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(´・ω・`)ノ
自分の肩に付けられた魔力の糸を辿る。
向こうが追撃を選んでいれば、直に互いを目視することになるだろう。
撤退を選んでいた場合、こちらが追撃する側に回るのでどちらに転んだところで俺に不都合はない。
のっしのっしと雨粒が滴り落ちる森を歩く。
一歩一歩、ぬかるんだ地面に足跡を残しながら周囲を視線を巡らし進んで行く。
そして、前方に男女二人ずつの集団を発見するが、俺から延びる魔力の糸は別の方向へと向かっている。
「やはりまだ姿を見せないか」と鼻を鳴らし、正面の四人組を無視して糸の先を睨み続ける。
しばらく立ち止まって見続けていると木の裏から一人の老人がゆっくりと姿を現した。
「……アルベルト、こやつ魔力を認識しとる」
指先から伸びる魔力の糸を切った老人の言葉に精霊剣の使い手――アルベルトが隣にいる隊長さんを睨みつける。
「言っとくが、俺はこいつが武器を持つのも、魔力を認識するのも今知った」
そう言って「反則だろ」と舌打ちした傭兵が大剣を構える。
森の中故に、その武器を振り回すにはこの場所は適さない。
それは俺にも言えることなのだが、考えもなしにこれを持ち出したわけではない。
だから俺は見せつける。
モンスターに分類される生物の中には武器を持つものもいる。
だが、それらは得てして力任せに扱うような雑なものであり、恐らく彼らもそう考えているだろう。
彼らの勘違いを正すため、この手にあるものの脅威を正しく認識させるため、実はこっそり練習し続けた成果を誰かに披露したくて堪らなかったがために、俺の全身全霊の一振りを見せつけた。
俺の前方にある鍛え上げられた隊長さんの腕くらいの太さの木を一太刀で切ってみせる。
一本の木が崩れ落ち、俺の持つ武器が使いこなせもしないお飾りではないことがわかったのだろう、一同は驚愕の表情を浮かべる。
「うわ、なんかこいついきなり自然破壊を始めやがったよ」とか危ない奴を見る目で見られていないことをただ祈る。
ともあれ、ここで一つモンスターらしく振舞い彼らの思考を戻してやろう。
「ガアアァァァァッ!」
姿勢を前に傾け、顔を突き出しての第二ラウンド開始を告げる咆哮。
結構前からモンスターらしいポーズをそれとなく考えていたので多分ばっちりだ。
「来るぞ!」とアルベルト君が仲間に警告を発したが、ここで「フェイントをかけて立ち止まったらどうなるか?」と余計なことを思いついてしまう。
しかし今はこの武装のお披露目が優先だ。
二百年前に失われた漫画剣術も隙あらば積極的に使っていこう。
左手には盾を持っているので使えるものが片手用のものだけだが、森の中では両手技の選択肢はほぼ潰えるのでそこら辺は我慢する。
初手は全身を使った大きく踏み込んだ突き。
こんなガードをされれば反撃が確定するかのような攻撃も、この肉体スペックにかかればカウンター技を置かれてもそのまま叩き潰すほどに強力な技となる。
人間が対処するには少々速すぎる一撃かと思ったが、上体を大きく逸らしつつ後ろに飛んで回避された。
精霊剣の使い手は伊達ではないらしく、大きく崩れた体勢から剣を振り上げ、こちらのサーベルの破壊を狙う。
当然、剣と剣を打ち合うのはまだ情報が不足しているのでサーベルを引く。
同時に左から振り下ろされた大剣をタワーシールドで殴るように弾き返すと、重量とパワーに差がありすぎたが故に、隊長さんが吹っ飛ばされて後ろの木に叩きつけられた。
まずはこの盾で精霊剣を受け、問題がないようならば存分に打ち合おう。
一歩前に踏み出し、迎撃態勢を整えたアルベルト君に接近。
直後感じる両手に重りが取り付けられたかのような重量。
体感二十キログラム辺りだろうか?
「そう、関係ないね」と何事もなかったかのようにサーベルを振り上げ――薙ぎ払うように蹴りを放つ。
「ちぃっ! モンスターなら引っかかれよ!」
正面は魔法で作られた幻影であり、本体はそこから少し横だ。
あの爺さんは隙あらばかく乱を狙ってくる。
からめ手がお好みのようだが、有効打が精霊剣に限られている現状では実に理に適っている。
そんな感じでいつの間にかまた姿を隠している魔術師の脅威度を一段階引き上げる。
俺の蹴りを後ろに飛んで回避したアルベルト君が姿を現し斬りかかる。
それを待ってましたと盾で受け、思った以上の手ごたえのなさに思わず首を傾げる。
どうやらこちらの心配は杞憂だったらしく、精霊剣の一撃を受け止めたシールドに違和感はない。
これならばサーベルで打ち合うことも可能であると判断し、盾を切り落とそうと力を込めるアルベルトを力業で跳ね退ける。
こちらの動きに合わせて後ろに飛び退くことで、吹き飛ばされずに済んだ彼が地面に足を付けた。
「着地狩りのお時間です」と言わんばかりに繰り出されるサーベルによる連撃。
初弾は速度を重視した軽い振り下ろし――対人ならば弾き飛ばされるだろうが、生憎こちらはモンスター。
どうにかこれを受け流すことに成功したようだが……ここで強引に軌道を変更。
胴体を真っ二つにし得る薙ぎ払いが精霊剣のよくわからない防御壁に阻まれるも、そのまま振り抜きサーベルをアルベルト君ごと木に叩きつけた。
そして素早く剣を引き、最初に見せた突きの予備動作を見せる。
しかしこちらは突き技を出す直前に投擲された小瓶で妨害される。
咄嗟に構えたタワーシールドで瓶を受け、飛んできた石の槍を尻尾で叩き落す。
その隙を突いて斬りかかるつもりだったのだろうが、残念ながらタイミングが合っておらず、傭兵の振り下ろしの一撃を盾で防ぎ、間髪入れず大剣ごと腕を跳ね上げ、斬り上げる。
だがサーベルの刃が到達する直前に勢いよく隊長さんが吹き飛んだ。
まったく、いい仕事をする爺さんである。
「クソ! 右手をまるで完治してるみたいに動かしやがる!」
ふざけた回復力しやがって、と憤る皆が作った時間で一度距離を取ったアルベルト君。
そんな彼と向かい合い、視線だけを傭兵団の隊長さんに向ける。
「あれ? もしかしてポーションのこと話してないんですか?」と無言で訴えかけたところスッと視線を逸らされた。
おっと、これでは言葉を理解していることがバレてしまう。
しかしまあ、推定貴族案件だったが、これは当たっていたのかもしれない。
でなければこんな重要な情報を秘匿する理由がない。
(傭兵は金で動くものだが……ケチりすぎたか? それとも関係がすこぶる悪いのか?)
ちょっと内情が心配になってきたが、仕切り直しになったことで向こうは何やら相談タイム。
俺の状態を見て追撃を決めたは良いが、回復されてしまっているのでは、これ以上の戦闘は危険であるとの判断を下した。
ところどころわからない単語はあったが、概ねこのようなことを言っていたはずだ。
こんなに早くに撤退を視野に入れる判断力には恐れ入るが、そう簡単に逃げられるとは思わないことだ。
「ガッハァ」と楽しそうに笑ってやると「楽しそうじゃねぇか」と笑みを浮かべて空になった瓶を投げ捨てた隊長さんが一歩前に出る。
当然のことながら向こうもポーションで回復する。
ならばまだまだ楽しめる。
俺は右手のサーベルをくるくると回しながら最大の脅威であるアルベルトへ向かいゆっくりと歩き出す。
じっと相手を見る。
向こうもこちらを見ているが、その目に戦闘意欲があるかと言えば答えは否。
やはり思考を逃走に切り替えているのか、態々隙を見せてやっているのに積極的に攻撃する姿勢を見せない。
それとも、この程度余裕を見せたところで誘われていると疑っているのか?
だとしたらこちらを「ただのモンスター」とは既に認識していないことになる。
良い傾向ではあるが、こちらはもう少し情報収集を行いたい。
撤退を決断したところ悪いが、否が応でも付き合ってもらう。
あくまで防御の姿勢を崩さぬアルベルトを前に、図々しいほどにさらに深く踏み込んでサーベルをその背に隠すほどに大きく振りかぶる。
見ただけでわかる受けることができない一手。
「右に避けるか? 左に避けるか?」の二択を迫る。
当然避けた先に何があるかはご想像にお任せします。
一発逆転を狙ってカウンター、という選択肢もあるが、その場合失敗すれば即死は免れない。
逃げに入った者がそんな危険を冒すはずもなく、俺が右手を振り下ろすと同時に彼は左へと大きく飛んだ。
「飛ぶな、小僧!」
どこからか聞こえてきた遅すぎた警告――俺の右手にはサーベルは握られていない。
そして横に飛んだアルベルトに突き出される尻尾がその柄に巻き付いたサーベル。
振り下ろす瞬間に持ち替え、右手を地面について体勢を変えての奇襲。
完璧に捉えた一撃だったのだが、予想通り精霊剣の防壁のようなものに阻まれその刃は届かなかった。
しかし空中で押し出されたアルベルトはその勢いのまま地面をバウンドしながら転がる。
追撃に駆け出すと同時にサーベルを右手に持ち替え、正面に躍り出た隊長さんを轢き殺す勢いで突進する。
後方から何か投げられていたようだが、既にそこには俺はいない。
先ほどから何もしていないと思っていた魔術師はどうやら今までずっと妨害を試みていたらしく、少し腕が軽くなったと感じた直後に詠唱を始めた。
勢いよく木に激突したアルベルトが空気を吐き出す。
後は見えない爺さんだが……この状況を打開できるならむしろ見てみたい。
俺と精霊剣の使い手の間に割って入った傭兵との距離が縮まる。
後数歩、そこまで近づいたところで俺の前に立つ傭兵が予想外の行動に出た。
手を後ろに回し、取り出した何かを投げた。
投げつけたわけではなく、放り投げた。
クルクルと回りながらゆっくりと俺の視界が認識する。
持ち手の付いた円筒状のそれは、正しく俺の知識にあるものと一致していた。
咄嗟に両足で急ブレーキをかけ、サーベルを後方へ投げ捨てタワーシールドを両手で構える。
姿を見せぬ老魔術師の声。
それに合わせるように傭兵が大剣を盾に自分の身を隠す。
そして、カツンと構えた盾に金属がぶつかった音が響き――爆発が起こった。
この巨体すら吹き飛ばすその爆発は、俺が知っている通りの結果をもたらした。
(手榴弾! どこで手に入れた!? どうやって保存していた!)
盾にぶつかるほどの至近距離での爆発であるが故に、その衝撃も大きかった。
俺は後方の木に背中を打ち付け、忌々し気に炎上するその先を見る。
撤退を始めている彼らを見逃すつもりは最早ない。
しかし俺が立ち上がると同時に小さな破裂音が幾つも聞こえてきた。
それが何かはすぐにわかった。
紫色の煙が彼らを隠すように周囲に広がっている。
そして漂ってくる強烈な悪臭。
それもただの悪臭ではなく、刺激を伴うものであり、僅かに吸っただけで呼吸に何かしらの弊害をもたらすものである危険性が窺えた。
俺は空を見上げる。
雨はまだ降っている。
これならば煙も長くはもたないはずだ。
(迂回しても良い。だが……)
俺の脇腹から伸びた魔力の痕跡。
あまりにも気配が薄く、暇さえあれば修練に励んでいなければ見落としていたであろう蜘蛛の糸のような魔力。
(気づかれないと思ったか? いや、現にこれまで碌にあの爺さんの魔法には対処できていなかった。だから、か……)
「欲張ったな」と相手のミスを口に出して笑う。
俺は投げ捨てたサーベルを拾うため、逃げ出した彼らに背を向ける。
露出した木の根に刺さったサーベルを引き抜き、歩き出す。
「……いいだろう。第三ラウンドだ」
(´・ω・`)最近SFものに浮気してたりしてるのだけど、設定考えるのが結構難しくて難航してる。




