161 とある英雄の決意1
(´・ω・`)1話没にしたり結局2話に分けたりで遅くなり申した。
「はあ、まさか武器だけでなく道具……しかもポーションを複数種持っているときましたか」
「効果を知っていなきゃ、取引の材料として提示してこない。その効果は当然知っていると考えるべきだ」
わかってますよ、と溜息を一つ吐いて椅子の背もたれに体を預ける。
あれから新種のモンスター「アルゴス」について、最初に接触したとされる元傭兵のオーランドからできる限り話を聞いたまでは良い。
だがその内容が荒唐無稽だった。
それらを一言で言えば奇行。
常識が通じない相手だとは思っていたが、そのモンスターらしからぬ行動も理解できなかった。
問題はそれらの行動ではなく、モンスターが人間の作った道具を利用している、という事実である。
その中でも最も厄介なのが傷を治すポーションだ。
しかも話を聞く限りかなり上位のものであり、ついでに解毒のものまであると言われれば使える手が一つ減ったことに苛立ちを覚えてしまう。
「要するに『逃がせば傷が治る』ってことですか。あの時、手があんなに簡単にくっついた理由が判明したのは幸い、というべきでしょうかね?」
「前向きに考えられるお前が羨ましいよ」
原因の一つとなった癖に何言ってんだ、と溜息を一つ吐く。
(まあ、セイゼリアの女魔術師の方が責任は大きい。しかし、あの国で育ってモンスターと交渉を決断するとかどういう遍歴の持ち主なんだ?)
念のために確認したところ、新たな情報が入ってきた。
どうやらその女魔術師がアルゴスの第一発見者らしい。
その女から話を聞きたかったが、既に帰国しているとのことで諦めた。
では彼女が何を話したかをオーランドに聞いてみたのだが……「わりぃ、ほとんど覚えてねぇ」と頭を掻きながら謝られ、溜息の数が一つ増えた。
「……一度の接触で仕留める必要がある。では、そのために必要な戦力は?」
「考えたくねぇなぁ」
こちらの独り言に一々反応する元傭兵を睨みつける。
「そう睨むなよ。正直なところ、アレが人間の手に負える相手じゃないってのは薄々感じていたんだ。一応取引ができるのなら、他に手段はあるんじゃねぇか、ってのも一つの意見だろ?」
「理性的な一面があることは否定しませんよ。だが、その理性がいつまでもあるとは限らない。知性の高さを警戒すべきなら、それがこちらを油断させるためのものであることも考慮に入れるべきだ」
もっと言えば、それらが擬態である可能性も視野に入れなくてはならない。
知能の高いモンスターほど厄介なものはない、と主張する者もいるが、その意見は概ね肯定できる。
自分が知る限り、逸話として語られるようなモンスターの大半は知能が高いという共通点がある。
領主を説得する材料としてはわかりやすい例えを出せるのはよいが、例えの範疇に収まるかどうかは疑問なのが難点だ。
(最悪は御伽噺になるような――それこそ国家が滅びかねない脅威。これを正しく伝えるにはどうすればよいのやら)
情報をまとめようとするが上手くいかない。
切り札となる一手がなく、領主を説得するには明らかに足りていない。
軍を動かすほどの予算が間違いなく必要である以上、それに見合ったリターンを提示しなくては話にならない。
もしくは、否が応でもしなければならない理由がここにあれば――「やるしかないのか」と諦めさせることができる何かがあれば、奴を討つために動くことができる。
(そのどちらもない。あるにはある、が……納得するかどうかは別の話だ)
予想通りと言うべきか、領主キリアスの説得は難航した。
どうやら事前に何か吹き込まれていたのか、何を言っても「今回の失態の言い訳」と捉えられてしまい、まともに相手をしてもらえなかった。
だから騙した。
簡潔に説明すると、アルゴスを「かの剣聖でも始末できなかった怪物」と言い切った。
これを材料にエルフからの協力をもぎ取り、来るべき国家の脅威の芽を今摘まずしてどうするのですか、とか力説した。
当然その後に称賛される未来があることを匂わせ、どうにか首を縦に振らせることができた。
そうしてアルゴス討伐の準備を開始したまでは良かった。
前線となる拠点を最も発見報告の多いレコールの町に定め、そこに人と物資を集め、着実にその準備が整い始めた時、ついに本作戦の最大の要とも言うべき報がもたらされた。
「……本当に剣聖シュバードでも仕留めることができなかったとは思わなかった」
全てを聞いた僕が放った第一声がこれだ。
エルフは参戦を拒否。
それどころかこちらが出した条件をその場で一蹴したとのことだ。
極めつけは剣聖の一件を「よく知ってるな」と平然と肯定したことにある。
(剣聖だぞ!? かの剣聖でも仕留められない脅威がすぐ傍にいるのにどうして平然としていられる!?)
拳を机に叩きつけ、歯を食いしばり表情を歪ませる。
自分は何か重大なことを見落としているのではないか、と何度もこれまでの情報を見返すが、ただただその脅威ばかりに目が行く。
(……まさか、代替わりしたのか? 新たな……いや、後継者が誕生していた? その実力がアルゴスを上回る!?)
かの剣聖の年齢を考えれば十分にあり得る話だ。
そう考えてしまった時、歯車がかみ合ったかのようにエルフの参戦拒否が腑に落ちた。
同時に新たな情報が入る。
まさかの共和国内部の情報だ。
交易の際に入手した情報がまとまったことでこちらまで寄越してくれたらしい。
それに依るとエルフはつい最近まで未知のモンスターとの戦いがあり、戦士含む数十人が命を落としているとのことである。
その未知のモンスターが何であるかなど言うまでもない。
「前提を、間違えていたのか……」
彼らの協力は得られない。
会議室と呼ぶには少々狭い部屋の天井を仰ぎ見て己の失態を嘆く。
その時、不意にノックもなしに扉が開け放たれた。
「おう、お前さんに客だぞ」
入ってきたのは首輪付きの元傭兵オーランド。
そしてその後ろには三人のフードを被った者たちがおり、彼らはオーランドに続いて無言で部屋の中へと入ってくる。
その非礼を咎める前に、彼らはフードを取って自分たちの正体を明かした。
端正な顔立ちに長い耳――彼らは皆エルフだった。
「あなたがアルベルト殿ですね? 此度のアルゴス討伐には我々ゼサトの一族が協力いたします」
そう言って前に進み出たエルフの男性が頭を下げる。
参戦は拒否されたはずである。
だが、今目の前には討伐に参加する者たちがいる。
推測の域は出ないが、その理由を察することはできる。
(殺しすぎたな、アルゴス)
共和国として不参加と意思をまとめても、人の恨みを抑えておくことは難しい。
今はただ、この戦力の追加に感謝する外ない。
状況を理解し、手を差し出すとその手は硬く握られた。
天はまだ人類を見放してはいなかったのだと、僕は彼らに笑みを向けた。




