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163/242

163 とある元傭兵の傍観

(´・ω・`)アブラゼミのように羽が透明ではないセミは世界的に見ても結構珍しい。

 正直に言うと、流石に無理だろうと思っていた。

 傭兵とは金を対価に命を懸けることを生業としている。

 仕事の危険が大きければ大きいほど、その対価が多くなるのは当然のことだ。

 それを勝手な都合でひっくり返した貴族とそれに従ったアルベルト。

 情勢が安定するに従い、仕事が減って盗賊に身をやつす者もいる傭兵界隈。

 竜退治はそんな傭兵の数を減らす目的もあったのだろうとロイドから聞いた記憶もある。

 だがそんな事情は傭兵たちには関係ない。

 ただ報酬が減らされ、名誉を奪われた。

 この事実だけがあった。


「この国に生きる一人の人間としてこの場に立つ」


 アルベルトの演説が始まった。

 それを聞く傭兵たちは誰も彼もが不満気であり、中には明確に殺気を飛ばしている者までいる。

 国家という権力で意思を無視してこの場に集められた者も多く、このホールは彼らが爆発しないよう傭兵ギルドを抱き込んだ上で用意された場だ。

 壇上に立つアルベルトを後ろから見上げ、成功を祈ってやる。

 俺が生き残れるかどうかは不本意ながらこいつにかかっている。

 心情的には応援なんぞしたくはないが、背に腹は代えられない。

 首輪が無くなった以上、俺が手助けするのはあの爺さんの分までといきたいが、最後まで付き合わなかった場合、最悪のケースが洒落にならない。


「諸君らは新種――『アルゴス』と名付けられたモンスターを知っているだろうか?」


 アルベルトが問いかける。

 同時に「また同じことをやろうとしているのか?」と傭兵たちの間でざわめきが生まれ、竜退治へと参戦していた数人から怒号が飛んだ。


「貴様は、また俺たちを利用しようってのか!?」


 そう叫んだ男を一瞥だけしたアルベルトが顔を上げ言葉を紡ぐ。


「出会った者もいるだろう。この新種について判明したことは多く、その全てが危険極まりないモンスターであることを示している。我々は、このアルゴスが竜災と同程度の被害を齎すものと認識している」


 その言葉に怒号が飛び交う。

 竜と同じ――その認識からくる前回の繰り返しとなるであろうことからの反発。

 それらを無視してアルベルトは続けた。


「しかしそれは今の段階での話だ」


 僅かに減った罵声。

 アルベルトの言った意味を計りかねている冷静な一部の者の一人が手を挙げた。


「今の段階……ということは新種の危険度は今後増減する、との認識でよいのかの?」


 老魔術師の言葉に周囲は静まる。

 演説に割って入る意味がわからぬでもない人物からの質問に、周囲の傭兵たちは黙ることでその行動を支持したと思われる。

 加えて、傭兵団「黄金の種火」の団長であり、カナン王国においては最高峰の魔術師とされるマーカスの言葉を遮る者などここにはいない。

「まあ、適任だわな」と他人事のように呟くと、老魔術師の質問にアルベルトは演説を中断してコクリと頷いてみせた。


「但し、危険度は増える一方。しかもその速度は尋常じゃない」


 演説を中断しての返答だからか、アルベルトの口調が平常のものになっている。


「……アルゴスはその知能の高さ故か、人間を模倣していると推測される。既に武器や道具の使用、戦術的な思考が見られ、このまま放置した場合の損害は、竜災の比ではなくなる可能性すらある」


 口調を戻したアルベルトの言葉に傭兵たちは静まり返る。


「故に、今ここでアルゴスを倒せなかった場合、我々人類が生きる場を失う可能性すらある」


 あの時、アルベルトが出した結論――それは人類の滅亡。

 アルゴスという一体のモンスターに対し、なんら有効な手段を取ることができなかった場合、カナン王国は今後、その国土を荒らされ続けることになる。

 その結果が招くセイゼリアとの戦争。

 疲弊する人類国家と脅威度が上がり続けるアルゴス。

 もしもその状態が長引けば?

 駆除が満足に行えない期間が続けば、滅びるのは村だけではない。

 一つの結末として「あり得ない」と言い切ることのできない国家が押し寄せる群に対処できなかった未来――そして始まるモンスターによる人類の蹂躙。

 大陸北部だけで止まるならば最悪は免れる。

 しかし、アルベルトはこう語った。


「仮にカナン、セイゼリアが滅亡したとして……その空白地帯には一体どれだけのモンスターが湧くと思う?」


 そしてそれをアルゴスが率いた場合、何が起こるかを考えろとも付け加えた。

 想像して乾いた笑いが出た。

 西のエルフはその空白地帯を埋めるだけの人口がない。

 フロン評議国は南大陸からの客に手一杯。

 増大するモンスターが二国を呑みこむ光景を想像できた。

 そして奴を知るからこそ、これが狂人の戯言ではないことがわかってしまう。


「残念ながら、これをただのモンスター退治と考え、戦力を出し惜しむ貴族は少なくない。先の戦いで疲弊した領軍も数は少なく、当てにできるほどの戦力の確保には至らなかった。故に諸君らの力を借りたい」


「そうやってまたかっさらっていくんだろ?」


 冷めた口調、冷ややかな目で一人の傭兵が口を挟む。

 周囲はその声に同調しているが、こうなるだろうとはアルベルトが予想していた。

 この場合は確か、予定を早めて……どうするんだったか?


「報酬は諸君らが満足できるだけのものを支払うつもりだ。それくらいの確約は領主にさせた。安心してほしいとは言えないが、成功報酬は期待してくれて構わない。それと、今回矢面に立つのは私と……最も奴をよく知る彼だけだ」


 ここで俺の出番となるわけだが、残念ながら何を言うか忘れてしまっている。

 なので傭兵連中に見えるように手を上げただけで終わらせた。

 それを冷たい目で見てくるアルベルト。

 当然無視だ。


「……参加者を拒む気はない。アルゴスと渡り合う自信がある者は名乗り出てくれ」


 戦うのが自分たちだけならば、何故傭兵を呼んだのか?

 そう考える者も少なくないだろう。

 だからアルベルトはその答えと傭兵たちを引き込むために用意された最高の殺し文句を披露する。


「この聖剣は奴の手を切り落とした」


 演技じみた仕草で腰に差した聖剣を抜き、その神秘的な刃をこの場にいる者に見せつける。


「私が諸君らに求めることは二つ。一つはアルゴスの逃走を阻止すること。そしてもう一つは……私がアルゴスに敗れた時、この聖剣を使いアルゴスを倒すこと」


 その言葉の意味を理解できた者は恐らく極僅か。

 故に傭兵たちは黙ったままその掲げられた聖剣を眺めながらその真意を探っている。


「これだけの人数の戦いに明け暮れ生き残った者たちがいるんだ。誰か一人くらい聖剣を扱えるさ」


 肩を竦めてみせ、おどけたように笑うアルベルト。

 だが次の瞬間、奴は声高らかに煽ってみせた。


「諸君らも一度は聞いたことがあるだろう! 聖剣とは、人類最強こそが持つ武器と! ならば! このチャンスを掴み取らんとする者こそが強者! 報酬は提示した。信用できぬとあらば、戦いの最中、殺して奪うのもよし! 金と、栄誉と、最強の称号が欲しい者は私と共にアルゴスを討て! 王国軍すら蹴散らしたモンスターを倒し、この国を、民を、誰が守っているかを示してやれ! そして――」


「ふんぞり返るだけしか能のない貴族との立場を、逆転させてやれ!」


 貴族が聞けばどうなるかなど知ったことかととんでもないことを口にするアルベルト。

 言葉の意味は恐らくそのままではないだろうが、それが功を奏したかのか数人の傭兵たちが小さく笑って前に出る。


「金は欲しい。名誉ってのもあるに越したことはない。だが、俺はお前が気に食わない」


 前に出てきた先頭の傭兵がアルベルト指差しそう言った。

 しかし、それだけのことを言うためだけに彼が――傭兵団「鋼鉄の斧」の団長であるカインはわざわざ出てくるような人物でもない。

 付き合いは決して短くはない。

 だからこそ、俺の予想は外れなかった。


「それでも、最強の称号ってやつには俺も手を伸ばしてみたくなった。お前が死んだら、俺がそいつを使ってやる。それに……貴族様が俺らに頭を下げて仕事を頼む、ってのも悪くない」


 カインの言葉で多くの傭兵たちが笑い声を上げる。

 過程はどうあれアルベルトは賭けに勝った。


(協力してくれるエルフから何か一言もらおうとして失敗した時はどうなることかと思ったが、案外なんとかなるもんだな)


 安堵の息を漏らし、壁に寄り掛かって傭兵たちに詰め寄られ、質問攻めにされているアルベルトをぼんやりと眺めていると、こちらに歩いてくる一組の男女の姿があった。


「首輪がない、ってことは協力する気なんですか、団長?」


「もう団長じゃねぇよ。っていうかなんでお前がいるんだよ?」


「ロイドもあたしも、やられっぱなしは性に合わないってだけだよ」


 それにあたしたちだけじゃないしね、と付け加えて視線を後ろへと送り、俺にもそっちを見るように催促する。

 そこにいたのはお馴染みのメンバー。


「アニー、お前一体何人に声かけた?」


 俺の質問に鼻で笑って返すアニーを見て、ほんの少し前の日常が戻ってきたかのような気分になる。

 それが可笑しくてつい笑ってしまった。


「負けられねぇよな」


「あったり前でしょ」


 また俺は笑う。

 久しぶりに会った顔ぶれに、俺は手を軽く上げて挨拶する。

 さあ、戦いの準備を始めよう。




 余談だが――傭兵団をまとめることには一応成功したアルベルトだが、その後のアルゴスの足取りが掴めなかった。

 また、どうも王国領内から姿を消していたらしく、傭兵団を拘束している手前、それにかかる費用に頭を悩ませ、遂にはアルベルトは自分の蓄えまで切り崩し始めた。

「くそ、アルゴスめ!」と机に両手を叩きつける様は見ていて爽快だったが、俺の給料を真っ先に削りにくるのは指差して笑った仕返しか?

 あとエルフたちがアルベルトを見るなり溜息を吐いていた。

 早くなんとかしないとまずいんじゃないか?

(´・ω・`)予約投稿時間はどうしようか考え中。

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― 新着の感想 ―
[一言]  また、どうも王国領内から姿を消していたらしく、傭兵団を拘束している手前、それにかかる費用に頭を悩ませ、遂にはアルベルトは自分の蓄えまで切り崩し始めた。 ↑ 傭兵や貴族なら予想できたかもなぁ…
[一言] 主人公はどうするんなろ?無理に戦わなくても良いよね?半年とか一年くらいほっとけば良いのだけど、塩胡椒のために行っちゃうんだろな。
[一言] まぁ、相手は巨大で目立つ容態ながら、そもそも透明にもなれる怪物くんだからねぇ…所在なんて目撃情報なければわからないっていうね…行動範囲も広いし。
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