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130 とある英雄の視点

 ガタガタと揺れる乗り心地の悪い馬車――その中で僕は一人の元傭兵と話をしている。

 と言ってもただこちらがペラペラと話しているだけで、相手の言葉など完全に無視して話を続けている。


「――だからね、僕は言ったんだ『一番若い子を頼む』ってね。そしたらどうだい? ついてくるのは十五歳の成人したばかりのお目付け役の神官に、二十一歳のおば……あー、お姉さんだ。あの爺さんは構わないよ? 実力はよーくわかってるからね、問題なんてありはしないし……むしろこっちからお願いしたいくらいだった。でもさー、あのおば……お姉さんどう見ても実力不足なんだよねー。『だったらもっと若い子でいいじゃない?』ってなるよね?」


「……ならねぇだろ」


「大体さ、僕って控え目に言ってもイケメンでしょ? おまけに人類最強クラス。しかも侯爵家の後ろ盾とモテる要素をこれでもかと詰め込んでるわけで……そうなると女なんていっくらでも寄って来る。でもさー、どいつもこいつも『僕』を見てないんだよ。わかる?」


「……わかるわけねぇだろ」


「だからさー、そういうのとは無縁の、無垢な子が欲しかったんだけどねー……どうもこっちの意図が掴めてなかったらしくてさ、困るよねー。ああー、あのお目付け役の娘もあと五歳若ければなー……顔は整ってるし細身だしでいい線いってたと思うんだけどさー」


「……ガキ相手に何する気だよ」


「そりゃ教育するに決まっているよ。自分好みに育て上げるんだから、若い子でないとダメなんだよ。大体『若い子』って言ってるんだから戦力的な評価はいらないってのがわからないのかなー」


「つーか人の話聞いてるなら口閉じたらどうだ? 傭兵が、てめぇの顔を見てぶん殴りたくなる衝動をいつまでも抑えられると思うなよ?」


 首輪付きの元傭兵が凄みを利かせると僕は「怖い怖い」とお手上げのポーズを取る。


「そう邪険にしないでくれ。そろそろ真面目な話をするから」


「初めからそうしろ」と吐き捨てる首輪付きを見ながら、僕は人差し指を立てた。


「まず一点。ドラゴンバスターの称号についてだが……正直僕はどうでも良い。実力で取ることもできただろうが……あの時は侯爵家がそれを許さなかった。近々起こるであろうと予想される隣国との戦争に、旗頭となる英雄が欲しくてあんな結末になったのだと理解してくれ」


「それで納得する奴がいんのかよ」


「いないだろうね」と僕は笑って返し、中指を追加し「二つ目」と示す。


「僕は君を戦力としてアテにしていない。君の戦いっぷりは知っているし、その実力も疑うべくもない……」


 でもさ、と最後に付け加えて僕は彼を憐れむような眼で見る。


「僕が要求する水準を満たしてはいないんだよね、君」


 ガタガタと揺れる馬車の中に漂う剣呑な空気。

 そこに油を注ぐように僕は言葉を続ける。


「はっきり言おう。その新種のモンスターに対する情報を全て吐き出してくれれば僕はそれで十分だ。後は邪魔にならないようにしてくれればそれで良い」


 安い挑発――だが「壁」は幾らあっても困らない。

 最初に相手を苛立たせ、相手の誇りを傷つける。

 正常な判断力を失うほどに怒らせる――別の感情でも構わないが、この場合はこれが最適だろう。

 実際、彼は僕が最も欲しい言葉を口にしてくれた。


「言うじゃねぇか……それだけ大口叩くんだ。獲物を俺達みたいに横取りされないよう気を付けるんだな」


 僕は「そうしよう」とだけ言って不敵に笑うと、丁度足を止めた馬車から飛び降りた。

 これで彼は私怨から戦いをさぼると言うことはないだろう。

 虎視眈々と戦闘中新種の隙を窺ってくれることは間違いない。


(知能が高いモンスターと聞いている。ならば崩しやすいところから狙うはずだ)


 勝率は可能な限り上げて置く主義でね、と心の中で舌を出し、むさ苦しい乗り心地の悪い馬車に乗り続けるのも限界なので一度止めてからもう一台へと乗り移った。




 目的地であるレコールの町に到着と同時に馬車から降りる。

 真っ先に向かった先は傭兵ギルド――そこでギルドマスターを呼び出し、尊大な態度で物申す。


「傭兵ギルドの不手際に目を瞑った上、その尻ぬぐいまでしてあげようと言うのだ。当然、そちら側も弁えていることだろうが……最大限の協力を期待させてもらうがよろしいかな?」


 その反応は言わずもがな――苦虫を嚙み潰したような顔をしながら殺気立っていた。

「まあ、そうなるな」と思えるくらいのことを言ってる自覚はあるので、さっさと傭兵ギルドを後にする。

 為政者側としては戦争が起こる前に傭兵を制御下に置いておきたいのだろうが、これを僕にやらせるのは逆効果なのではないだろうか?

 後で文句を言われたくないから言われたことはきっちりやるが、これが原因で後ろから刺されたらどうするのか、とこんな馬鹿なことを考えた奴を問い詰めたい。

「刺されるようなマヌケではないと言う自負はあるがね」とそこに付け足し、今回の新種討伐のメンバーが揃う館へと向かう。


「正気かあんたら!」


 で、中に入るなり聞こえてきたのが首輪付きのこの怒号。

 話を聞いてみると新種のモンスターの対処に魔虫を使ったらしい。

 これには僕も苦笑い。

 下手をすれば北上して幾つか村が食われていたかもしれない。

「よくもまあ、そんな許可が出たもんだ」と呆れていたら、どうやらここの領主様は相当お冠なご様子らしく、最早手段を選ぶつもりはないらしい。

 ところが思いの外、誘引が上手く機能しているようで、現状はこちらの予定通りに動いているとのこと。


「へぇ、うちの薬師もやるじゃないか」


 思わずそんな風に感心する声を出したのだが、どうも「どうして上手くいっているのかわからない」と言う状況らしい。

 褒めて損した。

 つまりこの状況はあまり長く継続することはできず、魔虫の処理が危険な状態となる前に駆除したいと言うのが現場の意見。

 しかし上は「新種を殺すまでは継続だ」の意見を曲げる気配がない。


(あ、僕が駆り出された理由がようやくわかったわ)


 幾ら新種のモンスターが強かろうが、ドラゴンが出たわけでもないのに何故?

 その疑問に答えが出たところで溜息が一つ。


(確かここの領主は……ああ、そうだ。確か宰相のところの息子の嫁さんの家だった……はず?)


 婚姻関係とかしっかり叩き込まれたはずなんだが、早速頭から抜け始めている。

 ほんと、これだから貴族社会は面倒臭い。

 ともあれ「僕がその新種の首を持って来よう」と啖呵を切ることでその場を収める。

 ついでに魔虫も処理をして欲しいと注文を付ける。

 実際、虫に横槍を入れられたらたまったものではない。

 渋る領主の代行に「僕を誰だと思っているんだい? ドラゴンバスターの力量を疑うつもり?」なんてセリフを吐かなくてはならないのだから、本当に貴族との関係は面倒だ。

 そんなわけで面倒事を片付けて、化物退治に行く前に今回のメンバーを見る。

 魔術師カイジス――恐らくこの中で一番頼ることになるであろう魔術師。

 齢六十八と言う高齢だが、劣る体力面を補って余りある凄腕の魔術師であることはよくわかっている。

 相手が何であれ、彼の助力があることは非常に心強い。

 同じく魔術師セサイラ――残念ながら何も期待していない。

 若手の魔術師としては優秀らしいのだが、事前情報と彼女の能力から役に立つことは恐らくない。

 長く赤い髪が印象的なスレンダーな女性だが、肩出しの赤いドレスローブはスタイルと合ってない。

 流行ものでないと馬鹿にされるらしいが……「それ今必要あるの?」と言わざるを得ない。

 お目付け役の神官シュリン――色々と惜しいが、薬箱としての役割は果たしてくれるだろう。

 短めの金髪に整った容姿と何を目的としているのかわからなくもないが、こっちの要求から少々ズレすぎている。

 そして、首輪付きの元傭兵オーランド――巨人殺しと呼ばれる魔剣を持つ腕利きの傭兵。

 仕込みはしたのでこちらの思い通りに動いてくれることを望むだけである。

 彼らを一瞥し僕は小さく、力強く頷く。


「行こう」


 馬車の中で話すべきことは話している。

 だから短くそれだけを口にし彼らに背を向け歩き出した。

で、中に入るなり聞こえてきたのが首輪付きのこの怒号。


首輪付きのこの怒号。


付きのこの


きのこ


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ロリコン勇者
[一言] きなこ
[一言] きのこ
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