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(´・ω・`)猫の毛まみれ。
「こんなところに何故人間が?」という当然の疑問など知ったことかと、出てきた男は俺を見て首を捻っては唸り声を上げている。
「俺は――」
「あー、待て待て! 思い出せそうなんだ、ちょっと待て」
人差し指でこみかめの辺りをトントンと叩きながら記憶を掘り起こそうとしている白衣の男を前に、俺はどうしたものか、と考える。
「待つべきか、それとも無視して話しかけるべきか」の二択を悩んでいたところ、ようやく何かを思い出したのか男が顔を上げる。
「そうだ。『ゴライアス』だ。タイプ『ゴライアス』の成功例。確か三人いて、うち一人は暴走して処分されていたはずだ」
となると残る二人のどちらかか、と男は思い出せたことで満足そうに頷く。
「あんた、何者だ?」
「名前は確か……ん、私か? 私はただのスポンサーだ」
男の言葉に俺は怪訝な表情をしたつもりになるが、この役に立たない表情筋ではこちらの感情は伝わらない。
「どういうことだ?」
「そのままの意味さ。ノトス企業連盟は知っているな? 私はその関係者で、遺伝子改造技術の被験者であり、数年前にコールドスリープから目覚めたのでこうしてここで活動している、というわけさ」
遺伝子改造技術の被験者――その言葉に一瞬自分の体が強張るのを感じる。
「まさかの収穫」と思ったのも束の間、男の口から続いた言葉は俺を困惑させる。
ちなみにノトス企業連盟なんて名前しか知らない。
「まあ、被験者と言ってもオリジナルの技術だ。君のように強靭な体や能力は持っていないし、ネメシスコードも勿論ない。正しく医療用に使われたものだから、残念だけど君の期待には沿えないな」
「……何を、言っている?」
「簡単に言うと、ちょっと特殊な疾病を患っていたんだが……どうにも現行の医療技術では治すことができなくてね。それで偶々知った遺伝子改造技術でどうにかしようとスポンサーの権限でねじ込んだわけだ。ところが、だ」
ポンと手を叩き俺を覗き込むように男は上体を逸らすとすぐに戻し、合わせた指を動かしながら説明を再開する。
「どうも完治させるための最後のピースを作成するには時間がかかりすぎることがわかった。そこで冷凍睡眠装置の出番だ。百年単位での長期間の稼働に耐え得るものになったのは、私がきっかけだったと言っても過言ではない」
感謝していいぞ、とおどけたように表情を変えた男は今度は逆に真面目な顔つきとなって話を続ける。
「つまり、だ。俺を食っても何も変わらんぞ、と言いたいのさ」
「どこまで知っている?」
「スポンサー権限で知れる範囲――つまり国家機密レベルは何も知らない。すまんが、大した力にはなれそうにない。それより……」
中に入ったらどうだ、と開き切ったゲートを視線を送る男に続くようにそちらに歩く。
ゲートを抜けた先には二百年という歳月を感じさせることのない空間がそこにはあった。
まるで病院のような雰囲気だ、と懐かしさを感じて周囲を見渡す。
「さて、まずは自己紹介でもしておこうか。私の名前はラーク。ラーク・アダマスだ」
俺の意識が周りに散っていると振り返った男はそう名乗る。
「アダマスと言えば伯爵家か。よく企業連入りができたな?」
「ああ、貴族と企業は仲が悪いなんてのはただの風説さ。むしろ意図的にそんな風評を流してすらいる。上層部同士がくっつきすぎると癒着が云々と面倒な連中がうるさいからね。だから表立って資金を回すのにも色々と手順が必要になってくる。私の病が都合の良い理由にはなったが……結果がこれではねぇ」
お手上げのポーズを取るラークに「治らなかったのか?」と尋ねるが、何も言わず彼は歩き出す。
「……二百年は長すぎたと言うことだ。最後に使用するはずの薬がダメになっていた」
「それは、何と言うか……」
「ああ、幸いなことに痛覚がなくなっている。明日をも知れない命ではあるが、おかげで開き直ることができたよ」
口ごもる俺に明るい声で返すラーク。
そこに至るまでの葛藤は想像に難くない。
だが帝国貴族してみっともなく喚くような真似はするまい、という意思を感じ取った俺は自然と右手を胸に添え、彼に頭を垂れる。
「……帝国はもうない。そのような儀礼は不要だよ、ユーノス君」
敬意を表するつもりで行なった所作だったが、その返答に俺は反射的に顔を上げた。
「今しがた思い出したよ。これまでの被験者の名簿を見ていた時に『帝都に住んでいたはずの君が何故?』と疑問に思ったことがあったから記憶に残っていた」
他はほとんど覚えていないがね、と彼は自嘲気味に笑ってみせる。
「しかし……君の母上や姉君は業界では有名だった。本来なら、彼女たちがやりすぎたおかげで君が戦場に送られるはずだったのに、それを潰しておきながら敵を増やさなかった。驚くべき手腕だよ」
「あ、そんなことになってたんですね」と反応が薄い俺に首を傾げてみせるラーク卿。
「まあ、彼女たちは兎に角目立ったからね。特に嫉妬の目が多すぎて、あの手この手で失脚させようと試みる者や、いっそ取り込んでしまえと口説きにかかる者が後を絶たなかった。ちなみに私もその一人でね。実は結構本気で君の姉君を口説いていたのだが……」
君の姉さんちょっと身持ちが硬すぎないか、と非難めいた視線で付け加えられ、俺は頭を下げて苦笑する。
「何と言うか……すみません」
「いやいや、謝る必要はないよ。彼女の魅力を考えれば当然だ。競争相手が多かった、というのもあるが、あの頃は十代にできなかった青春ってのをしていた気がするよ」
笑いながら手近な椅子に座り、俺の変わり果てた体を観察するように眺めながらポンと軽く手を打った。
「それじゃ、何から聞きたい?」
向こうからこちらの要件に入ってくれるのは有難い。
一切の遠慮なく質問することができる。
「ネメシスコードとは何ですか?」
それが何であるかの予想はしている。
だが、それを知る者の口からはっきりとした答えを聞きたい。
「既に当たりは付けているだろうから細かい説明は省くが……君の想像通り、遺伝子改造技術の発明者であり、その技術を帝国に売り払った研究者でもあるゼータ博士が軍事利用を防止するために秘密裏に仕掛けた自爆プログラム。これが表向きのネメシスコード」
「表向き?」
思わず出てしまった俺の言葉にラーク卿が頷く。
「そう、表向きだ。簡単に言えば、ネメシスコードは秘密でもなんでもなかった。当時の遺伝子改造技術にかかわっていた研究者ならば、そんなものがあることを知っていたのさ」
「……知っていた?」
この事実が何を意味するのかが俺の頭ではすぐには出てこない。
しかし彼は説明してくれた。
「何せ、自分たちの手を汚さずとも、被験者が制御できなかった場合の保険となったんだ。『知らなかった』で通せば、大抵の不祥事は博士の責任として終わらせることができる。キメラ計画から始まる究極生物計画の責任者と上層部は、ネメシスコードの存在を知り、解除手段を持ちながらもそのまま実験を進めることを決定した」
ここまで言われて理解した。
帝国は、俺を……被験者を「人」ではなく「兵器」として扱った。
元人間であることは考慮されず、兵器として処分することも視野に入れており、実際にそのような決断を下していた。
(歯車が、ずれた気分だ)
俺が思い描いていた帝国と、その実態が乖離している。
俺があろうとした帝国の民、軍人の像が崩れていくのを感じた。
いや、都合の良い理想像を勝手に押し付けていただけだと首を振る。
徴兵されて入隊したが、自分の意思でもあったからこそ、怪しげな話に耳を傾け、被験者となることを選んだのだ。
ここで何かを言ったところで――誰かを恨んだところで、それは恐らく俺が求めるものとは違う。
納得はできない。
だが理解することはできなくはない。
何より「既にその決断を下した者たちはいないのだから」と俺は天井を見上げ、その事実を呑みこんだ。
そこに、彼の言葉続く。
「……そして、その不都合な部分を全て博士に押し付ける案を承認したのが、この私だ」
(´・ω・`)新しくネタを思いついて書き始めたは良いのだが……面白いものでもなかったので没となる。何か別の気分転換を探そう。




