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(´・ω・`)そろそろ猫の抜け毛が凄いことになる。
むせ返るような血の臭い。
辺り一面が「血の海」と呼ぶに相応しい惨状の中、唯一生き残った個体であるゴブリンの王が命乞いをするかのように頭を地にこすりつけている。
時折嗚咽のような声が聞こえてくるが、所詮こいつらの言葉など鳴き声だ。
涙を流し、頭を垂れて許しを請い、背を向けたところを襲いかかるなど最早エロ漫画ではテンプレートな導入シーンですらある。
なお、それが実際に起こったことでネタになっているかどうかは残念ながら知らない。
なのでサクっと手にしたサーベルでゴブリンキングの首を撥ねる。
結局、隠密行動を心掛けてはみたものの、匂いでバレて乱闘開始。
気づけば劇場の舞台まで来てしまい、こうしてここの王を斬首するに至る。
凡そ五千ほどのゴブリンを駆除したと思われるのだが……これはまだ地表部分のみである。
そして厄介なことに未だ統率個体の全排除には至っていないことが確定しており、そこから導き出される答えは「この大規模な群は国家を形成しつつあった」ということにある。
「ゴブリンが国なんて作れるのか?」との疑問はもっともだが、過去にそのような事例があったという記録は存在している。
御伽噺にある「強欲なゴブリン」がそれである。
その内容を簡単に説明すると「何でも欲しがる強欲なゴブリンは、他者から色んなものを奪い続け、ついには大群を率いて国をも奪おうとします。でもその快進撃は配下の裏切りによって幕を閉じました」という有体に言えばありがちなお話である。
一応史実を元にしてできた御伽噺のようだが、その国を奪う前段階において、既に国家の体を成していたとの意見もあり、それが今回の状況に酷似しているというわけだ。
「群れの株分けに厳格な格付け……地下の連中が下だとは思うが、後どれだけいるのやら」
帝国の研究ではゴブリンが一つの群に複数の王を抱えたことで起こるこの現象――名前までは憶えていないが、これによってもたらされる結果はわかりやすく言えば「序列社会の形成」である。
ただボスという頂点がいる群から、明確な格で分けられた階級制度が存在する秩序ある集団となる。
「ゴブリンの秩序とは何ぞや?」と言う疑問はさておき、蛮族には蛮族の掟があるように、命令系統が出来上がった連中は徐々に軍隊のような動きを見せ始めるようになる。
ここまでが俺の知識にある範囲。
それがどのような結果を齎すのかまでは、残念ながらわからない。
しかし、歴史を鑑みるにゴブリンのような残忍な生物が数を増やせば碌なことにならないのは目に見えている。
よってこのまま駆除を続行。
王を失ったことで生き残ったゴブリンが我先にと地下へと向かっていることから、統率個体の居場所はそこで間違いないだろう。
(問題があるとすれば、地下にこの体が入るかどうか、なんだよなぁ)
最初は拠点として使うつもりだったのだが、こうもゴブリンだらけでは使えるようにするのも一苦労である。
おまけに地下に逃げ込むであろう連中を完全に駆除し切れるかどうかも怪しく、言ってみれば「大量にゴキブリがいるであろう部屋に誰が住みたがるか?」という話である。
付け加えるならば、この後オークの駆除も待っている。
そしてテーマパークは広い。
「労力に見合わない」と判断を下すまでには然して時間はかからず、この地を拠点化することは諦める。
だが、残された物資を諦めるつもりはない。
どれだけ荒らされているかは調査してみなければわからないが、これだけ巨大なテーマパークならば或いは、と期待してしまうのは仕方がない。
そんなわけで入れそうな地下の入り口を探しつつ、地上部分の店や倉庫を見て回る。
案の定、至る所が荒らされており、無事なものなどないかと思われたのだが、一部シャッターが下ろされた場所は免れていた。
地下へと集結するゴブリンを適当に捌きつつ、無事な倉庫を探してウロウロしているといつの間にか日が暮れようとしていた。
徹夜確定である。
現在の収穫物は鍋が一つのみ。
今使っているものよりもサイズや頑丈さに勝る中々の一品だ。
新品同様とはいかないが、厳重に保管されていたものの一つなので、きっと長持ちしてくれるに違いない。
さて、ゴブリンの痕跡を辿ることで地下への入り口を発見したは良いのだが……案の定この巨体には少々高さが心許ない。
横幅は十分すぎるくらいに余裕があるのだが、扉の部分の高さは二メートルもなく、中に入ったとしても二足歩行は困難と言う外ない。
両手も使っての移動は今に始まったわけではないのでどうと言うことはないが、武器が使いにくいのは少々困る。
もっと天井が低いことも覚悟していたことを考えれば、最悪の事態は免れている。
とは言え、この地下空間では全力が出せないのはまごうことなき事実である。
気を引き締めて地下街へと突入する。
当然ながら電気はないので非常に暗い。
そこら中がゴブリン臭いので嗅覚での探索は絶望的だが、暗闇でも問題ない目とこの耳があれば大型である統率個体を見つけ出すことは容易いはずだ。
そう思っていたのだが……流石「迷宮」とまで揶揄された複雑な地下街だけあって中々目的の場所へと辿り着かない。
いや、正直に言おう。
「……迷った。案内板どこよ?」
ほんと、帝都の地下街じゃないんだからもうちょっとシンプルな構造にしておこうよ。
愚痴をこぼしながら天井の低い通路を這うように進む。
壁に付けられた鏡に映った己の姿を見て一言。
「荷物がなければ完全にホラーゲームだな」
真っ暗な地下街を両手両足を使い這いずるように徘徊するモンスター。
これで犠牲者がゴブリンでなければ完璧だった。
(多分地下から脱出するための仕掛けや鍵を探してサバイバーが探索するタイプだな。対戦型で似たようなシチュエーションのゲームがあった気がするが……)
プレイ経験はないがゲーム雑誌で恐らく読んだことがある。
確かセーフティエリアとなる場所は、と記憶を手繰りながら上へ下へとフラフラ動く。
結果として余計なことを考えながら移動するのは悪手であったが、こうして案内板を見つけることができたのは悪くない。
案内板の文字や地図の状態がかなり悪くなっていることを除けば問題はない。
「えー……ここが現在位置? で、女王がいそうな広い場所が……」
呟きながら案内板を指差し一つ一つ確認する。
店舗名が表記されていてもほとんど意味がないのが困りもの。
ともあれ、どうにか現在位置と方角を確定させることには成功し、目標がいそうな場所に当たりを付ける。
その場所へと寄り道なしで向かったところ、ゴブリンがこちらに向かって攻撃を開始。
正解を引いたことを喜びつつ向かってくるゴブリンを一匹残らず駆除。
多少数を増やしたところで雑魚は雑魚。
あっけなく守りを突破した俺は、催し物を行うステージの上に鎮座する肉塊こと女王を一刀両断する。
「これで終わった」と思ったのだが、隠れていたであろうゴブリンが一斉に同じ方向に走り出す。
その後ろ姿を呆然と見送った俺は脱力して呟いた。
「あー、やっぱりまだいんのか」
夜通し駆除決定である。




