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(´・ω・`)虫が出てくる季節……
両手に松明、頭にも松明。
更に尻尾にも松明で踊り狂う化物。
これなーんだ?
答え:俺
「クソがぁ! 本拠地は肉塗れじゃねぇか!」
準備万端、と意気揚々と冷凍睡眠室へと入った俺を待ち構えていたのは、読んで字のごとく「肉祭り」であった。
これが高級肉のステーキパーティーであったならば狂喜乱舞するところであるが、生憎と腐臭漂わせる蠢くフレッシュミートとの攻防である。
明かりの消えた天井にまでびっしりと張り巡らされた肉の網と、心臓のように脈動する肉塊の中心部分と思しき妙な膨らみが俺の正気度を遂に削りきる。
「あああぁぁぁぁぁああああぁっ!」
叫びたくもなるというものである。
中に入るまでは如何にも「弱ってます」みたいな状態だったのに、部屋に入って数歩進むや否や入り口を肉で塞がれ、天井を破って襲い掛かってきたのだ。
咄嗟に松明で迎撃したものの、燃えた部分を即座に切り外して次から次へと波打つ肉が俺に殺到してくる始末。
慌てて予備松明の全てに火を灯して今の状態になったわけなのだが……肉の波状攻撃は途切れることなく俺に向かってきている。
その全てを上手に焼きつつ前へ前へと進んでいるが、現在は肉の雨に阻まれて右往左往している状態である。
こんなものが続いているのだから叫びたくもなるというものだ。
いっそ強引に突破しようかとも考えたが、それをすれば本来の目的が達成できない。
故にこうして防戦に回りつつも、肉塊との距離を一定に保とうと努力しているのである。
(松明はまだ大丈夫だと思うが……向こうは一体いつになったら弾切れを起こすんだ?)
おまけにこちらが力技に打って出ないのをいいことに、小出しを続けるのだから知性の有無を疑ってしまう。
このままでは室内の酸素にも気を配る必要がある。
そう判断して松明で牽制しつつ、一度後退して壁に張り巡らされた肉を焼き払い、露出した外壁に回し蹴りを放ち穴を空ける。
立て続けにもう二発同じように壁を壊し、密室状態にならないよう周囲の肉も焼いておく。
肉が焦げる異臭が鼻をつくがそんなものを気にする余裕はない。
俺は大きく踏み込み目に付いたピンク色に片っ端から松明を押し付ける。
しかし燃え広がる前に肉を切り離して被害を最小限に抑えてくるので、適当に焼き払っていては効果が薄い。
なので近づいて中心と思われる柱へと迫ったのだが、攻撃が苛烈になり防御に回る外なくなる。
図体の大きさの割に松明が小さいため、カバーできる範囲が狭く、完璧に防ぎきれるのはこの辺りが限界のようだ。
「どうしたものか?」と攻めあぐねていると、不意に俺の隣に肉片が落ちて来た。
頭上に降り注ぐ肉片は頭に巻いた布に取り付けた松明が防いでくれるので、どうやらこれは狙いが外れたもののようだ。
とは言え、これを見逃すわけにもいかないのでさっと松明を振るって焼き尽くす。
すぐに燃え尽きてくれるのは有難いが、余計な動作で一歩下がる羽目になった。
この結果を学習したのか、上から降って来る肉片の数が増え始める。
前後左右から飛んでくる肉の弾を燃やしていたところに、天井からの圧力も加わったことで、俺は位置の変更を余儀なくされる。
降り注ぐ肉の弾丸を跳んで避け、着地と同時に周囲を焼くが、逃した肉片が俺の肩へに直撃した。
咄嗟に付着した肉片を焼くが、そこが溶かされたような形跡はない。
僅かな逡巡が俺の動きを止めるが、相手はそんなものを考慮してはくれない。
だがいい加減試すべき時が来たことは間違いない。
松明を振るいながらも、飛んできた肉片を拳で受ける。
飛んでくる肉片を焼きながら、手に付いた肉をしばし眺めてみたが何も起こらない。
ただぬちゃぬちゃして気持ち悪いだけである。
「用心しすぎたか」と呆れたように呟くと、飛んでくる肉の弾丸を適当に松明で払いながら前に出る。
体のあちこちに油まみれの肉が付着するが、溶かされるようなことは一切なく、柱を支える床と天井部分に張り付く肉塊に火を押し付けた。
止めとばかりに焼ける肉塊に蹴りを放ち、膨らんだ肉塊の下部を破壊。
続けて両手に持った松明を突き出し、天井まで伸びた部分も焼き切ると、支えを失った中心部分が床に転がる。
同時に床に敷き詰められていた肉がそこに群がろうとするが、当然これを両手と尻尾の松明で焼き払う。
これで中核と思しき部分との分離に成功した。
床や天井に張り巡らされた肉を焼き、中核を取り戻さんと現れた肉の波を薙ぎ払う。
目に見えて動きが鈍くなり、徐々に腐肉のような色合いになり出した残骸を蹴散らし続けていると、黒ずんだ塊がボタボタと天井から落ちて来た。
恐らくだがこの中枢と繋がっていない部分は長時間維持することができず、このようになってしまうのだろうと思われる。
脈動する肉はゆっくりとだがその体積を増やしているが……それを許すほど俺は愚かではない。
増えた部分を床に下ろしたリュックから取り出したサーベルで切り取り、それをそのまま適当な距離に投げ捨てる。
それをしばらく観察してみたところ、俺の予想通りに切り取られた肉片はゆっくりと黒ずみ動かなくなった。
勝利が近づいたことを確信した俺は、蠢く肉の中枢をしばし剣先で突いたりしながら待った。
「……どうやら、もうないようだな?」
時間にして三十分くらいだろうか?
未だ膨張を続ける肉塊を適度に切り刻みながら待ち続けたが、結局切り離されたであろう分体はやってこなかった。
つまり弾切れだ。
後はこれを食うだけだが……噛みつけば勝手に続きをやってくれるだろう。
俺はドクドクと脈打つ肉塊を両手で持ち上げ、口を開きその歯を突き立てた。
(ははっ、やった! 完璧に上手くいった! これで――)
理性が飛ぶことさえも考慮に入れた最高の状態での細胞の獲得。
だが俺を襲ったのは、抗えないほどの強烈な睡魔。
(え? 待て、どういう……)
順番が違う、と膝を折りながらも、意識を失う直前に手に持った松明を歯形の付いた肉に突っ込んだ。
目が覚めた時、俺の目の前にあったのは燃え尽きた肉片だったもの。
何が聞こえたかは覚えている。
俺は大きく息を吐く。
眠りに落ちて無事だったのは素直に嬉しい。
あれだけ準備をして苦労したのだから、これで目が覚めたら「肉の中でした」では怒りで我を忘れそうだ。
体が油でねとねとしていることを除けば、概ね満足のいく結果である。
だが、ネメシスコードに関しては違う。
「はあ……」
溜息が出る。
夢を見たわけではない。
ただ声だけが聞こえてきて終わった。
要するに失敗である。
「不正対策とかマジかよ……」
そう、ゼータ博士が仕込んだネメシスコードにはある仕掛けが施されていた。
例えばコードを持つ者が二人いたとする。
その二人がネメシスコードの存在を知っていた場合、採り得る手段が一つある。
それが「互いの肉を感知範囲外まで離れて食う」を繰り返すことだ。
相手が生きている、もしくは死後時間が経過していないのであれば、鮮度さえ保てば認証は行われる。
コードの取得と相手の殺害はイコールではない。
そのために理性を飛ばしているのだと思われるが、これを逆手にとっての方法は博士が事前にこの手段を封じていたのだ。
そしてネメシスコードは個体ではなく、タイプ別で管理されているらしく、それ故に二度目の同コード取得に対し「不正を検知しました」との合成音声がまず初めに聞こえてきたのだ。
「同種のコードを確認。同じコードによる認証は行われません」から続く説明には、自分と同じコードを獲得した際にも同じような結果になるとの警告も含まれていた。
つまり、俺が最後の手段としていた「地下に埋まった施設の発掘」が使えなくなった、ということである。
目論見が外れたことを嘆くべきか、情報が手に入ったことを喜ぶべきかで俺は再び大きく息を吐く。
生存の可能性が低下したことは間違いなく、俺は何も言わずにこの場から立ち去った。
余談だが、最初に「食われた」と思っていた被験者の遺体は、形はそのままだったがねちょねちょでテカテカの状態で発見された。
あの肉塊は何を思って彼らを取り込んだのだろうか?
微妙に謎が残ったのが、何とも気持ちの悪い結末だ。




