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(´・ω・`)ネタを思いついたのでちょっとプロットに手を加えておりました。
ただ呆然と立ち尽くしていた。
完全な勝利であり、また完璧な敗北でもある。
(いや……今は考えている時間はない)
俺は町を目指して走り出す。
「まだ間に合うかもしれない」と言う僅かな可能性に賭け、全力で残りの四人を追いかける。
ようやく見つけた足跡という確かな痕跡も雨に流され形が崩れており、この場所を通過して随分な時間が経過していることを物語っている。
足跡を辿り、森を切り開くような街道が視界に入ると町が見えた。
門は固く閉ざされており、目に映る光景の中に人の姿は何処にもない。
「間に合わなかった」と雨を浴びるように天を仰ぐ。
門の先に微かに騒がしさを感じ、あの老魔術師との戦いを思い起こす。
「もっと早く決着を付けることができていたなら……」
そう呟くが直ちに首を振って否定する。
そもそも彼の術中に嵌っていた時点で、そんな可能性は潰えていた。
このまま町を襲撃するという選択肢もないわけではない。
だが、それをやってしまえば俺は人間という種の敵と認定される。
今はまだ「ただの驚異的なモンスター」の枠を超えていない。
超えないように注意を払ってきた。
口実を与えないよう行動を制限もしてきた。
(精霊剣は確保したい……しかし、それをこの場で実行に移せば、町を襲撃するモンスターと認識され人類種の敵となる。そのような事態はまだ早い!)
町は人が安全に暮らすための場所である。
そこを襲えばどうなるかなど言うまでもない。
(開拓のための前線拠点とするなら砦にしておけば良かったものを……)
それならばまだやりようはあった。
例えば文字通り全滅させて情報漏れを防ぐとか、大量のモンスターを誘導して単体の仕業に見えなくするとか、如何様にも工作できた。
だが、町となればそこにいる人間の数は文字通り桁違いとなる。
一人でも逃がせば終わり――そして失敗した場合のリスクがあまりにも大きすぎる。
「諦める外ない」と至極真っ当な結論を出す。
だが、諦めきれないのもまた事実。
それ程までに、目の前に吊るされた餌は魅力的なのだ。
しばしその場で「何か手はないものか?」と唸ってはみたものの、出てくる案はどれも非現実的なものばかり。
(明確にこちらを目的としていたのだから……再び討伐隊が組まれる可能性はかなり高い。となれば、次に備えるか?)
少なくとも最早カナン王国は俺を無視できない存在と見ている。
だからこそ討伐隊を差し向けたのだろう。
問題は「どこまでセイゼリアがかかわっているか?」である。
そもそもこの二国は歴史的に見て仲が悪い。
(偶々あの老魔術師がいた? いや、あれほどの凄腕をセイゼリアが手放すとは考えにくい)
何か理由があったのか?
その疑問に一つの出来事を思い出す。
(そう言えば……あの夜に突然現れた人間はもしかしてあの魔術師の魔法だったのでは?)
仮にそうだった場合を考えると浮かんでくる答えは一つしかない。
あの老魔術師は明確にセイゼリアを裏切っていることになる。
(魔術師が魔術国家を裏切るか?)
むしろまだ「ハンターだから俺を狩りに態々隣国までやって来た」の方が理解できる。
となれば、あの件は別の魔術師の仕業と言うことになり、あれが使える人間が他にもいることになる。
当然そのどちらでもない可能性だってあるし、むしろ俺がする想定なんぞ自分で信用ができない始末。
「考えていても埒が明かない」と一先ず仮拠点に戻ることにする。
ああ、逃した獲物のなんと大きなことか。
足取りは重い。
だが得た経験も多いと自分を慰めつつ帰路に就いた。
仮拠点に戻った俺は、巨大になっても変わらないサイズの脳みそをフル活用させ唸っていた。
今回の一件をまとめるならば「魔術は知識だけでは対処するのは難しい」ということだ。
やはり体験してみなければわからないことは多くある。
加えて天候の影響についても概ね理解することができた。
「雨が思った以上に厄介だったのは早めに知れて良かったと思うべきか。この分だと雪はどうなるのか……雪?」
何気なく出た呟きに引っかかりを覚えた俺は雨脚の変わらぬ空を見上げる。
「……あ、そう言えば冬季まで後三ヶ月もないな」
目覚めてから既に三ヶ月くらい経過している。
帝国では新年を迎えてからが冬となるので、この温暖な日々もそろそろ終わりを迎える頃合いである。
(そっか、もうそんな時期だったかぁ……)
もうじき気温はゆっくりと低下していく。
人間だった頃を思い出し「あんなこともあったなぁ」と思い出に浸っているところでふと我に返る。
「あれ? どうやって冬越すんだ?」
暖房どころか家すらない。
食料も冬となれば確保も難しくなることは明白であり、寒いお外で毎日必死に狩りをする自分の姿が容易に想像できた。
「これまずくね?」との結論が出るには然して時間がかからず、徐々に目の前にあったにもかかわらず放置され続けていた問題を正確に認識し始める。
帝国の科学技術を信じるのであれば「寒さなんてへっちゃらさ、心配して損した!」となるのだが、そこは我が愛すべき祖国。
「あ、熱に強くしたら寒さに弱くなっちゃった! 大丈夫、冬は戦争が鈍化するから! 最悪寝かしとけばいいさ!」とか平然と問題点を別の方向から解決する姿が容易に想像できてしまう。
大体二百年くらいぐーすか寝ていた身としては「実は冬眠します」とか言われても驚きはしない。
しばし真面目に考える。
「俺」という生態が果たしてどこまでモンスターに近づいているのか?
そしてこの姿の元になったと思われる生物が果たして冬眠するかを思い出す。
残念ながらその生物に心当たりはない。
だが、現在の自分の姿を初めて見た時に印象を答えるならば――爬虫類、である。
(こんなことならもっとしっかり研究所を探索すべきだった! カタログスペックすら知らない弊害が、こんなところで直撃するとか予想外にも程がある!)
頭を抱えながら脳内で「悲報:遺伝子強化兵、自然に負ける」というタイトルのスレッドが掲示板に立てられ、有名RPGのゲームオーバーの音楽と横たわる俺の姿が瞼の裏に浮かんでくる。
色々と思い悩んで「折角だから最悪の事態に陥っても格好良い散り様にしてやる」と日夜妄想に励んでいるというのにそんな最期は不本意である。
「……落ち着け。まだそうと決まったわけではない」
まずは冷静に冬を想定したシミュレート。
当たり前の話だが、採れる食料となる植物はほぼ壊滅する。
元から採ってないだろ、という指摘は無視する。
重要なのは「採れなくなる」点である。
当然植物が消えればそれを食べる動物も姿を消す。
どう足掻いても食糧難は確定。
飢餓感を感じにくい体ではあるが、この巨体を維持するために必要な栄養を考慮すれば、決して楽観視できるものではない。
そして気候――最悪は冬眠もあり得ると思っていたが、一部例外を除いて眠気を感じたことがないこの体で、果たして冬眠は成立するのだろうか、と至極真っ当な疑問が出たことでこの不安は一先ず棚上げすることができた。
それと気温の低下により能力がどの程度影響を受けるかだが、これは人間であっても同じことが起こるので、何かしらの変化があるのは間違いないだろう。
問題はその度合いだが……これに関しては実際に体を冷やすなりして体感してみないことにはわからない。
場合によっては「衣服を着用する」等の対策が必要になる。
考えれば考えるほどにすべき対策が積み重なっていく。
備えもなく冬季に突入すれば「やっぱり冬には勝てなかったよ」となる未来しか見えてこない。
そこに重要な案件が止めとばかりに突き刺さる。
「……あれ? じゃあ、エルフの監視任務も中断なのか?」
思わず出た呟きに対する非常にわかりやすい回答はこれだ。
冬になり、川に氷が張るような気温でもエルフは全裸で水浴びをしますか?
(NOに決まってるだろ!)
自問自答の末に俺は拳を地面に振り落とす。
危うくこのボロ小屋を潰しかけたが、そんなことより全元人類の希望が一つ消えようとしている。
「牙を剥くか……冬将軍!」
旧帝国領の最南部であればもう少し猶予はあるだろうが、生憎とエルフが住む土地はそうではない。
このままでは監視任務は成立しない。
(考えろ! どういう状況下でなら氷点下の冬の寒さの中で服を脱ぐ!?)
微妙と言われ続けたこのお頭をフル回転させる間もなく答えはすぐに出た。
そう「風呂」である。
だが、そんなものを用意できるかどうか以前に、一体誰がモンスターの用意した風呂に入りに来ると言うのか?
六号さん辺りならチャンスはありそうだし、若干一名言いくるめが成功する相手にも心当たりはある。
しかしよく考えてみてほしい。
何処にそんなものを設置するつもりなのか?
当たり前の話だが距離があるようでは論外だ。
故に、俺が出した答えは「温泉」だった。
帝国領南西にあるレジャーに特化した区域に温泉宿は間違いなく存在しており、その源泉もまた付近の山脈にあるのは明白。
やはり問題は距離である。
俺ならば川を上れば半日とかからず辿り着けるだろうが、エルフにそれができるかと問われれば、残念ながら余程の訓練を受けた者でなければ無理だろう。
となれば、他の候補地が必要だ。
だが悲しいかな、俺の知識の中にはそこ以外に温泉が見つかりそうな場所がない。
正確に言えば「旧帝国領内で」となるが、完全に正反対の場所にカナンとセイゼリアの国境線上の山など論外である。
(危険を冒してエルフ領内に侵入するか? いや、ダメだ。確か魔法的な警報のようなものがあって感づかれる)
条件に合致する立地が見事にない。
「最早廃案も已む無し」とそう肩を落とした時、一つの天啓が下された。
「そうだ、新規開拓だ」
素晴らしい人材であるが故に俺は固執しすぎていた。
距離という問題を解決するために、近場のエルフへとターゲットを変更する。
「どうしてこんなことに気が付かなかった」と自嘲し、俺はゆっくりと立ち上がる。
ボロ小屋の天井を少し破壊してしまうが、もうここには用はない。
精霊剣は惜しいが、無駄にリスクを負う必要はなく、またこの姿では未経験である冬に備えることを優先する。
これは寒さに弱いと言う可能性を失念していたこともあるが、生存を優先するための行動である。
最悪に備えるのであれば、今から動いても早すぎるなどと言うことはない。
どうなるかわからないからこそ、万全な状態を求めるのだ。
などと言いつつ「新たな出会いが俺を待っている」とウキウキで出立の準備を終わらせる。
前提が大きく間違っていることに気づくことなく、俺は荷物を背負い森を駆ける。
ぬかるんだ地面のおかげでいつもより速度が出ない。
また一つ注意すべき点が見つかった、と思考が逸れた。
加えて向かった先が未探索地域であることから、研究所の発見や本拠点として使用可能な建造物や地下が見つかる可能性に思い至り、自画自賛を始めたことで方向の修正が利かなくなったことも追記しておく。
(´・ω・`)次回かそこらにあっち視点の予定。




