150
(´・ω・`)150か……
それを埋葬と呼んでよいのかはわからない。
だが土に埋め、墓になりそうな石を積めば一応それらしく見えることは確かだ。
目を瞑り、胸の前で十字を切って黙祷を捧げる。
供える花がそこら辺に咲いていたものであるのは心苦しいが、野生の一輪を手に持って渡る冥土も悪くはないと言ってくれそうな人物でもある。
「もう少し、色々聞いてやりたかったが……」
知りたいことはたくさんあった。
聞きたいこともまだまだあった。
しかし、既に限界を迎えていたであろう彼が持たなかった。
出会えたのはきっと彼の奇跡であって、俺のものではない。
「結構な情報が手に入った。生き残った同胞に出会えた。それで良しとしよう」
見栄えが良いとは決して言えないラークの墓に背を向け、俺は施設へと戻る。
見た限り状態が非常に良いので、本拠点として採用する可能性が非常に高い。
暖を取ることが可能となれば、冬の心配もなくなるので念入りに施設内部をチェックしよう。
まずは電気系統がどうなっているかの確認だ。
目に付いた受付にある端末を操作しようと頑張るが、この指では操作が覚束ない。
「何かないか」とリュックを下ろして中を探すが、見つかったのはペンとおたま。
(使えそうなものはこの二つか)
微妙な二択にしばし悩むが、やはりこちらだろうとペンを手に取る。
親指と人差し指で挟んだペンを使ってキーボードでカチカチと入力。
施設の案内でもしてもらおうかと思ったが、残念なことにこれは正常に動作していないらしく、ビープ音を立ててフリーズしてしまった。
うるさいので電源を落としたが、果たして無事なものはあるのだろうか?
そんな心配をした約一分後にちゃんと動いてくれる電子案内板を発見。
タッチパネル式なので俺の指でも安心だ。
まずは位置情報を確認し、彼が残した地図を見つけることから始めよう。
目的の部屋であるラークが寝室として利用していた部屋はすぐに見つかった。
人間用の一室なので中に入るのは少し手間取ったが、どうにかドアを破壊するだけで体をねじ込むことができた。
肝心の物は、とデスクの引き出しを指先で摘まんで引っ張り出し、中を一つずつ検めていく。
二段目の引き出しでそれっぽい折り畳まれた用紙を発見したので、それを取り出し開いてみる。
「ああ……これは話さなかったのも頷けるわ」
確かに言われた通りの地図があった。
しかしそこに書かれているはずの施設の位置を示していると思われる印は、ここを除くとたったの二つしか書かれていなかった。
その二ヵ所のうち片方はここからそう遠くない位置だが、これがあのタコ型のキメラである可能性は高く、もう一つに至っては恐らく蜘蛛男がいた施設――つまり、俺が拠点にしていた場所だと思われる。
(収穫はなし、か……いや、それでも確認のために行ってみるべきだ)
それだけの価値はある、と地図を丁寧に折り畳みリュックに入れる。
一応ラークが残したものがこれではない可能性もあるので念入りに部屋を探してみるが、他に地図と呼べるようなものはなく、代わりに年代物のカンテラを入手した。
「何故こんなものが?」と思わなくもないが、よく調べてみると作りが粗末……というより素人作業とでも言うべきものであり、もしかしたらラークが照明が使えない場所に行くために作成したものではないか、との結論に落ち着いた。
ならば持って行こうとリュックに吊るす。
スコップと合わさり何処かの作業員かと言いたくなる。
ツルハシがあれば鉱山労働者になるところだった。
さて、部屋を出たので今度は別の部屋だ。
俺からすれば未探索の施設である。
何があるかわからないので、しっかり自分の目で確認していこう。
そんなわけでしばらく施設内を探索していたのだが、見つけたのは調理場と倉庫に遊戯室。
調理場と言っても、ここに住んでいたラークがそのような目的で利用していた場所なだけで、特に関連する機材があるわけではない。
だが、程よく空けられたスペースが俺にとっても都合が良く、このまま継続して使うことも選択肢に入っている。
何かないかと軽く漁ってみたところ、小動物を捕まえるのに使ったと思われる罠が複数見つかった。
その他にも食糧庫らしき空間から干し肉や食用と思しき野草を発見。
有難く頂戴する。
干し肉が不味いことに文句を言いたいが、黙って嚙み締めながら倉庫を漁る。
使えそうなものと思えば取り敢えず持ち帰る俺と違い、ラークは意外にもきっちりと必要なものだけを詰め込んでいた。
問題は今の俺には不要なものばかりで、収穫と呼べるものがなかったこと。
流石に二百年物の缶詰を開ける度胸はない。
しかしここにあるということは、もしやラークはこれを食べていたのだろうか?
試しに一つ開けてみたがダメだった。
最後に遊戯室だが……ここの研究員のために用意されたものをそのまま利用していただけのものなので、特に目ぼしい物もなく軽く見回って終わりである。
「んー、コントロールルームは見当たらず……隣にもあると言ってたからそっちか?」
ここにラークがいたことを考えると何処かで繋がっている可能性もある。
体をねじ込むのが億劫で探していなかった部分も探索することにしたところ、真っ暗な通路を発見した。
(照明はある……が、電気は付いていない)
これが隣の施設への通路だろうか、と暗く狭い道を這うようにゆっくりと進む。
しばらく真っ直ぐに進んだ先に扉を拳で破壊し中へと入る。
こちらは向こうと違って埃が酷い。
明かりもないので真っ暗闇の中、息を吐いて――むせた。
「いや、本当に埃っぽいな、ここ」
あと地味に天井が低いのが気になる。
こちらは完全に人間用らしく、身を低くして先へと進む。
積もった埃を蹴散らしながら前へ前へと進んで行くと広い空間に出た。
案内板でもないものかと周囲を見渡せど、それらしいものはなく、受付と思しき場所の端末にも電気は来ていない。
壁にあるスイッチを入れながら歩き続けたが、照明が点く気配はない。
ならばと通路にある部屋のスイッチを片っ端から入れて進んでいたところ、遂にチカチカと明滅する蛍光灯を発見。
部屋の奥にあるもう一つの扉。
そこに体をねじ込み壁のスイッチを入れる。
「……見つけた」
手を伸ばし電源を入れると確かに聞こえる起動音。
モニターに映し出される文字をみながら、埃の積もり方の違う机の上に置かれた研究員のIDカードからログインする。
「これは……施設の状態も見ることができるのか」
ほとんどの電源は切断されており、必要最低限の箇所だけに電力が供給されているのが今のこの施設の状況だ。
その一つに冷凍睡眠装置があったことに目を見開く。
「他にもいるのか!?」
思わず声を出してしまったが、端末の操作に集中する。
だが、冷凍睡眠装置に電力が使用されているだけで、誰かいるわけではないとわかると俺は大きく息を吐いた。
誰もいないことに安堵したのか?
それともがっかりしたのかは自分でもわからない。
だが、この電力をカットすればその分何かできるはずである。
そう思っていたのだが、このアカウントではその操作はできないようだ。
(まあ、それができてたら止まってるわな)
納得しつつ他を見ることにした俺は、あちら側の施設の情報はないかと苦しい姿勢で頑張っていたところ、思いの外すんなりと向こうの状態を示すページに辿り着いた。
各部屋の状態や電力状況、発電施設を示す部分にアラートが点灯しており、そこには「メンテナンスを必要としています」の赤い文字が目立つように表示されている。
同じようにアラートが表示されている箇所が幾つもあり、無事な場所が何処にもない。
何処も何かしら問題があるらしく、状態を示す色は何処も赤と黄色である。
そんな中、一つだけ緑色――つまり「正常」を示している部屋を発見。
それが何処かと思い、詳細を確認して言葉を失った。
「被検体冷凍室」と表示されたそれを見ての反応ではない。
そこに映されたポッドの状態を示す多数の赤色の中にただ一つ、緑の光が存在していた。
「……生存者がいるのか?」
これが何を意味するかを俺は理解している。
見てみなければわからない――だが、本当にそこにいたのであれば、俺は選択を迫られることになる。
「ああ、わかってる。生きるために、手段を選ぶ余裕なんてない」
俺は引っかかる体をどうにか部屋から引き抜き、来た道を戻る。
足取りが少し重く感じるのは、気のせいということにしてしまおう。
(´・ω・`)折り返しくらいには来てると思う、多分。




