン」である。
くっく、と小さな笑い声を漏らし、ポーズもついでに考える。
だが、ここで俺は一つの懸念を気づいてしまった。
「待てよ……この時代に裸エプロンは通じるのか?」
この素晴らしい文化が消えているとは思いたくない。
しかし、それは帝国の文化であってカナンやセイゼリアのものではない。
それからしばらくの間、俺は周辺をウロウロしながら思案していたが、結局は「男の夢」を信じることに賭け、エイルクゥエルへと戻ることにした。
そこに俺が着れるエプロンなどないことに気づくことなく、意気揚々と来た道を戻っていく。
後になって何者かに姿を見られていたのではないか、と思われる痕跡を発見するが、この時の俺は別のことに頭がいっぱいで気づかなかった。




