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(´・ω・`)最近また一話分の容量を変えたりしたりと不安定になってきた。
隠蔽された魔力の糸を辿った先――そこにあったのはただの木だった。
要するに糸の先を適当な木にくっつけて誘導されただけということだ。
言い訳に聞こえるかもしれないが、これでも途中から「あれ、町の方向と違うんじゃね?」くらいにはおかしいことに気が付いていた。
しかし真っ直ぐに逃げた場合、逃走経路が読まれやすいため「先回りされると言う危険を回避しようとしていたのではないか」と疑ってしまったことで、魔力の糸の先を確認せざるを得なくなった。
(早々に追跡を切り上げ、町へ向かうのが正解だったか)
身体スペックは超人でも知能は凡人。
騙し合いにはめっぽう弱い。
ところがここからでも巻き返せるのが超人スペックのモンスター。
悪天候だろうが逃げるお荷物込みの四人組程度、瞬く間に見つけてやろう。
などと粋がってから大体二十分経過したのだが、臭いを追えず、音でも感知できずで若干焦りの色が見え始めてくる。
ここに至ってどうもあの厄介な方の魔術師が「単独行動をしているのではないか?」という疑惑が浮かび上がってきた。
足手まといを二人抱えての移動では普通に逃げても追いつかれる。
実際に俺は追いつけると思っていた。
だから先ほどの魔力の糸を利用し、俺を他の四人から遠ざけようとしたのではなかろうか?
(だとしたら、そう遠くない場所にあの老人がいたことになる)
逃げ切られる可能性が現実のものとなり、同時に厄介な魔術師が単独であることを意識する。
今、ここで仕留めるべきは魔術師か?
それとも精霊剣の使い手か?
答えはすぐに出た。
(当然後者だ。何より俺を殺し得る可能性がある精霊剣は確保したい)
強力な武器は奪ってしまえば怖くない。
取り返される恐れはあるが、この森の中ならば隠し場所には困らない。
翻って熟練の魔術師は厄介とは言え一個人に過ぎない。
替えの利く人材と、替えが利かない強力無比な武器ではどちらを優先するかは明白である。
俺が取るべき進路は町。
周囲への警戒と索敵を行いつつ真っ直ぐに向かう。
現状彼らの痕跡と呼べるものは何一つ見つかっておらず、分が悪いことに違いはない。
また、撤退の際に用いたガスがまだ残っている可能性もあり、それの効果次第では危機に瀕すると言う最悪のケースも未だ捨て切れない。
思えば想定が甘かったのだ。
個の力は兎も角、チームとしての能力は明らかに急造されたものだった。
だが蓋を開けてみればお荷物の二人は除外するとして、残りの三人の力は間違いなく俺を殺し得るものだった。
実際、最初の奇襲が成功していれば、俺の首は胴体から離れていたかもしれない。
(そして、それを可能とするのが精霊剣)
何としてでも奪う。
あんな物騒な代物が幾つもあるはずがないのは間違いなく、あれ一振りと考えれば取り上げてさえしまえば一国を無力化したに等しい。
またもしもの時のためにも、あれを所有し、より効果的に扱える人物に渡すことができるようにしておけば、俺が理性を失った後のことも安心である。
「どうせそんな人材はエルフだろうし、あわよくばいい思いができそう」という本音は隠しておく。
さて、思考に意識が持って行かれそうになったので、いい加減索敵に集中しよう。
森の中を町に向かって進み続けたことでようやく人が通ったと思しき痕跡を発見。
雨によってぬかるんだ地面にしっかりと残る数人分の足跡――恐らくは四人分。
これもフェイクとは考えたくないが、こんなものがある以上、間違いなく俺は彼らに近づきつつある。
「やはり町に向かっていたか」と安堵の息を漏らしつつ、他にも痕跡がないか注意しつつ、足跡を辿る。
少し進んだところで僅かに俺の鼻が違和感を捉えた。
木に付けられた僅かな傷跡――新しく、金属の臭いを微かに感じる。
(位置的にあの隊長さんが背負った大剣でついたものか? 足跡の数も考慮に入れれば……)
追いつける、と確信した俺は小さく笑う。
町まではまだ距離がある。
俺ならば十分とかからないだろうが、お荷物二人を抱えていては、到底逃げ切れる距離ではない。
意識を索敵から警戒重視へと切り替え、足跡の先へと走り出す。
そして、前方に人影らしき揺らめきを目視した直後――俺の足がぬかるんだ地面に吸い込まれるように沈んでいく。
「ガアッ!」
手にしたサーベルと盾を使い体勢を立て直すと同時に地面から足を引っこ抜く。
違和感を感じ振り返るとそこには確かに見えなくとも人の気配がある。
俺はサーベルで地面に落ちている石を弾くと、狙いから少し外れはしたものの、一人の老人が姿を現すと何か喋ったが、残念ながら理解できる単語はなかった。
恐らくはカナン王国語ではない。
(ここであの厄介な魔術師が出てくるということは足止めだろうか?)
これまでの俺ならばそう思い行動していた。
だが、俺は既に二つの違和感に気づいている。
ほぼ全力で警戒しているからこそわかる明らかに雨音が消えている不自然なポイントが二ヵ所。
しかも音の消えている範囲がそれぞれ異なり、強弱の付けられたそれはこれまでの彼のやり方からどちらかがフェイクであると思われる。
つまり、時間稼ぎと見せかけた本命の一撃を叩き込むための戦術。
(二度も通じると思ってるのか……いや、違う。二度目を通すつもりでの布陣と見るべきだ)
だとするならば、この二つもフェイクで、本命が別にある可能性やこの両方に何かしらの仕込みがある危険を考慮しなくてはならない。
(これが……いや、これこそが実戦か)
考えなければならないことが多すぎる。
これまでそれを無視し続けることができたのはこの肉体スペックのお蔭であり、それだけでは足りなくなっただけのことである。
ならば、これは俺自身が成長する機会でもある。
覚悟を決め、長い咆哮が森に轟く。
第三ラウンド開始の合図と同時に俺は魔術師に向け跳躍する。
これまでの慎重さからは打って変わっての大胆な攻め。
(食い破り、糧とさせてもらう!)
初撃はサーベルではなく盾による質量攻撃。
これまで、こちらの動きを阻害はしても受け止めることはしなかった。
いや、できなかったと考えるならば、この一撃はそれを確かめる上でも有用だ。
体重を乗せた盾を使った圧し潰しを難なくフワリと横に飛んで回避した老魔術師は、腕輪の付いた両手を勢いよく合わせる。
乾いた音と共に耳元でなる破裂音。
聴覚を奪いに来たようだが、その程度でどうになる耳ではない。
数秒間は確かに何も聞こえなくなったが、こっちの回復力を忘れてもらっては困る。
即座に不自然に気配のない箇所に意識を向けるが、こちらの背後へと移動しており、わかりやすいほどに狙いが読める。
しかし未だどちらが本命かを断定するには材料が全く足りていない。
「嫌な距離を保たれている」と舌打ちしつつ、魔術師を攻める手を休めない。
前へ前へと突き進む。
攻撃魔法を使ってこないということは、こちらの防御を貫く手段を彼が持っていないと見るべきだろう。
(そのように見せかけている可能性は捨て切れない。だが、それを恐れていては思う壺!)
故に、被弾覚悟で前に詰める。
背後を警戒しながらも、攻撃を重視で老魔術師を追い詰める。
それは即ち、彼を「見殺すか否か」の二択を相手側に迫ることに繋がる。
フワフワと浮く老魔術師が振り下ろされたサーベルを寸でのところで回避する。
木を蹴り方向転換をする彼に大きく一歩踏み出し、盾で殴りつけると空気の塊のようなものに当たり、それが炸裂すると、その衝撃で枯れ葉のように魔術師は吹き飛んだ。
距離など取らせるものかと間髪入れず前に出る。
詠唱などさせるものかと得物を振るう。
動きは徐々に激しくなれど、その見た目に反して未だ一撃も届かせず、枯れ葉のように舞い避け続ける老魔術師に驚愕を禁じ得ない。
背後から忍び寄る二つの気配無き存在は、常にこちらの隙を窺っている。
驚くほどの使い手だ。
魔術師が……いや、人間がここまで強くなれるのか、と驚愕を通り越し感動すら覚える。
しかし、防戦一方では先はない。
俺が警戒を解かない以上、後ろの本命は動けない。
間違いなく何度か手を出そうとする素振りを見せていたが、その度に老魔術師は何らかのサインを送っていた。
結果、その不自然な動きは隙となり、確実に終わりの時を早めていった。
サーベルを振り下ろす俺は地形を把握し、老魔術師から逃げ先の選択肢を奪うように立ち回る。
後少し……限界は着実に近づく。
このまま背後の警戒を弱めることなく、続ければ決着はもう間もなくだろう。
だがそれがわからない相手でもない。
その瞬間は確実に狙われる。
ここまで動かなかったのならば、彼らがそのタイミングで動くのは最早確定だ。
だから俺は、そのタイミングをずらしてやる。
予期される最後の一手――誘いこんだはずのその瞬間を、彼らの手には握らせない。
息を切らし、こちらの攻撃を読んで回避し続ける老練な魔術師。
斬る、突く、殴る、蹴る――その全てを凌ぎ続けた。
逃げ場は徐々に失われ、その動きは徐々に精彩を欠いていく。
体力と魔力の限界が近いのは俺から見ても明らかだった。
シールドバッシュを空気を爆発させ、自分を飛ばし回避する。
サーベルを引き、その先に突きを合わせようとする動きに、老魔術師は突き出した片手に添えるように手を置き、短時間が可能な詠唱を開始する。
大きく一歩踏み出した俺は口を開き彼に迫る。
正面に展開されるはずの幾度となく刺突を滑らせてきた円錐状防壁――その詠唱が完了する前に、俺は開いた口から炎を吐き出した。
それが「魔法で作り出されたものである」と誰が瞬時に判断できようか?
彼は対応を誤った。
咄嗟に俺が放った炎を対処しようと、脅威でもないものに反応してしまったのだ。
その僅かな隙で十分だった。
展開されなかった防壁、突き出されたサーベルに肉を通った確かな手応え、耳に届いた音と声、そして漂い始めた血の臭い。
その全てが一つの結果を物語る。
「――、―――」
何を言っているのかはわからない。
だが血を吐き出し、それを受け止めた手が胸を貫く刃にペタリペタリと触れる。
そして最後に老人は渾身の力を振り絞り――俺は剣を引き抜いた。
血に濡れた刀身は離れ、老人は力なく宙を舞う。
ゴポリと血液が口から漏れ、その体をタワーシールドが殴りつけた。
背後の気配を感じさせない存在は動かない。
想定を大きく外れた決着は、彼らをその場から動かさなかった。
俺はゆっくりと振り返る。
不自然に雨音のない二つの見えない霧が晴れていく。
術者が消えた今、本命を隠すものは何もない。
俺はサーベルと盾を構え――間の抜けた声を出した。
「……はあ?」
魔法の隠蔽が完全に消え去り、後には何も残らなかった。
しばし呆然とその何もない光景を見続ける。
誰もいない――では俺は一体何を警戒していたのか?
「まさか……」
物言わぬ地面に横たわる老魔術師を見る。
「最初からか?」
答えはない。
この場には、その問いに答える者は誰もいない。
「全部、一人芝居だったのか?」
確かに感じた背後の揺らめき……それに合わせるように行われた無意味な動作。
全ては「ここにいる」と思わせるためのもの。
「何故、逃がした?」
彼がカナン王国の人間ではないことは明白だ。
恐らくは隣国であるセイゼリアの魔術師だろう。
それが何故、精霊剣の使い手を逃がすために命を懸けたのか?
死体は何も語らない。
この結果がどのような意味を持つのか?
ただ一つ言えることは、恐らくこの老魔術師は自らの役割を果たし、俺は目的を達成できなかったということだ。
カイジス
妨害特化型の魔術師。それでも人間の中では30位圏内に入る凄腕。最近の魔術は派手なものが評価される傾向にあり、不当な扱いが続いたことで出奔している。なろうかな?




