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二人の狩人らしき女性を発見し、しばらく彼女らを見守っていたのだが……いつまで経っても変化がない。
(……おかしい。見た感じ傭兵に見えないから狩人だと思うのだが、女同士のペアならもっとこう、深い事情みたいなものがあってもおかしくないはずなのに何も起こらない)
野生動物を仕留めることを生業とする者が単独ではなく、気取られやすい複数人で活動するなら何か理由があると思った。
しかしどうやら聞こえてくる単語を拾う限りではただの仕事仲間のようだ。
となればこの大雨で偶然一緒になっただけと考えるのが妥当だろう。
俺が期待した性別を超えた友情や愛情の表現と言った展開はなく、淡々と情報交換を行う二人を見ながらがっくりと肩を落とす。
ちなみに俺の見立てによれば二人とも三号で間違いない。
見た目はやや美人風で短めの赤髪と長めの茶髪とありふれたものだ。
やはりと言うか、目が肥えてしまっているせいで今一つちょっかいをかけようと言う気がしない。
ここは大人しく隠密行動で彼女たちの視界からはずれ他所へと向かう。
悪天候と言う能力制限を受ける状態での確認がてら、町へと近づきつつ観察も行う。
少し北寄りに進んだことで森の切れ目に道が見えた。
どうやら町の北側の街道付近に来てしまったようだ。
(まあ、好都合か? 街道沿いを歩けば何か見つかるかもしれないし、荷馬車があるなら色々試してみたいこともある)
太陽が見えないおかげで少々方角が予定よりずれてしまったが、これはこれで悪くない結果である。
雨を遮るもののない街道は視界が悪く、その先の森がほとんど見えない。
これで視覚と聴覚、それに嗅覚での索敵に制限がかかる状態となった。
この状況で俺が発見される懸念があるとすれば魔法による探査である。
魔法の訓練を始めたとは言え、まだまだ初心者。
エルフの里で得た知識だけでは十分とは言い難く、どのような原理でこちらを発見するかが不明瞭であることから、こればかりは後手に回る外ない。
ちなみに雨の中で擬態能力を使用すると、姿は見えないがその輪郭だけが浮き彫りになることが判明している。
これを利用して尻尾を股に挟んだ後、腰に巻き付けるなどして隠しつつ、二足歩行をすることによって「なんか見えない巨人がいる!」と言う悪戯を思いついたが、最悪能力バレに繋がるので我慢することにした。
ともあれ、街道に沿って北側へ進み続けること約十分――木々の密度が低くなってきた辺りで俺は一度足を止める。
(これ以上は発見されるリスクがあるか……)
森と言う地形と悪天候が合わさることでこの視界の悪さが出来上がる。
なので森から出ればこちらと人との索敵能力にそこまで大きな違いはない。
馬車のように音を立てて移動しているか、大声を出しているならば話は別だが、そのようなケースを想定してもあまり意味はない。
それどころか魔法がある分向こうに有利の可能性すらある。
よって、今回は位置情報を把握することに努め、リスク回避を第一としよう。
思った以上に悪天候が厄介なことがわかっただけでも十分な収穫だ。
進路を南へと変更し、来た道を戻りながらも街道側に気を配りつつそのまま進み続けたところ、特に何かを見つけることもなく町が視界に入った。
この距離でも歩哨に立つ人影が薄っすらと確認できる程度。
望遠能力を用いても変化はなく、環境の重要性を改めて認識できた。
木々を遮蔽物にしながら町の周囲を少し歩く。
万全を期して擬態能力を使用しておく。
距離があるのでこちらを見ても気づくことはないだろう。
半周して南門に辿り着くと、そこには人だかりができており何やら言い争っている様子。
(お、魔虫の情報でも届いたか?)
思い通りに事が運んでいれば良いのだが、とその場を後にする。
見るものも見たので一度仮拠点へと帰還する。
荷物が濡れていなければ良いのだが……それ以上に雨宿りのために誰かが利用しにやって来る可能性を今更ながら気づいてしまい、俺は慌てて森の中を駆け抜けた。
翌朝、未だ天候は変わらず、鬱陶しいほどに雨が降っている。
「まあ、降る時は降るしこんなものだろう」と諦めの境地である。
あれから急いで戻ってみると荷物は無事で人影もなし。
廃材を使って軽く整備を行い、どうにか火をおこすスペースを確保した俺は道中確保したウサギで焼肉を開始。
濡れていない廃材を燃料にして一晩を過ごした。
魔法の修練も順調なのだが、今日も一日それに当てるにはこの拠点は快適性に欠けている。
よって効率は悪いが探索と悪天候下での訓練が本日の予定である。
(ここよりも適した場所が見つかるならお引越し。見つからなければ訓練を続ける、と言った具合になるだろうな)
そう思っていたのだが、気づけば街道に現れた一台の馬車を襲っていた。
「ぐえっへっへっへ、単独行動は危険だぜ兄ちゃん」と言わんばかりに悪い笑みを浮かべている気分で荷台をゴソゴソ。
腰を抜かして動けない青年を無視して荷物を漁る。
雨具を着ているが、地面に尻を付けているのでずぶ濡れとなってしまっている。
さて、肝心の荷だが……顔を突っ込んだ時点で臭いから「ハズレ」だとわかっていた。
彼が運んでいたのは素材である。
モンスターから剥ぎ取った部位の中には加工して武具にしたり何かしらの道具になったりするものがある。
恐らくあそこの町では加工できない物を運んでいたのだろう。
見つけた食料も干し肉に乾パンとまさに保存食と言う品ばかりで奪う気にもならない。
(カナンの保存食食べるくらいなら肉焼いた方がマシなんだよなー)
俺は大きく溜息を吐くと何も取らずに立ち去った。
口封じについての心配はしていない。
実は街道を封鎖するように魔虫の群がいたので引き返したところにこの遭遇である。
残念ながら彼は馬車を引く馬諸共虫の餌食となることだろう。
「と言うかさっさと動けよ、カナンの人。あいつらいるとこっちの行動も制限されんだよ」
そんな風にブツクサ文句を言いながら昼食となる獲物を探す。
昨日と同じで獲物を探すのがほぼ運頼み。
しかし野生動物はしっかり俺を避けるように移動する。
巨体故に音を立ててしまっているのはわかるが……まだまだ俺には野生が足りないようだ。
どうにか聞き分けようと集中すれば、他の感覚が疎かになり木に肩をぶつけるなどして音を立てる。
中々の難易度だが、これができるようになればレベルアップは確実。
気合を入れて獲物を探し始めたところで発見したのは血に濡れた服――しかもまだ乾いていない。
(まあ、この雨だから乾かないだろうけどさー……これ、もしかしなくても骨まで完食済みか?)
周囲に僅かに残る痕跡。
弓と短剣、そして見覚えのある皮製の胸当て――昨日発見した二人のうちのどちらかかもしれない。
(……こちら側に来ていた。もしくはこちら側にもいたってことか)
だとするなら、もう一つの可能性も考慮に入れる必要が出てきた。
それはこの群体の発生が人為的なものである可能性。
その場合「何故このようなことをする必要があったか?」を考えなくてはならない。
(いや、考える必要なんてないな)
答えはわかりきっている。
「俺への対策で虫を使うか」
その呟きは嫌悪感よりも感心が勝っている。
「人間では勝てないなら、人外をぶつければ良い」と言う思い切った判断。
これが本命なのか、それともダメで元々なのかはわからないが、この結果で人間側が得られる情報も決して少なくない。
「ははっ、やるじゃないか! モンスター相手に条約なんてない。手段なんて選ぶ必要はないからな!」
もし、本当にこれが人為的なものであるならば、俺はカナン王国を見直してやろう。
ただ蹂躙されるだけの存在と思っていた。
だが腐っても国。
ここに来て、俺はその認識を改める。
「その挑戦……受けて立とう」
敵がいる――それがわかっただけで何故にこうも気分が高揚するのか?
自分が生まれた経緯を考えれば当然かもしれないが、それは即ち俺が人間でいられる時間が削れていると言う可能性もあるわけである。
ままならないけどハイテンション。
直ちにメンタルチェックが必要だ。
二十代半ばくらいの美人でスタイル抜群の色気たっぷりの白衣の女性はいらっしゃいませんかー?
(´・ω・`)次回は多分別視点。




