137 とある魔術師の独り語り
(´・ω・`)歯の詰め物が取れた。そして虫歯も見つかった。
「まったく、近頃の若いもんは」が口癖のように出てくるようになってどれ程か?
思えば魔術の才を見出されてからというもの、ただただ自らを研磨する日々を過ごしていた。
一時は自身の才能を誇り、高慢な態度を取ってはいたが……天才と呼ぶに相応しい者と出会い鼻っ柱を叩き折られてからは、ひたすらに研鑽を積んでいた気がする。
あの頃は己の才を信じ、努力すれば必ず到達できると勘違いをしていた。
結果、何にもなれなかった儂は事実から目を背けるように一つ事に打ち込んだ。
誰も見向きもしない補助魔法――魔術ですらないそれを専門とする者など絶えて久しく、当時の儂が逃げ込むには丁度良い場所だった。
だが、そこで予想外の事実が発覚する。
悲しいかな、儂は自分の魔術の才能がちっぽけなものであると気づき、同時に戦闘において才覚があることを自覚した。
「歩むべき道を間違えた」
ただ、そう評するしかなかった。
齢五十を過ぎ、自らの研鑽が形となった時には、既に遅すぎたのだ。
セイゼリアにおいて、評価されるのは魔術であって魔法ではない。
誰が使ってもほとんど同じ効果を発揮できる魔法よりも、使い手によって大きく結果が異なる魔術を我が国は重視する。
国家運営においてはその判断は正しい。
強大な隣国だけでなく、常にモンスターに脅かされてきたが故に、大勢の魔法使いよりも、たった一つの精鋭魔術師が必要とされたのだ。
たった一人の強大な個は軍勢すら蹴散らし、その脅威は抑止力となり外交を有利に傾ける。
そしていざ戦争となれば、その力をまざまざと見せつけ、自軍を勝利へと導くことは歴史が証明している。
それがわかっていながらも、魔法へと逃げ先を求めたのは「まだ自分には才能がある」と信じていたかったからだ。
しかし、現実は残酷だった。
ならばと己を鍛え続け、結果を出せば見返すことができるのではないか、と示し続けた。
その結果は語るまでもない。
最早大衆は疎か、魔術に携わる者たち、果ては貴族や研究者までが派手なものを好み、地味ながらも利便性の高い魔法をおざなりにした。
「ついでに覚える程度じゃないか?」
自らが専門とする技術、知識がこの程度の認識でしか語られることはないと悟った時、自分の努力では何も変わらないのだと理解してしまえば……後は早かった。
気づけば儂は国を出ていた。
都合良く隣国で腕の良い魔術師を募集していた。
セイゼリアの常識や価値観の影響下にない国ならば、自分は正当な評価が得られるのではないか?
そう思って足を運んだ。
そこで待っていたのは数多くの魔術師だった。
募集をかけたのがカナン王国の侯爵家なのだから、この結果は当然である。
しかしセイゼリアの常識では中々にない光景に驚き、金と地位に群がる同業の姿を見て嘲り、自分もその一人であることを思い出し自嘲した。
それでも他国の魔術師の腕を知る良い機会である。
知を得ること、経験を積むことに貪欲でなくては魔術師を名乗る資格はない。
問題があったとすれば、儂の想定以上に集まった者たちの質が低すぎたことにある。
「……まさか、もう終わりと言うのではあるまいな?」
儂を中心に立つことも叶わぬ十数人の魔術師に言い放つ。
一対一では相手にならぬ。
ならば、と数を増やしてみたが……結果はこの通り。
疲労はあれど、最後に全員を同時に相手にしてみたが文字通り「相手にならない」のは如何なものか?
予想以上にカナン王国の魔術師の質は低かったことに思わず溜息を漏らしてしまったが、この結果に侯爵は大いに満足したらしく、当初の雇用額を倍増することを提案。
形はどうあれ、評価されることに飢えていた儂はこの対応に大いに満足した。
それからしばらく雑事を引き受けたりと仕事を請け負っていたのだが、ある日一人の青年を紹介された。
「アルベルトと申します。以後、良しなに」
一見するとただの容姿端麗な青年だが、話を聞いてみると剣の天才とのこと。
天才――その言葉に思うところはあるが、人格が歪んでいるわけでもなく、真面目に鍛錬を行う好青年に思えた。
見た目より若く見えることを気にしているようだが、儂に言わせれば若造であることには変わりはない。
そして、この小僧を北部に出現したドラゴンに当てるらしい。
そのための魔術師か、と侯爵の目的を察してしまう。
しかしそうなると竜の襲撃を予測していたことになる。
(もしくは呼び寄せる手段がある、か……)
当然儂はそのような危険な話に首を突っ込むような阿呆ではない。
人為的に生み出される英雄。
それが何を意味するかなど、魔術馬鹿の儂でもわかる。
だが、祖国を既に出た身である以上、それを止める気もない。
どのような結果に転ぶかなどは、儂のような人間が考えるようなことではない。
あれよあれよと言う間に出発の準備が整い、北へ向けて一行は馬車を走らせた。
結果から言えば、此度の計画は大成功に終わったと言える。
多大な犠牲を払いつつも、ドラゴンを退けることに成功し、その最後の一撃をもぎ取った小僧の手腕は確かなものだ。
その成果を掴み取っておきながら「貴方の助力があってこそのものです」と頭を垂れるのだから悪い気はしない。
これを本心で言える人間が一体どれだけいるか?
中々に見どころのある若造だ、と感心していたのだが、どうやら狙いは魔術の指導にあったようだ。
若くして侯爵に見出された割には世渡りを心得ている。
だが悲しいかな、幾ら熱心に教えを請われたところで必要なのは才能だ。
ここでの才能とは前提条件……つまり、この小僧がどれほどの修練を積んだところで魔術を行使できるようになることはないだろう。
「もしかしたら」と考える者は多いが、その希望を叶えた人間が果たして存在するのか儂は知らない。
知りたいと思うようなことでもなかったので、小僧には早々に諦めさせた。
「それでも知識を得れば何かの役には立つ」と学ぼうとする姿勢は賞賛してやっても良いだろう。
「これからはドラゴンスレイヤー。いずれは英雄と呼ばれる男になる。知っておかないと格好悪いでしょ?」
魔術の知識を恰好の良し悪しで学ぼうとする者は初めてだった。
(こやつ、存外大物になるやもしれんな)
この時の儂は大いに笑わせてもらった。
随分と久方振りに大笑いをした気もするが……気分が良いことに変わりはない。
儂は仕事の合間に小僧に知識を授けた。
小僧は小僧で新たに手に入れた剣を慣らすことに苦心していたようだが、それで手を抜くほど儂の教えは優しくない。
ところが、だ。
なんと小僧が新たに手にした武器は聖剣だった。
「先生、こっそりこれ研究しませんか?」
師と呼ぶことは許さなかったが、余人のいない場でならばその呼び方を許した小僧が手にした聖剣を見せびらかし儂に耳打ちをする。
この数か月で魔術師というものを理解してきたようだと褒めてやった。
教会が門外不出と厳重に管理するが故に、誰も知らぬその秘境を垣間見ることができる。
これほど抗い難い誘惑が果たして我が人生にあっただろうか?
結論から言えば儂は抗うことができなかった。
どう足掻こうが、儂の本分は魔術師だったということだ。
その代わり、一度だけ「お願い」とやらを聞いてやることになったが……まあ、こやつの頼み事であれば多少は骨を折ってやっても良いだろう。
そう思っていたのだが、肝心の聖剣の研究成果が芳しくなかった。
いや、言い直そう。
何もわからなかった。
それが意味することは一つ――この剣が魔力を介して様々な現象を起こしているのかどうかさえわからなかったのだ。
(まさか、これほどと言うのか!? 儂の知識では推し量ることさえ叶わぬか!)
なんと言う未知、なんと言う僥倖。
人が辿り着けぬ境地を唯一人、儂だけが覗き込んでいるという事実に身震いする。
いや、過去にも幾人の探究者がこの光景を目の当たりにした違いない。
それでも、現代においてこの深淵と呼ぶに相応しい人類史の技術の結晶を前にしている探究者は儂、唯一人である。
今ならば聖剣を教会が聖遺物や神由来の超常たる武器として扱ったことも頷ける。
魔術的なものでもなく、かつて栄華を誇ったとされる帝国のものでもない。
現代を生きる我々が全く知らぬ技術体系から生み出されたそれとの日々は、成果を一切出せなくとも充実した日々であった。
だが、そんな日常は思いの外早く崩れ去った。
「モンスター退治、じゃと?」
聖剣の使い手たる小僧が侯爵からの要請で魔物退治に駆り出されることになった。
そのような些事で研究の手が止まることに苛立ちを覚えたが、どうも話を聞いてみると最近噂になっている新種の討伐要請のようだ。
そしてそのメンバーに儂も加えるよう小僧は強く推薦しておった。
新種のモンスター、即ち未知の素材である。
(悩ましい。何とも悩ましい)
まさかこの歳になってこうも様々な機会に恵まれるとは夢にも思わなかった。
一つの場所に留まり、研磨と研究に明け暮れていたのでは決して出会えなかった幸運。
「ふむ……国に戻る機会があれば、外に出る有用性を説く著書の一つも書いてみるか?」
この度の遠征に様々な条件を付けてやりたかったが、それができる立場にはない。
今回儂はおまけである。
ならば、それらしくせねば要らぬ面倒を引き起こす。
小僧とある程度の打ち合わせをしたところで余計なものと前衛を付けることとなった。
聖剣を持つのだから仕方がない、と言っていたが、儂としても足手まといは必要ない。
どうにかならないかと侯爵の方へ陳情してみたが……やはりどうにもならなかった。
幸い、と言って良いかはわからぬが、首輪付きの元傭兵は悪くない腕だった。
現地で雇う者もフルレトス大森林での活動が最も長い一人とあって期待ができるらしく、今回の討伐は楽に終わるだろうと考えていた。
ところがいざ、その新種と交戦経験のある元傭兵の首輪付きから情報を確認したところ、信じられないような話を聞く。
曰く「通常の武器が一切通用しない上、魔法にも耐性を持つ。体格はオーガ並みだがパワー、スピードはその比ではない」ときた。
加えて優れた嗅覚を持ち探知能力も高い。
そして特筆すべき点として知能が恐ろしく高いことを挙げた。
(聞く限りでは厄介な相手ではある。だが、それだけだな。しかし一体どのような種が化けた? 該当するものに心当たりがないのが気がかりか……)
そのような感想を抱き、元傭兵に続きを促す。
色々と聞いて出た結論は実にシンプルなものだった。
「戦いを楽しむタイプのモンスターだな」
極々稀に出現する異常種とも呼ばれる面倒なタイプ――そのうちの一つが今回の件に該当した。
それらに共通する点は「知能が高い」ことと「非常に高い戦闘力を有する」こと。
どちらも満たしているであろう今回の案件は、思った以上に厄介なものであると改めて認識する。
可能であれば専門のハンター(今は冒険者だったか?)を呼び寄せたいところではあるが……生憎とここはカナン王国。
万全を期すならば手札だけでも物足りないが、今回は聖剣がこちらにある。
これ一つで十分だろうという気もするが、経験上こうやって安心できる要素がある場合、予想外の事態で足をすくわれることがある。
これが杞憂に終われば良かったのだが、長年の勘というやつは嫌な時に限ってどうしてこうも当たるのか?
最初の遭遇からしておかしなものであったが、まさかあの不意打ちに反応できるとは思わなかった。
「想定よりも手強いな」と姿を隠したまま分析に回る。
首は取れなくとも致命的な一撃にはなるだろうと予測していたが、いざ実行に移せば右手を斬ったのみ。
しかもその手は直ちに元の位置に収まる始末。
(十全に動かすには時間が必要だろうが……凄まじい治癒能力。これでは並大抵の魔術師は役に立たんな)
更に驚くべきことに、あの巨体でありながら接近戦を行わず瓦礫を投げてきたのだ。
手を斬られたことで警戒したのだろうが、この対応力は放置できない。
学習した強力なモンスターは手に負えなくなるケースがある。
そうなる前にこいつはここで始末するべきだ。
新種のモンスター……アルゴスが逃げる直前に追跡用の魔法を打ち込む。
ガイドが死んでしまったのは痛いが、ここは退くべきではない。
小僧も同意見だったらしく、魔力を辿り追い詰める……そのはずだった。
再び現れた新種の手には、その巨体に相応しい剣と盾があり、しっかりと握られたそれは最早先ほどの負傷を意に介していないことを意味する。
そして奴は魔力を認識していた。
「追跡の魔法が仇となったか」と舌打ちし、姿を現す。
判断を誤ったのかもしれない。
だが、こやつを生かしておくこともまたできない。
第二開戦には儂も参加する以上、ここで決着をつけるつもりだった。
ところが、いざ戦闘を開始すると明らかに小僧が本調子ではなく、聖剣の力を思うように活用できていない。
しかも本人が自覚はしても原因がわかっていないのか、終始困惑気味に戦っている。
「何をしている!」と叱咤してやりたいところではあるが、小僧以上に自身の状況を把握できているものはおるまい。
ただ時間を稼ぎ、聖剣の力で突破口を開く……そんな希望も戦闘が劣勢になり、アルベルトが徐々に押され始めたことですり減らされて行く。
結局、我々は侯爵から預かった切り札を用いて撤退することにした。
惨敗と言って良い。
但し、ただ黙って逃げるほど儂は若くはない。
策は弄させてもらう。
後は如何にして奴の追撃を振り切るか、だが……こちらに関しては元傭兵がきっぱりと断言した。
「無理だ。あいつがその気なら、町に辿り着く前に確実に捉まる」
体力に劣る若い女二人を抱えては無理があるか、と思ったが、どうやら儂が思う以上に移動速度が速いらしい。
しばらく無言のまま歩き続ける。
このままでは逃げ切ることはほぼ不可能……ならば何とするか?
「導師、時間がない。私の『お願い』を聞いていただく」
小僧が突如切り出した。
何を言うかくらい嫌でもわかる。
(儂でなければ務まらぬ。違うな、儂ならばできると言うことか。理解できるが……いや、これは致し方ないことか)
ただ黙って儂は頷く。
あれは決して放置して良い存在ではない。
今、手を打たねばどのような代償を人類が支払うことになるか想像もつかない。
そのためには、聖剣とその使い手は何としてでも帰さねばならぬ。
それにしても、こんなところで「お願い」を使うとは容赦がない。
「老人をもっと労われ」と軽口を叩いてやったら「もう十分生きたんだからいいでしょ?」と返してきおった。
儂は声を出して笑う。
あんな若造であっても、正しく評価されることが嬉しかった。
自らが生きていた証は、きっとあの男が残してくれる。
ならば、命を賭して成すべきことを果たすのみ。
「生れ落ちて六十八年……魔術に身を捧げ五十余年。ここが墓場か」
だが、ただで死んでやるつもりは毛頭ない。
我が生涯の研鑽、見せてやることは叶わねど、確と語り継ぐが良い。
儂は一行から離れ森を歩く。
死地は、もうすぐそこにある。
(´・ω・`)分割すべきだったかなー
おまけ
魔術と魔法
誰が使っても同じような効果のものが魔法。術者の能力次第で如何様にも変化するのが魔術。セイゼリアでは前者は手が加えられない原始的なものとしてあまり重要視されておらず、研究によって日々進化している魔術に重きが置かれている。
余談ではあるが、媒体を複数扱うことで魔法、魔術を同時に行使する者もいる。制御と言う観点からかなり難易度の高い高等技術であり、老練な実力派の魔術師に見られる傾向がある。




