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「――と言うのは冗談だ」
唐突な告白に頭がついていけなくなり、理解が始まると久しぶりに感情抑制機能がじわじわと効果を発揮し始めたところでこれである。
思わず力が抜けたことで膝ががくりと崩れ、呆れ顔と一緒に「ええー」と声が漏れる。
「よく考えたまえ。企業連合のスポンサーの一人でしかない私の決断だけで、軍事技術の運用を決めることができるわけがないだろう? ましてや平時ではなく戦争中なんだ。軍事転用可能な技術の転用を拒絶してみろ。どうなるかくらい簡単に想像ができるはずだ」
君は少し騙されやすいのではないか、と心配そうに顔を覗き込まれる。
呆れたような物言いに、先ほど伸ばそうとして抑え込んだ腕を解放したくなってきたが、予想される目の前の人物像からそれをすれば思う壺のような気もする。
「詳細を説明するならば、私は承認したうちの一人でしかない。仮に私が拒否していたとしても、結果は変わらなかっただろうね。一応言っておくけど、最初に説明された内容はあくまで『ゼータ博士の横槍を逆手に取って利用する』程度のものだったから、多分誰もあんな風になってるとは想像していなかったんじゃないかな?」
話したがりな性格との予想は当たったらしく、俺が黙っていてもよく喋る。
もっともこんな場所に一人で住んでいれば、話し相手が現れれば喋りたくもなるだろう。
ようやく出会えた同じ時代の人間である。
俺だって話したいことが山ほどある。
それでも彼が話すに任せたのは、俺に残された時間の方が恐らく長いことを理解してしまったからだ。
「――とは言え、当時の私は発症した病気が治らない可能性が現実のものとなった直後だ。元々の技術が医療用であったと知り、その研究の妨げになると言われれば、あの時に詳細を知ったとしても承認していただろうがね」
結局のところ、彼が反対したとしても計画は進み、俺があの時に科学者の誘いを断らなかった時点でこうなっていた。
それがわかってしまえばラークの言動に揺さぶられることはない。
「あ、そう言えば……もし私がミレイナを口説き落とすことができていれば、君の義兄さんになっていたのか」
呼んでくれてもいいんだよ、と茶目っ気たっぷりに苛立たしい笑顔を見せて両手を広げたので拳を一つ作ってみせると「冗談が通じないねぇ」とラークは首を振る。
「そんなことより、色々聞きたいことがあるんだが?」
先ほどまでの敬意は何処へやら――最早丁寧な言葉遣いすらなくなった俺はこちらからも知りたいことを聞くことにする。
喋り足りないのは見なくてもわかる。
俺の提案を快諾した彼は「何でも聞きたまえ」と健康的とは言えない体を逸らす。
「まず一つ目。タイプゴライアスについて、だ」
「え? 君がそれ聞くの?」
詳しいことは知らないんだよ、と俺が目が覚めた際のことを軽く話すと「なるほどねぇ」とラークは頷く。
「と言っても、私が知ってることもそう多くない。確か、タイプゴライアスは『ステルスモードとアサルトモードを使い分けることで単騎での敵拠点攻略を目的として開発された遺伝子強化兵』だったはずだ」
自分の兵器としてのコンセプトを始めて知った感想は「ああ、なるほど」と納得の行くものだった。
ステルスモードなど言わずもがな。
となると通常時を「アサルトモード」と呼ぶのだろうか?
もしかしたらパワーアップできる予感にちょっとワクワクしてきたところで、ラークの説明が続く。
「私が知る限りだが、最新の遺伝子強化兵であり、総合スペックならば最高レベル。当時、共和国との戦線が芳しくないこともあってか『向こうの戦術をそのままやり返せるような能力を搭載した』とか何とか聞いた覚えがある」
それを聞いて「まあ、確かにできなくもないな」と自分のスペックを鑑みて冷静に分析。
(しかし、当時の最新型で最高スペックと来ましたか……)
思わず心の中でニンマリと笑う。
相変わらず表情筋は働かないが、相槌を打つように頷いて続きを促す。
「後は……ああ、そうだ。君も興味があるようなことが残っていた。究極生物計画に関するものだ。君も知っての通り、こいつはキメラ計画、遺伝子強化兵計画を基に、最強の生物兵器を作ろうというものだ。だが、戦争の状況悪化に伴い時間的猶予がなくなった技術者は、遺伝子強化兵をベースにしてこの生物兵器の開発に踏み切った」
そこまで言われればその先もわかる。
「それに選ばれたのが――」
「いや、どれが選ばれたのかは知らないよ?」
再びガクリと膝が折れる。
「大体その辺りで私は睡眠装置に入ったからね。残念ながら、どれがベースになったかまでは知らないんだ」
はっはっは、と両手を左右に軽く広げて笑うラークを胡乱げな目で見ていると「だが――」と天井を見上げた彼がその続きを口にする。
「候補となったタイプは三つあることは知っている。一つは勿論、君と同じ『ゴライアス』。次にそれよりも更に戦闘能力に特化した『ベヒモス』に……後もう一つは何だったかなぁ」
しばらく考え込んだラークだが「ダメだ。思い出せん」と投げ出してしまう。
「そこはこう……いや、これだけ知ることができれば十分か」
ちなみにタイプベヒモスとやらは俺を更にごっつくした重量級らしく、デモンストレーションで戦車をハグしてぺしゃんこにしたとのこと。
絶対に会いたくねぇ、との感想を漏らしたところで次の質問に移る。
と言うより現状ではこれが本命である。
「次の質問だ。ここ以外に研究施設の場所を知っているか?」
「答え難い質問だ」
そう言って苦笑するラークを俺はじっと見る。
「答えはイエスだ。しかし君の希望に沿うかどうかはわからない。つまり、私が知っている場所にネメシスコードを持つ者がいるかは不明であり、そもそも施設が現存しているかどうかすら私は知らない」
その言葉に俺は「そうか」とだけ返事をする。
想定していた中ではあまり良いとは言えない部類の答えだった。
施設が存在するポイントだけを知らされたところで、今のこの森の中から探し出すのは困難であることには間違いなく、詳細な地図があったとしても役に立たない現状では「範囲を絞ることはできたが、その場所を正確に知る術がほぼない」と言ったところだろうか?
前途多難から未だ動かず――地形すら変わってしまっている現在では、その情報の価値は決して安くはないのだが、状況が劇的に変わるほどのものでもなかった。
「あ、そうだ。そう言えば俺がここに来た時、誰かと間違えたよな?」
「イノス君のことかね? 彼は確か……タイプ『オーグル』だったかな? 武装することを前提とした遺伝子強化兵の中期の試作型か何かだったはずだ。彼とは隣の施設の仲だからね、話すべきことを話したらそのまま出て行ってしまってそれっきりだ」
少々脇道に逸れてしまった疑問だが、意外に有用そうな情報が多い。
「ここの隣にも施設があるのか? ネメシスコードの内容についてはどこまで知っている?」
「落ち着け、質問は一つずつにしたまえ。まずここがイノス君が眠っていた施設で、隣が私のいた場所だ。何か必要なものがあれば持って行くと良い。次にネメシスコードについてはさっき話した通りだ。存在自体は相応にかかわっているならば知っている程度のもの。そもそもネメシスコードの内容を知っているのは関係者の中でも極一部だ。詳細ともなれば、それこそ上層部の何人かが……ってくらいだろうね」
ちなみに私はその極一部に該当する、と自慢げにその辺のあれこれを語られた。
肝心の内容についてはやはり詳しくは知らないらしく、精々「被験者同士で殺し合うような細工が施されており、相手を食うことで次のステージに進める」という今更な情報だけだった。
ならば次の質問に移ろうとしたのだが、話が逸れてそのまま自慢話が始まった。
だが、そのお喋りを止める気にはならない。
(確かに彼は言った。「明日をも知れない命」と……)
それを証明するかのようにラークはこびりついたかのような血の匂いを漂わせている。
そこに混じる薬品臭が彼の絶望を物語る。
無事な薬などあるはずもない。
それでも、命は諦めきれるものではない――それは自分にも言える話なのだ。
だから黙って彼の話を聞き続ける。
同じような境遇の者として、同じ時代の同胞として、できる限りのことはしてやりたいと思えるくらいの人間性はまだ自分にも残っている。




