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(´・ω・`)久しぶりの猫と一緒にベッドで寝れた。
さて、やる気は十分でもお空は「知ったことか」と雨を降らし続けている。
そして雨が降っているうちは人間側が魔虫を駆除することが難しいことは間違いなく、精々町に近づけないようにするのが現実的な対処法だろう。
つまり雨が降り続ける限り、俺は面倒な虫から逃げ回る必要があると言うことになる。
(考えれば考えるほど厄介な手だ)
自陣の損害を考慮しているかどうかは定かではないが、正直かなり効果的な手段であることは認めざるを得ない。
加えてこの悪天候が状況をより劣悪なものへと変えており、下手をすれば虫の群体の接近に気づくことができず被害を受ける可能性すらあるときた。
偶然に合致したとは言え、中々に厳しい状況だ。
「守りに入るか……少なくとも今攻めるのは愚策。周囲の地理の把握も済んでいる以上、下手に動き回って虫を引っ掛けるのも面白くない」
まさに「やることがない」の一言で表せるのが現状。
「一体いつになったら止むのか」と空を見上げて溜息を吐く。
退屈と言うものは思った以上に堪えるものだと実感できた一日となった。
そんなわけで夜が明ける。
虫の接近に警戒しなくてはならない状況下でぐーすか寝るわけにもいかず、夜通し魔法の修練となったが、その成果は今一つと言ったところ。
別のことに気を取られながらの訓練ではこの結果も仕方がない。
とは言え、今朝になって雨脚が明らかに弱くなっているのは良い傾向である。
「今日中に止んでくれれば良いのだが」と思いつつ、天気予報の有難みを深く実感。
やはり人は文明の利器と共にあるべきである、とモンスターが物理的に重い腰を上げる。
何もしなくても腹は減らないが、それでも食事を摂らないのは不安である。
よって狩りをする必要があり、西側で獲物を確保した後、仮拠点で朝食。
その後、暇を持て余して周囲の警戒に動いたところ、予想外の収穫があった。
大量の虫の死骸を発見――共食いがあることを考慮に入れれば一つの群体が全滅していることはほぼ確定。
(あー、毒餌型もあったかー)
帝国ではガスを噴射するタイプが一般的だったのでその存在をすっかり忘れていた。
規模が大きくなりすぎる前に駆除したか、或いは効果が薄いと判断して始末したかは不明だが、これで動きやすくなったことは間違いない。
他にも群がある可能性はまだ残っているので油断はできないが、状況は間違いなく良い方向に動き始めている。
そして虫を完全に排除していた場合、隊商の動きがあってもおかしくはない。
つまり今が狙い目である。
物流を留めておくにも限界があるのは常識。
効果を確認もせずに人の動きが活発になるとも思えないが、出遅れてしまっている可能性もあるので急ぎ街道へとリュックを背負って移動を開始。
荷物が濡れるのは歓迎できないが、こればかりは仕方ない。
森を駆け抜け、街道を僅かに視野に入れることができる距離を保ちつつ道に沿って北上する。
望遠能力で見てみたが何かが通った形跡はなし。
(この雨なら流された可能性はゼロではない……となると見に行くしかないよなぁ)
見逃しがないように速度を落として街道にも目をやりながら森の中を進んで行く。
しかし成果は何もなし。
森が切れるところまで北上しても、街道には何の痕跡も見当たらなかった。
(いや、そもそも南側から出る馬車を襲っても目的の物は手に入らない可能性が高い。出ていくのではなく入って来るのを狙わなきゃならない)
虫の一件で冷静さを欠いていたことを反省し、生活レベル向上と言う目標を改めて掲げる。
でも敵対行動は継続する。
喧嘩売られてるからね、仕方ないね。
あと虫如きでどうにかできると思われてるかもしれないので、そこら辺ちょっと認識正してもらいたい。
もうカナンでの各種調整は諦めているのでこう言った腕力的解決に躊躇する必要がない。
「果たしてこの危機をカナン王国はどのようにして乗り切るのか? 次回に続く!」
などとありもしないカメラワークを意識しつつ決めポーズ。
(……だめだ。テンションがどうにも暴走してる)
深呼吸を一つして平静を取り戻そうとする。
実際のところ「次はどんな手を打ってくるのか?」と少しばかり期待している。
今の俺が対処できる範囲を知るには悪くない相手であり、未来の俺と対峙する可能性がある人類に残すべき記録でもある。
ちょっと良いことを言ったつもりだが、記録していなかった場合については考えないものとする。
いずれ真剣に考えなくてはならないことだが、今はまだその時ではない。
雨に打たれて頭が冷えてきたところで俺は仮拠点へと戻ろうする。
しかしその振り向く瞬間に視界の端に何かを捉えた。
反射的に擬態能力を使用し森の奥へと移動すると身を潜めて街道の先をじっと見る。
(気のせいではなかったか……)
視界は悪いが、確かに見える影――それが馬車のものであることはすぐにわかった。
「しかしたった一台……いや、後続にもう一台だが……どちらも小さい。これはハズレか?」
商人の荷馬車と言うよりかは人を運ぶ馬車、である。
要人が移動していると考えた方が無難と判断し、この二台を見逃すことにする。
何かをしようとしているのであれば、それは歓迎すべきことである。
そう思って森の中でじっと馬車が過ぎ去るのを待っていた。
だが、先頭の馬車との距離が近づいた時――俺はそこから何かを感じ取った。
(なんだこれは? 何処かで感じたことがあるような……)
しばしこの感覚を思い出そうと首を傾げたりしながら唸っていると、馬車が遠ざかり見覚えのあるチリチリとした不快感が消えていく。
そこでようやく思い出すことができた単語を口にする。
「……精霊剣?」
確証はない。
だが、あれが魔力的な感覚であることは間違いないはずである。
(可能性はある。けど、ただ強力な魔剣と言う可能性も一応ある。普通の武器では通用しないから、と強力な武器とその使い手を送ってきたのは間違いない)
俺は思わず肩を落とす。
理由は簡単――仮に先ほど感じたものが精霊剣であったとして……同じ使い手であるあのエルフを上回るほどなのか?
その疑問にすぐに答えを出してしまったからだ。
「つまり、まだカナンは真っ当な手段で俺を打ち破れると思っているわけだ」
見えなくなってしまった馬車の方を見ながら俺は呟く。
現実を未だ受け入れられないのか?
それとも、本当に俺を倒せるほどの強者なのか?
後者ならばお手並み拝見と行きたいが、前者であった場合――少々痛手を被ってもらうことにする。
それは人間であった俺ができるせめてもの保険。
などと供述しておりますが、ただの期待外れだったことに対する八つ当たりです。
この無駄に高まるテンションに苦笑しつつ、俺はゆっくりとその場を後にする。
向こうの準備も直に整う。
(遭遇戦も悪くはないが、待ち構えるのも捨て難い。来なければこちらから攻めても良し。うん、悩むな!)
当初の目的は何処へやら――俺は上機嫌で仮拠点へと戻りそれを思い出すと同時に頭を抱えた。




