128 とある元傭兵の視点
「一体いつからこうなったんだ?」
これまでが順調過ぎただけなのかもしれないが、俺の人生は今間違いなく転げ落ちている真っ最中だ。
以前傭兵仲間から「『底』ってやつはな、自分が思っていたものより二つも三つも下がある。『今自分がどん底にいる』と考えられる内はまだ底じゃない」と聞かされたことはあるが、ここからまだ転げ落ちることができることを想像して大きな溜息が自然と漏れた。
「不景気そうなツラしてんじゃねぇぞ、囚人」
そう、今の俺は傭兵ではなく檻に入れられた囚人。
傭兵団を解散させて、金を分配して(人任せ)上手いこと逃げたつもりが、気が付けばゴトゴトと揺れる馬車に拘束されて乗せられている。
出頭命令無視して全力で逃げようとしたら先回りされていたのだから変なところばかり有能な連中である。
鎖に繋がれた腕を引っ張るも、金属同士がこすれ合う音が聞こえるだけで、壊すことは疎か取り付けられた如何にも安っぽい固定具すらビクともしない。
主な罪状は公務妨害と器物破損。
どうにかして逃げようと足掻いた結果である。
(ここに誰かいたら「何してんだ、あんた」とか言われたんだろうなぁ)
仲間達と別れてから僅か三日でこの体たらく。
コツコツと貯めた金で買った自慢の魔剣もこの手にないとなれば、不景気なツラにもなると言うものである。
「なあ、これ何処向かってんだ?」
馬に乗って並走する兵士に聞いてみるが返答はなし。
レコールからずっと北上しているので、目的地はアクィアかトーレのどちらかだとは思うが……王都と言うことはないだろう。
(幾ら何でも遠すぎる。それに、俺を王都まで運ぶ理由もない……ないよな?)
学がない自覚はあるし、頭も良くない方にも勿論ある。
結局「考えても仕方ねーや」と思考を放棄。
目的地まで寝心地の悪い馬車で休むことにした。
翌日――到着した町は「イールケ」と言う港町。
「一体何が待っているのか」と言う不安を他所に、手枷だけ付けられた状態で檻付き馬車から降ろされた俺はそのまま門をくぐって町へと入った。
誘導に従い辿り着いた先は無駄にでかい屋敷――所謂「迎賓館」と言うやつだ。
となれば、用があるのはお偉いさんと言うことになる。
「貴族が相手かよ」とげんなりする俺に、後ろの兵士が「口を慎め」と注意する。
(恐らく……と言うよりまず間違いなくろくでもないことに付き合わされる羽目になる)
ほぼ確信に近い予感に大きな溜息を一つこれ見よがしに吐いてやるが完全に無視された。
何か言ったところで状況が良くなることなどあるわけもなく、鉄門が開かれ敷地内へと入ったところで視線を感じた。
恐らくは建物内部――大方こちらの品定めでもしているのだろう。
少なくとも今すぐ殺されるわけではないことは確定したと言って良い。
(問題は「何をさせられるか」だが……大体予想できるんだよなぁ)
しかも貴族が絡むとなれば、権力を使っての強制力も加わる。
俺の両隣の配置が兵士からここの警備へと変わり、館に入ると同時に肌で感じる建材の冷たさ。
武装解除されて肌着とズボンだけの俺には冷たい床が少々堪える。
ペタペタとわざとらしく音を立てて歩いてやるが、それに反応する者はなし。
お隣がそれより大きな足音立てているから気に留める奴がいないのも仕方がない。
そんな感じに冷たい床を裸足でしばらく歩かされたところで一つの部屋の前で止まった。
俺の両脇を固めるうちの一人で顎をしゃくり「入れ」と指示する。
ここで抵抗しても意味はないので黙って従い枷をはめられた手でドアを開け、傭兵らしく堂々と中へ入る。
そこにはここの主人と思しき見た目でわかる上等な衣服と恰幅の良い男性――そして護衛にしてはあまりに不釣り合いの男が一人。
金髪碧眼で容姿端麗の戦う者としては華奢な体つきのまだ青年にも見える男。
護衛と呼ぶには些か頼りない印象を受けると言わざるを得ない。
(だが、そんな奴がこの場にいるっつう不自然さが、こいつの存在を物語っている、か……)
ここの主人の血縁者と言うにはあまりに似ていない。
となれば、俺がここにいることに関係する人物となる。
互いの値踏みが終わった頃合で口を開いたのは如何にも貴族風な恰好した小太りの中年。
「さて、こんなところまで連れて来たのだ。どういった用件くらいかは想像しているだろう」
香油で後ろに撫でつけられた白髪交じりの頭を軽く掻き、如何にも「傭兵風情など相手にもしたくない」と言う態度を隠す気もない男が馬鹿にするような口調で口火を切った。
「新種、ですかい?」
「そうだ。この『アルゴス』と名付けられた新種のモンスター……どうやらこいつの活動範囲に我が国の南部が入っている。こいつを討伐する」
「お言葉ですが……」
「君の意見は聞いていない。ただ黙って言う通りにしろ」
俺は「まあ、そうだろうなぁ」と出かかった溜息を呑みこみ天井を仰ぎ見る。
流石に三度目となると生き残れる気がしない。
「わかりました。それで……そちらの方が指揮官で?」
視線を優男へと移すと目が合った。
ニコリと笑う男は黙ってこちらを見ているだけで何も言わない。
「紹介しておこう。君も傭兵なら名前くらいは聞いたことがあるだろう。彼が『アルベルト・フォン・ラグエル』だ」
その言葉で一歩前にこちらに踏み出した優男が優雅に一礼する。
「ご紹介に与りましたアルベルトと申します。巷では『英雄』などと言われておりますが、私を呼ぶ時はこう呼んで頂ければ幸いです」
「ドラゴンバスターと」と付け加え、アルベルトは頬を吊り上げ笑みを浮かべた。
ドラゴンバスター――竜を退治した者、ではなく「竜を退けた者」と言う意味を持つ称号。
三年前の北部での襲撃において、有名無名の傭兵団が参加したかの戦場ではそれを巡っての攻防が身内同士でもあったほどだ。
金と名誉と言う実にわかりやすい餌をぶら下げ、人をかき集めて挑んだその結末は、聞くも無残な死亡率三割越えの地獄と呼ぶに相応しい戦場だった。
俺が率いる「暁の戦場」も参戦したが、当時受けていた依頼の関係で幸か不幸か駆け付けるのが遅かった。
お蔭で大した被害はなかったが、馴染みの傭兵団が二つほどなくなっていたのは少しばかり堪えた。
戦闘に参加した回数はたったの二回。
それでも集まった情報から竜の動きを予測し「巨人殺し」を何度もぶち込めたのだから下手な傭兵団よりかは貢献度が高かったはずだ。
竜の体に付けられた傷も増え、次第にその動きに精彩を欠くように見始められた時、軍と傭兵団で膠着状態を作り出すことに成功した。
後は時間をかければ竜は退く――誰もがそう思い勝利を確信していたその時、ついに待ちに待った瞬間が訪れた。
竜が羽を広げ、体勢を低くし足に力を込める。
飛び立つ際の予備動作を見せたその瞬間、勝鬨が上がるその一歩手前で――その男は竜の横っ面に一撃を打ち込んだ。
斬られた竜ですら接近を気づくことがなかった見事な不意打ちであると褒めることもできる。
だが、あの場では戦闘の継続もあり得た愚かな行為だ。
再び竜に戦意を燃え上がらせかねない危うい攻撃は、空へと浮かび北へと飛び去った巨体を確認できたことで一先ずは黙殺された。
生き残ったことを喜び、この勝利をその場にいた全員が称え合う。
だが、待っていたのは宴の最中行われた裏切り行為。
軍は最後の危険な一撃を放ったアルベルトを最大の功労者と発表し、傭兵への支払いを値切ったのだ。
当然反発は凄まじいものだった。
その場にいたお偉方が逃げ出すほどには、その時の俺たちは殺気立っていた。
そして貴族の子弟が一人死に、その犯人として半壊していた傭兵団が一つ消えた。
それが真実であったかどうかは関係ない。
ただそれを口実に彼らが自らの言い分を押し通したことは紛れもない事実だ。
つまり、あの戦場にいた傭兵たちからすれば、このアルベルトと言う男は「自分たちを囮にして竜が引く際の最後の一撃を入れただけの男」であり、同時に「貴族の思惑に乗り、幾つもの傭兵団を潰した男」と評されている。
ただの政治的な意図で生み出されたドラゴンバスター――一つの戦場の名誉と報酬を奪い去った者。
傭兵とそのギルドはアルベルトの功績など認めていない。
それどころか明確に敵視すらしている。
俺はそんな男の新たな功績のために使われる。
「あーあ……ロイドの予想が大当たりだよ」
傭兵団を解散させたその日、最も付き合いの長い仲間から言われた言葉が蘇る。
「隊長は間違いなく使い潰されますから、死にたくないなら何が何でも逃げ切ってくださいね」
俺は大きな溜息を一つ吐き出すと、この手に戻った愛剣を振る。
用意された防具も普段の物より上質だ。
「いつまで時間をかけているのですか……行きますよ?」
傭兵ならば誰もが憎むとまで言われた男に急かされ、俺は部屋を後にする。
「まさか俺が首輪付きとはね……」
首にはめられた魔法道具を指で撫でる。
流石に今回ばかりはダメかもしれん。
(´・ω・`)次回も別視点の予定




