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(´・ω・`)耳掃除をしすぎた
拠点に戻ったので一度状況を整理しよう。
今回の目的は香辛料等を入手し、食生活のレベルを向上させることである。
ところがカナン王国側はこちらの動きを察知してかどうかは不明だが、魔虫の群を人為的に発生させることで俺を牽制している。
同時にこのような手段に出る以上、南部開拓前線である町と北部の流通は遮断されているものと見る外なく、現在地で目的を達成できる可能性はほぼ皆無となった。
これに関しては群体の一つが毒餌によって全滅しており、既にその脅威は取り除かれているものと考えて良い。
それと入れ替わるように北部から推定精霊剣の使い手と思しき人物がやって来た。
これをどう対処するかを考えているのが現在の状況であり、当初の目的を達成するにはこの問題を一時的に放置した上で、カナン王国側の流通が元に戻るのを待てば可能と思われる。
しかしそれが一体いつ頃になるかなど正確な予想は不可能であり、残念ながら今回のミッションは失敗であると認識せざるを得ない。
一応活動範囲を北部へ移すと言う選択肢もあるのだが、残念ながら完全な国家の領域であるが故に身を隠す場所がなく、この巨体と相まって隠密行動がほとんどできない。
よって取り得る手段が「日帰り」と言う強襲が主軸となってしまい、隠密能力の低下からこちらの位置が把握され、襲撃ポイントまでの距離からこちらの移動能力が露呈してしまう。
即ち「速度」と「持久力」の二つの情報を与えることに繋がる。
以上のことから当初の目的を達成するには東西のどちらかに大きく移動する必要がある。
(最後に残るのが精霊剣の使い手だが……)
正直なところエルフの老練な戦士が比較対象となるため、残念ながら結果は見えている。
油断をするつもりはないのだが、如何せん比較対象がインチキスペックを誇るエルフであるため、その脅威度を低く見積もってしまうのは仕方がない。
人間と言う種の底力を見せて頂きたいところではあるが、そこはこちらも元人間。
「何ができるか」を知っている以上、眠っていた二百年間の進化と発展を感じさせない現代のカナン王国では期待はできない。
「冷静になって考えると『無視する』と言う選択肢も出てくるか」
テンションが少々おかしかったので、改めて状況を整理するとこのような言葉も口から出る。
「だが一当てしたい、と言うのも事実だ」
純粋にカナン王国の最高戦力と目される精霊剣の使い手――この実力を把握したいとも思っている。
しばしの沈黙。
そしてその答えが小さく零れた。
「やるか」
決断したならばやることをやる。
まずはこちらの姿を見せることでどの方角にいるのかを教えてやる。
向こうもその気になっているのに見当違いの方向をウロウロされては台無しと言うものだ。
準備が必要なのですぐに討伐に出てくることはないだろうし、その間にこの雨も止んでいるはずだ。
俺は考えをまとめると早速行動に移すべく、まずは荷物が濡れないようにしっかり調整。
立ち上がった俺は仮拠点から出る。
生い茂る木々の隙間から落ちる雨に打たれながら東へと進んだ。
走らず歩くのは周囲の地形の把握をするためであり、戦闘に適した場所の選定を行っているわけだ。
何分この巨体では木々の密度が高ければそれだけで行動が阻害され不利となる。
相手側もその辺りをわかっているのは承知しているので、こちらも相応の対処を取らせてもらうのだ。
やや蛇行気味にフラフラと町へと向かい、途中何か所か候補地を発見しつつ、防壁の上にいる警備兵に我が身を晒す。
すると欠伸をしていた兵士はこちらに気づくことなく隣の同僚と会話を弾ませている。
最初に視界に入った最も近いこの二人の兵士は背を防壁に預け、こちらを向く気配すらない。
(……ちょっと油断しすぎでないかい?)
呆れたように棒立ちしてしまったところで、金属を叩く音が響く。
どうやら櫓にいた見張りが俺を発見してくれたらしく、必死に金属板を金槌で打ち鳴らしている。
防壁の上にいる兵士がこちらを指差したことで認識されたことを確認すると、背を向けてその場から立ち去る。
今回は何もせずにこのまま拠点へと帰る。
ついでに獲物を見つけたので仕留めておいた。
これで今日の夕食は決まった。
派手に煙でも出して食事でもしてやろうかと思ったが、流石にそこまでやれば怪しまれる。
今日も大人しく魔法の訓練に勤しみ一日を終えた。
早朝、目を覚ました俺はまず現在の天候を確認――するまでもなく雨が降っていることがわかった。
(昨日とあまり変わりはない……いや、少しはマシになっているな)
止んでくれるのが最良であったが、雨脚は確実に弱くなっているので悪くはない。
戦闘前には雨が止むのを期待したいところだが、こればかりはどうにもならないので運を天に任せるのみである。
朝食を確保するべく西側へ狩りに出る。
荷物は仮拠点に置いているので離れすぎないよう注意をしながら移動。
兎を発見したは良いが、残念ながら巣穴に逃げ込まれてしまう。
やはり雨の影響は大きい。
それから少しして、拠点から離れすぎていると感じたので進行方向を南東に変更。
仮拠点を中心に円を描くように移動するよう意識する。
ついでに戦闘候補地を幾つか発見したが、少し森の奥に入り過ぎているので利用する機会はないだろう。
しばらく獲物を探して移動していたところ、見覚えのある地形が目の前に現れた。
(あー、町から戻るときに見た場所だ。もう半周してしまってたのか)
太陽が見えないので大まかな時間がわからないこともあってか、随分長いこと獲物を探して彷徨っていたようだ。
「朝食は諦めるか」と仮拠点に帰還しようとした時――人の声を俺の耳が捉えた。
反射的に擬態能力を使用し、声のした方向を睨みつける。
望遠能力を用いて声の主を特定しようとしたところ、一人の男を確認した。
(……軽装。周囲への警戒が強い。何かを探している? いや、あれは痕跡を辿っているのか……予想より動きが早いと思ったが、まずは斥候を放ちこちらの位置を探ろうと言うわけだ)
しかしそうなると先ほど聞こえた人の声が気になる。
目視できたのは男。
聞こえてきたのは女の声のように思えた。
(後方に本隊がいるのか、それとも?)
距離があるので不明な部分は多いが、折角来てくれたのだからもてなそう。
斥候がこちらの痕跡を見つけて移動しているのであれば、それとなく俺が望む方向に誘導することもできるはずだ。
事前に見つけて置いたポイントにはまだ少し距離がある。
ダメで元々とわかりやすく足跡を残すなりして辿り着いたのは瓦礫でできた小さな山のある僅かに開けた場所。
木々の密度がやや薄く、俺の腕力で戦域を拡張可能と判断したポイントである。
瓦礫の山を越え、その後ろで擬態能力を解除する。
屈めば全身を隠すことはどうにかできるので、斥候が接近するのをじっと待つ。
そして雨に打たれながら待ち続けたところで何者かがここへやってきた。
恐らく「ここまでか」と小さく呟き、その場で立ち止まっていると思われる。
瓦礫の上を通過し、足跡が途切れたことで向こうの警戒度が上がったようだ。
どうやらこれ以上先に進むつもりはないようなのでここでネタばらし。
突如瓦礫の山の上にぬっと現れた俺の姿を確認すると、大声を上げて元来た道を逃げ出した。
潔い逃げっぷりに感心していたところ煙幕が発生……したは良いのだが、生憎の雨とあってその勢いは弱く、俺が近づいた時にはほぼ消えかかっていた。
しかし僅かに漂う刺激臭から何を目的としたものなのか察するには十分であり、それが不発に終わったことは運が良かったと言うべきだろう。
(天候か、はたまた男のミスかはさておき……こちらへの対処はちゃんとある。となれば、ただの斥候ではなく、戦闘が続くものと予想しておくべきか)
僅かに煙が漏れる球体を踏み潰し、瓦礫の山を背に男が逃げた先をじっと見る。
数は四人――そのうちの一人は見覚えのある男。
彼を先頭に真っ直ぐこちらへ向かって来ている。
一つ不可解な点があるとすれば、精霊剣のあのプレッシャーが存在しない。
(なるほど、到着するまでの時間稼ぎと言うことか)
見た感じ、大剣持ちのあの隊長にさっきの斥候が長剣を持っている。
この二人が前衛で後ろにいるのが魔術師と衛生兵役の神官と言うバランス型のパーティーのようだ。
(……1と2だな)
俺と対峙するにはどちらも若すぎる。
神官服に肩出しのドレスローブの二人を見てそんな感想を呟く。
やはり彼らは本命が到着するまでの時間稼ぎと見て間違いないだろう。
接近するパーティーを出迎えるようにこちらからも歩いて近づく。
迎え撃つ姿勢を見せる一行を前に、俺は堂々と距離を詰める。
互いの距離が縮まり、彼らの表情すら読み取れるほど接近した時、俺は後方の神官の少女が僅かに笑みを浮かべたことに気が付いた。
立ち止まる。
微かに感じた空気の流れ――不自然なほどに一方から聞こえなくなった音。
そして後方上部からはっきりと感じたあの圧力。
「ガアッ!」
振り向きざまの裏拳。
手加減など考慮しない一撃は空を切り、何かが風と共に高速で駆け抜けた。
聞こえた舌打ちとそれに続く着地音。
視線の先にある手首から先のない腕と回転しながら宙を舞う右手。
無意識に口が開き、そこから悲鳴が放たれるその直前に、カチリとスイッチが切り替えられた。




