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そして冬が明けた――などというスキップ機能などなく、黙々と冬に備えること大体一ヶ月。
すっかり気温も下がって冬も目前といったところだ。
新しい拠点に教わった通りに作った干し肉を貯めこみ、時にエルフの里に赴き何かと保存食を交換しながら食糧庫にした部屋を埋めていく。
今ではすっかり「冬眠するモンスター扱い」である。
流石に「越冬するのは初めてなので」とは言い出せず、想像にお任せするとして拠点に籠る準備を進める。
実際問題、冬の間に活動が困難である場合を見越して様々な物資を現在の拠点に運び入れている。
特に食料と水、暇潰し用の漫画等は必須と言っても過言ではない。
その必要がなかった場合、冬の間の活動範囲は東か南が主になる。
研究施設の捜索も進めておく必要があり、地図を手にしたことで効率的な探索が可能なので丁度良いと言えば丁度良い。
冬は森の葉の大部分が枯れることになるだろうし、雪さえ降らなければ探し物をするにはうってつけの季節だ。
どちらに転んでも都合が良いのは気が楽だ。
並行して進めていた温泉探しについては跡地を見つけるまではできたのだが、残念ながら再稼働させることができずこちらの計画はお蔵入りとなった。
また魔法の訓練を続けたことで火、光に続き土の魔法を習得した。
なお地面に手を付けている状態でのみ使用可能で、人間の拳大程度の穴を掘ったり生やしたりできる。
スコップの方が有用だな。
参考として複合魔術と呼ばれる合体魔法的なものがあり、火と土が使えるのであればその組み合わせで溶岩みたいな質量を持った高温の攻撃も可能となる。
この複合魔術はエルフの術士であれば大体使用できるのだが、人間で使えるならばかなりの凄腕となるらしい。
あの時の老魔術師もこの複合魔術とやらを使っていたのだろうか?
そんな風に少し哀愁に浸ったりしながら、黙々とやるべきことをやる日々を過ごしている。
余談だが、あれからクラーゼ君とは二度ほど出会う機会があり、色々と話すことになった。
グラビア雑誌一冊と引き換えに氏族の精霊弓の使い手についての情報を求めたところ、彼が言うには「まだ幼いのでせめて成人するまで待って」と脳内ピンク色のお返事をいただいた。
きちんと訂正した上で聞き出したところによると、三大氏族であるフォルシュナが抱える精霊弓の使い手はまだ13歳の少女とのこと。
しかしながら「寵児」と呼ばれるほどに才に愛された使い手らしく、現段階で既に歴代最強との噂があり、フォルシュナの発言力を大きく高めることに貢献しているのだそうだ。
「剣聖の爺さんが最強なのでは?」との疑問に関しては、成人していないのでカウントされないことと、三年ほど前に手合わせした際は爺さんが勝っていたとのこと。
「シュバード様ももう歳だし、そろそろ勝てなくなるんじゃないかな?」
思わぬ伏兵の存在に俺は少々不安を感じたが「六号さんがいるので大丈夫だろう」と前向きに考えることにする。
持つべき者は権力者。
権力というのはいざという時、本当に頼りになる心強い味方だ。
富裕層生まれの上に身内が政治にかかわっているとか恵まれすぎててごめんね?
人間だった頃はよくネタにしたものだが、その頼りになる身内は不正を許さないタイプだったので、実はそこまで恩恵があったわけではない事実は最後まで秘密になってしまった。
とまあ、そんな感じに昔を思い出したりしながら干し肉を量産していたわけなのだが……調子に乗って色々試したりしたお陰で塩が尽きた。
折角だから、とやり方も碌に知らないのに燻製にまで手を出したのがまずかった。
新しい調味料が欲しい欲求に負けた結果だが、燻せば保存が効きやすくなると何処かで聞いたことがある。
次は横着せずに関連本を入手してから試そう。
ともあれ、塩がなくては干し肉作成に支障が出る。
仕方がないのでカナン王国までちょっとお買い物をしに行くとしよう。
翌朝、準備を事前に済ませていたので改造リュックを背負い拠点を出る。
睡眠も十分、食料も持ち出し戸締りも完璧。
進路を北東にいざ出発。
森の中に入ると何度も往復したことによりできた獣道ならぬ「俺の道」が見える。
移動しやすいように若干自然破壊をした痕跡は見られるが、こんなところに文句を言う隣人などいないので問題ない。
そのうちの一つに各町に通じる線路跡へと続くものがあり、今回はそちらを使わず探索と並行して移動を開始する。
こうやって移動する際は周囲を見ながら進んでいるのだが、その所為か時折大きく方角を外してしまうことがある。
肉体のスペックは高くとも、脳みそまでは強化されていないことを痛感する。
レーダー的な能力はないものかと懲りずに色々念じたりしたみたが、やっぱりそのような機能は備わっていないようだ。
「絶対あった方がいい能力なのにな」と搭載すべきであろう便利能力がないことに研究者の正気を疑うが、そもそもそんなものがあればこんなものを作っていない。
帝都を吹っ飛ばした新兵器といい、ちょっとうちの科学者連中は頭がおかしいのではないか?
そんなことを考えているとふと、何かが嚙み合い俺は立ち止まった。
「ああ、そういうことなのか?」
人間時代の大戦――エルフの参戦理由を思い出し、帝国が如何なる理由で他文明を置き去りにして発展したかを思い出す。
急速すぎた技術の発展に当時の人は付いて行くことができていなかったのではないか?
たった一人の先を知る者が引いたレールの上を全速力で走り続けたことで、様々なことにブレーキが利かなくなったのか?
それともよく知らないままにその手にある技術を手に、更なる可能性を求めて他をおざなりにした結果か?
そのどちらか……それとも他の理由からか、暴走の挙句の自爆という結末を知り、こんな体を持つ身としては急激な発展の危うさというものを実感してしまう。
(エルフが禁忌とし、危険と判断した理由はこの辺にあるのかね?)
厄介な来客もいるものだ、とこの思考を締め括る。
これ以上考えても仕方のないことだ。
世界の真実を知るにはこのお頭は小さすぎる。
そんなこんなで移動兼探索を再開し、フラフラと寄り道をしながら北東へと進む。
特に発見もなく線路跡へと辿り着き、走行に問題のないただ真っ直ぐに続く道を突っ走る。
まずは最早お馴染みとなったエイルクゥエルに行き、そこで一泊しつつ持って帰る物資を集めておく。
当然と言えば当然なのだが消耗品の減りが激しい。
何分二百年前のものを持ち帰って使っているので、幾ら状態が良いと言っても限度があり、加えて人間が使うように作られている。
つまり俺が使うとすぐ壊れる、または使い物にならなくなるのだ。
特にタオル等の布系は顕著に消耗が現れる。
この一ヶ月、それを見越した上でエイルクェルには物資の補充で何度も行き来しており、この移動もすっかり慣れたものになってしまった。
流石に帝国時代ほど早くはないが、それでも日を跨ぐことなく辿り着けるのだから「この体を完璧に使いこなせるようになった」と言っても過言ではないだろう。
ということですっかり暗くなった町の中を目的地目掛けて一直線。
何度もお世話になっている自作の寝床にダイブする。
そして一言。
「……あー、ベッドもそろそろ新しく作る必要あるな」
初期に比べてすっかり硬くなった布団を叩く。
この体は色々と消耗が激しいのが困りものだ。




