129 とある英雄の独り言
自分で言うのもなんだけど……僕って天才なんだよね。
自惚れとかじゃなくてね、本当にそうなんだ。
子供の頃から何をやらせても人並み以上。
で、本気を出せば「天才だ! 神童だ!」ともてはやされる。
おまけにこの顔――いやぁ、モテるって辛いね。
何でもできてこのイケメン……いや、自分が怖いわ。
なんて調子こいてたら貴族に目を付けられた。
幸い僕の才能に目を付けて「早いうちから鍛えれば何かに使えるんじゃね?」程度の軽い気持ちだったことで扱い自体は結構良かった。
で、五年くらいハークス侯爵家――あ、僕を引き取った貴族ね、そこで鍛錬を積むことになった。
まあ、最初の一年で僕に勝てる人いなくなったけどね。
この頃から僕の扱いがグッと良くなった。
どうやら飼いならしておこうって魂胆なのはすぐにわかったよ。
こっちとしてもそのつもりはないけど、相手が相手だから下手に反抗はできない。
こればっかりは「どうにもならないかもしれない」と諦めてた。
あ、でも一応侯爵のご機嫌取りとかして色々試してはいたよ?
でもさー、その結果が「初陣がドラゴン」とかおかしいでしょ?
一応賊を斬ったりはしてたよ?
でも待ちに待った表舞台での顔出しでドラゴンはない。
「え、用済みなんですか?」
思わずそんなこと口走ったくらいには動揺してた。
それで詳細を聞いたんだけど、どうやら僕をドラゴンバスター……あわよくばドラゴンスレイヤーにしたいらしい。
でもドラゴンスレイヤーは流石に無理。
前代未聞と言うか……御伽噺でしか聞いたことがないような偉業を成せるかと問われれば「難しい」としか言えない。
「できない」とは言わないよ?
でも命懸けでやる理由はないなー。
来るセイゼリアとの戦争に向けて「英雄を用意したい」と言う気持ちはわかるけど、ここは欲張らずに堅実に行くとしよう。
ほんと大人の世界って嫌だねぇ……まあ、僕ももうじき二十歳。
とっくに成人してるけどさー、誰かの都合で振り回されるのはやっぱ好きになれないのよね。
しかしこちらには拒否する権利はない。
これまで散々贅沢させてもらった恩もあるしで腹を括ることにした。
ところが、だ――話に続きがあった。
「軍と傭兵を使って十分に削ってやる。可能なら止めを、無理でも最後の一撃だけは何としてでももぎ取ってこい」
言いたいことはすぐにわかった。
天才だからね、よーくわかりますとも。
軍は兎も角、傭兵さんらからはどんだけ恨まれるかわかったものじゃない。
どう考えてもいいとこどりして名声をかっさらうわけだからねー、命懸け……って言うか死者を大量に出してまで戦った挙句、おいしいところだけ横から奪われたらそりゃ恨まれて当然。
それをやらなくちゃならないわけだ。
気乗りはしないが、やるしかない。
で、現場に到着したら阿鼻叫喚。
そこら中に転がってる死体と動けなくなった重傷者。
そんな中を侯爵から押し付けられた協力者と共に隠れて進む。
どうやら侯爵も僕に死んで欲しくはないようで、相当な使い手を寄越してくれた。
魔法国家であるセイゼリアから逃げて来た人らしいんだけど……結構有名どころの門弟だったようで身を隠すことに長けていた。
いや、まさか手の届く範囲まで近づいても気づかれないとか「魔術ってすげぇ」って思わず口走ったよ。
残念なことに僕に魔術を使う才能はないらしい。
この爺さんが言うには血筋がものを言うケースが多く、こればかりは仕方がないのだそうだ。
極々稀に才能のある者はいるが、幼少時にその才覚を見出され、訓練を受けねば簡単に腐ってしまうものでもあるらしい。
つまり、大人になった僕には最早魔術と縁がないと言うわけだ。
ともあれ、安全地帯で姿を隠してドラゴンと人間の戦いを見守る。
流れ弾がこっちに何度か飛んできたけど、これも爺さんが対応してた。
「矢避けの魔法」と言って飛び道具全般に効果があるらしい。
魔術師すげぇ。
そんな感じに建物の中に出たり入ったり……竜と戦場に合わせて位置を変えながら身を潜めていると出番が遂にやってくる。
ずっとこちらを誘導してくれていた斥候担当の人がまだ崩壊していない民家の屋根を指差す。
その意図を理解した僕は屋根に飛び乗り、魔術で隠蔽されている状態が解除された。
同時に竜との距離を詰め、その首に一撃を入れるべく全力で駆け出す。
そこに魔術による支援が入る。
凄まじい突風――背中を押し出すような風を受け、僕は跳躍する。
剣が竜に届く直前に気づかれたことで首ではなくその顔を斬りつけることになったが、魔剣の切れ味は素晴らしく、悪くない手ごたえを感じるくらいには良い一撃が入った。
元々引き際を弁えていた竜だったようで、そのまま飛び立ってくれたのは幸いだったが、気性が特に荒い場合、自分の命を顧みず暴れる可能性もあった。
「まあ、これまでの行動からそうならない自信はあったよ」
そんなことを言って上の人には黙ってもらったが……あれで納得できる人はいるのかね?
と言うわけでお偉いさんの思惑通り、僕はドラゴンバスターの称号を得るに至る。
ついでに傭兵への報奨金が削られたらしい。
「そんな話は聞いていない」と闇討ちされてもおかしくない状況に持って行かれたことに抗議した。
「どの道破壊された町の復興で金は幾らあっても足りん。何かしら理由をつけて減額する予定だったのだ。どうせなら連中の恨みを一手に引き受け、それを一蹴できるだけの力を手に入れろ」
これだから貴族と言うのは厄介だ。
命すら狙われ兼ねない状況を敢えて作って行くことで、僕が名声に負けない強さを持てるように仕向けてくる。
こんなことを悪びれる様子もなく平然とやって来るから貴族と言うのは嫌われる。
しかし自らを天才と呼ぶ以上、受けて立たねばならない。
強さには自信がある。
そして人間の中では最強かそれに近い位置にいると言う自負もある。
「やってやろうじゃないか」
下手をすれば殺されてしまうかのような物言いをしてしまったが、侯爵は不敵に笑うだけだった。
それからしばらく戦後処理に忙殺され、大体一年と数か月が経過した。
可能な限り襲撃されないよう、侯爵家の屋敷の敷地内で剣を振るっていたある日、国王陛下の使いが一枚の書状を携えやって来た。
その内容を一言で言えば「騎士爵への任命」である。
こんな略式でいいのかと思ったが、騎士爵は名ばかりの貴族で何の権限もないからこんなものらしい。
これにより、僕の名前はただのアルベルトから「アルベルト・フォン・ラグナル」となった。
同時に一枚の紙きれが手渡され、それが神殿からの招待状であることも明かされた。
結果から言えば、聖剣が僕に貸し出されることになった。
何十年ぶりのドラゴンバスター――それも容姿に優れ、セイゼリアとの戦争の旗頭となるのであれば、これくらいのパフォーマンスはあって然るべきとも言える。
問題は僕に聖剣を手渡した枢機卿の目が、にこやかな表情とは裏腹に全く笑っていなかった。
侯爵さんよ、一体どれだけの人間に恨まれろと言うのか?
そんなわけで手にした最強の剣である聖剣なのだが……使ってわかった。
(人間相手に使っていい武器じゃないぞ、これ)
感想を一言言わせてもらえるなら「頭おかしい」である。
恐ろしいほどの切れ味であることに加え、刀身から漏れ出す魔力が攻撃、防御の双方に作用する。
使用者の魔力を吸い取っていると言う説明だったが、負担らしい負担はなく、むしろ体が軽くなっているようにすら思える。
僕と言う人間を全能感が包み込む――そう感じるほどの破格の性能。
(これが聖剣……これこそが聖剣か)
手にした者は皆非業の最期を遂げると言われたが……そりゃこんな性能してたら調子に乗ってダメな死に方くらいはするだろう。
しばらくは聖剣を手にしたことで舞い上がっていたが、兎に角これまでの武器とは勝手が違う。
幾ら天才とは言え、この違いにそう容易く馴染めるはずもなく、長い訓練期間を要することになった。
その間、あの魔術師の爺さんに色々と教わってみたのだが……やはり僕に魔術の才能はなかった。
しかし聖剣の使い手として、魔力の扱いを学べたことは非常に有用だった。
一年に渡る訓練が過ぎ、僕を待っていたのは礼儀作法の座学。
詰まるところ、侯爵の予想を遥かに超える強さを身に付けたことで、別の方向でも僕を利用する腹積もりなのだろうと予想する。
そんな毎日が面白いはずもなく、剣を振るう時間を奪われ腐る日々。
しかしそんな日常は唐突に終わりを告げた。
「待たせたな、アルベルト。駆除してもらうモンスターが現れた」
(´・ω・`)もしかしたらもう一回別視点やるかも




