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まあ、こうなることはわかっていた。
だってさあ、装備品が200年前から進歩してないんだよ?
対戦車を想定したような攻撃力に、銃弾を想定しているとしか思えない防御力――それをほぼ魔法なしで戦うとか、自殺行為としか思えない。
パワーだって桁違い、しかもその全力に耐えられるほどの強靭な肉体を持ち、体力も当然人間の比ではない。
ならばこの結果は当然とすら言える。
戦闘開始から約10分――その結果を簡単に言うと「無傷」である。
放たれたクロスボウの矢は皮膚に刺さること無く弾き返され、斬りつけたはずの剣が欠け、突き出された槍はへし折れる。
「安物の武器では駄目だ」とすぐに認識し、俺を攻撃しても壊れない武器を持った者だけで攻撃をするのは良い。
むしろ即座にその判断を下すことができたこの隊長さんは優秀である。
しかし、だ――それで前線メンバーが15人にまで減るのはどうかと思う。
サポートに回った残りの傭兵さん達、できることなくて凄く居づらい雰囲気漂わせてるよ。
(もう少し装備を整えるべきだろ。あと魔術師が少ない上にすぐ息切れしてどうするよ? まあ、魔法がポンポン使えるものじゃないことくらいは知ってるけどさ、それなら数を揃えるなりしようよ?)
そんな感想を抱きながら背後に回った斧使いの男を尻尾で弾き飛ばす。
ちなみに戦闘不能の人数はまだ8人くらいなので程よく手加減は成功している。
あくまでこれは戦闘訓練なので、早々に脱落してもらっては困るのだ。
余裕がありすぎると思われるかもしれないが、ちゃんとした理由があってこうなった。
それは武器の性能だ。
指示を飛ばし、常に俺の正面を陣取る隊長の持つグレートソード以外警戒する必要が全く無い。
また能力的に見ても危険と呼べるのは彼一人だけなのだから「ちょっとこの傭兵団トップに依存しすぎなんじゃない?」と心配になるレベルである。
団員達が何か喚いているが、俺の語学能力だと早口で喋られるとちょっと聞き取れない。
ところどころ単語は拾えているのだが、そちらに集中すると目の前の隊長さんがしっかり隙を見て切り込んでくる。
刃渡り1.5mはあろう鉄の塊である。
流石にこれを真っ向から受けてやるほどお人好しではない、人ですらないが。
相手の斬撃に合わせて拳で撃ち落としたり、軌道を力技で変えることで被弾をゼロにしているが、未だ武器が壊れるどころかヒビすらはいる兆候すらない。
(こりゃ魔剣だ。間違いない)
多分「硬くなる」とかそういう感じの耐久と破壊力を両立するタイプだ。
俺をぶった切るならダイヤモンドカッターでもないと無理だと思われるので、相性を考えるなら恐らく理想的な武器と言える。
その一撃を確実に避け、周囲から断続的に行われる攻撃をあしらいながらしっかりと傭兵の持つ武器や技量を確かめていく。
(銃の一つや二つあると思ったんだが……)
俺のこれまでの警戒は一体何だったのか?
最大の懸念材料がない今となっては、ここは既に俺の訓練場である。
戦闘開始してすぐは警戒が強かったせいで早々と一人死なせてしまったが、手加減に回す余裕ができてからはまだ誰も死んでいない。
しかし連携の取れた相手の攻撃を捌くというのは良い訓練になる。
体の動かし方も大分良くなってきていたので、この訓練は実に有意義なものとなるはずだ。
漫画の知識を試すべく、自分なりの型を模索しつつ確実に動きを精練させていく。
恐らくもう傭兵連中も気づいているはずだ。
これが「戦い」などではないことに――
「はああぁぁぁぁ!」
突如漂い始めた悪い空気を払うように、大声を上げて背後から突っ込んでくる露出系ワイルド金髪美女。
「アニー!」
それが金髪さんの名前なのだろう。
隊長さんの強い口調から恐らくは命令無視で突っ込んだのだと思われる。
突撃で味方の士気を回復させようという狙いなのかもしれないが、残念ながらそんな安易な攻撃を許すほど甘くはない。
俺は尻尾を使い、今までの攻防では間違いなく最速の一撃を放ちつつ、飛んできた手斧を左手の拳で弾き返す。
ところがその横薙ぎの一撃を彼女は滑るようにくぐったのだ。
思わず「うっそだろ!」と声が出そうになるほどの驚愕。
俺のすぐ真横についた金髪さんの次の行動は――クロスボウ。
狙いは間違いなく俺の目だ。
(遠距離で通じないなら至近距離か!)
可能性はゼロではないだろうが、それでこの危険を冒すのだから何とも豪胆な人物である。
露出過剰にも思えたが、この軽装と身のこなしが彼女の最大の武器だったようだ。
見誤ったことは間違いない。
腕を伸ばし引き金を引いた時、彼女は俺の目を確実に捉えたと思っただろう。
だが甘い。
形勢逆転を賭けた一撃は俺の歯で止められた。
鏃に歯が食い込むほど強く噛み締められ、俺は変形した金属の塊を吐き捨てると同時に素早く伸ばした左手で金髪さんを掴む。
周囲から怒号が響くが無視。
ウエストが良い感じに細く、片手で掴むのも苦労はない。
体を引っこ抜こうとするが力に差がありすぎるので無駄である。
年齢は20代半ばか後半辺りだろうが、美人さんを殺すのはどうにも気が引ける。
なので掴んだ彼女を適当に後方に投げつけて退場してもらうつもりだったのだが――抜けられた。
ヌルっとした中にふにっとした感触が指に走ったかと思えば、金髪さんは地に足をつけていた。
上ではなく下に抜けた。
俺の手には何かの液体とジャケット、結び目の付いた布が残され、上半身裸の金髪さんが腰のシミターを抜く。
(――5号と見た!)
一体どうやったんだ、と驚愕しつつ感想の順序が逆になったことは置いておく。
そんなことより彼女の持つシミターだ。
抜いた瞬間、薄く炎をまとった――つまり魔剣だ。
当然この距離ならばそのまま仕掛けて来る。
それに合わせるように他の傭兵達が呼応するように動いていた。
正面からは最も警戒すべきグレートソードが迫り、背後からは恐らく大斧が、右手からは戦鎚を持った大男が迫ってくる。
跳んで逃げるは容易い。
(だが、受けて立つ!)
美人さんが命がけで作ったチャンスなので、潰してしまうのも気が引ける。
というより、これを潰すと訓練が終了してしまう雰囲気だった。
隊長の一撃を受けるわけにはいかないので、こちらは最優先で対処する。
振り下ろされた大剣の横っ腹を左のフックで撃ち抜き得物ごと持ち主を右側へ吹っ飛ばす。
背後は尻尾で対処するが、運良く振りあげたところで空いた横っ腹に直撃。
振り抜かれた尻尾によって大斧を持っていた男は回転しながらふっ飛ばされた。
戦鎚は単純に右手で受け止める。
大きな打撃武器と言えどそれは人間サイズ――俺の手なら余裕で掴むことが可能だ。
そして、腕力ではこちらが圧倒的に有利。
この状態で負ける要素はない。
同時に三方の攻撃に対処してみせたが、防げなかったものもある。
通り抜けるような素早い一撃。
斬られた――確かに今、横っ腹に一撃を受けた。
だが能力の差は残酷だ。
俺の腹には一筋の傷も残っていない。
(まあ、ちょっと熱くて痛かったのは事実だけどな)
一撃離脱が必須な状況において、彼女は仲間が作った機会が実らなかったことを察し、振り返ると無謀な二撃目へと移る。
急激な方向転換で大きく跳ねた胸を凝視しつつ、追撃をさせる前に指で金髪さんの頭部を小突いた。
バランスを崩して尻もちを付いた彼女は眉を寄せ怪訝な表情を作る。
左手に残っているジャケットと胸に巻いていた布を彼女に投げつけ、右手の戦鎚を持ち主ごと突き返す。
ほとんどの傭兵が戦意を喪失している。
魔剣の一撃――それは彼らにとって起死回生の一撃だったに違いない。
それが通用しなかった。
だからこそ、彼女はあの状況で無謀にも追撃に出たのだ。
(これ以上は戦闘訓練ではなく「狩り」になる。見誤ったな)
俺はこの傭兵団最強である男を指差す。
意味は通じたらしく、男の声で周囲の傭兵がただ一人を除いて距離を取った。
「―――! ―――!」
はい、金髪美女のアニーさんが上半身裸のまま隊長さんに食って掛かっている。
「いや、服着ようよ」と言いたいが言えないし、言っても「がおがお」だ。
そもそも皆の視線が一箇所に集中している中、そんなことは言えない――と思ったのだが、ガン見しているのはもしかして俺だけなのか?
しばし視線を固定していると、どうやら話の方は付いたらしいのだが、未だ納得が言っていないのか金髪さんが涙目でこちらを睨みつけてきた。
服を着始めたので彼女に視線を送るのもここまでだ。
空を仰ぎ見る隊長さんが大きく息を吐くとこちらをしっかりと見据える。
「待たせたな」
多分そんな感じのことを言って剣を上段に構えた。
決着は一撃がお好みのようだ。
この潔さ……これがいぶし銀というやつか?
少々清潔さには欠けるが「戦場を行く男」とはこういうものなのだろう。
ならばこちらもしっかりと応えるのが礼儀というもの。
恐らくこの戦闘訓練で初めて構えを取った。
姿勢を低くし、右足を引き両手を地につける。
両者が構えると睨み合う。
その距離凡そ5m。
周囲が固唾を飲んで見守る中、俺はこの戦闘の決着をどうするか考えていた。
(やっぱ、こうするくらいしか思いつかんよなー)
何をするかは決めた。
だから俺は終わらせにかかる。
地を蹴り、一気に距離を詰めると隊長さんは即座に反応し剣を振り下ろす。
だが、更に加速した俺は剣が振り下ろされるより速くその手を掴む。
そのまま隊長さんを持ち上げるが、右手を無理矢理引き抜き腰に差した短剣に手を伸ばす――が、折れた指では引き抜くことができなかった。
地から離れた足がプラプラと揺れる。
俺は口をめいいっぱい開けた。
その瞬間、恐らく彼は自分の最期を悟ったのだろう。
周りの仲間達をさっと見渡し「生きろ」と短く最後の命令を団員達に下す。
傭兵の何人かが叫んだ。
俺は大きく開いた口でその頭を――かぷりと甘噛してやった。
そして手を離すと同時にぺっぺと頭部を吐き出しえづくように咽る。
地面に落ちたオッサンは状況を掴めず唾液に塗れた顔で困惑していたが、そんなものは無視だ。
大体甘噛するならそっちのワイルド系金髪お姉さんの方が断然良い。
具体的に言うなら胸肉辺りをハムハムしてみたい。
しかしながら状況的にこいつ以外ないのだ。
苦しむように「ぐあぐあ」言いながら傭兵の囲いをその巨体でゴリ押し突破する。
ドタドタと退散する俺を追ってくる者は一人もいない。
皆呆然としていることだろう。
格好はつかないが、ここで俺は何でも良いから「逃げた」という結果に繋がるようにしたかった。
少々甘いとは思うが、戦闘訓練をさせてもらった上、良いものを見せてもらったのだから命を助けてやっても良いだろう。
というのは建前で、一応帝国軍人としての矜持がないわけではないので、弱い者いじめというのはどうにも拒否反応が出る。
帝国軍人というのは高潔であってこそなので、こればかりは仕方ない。
大体戦車で剣や槍を持った相手を轢き殺すのは戦闘ではなく一方的な虐殺だ。
何よりここで大量虐殺などやろうものなら、カナン王国を調べる際に障害となりかねない。
警戒度を上げてしまった以上、その上昇値を制御するのがクレバーなやり方だと漫画で得た知識でドヤ顔する。
まあ、隊長さんには泥を被ってもらおう。
実際に被ったのは唾液だが、自分と団員の命が引き換えなら安いもんだろ。
っていうか本当に口の中が気持ち悪いので早く口を水で濯ぎたい。
(´・ω・`)次回はオッサン視点。すまねぇ……すまねぇ……




