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(´・ω・`)100均でプリッツの袋入りが売ってたので飛びついて買ったら「プリッツェル」とかいう別物だった。ポリポリではなくサクサクだったのでコレジャナイ感が凄い。
開いていた口を閉じる。
重力に引かれて地面に落ちる寸前の右手を冷静に尻尾でキャッチして、それを左手で持ち血が噴き出している切断面にグッと押し付ける。
視線だけは奇襲した優男に合わせ、黙ったまま一連の動作を行い右手を抑える手を離す。
「化物が……!」
傍目にはくっついた右手。
だが動かすには至らない。
見せかけとは言え凄まじい回復力を見せつけられ、精霊剣の使い手が忌々し気に呟き俺を睨む。
(案外普通の反応だな。まあ、手を切り飛ばされたら叫び声の一つや二つ上げてもおかしくないのに、黙ってくっつけたら驚きもするか。それにしてもあの状態で自分の意思で声を押し留めて動けるんだもんなぁ……)
自分でも驚くほどに冷静に動くことができていた。
取り敢えずくっついているだけの右手だが、動かそうとしても反応がないことから早めにポーションを使用したい。
しかしその前に彼らの相手をする必要がある。
(少々相手の戦力を低く見積もりすぎた。要反省だな)
警戒するのは精霊剣ただ一つ。
その結果がこれなのだが、まさか真正面からこちらに奇襲を仕掛けてくるとは思わなかった。
戦術レベルでは完全な敗北であると認めざるを得ない。
(だが、言い換えれば向こうは最大のチャンスを逃したとも言える)
失敗した時のことくらいは向こうも考えているはずだ。
どのようにして俺と戦うつもりだったのか、見せてもらうとしよう。
「ガアアァァァッ!」
威圧するように大きな声を上げ、まずは一歩大きく踏み込み左手を振りかぶる。
それに反応する精霊剣使い――だが、馬鹿正直に真正面から行くつもりはない。
相手の武器はこちらを切れる。
ならばその間合いに入らないことが最上。
俺は地面を抉るように蹴り上げ、大量の土と石を飛ばす。
振り上げた手に意識が向いていたが故の反応の遅れが、土と石礫をまともに受ける結果をもたらす。
遮られる視界と阻害される動き、来るであろう本命の攻撃に備えることも満足にできない状況。
大剣を持った傭兵とスカウトが前に出る。
魔術師の少女が杖を構えて詠唱する。
神官の少女は石礫をまともにくらい後ろに倒れた。
そして俺は、後ろに飛んだ。
その場にいた全員がその行動を理解できなかったのか、後退した俺を追う者はいなかった。
(ああ……やっぱり、俺がここで戦おうとした理由を誰も考えてはいなかったか)
俺が飛んだ先にあるもの――それは瓦礫の山。
あまりに原始的な攻撃だから気が回らなかった?
生憎こっちは野生レベルだよ!
尻尾で掴んだ瓦礫を放り投げ、それを左手で軽くキャッチ。
「避けろ!」
ようやく俺の意図を理解した傭兵がそう叫ぶが少しばかり遅かった。
投擲の練習は散々やった。
俺の手から放たれた剛速球は回避行動に移ったスカウトの左肩を砕き、彼の左腕が根元から千切れて宙に舞う。
大量の血で地面を染めながら転がる男を見れば、戦闘不能であることは明らか。
これでまずは一人……と思ったら神官の少女が倒れたままピクリとも動いていない。
ならばこれで残りは三人。
前に出る傭兵に合わせ後ろに飛び退く俺。
その手と尻尾には既に追加の瓦礫が用意されており、時間差の二連射をどうにか大剣で受け止めるも大きく後方へと押し戻される。
(近接戦闘を想定していたか? 残念! この通り遠距離戦もこなせます! この距離で俺を殺せる手段はないよなぁ!? どうやって接近する? どうやって攻撃する? 残弾は見ての通り山ほどあるぞ! さあ、ここからどう巻き返すのか見せてもらおうか!)
弾を補充したところで聞こえてくる詠唱。
状況が変わっての第一手は魔法――だが俺はそれを敢えて無視する。
魔法の知識は十分とは言えないがちゃんとある。
故に、聞こえてくる単語から何をしようとしているのかがある程度わかるのだ。
そして、彼女が使用するであろう魔法では俺を殺すことは疎か傷つけることも叶わない。
土を払い、前線に復帰した精霊剣の使い手も、俺が手にする瓦礫を確認し「クソが!」と毒づいている。
前に出る使い手とそれに合わせて放たれる炎の塊。
迫る炎を無視し、瓦礫の山の上に立つ俺目掛けて跳躍した使い手を見る。
炎が直撃するも、それを意に介した風も見せず瓦礫を投げる。
それを切り捨て迫るが、続けて尻尾から放たれた板状の瓦礫が回転しながら剣を振り切った男に向かう。
当たった――そう思ったのも束の間、瓦礫は見えない何かに弾かれるように使い手の後方へと流れていく。
「あ、そういうのもあったな」とエルフの使い手が見せたあの防御が、精霊剣の能力に因るものであると判明。
これで相手は次の一撃を振るうことができるようになり、俺は迎え撃つか、地の利を捨てるかの二択を迫られる。
痛痒も感じなかった炎が消え、精霊剣を振りかぶった優男が迫る。
あの奇襲を仕掛けた男が捨て身の攻撃などするはずもない。
「無策ではない」という確信に近い特攻を前に、俺は腰を落とし迎撃を選択した。
その瞬間――俺は何かに右腕を強く引っ張られ片足が浮く。
(他にもいたか!)
無謀に見えた跳躍もこれを想定していたのならば納得できる。
思えばあれだけ見事な隠蔽が可能な魔術師にしては若すぎるという懸念はあったが、まさか今の今まで隠れていたとは予想外だ。
(奇襲が失敗してなお奇襲を目論むか!)
崩された体勢、迫る精霊剣――最早回避は間に合わない。
ならばと上体を大きく逸らし、瓦礫に背を付けるほどに仰け反りつつ尻尾を伸ばす。
そして使い手が精霊剣を振り下ろすより早く、その足を持ち上げた。
尻尾を足場にして高度を与えたことで、振り下ろされた精霊剣が俺の胸に薄い切り傷を付ける。
瓦礫の上に寝そべる俺を目で追いながらも通り過ぎていく使い手の男。
当然、その着地を見逃してやるほど俺は優しくない……のだが、そこは傭兵がしっかりサポート。
瓦礫を投げようとしたところで斬りかかられ、反射的に右の肘と膝で挟み込んだのだが、それでも壊れない大剣に思わず「は?」と言う声が出た。
(そう言えば妙に硬くて壊れない剣だったな)
それでも限度があるだろうと、魔剣の理不尽さを心の中でぼやきつつ、尻尾で攻撃して飛び退かせる。
あっさり得物を手放し引いた判断を称賛しつつ、大剣を外すと傭兵の元へと飛んで行った。
(……ああ、魔法を使ったんだな)
完全に頭から抜けて置いていた女魔術師がドヤ顔を決めている。
顔は整っているのだが、その服装を着こなすにはもう少しボリュームが必要なのではないのかね?
見た目の感想はさておき、これで仕切り直しである。
状況は瓦礫の山に立つ俺を精霊剣の使い手と、顔を合わせる頻度が高い傭兵の隊長に女魔術師で挟まれており、そこに未だ居場所が探り当てることができていない腕利きと思われる魔術師がいる。
ところでここまで俺は切断された右手を一切使っていない。
先の傭兵の一撃に肘と膝で対応したことから実際の状態がバレたと見るべきだ。
短い攻防であったが手にした情報は十分。
(退き時だな)
そう決断すると、何かしら指示を飛ばしている精霊剣の使い手に背を向ける。
突破するならば危険が少ない方が良い。
あの隊長さんでは俺の突進は止められない。
立ち塞がる彼を弾き飛ばし、遅すぎる詠唱を始めた魔術師を無視して森の奥へと駆け抜ける。
あまりにも呆気なく逃走に成功したことに違和感を覚えた俺は、立ち止まって来た道を振り返る。
「なるほど、そういうことか」
魔力を感じることができるようになった今だからこそわかる。
細く、糸のような魔力の線――それが俺から伸びていた。
恐らくは姿を見せなかったやり手の魔術師によるもの。
(逃走を阻めないなら何処までも追いかける、か……)
選択としては悪くないと思うが、人間が俺と体力で張り合うのは無謀である。
「それともまだ他に策があるか?」
顎に手をやり呟くと仮拠点の方角へ視線を送る。
それよりも今はポーションでこの手を治すことを優先するべきだ。
俺は連中を引き離さないよう注意をしながら仮拠点へと戻る。
道中何度も振り返ってみたが、彼らが追って来ているかどうかわからなかった。
だが、俺の体から延びる魔力の線がある限り、何かしらの決着は必然である。
仮拠点へと戻った俺は、すぐ様荷物からポーションを取り出しそれを右手首にかける。
「切り口に直接かける必要があるかも」と覚悟していたが、それは杞憂に終わり俺は右手でゆっくりと握り拳を作って見せる。
何度も手を握っては開く。
「……問題なし」
俺は小さくそう呟くと薄く笑みを浮かべる。
実際にはあまり変化はないだろうが、今はそういう気分なのだ。
荷物へと手を伸ばし、横に取り付けられたサーベルを掴む。
続いてタワーシールドにも手を伸ばしたが、僅かな逡巡を挟み手に取った。
(油断はなし。敵として戦わせてもらおう)
さあ、第二ラウンドの始まりを告げるため、この魔力の糸を辿るとしよう。
(´・ω・`)ちょっと難産だった。




