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(´・ω・`)料理中に包丁で指をざっくり。薄く切る程度ならたまにやってしまうんだが、ここまでざっくりいったのは初めてかもしらん。
果たしてこれを「屋根のある寝床」と呼んで良いかはさておき、雨が降っても大丈夫そうな場所は発見した。
一言で言えば外壁の板が半分くらいなくなった掘立小屋。
誰かが倉庫として利用していた痕跡があり、恐らくは数十年くらい前に建てられたものだろう。
(内部の状態や埃を見る限り、使われなくなって十年は経過してそうな感じだな)
王国の人間が何を目的としてこんな場所に倉庫代わりの小屋を作ったかはわからないが、現在誰も使っていないと言うのであれば遠慮なく利用できると言うもの。
少々耐久性や見た目に難があるのは否めないが、荷物と半身くらいなら雨に濡れることはないだろう。
そう思って荷物を置き、腰を落としたところで底が抜けた。
尻がすっぽりと収まり、地下の空間で尻尾をビチビチと動かす。
すると勢い良く尻尾が何かを吹っ飛ばした――と同時にガシャンと割れる音が尻に響く。
取り敢えず尻を抜いて体勢を立て直すと地下の空間を確認。
「割れたのは壺か……」
中身のない壺だったので問題はなかったが、残骸から見て水瓶か何かだったのかもしれない。
その後の確認で梯子や生活用品らしき物が見つかったので、ここが居住空間だったのではないかと推測する。
となるとそんな場所が必要となる倉庫がこんな場所にあることに疑問が出てくる。
(なんと言うか、犯罪組織とか絡んでそうな条件が揃ってきてるな)
興味本位で念入りに調べたところ、出てきたのは厳重に封をされながらも埃をかぶった箱。
金属製の鍵をこじ開け、中を拝見すると出てきたは材質不明の耐水性がありそうな手触りな袋――逆さにすると中から白い粉がサラッと零れる。
「はい、アウトー!」
どう見ても危ないお薬である。
ここがそっち系の密売に関係する場所だったことが判明。
ブツがまだ残っていると言うことは恐らく実行犯が捕まったのだろうと前向きに考え、しっかりと白い粉を土に埋めて処分する。
念のために他にもないか探したが、残っているのはあれ一つだけだったようで一安心。
盛大に床をぶち抜き、廃材などを上手く利用して俺の巨体でも座れる空間を確保する。
これで雨対策は一応できたと言うことにしておこう。
あまりにもみすぼらしい仮拠点ではあるが、屋根があるだけマシである。
「贅沢は敵だ」と言う口で贅沢をするべく人を襲う。
モンスターだからね、仕方ないね。
ともあれ、周辺の素材をあれこれすることで完全にとはいかないが地下部分を隠すことができた。
これなら荷物を置いて周囲を動き回ることにも不安はない。
日が暮れるまでまだ時間はあるが、早めに夕食のために狩りを終わらせておきたい。
(降りそうな雲行きだ。思えばこの姿になってから森で雨はまだ経験がなかったな)
エルフの里にいた時……と言うより支配の魔法にかかったフリをしていた時に何日か降っていた記憶はあるが、森の中ではまだ一度も経験していない。
どのような変化があるのか観察するのも悪くはないだろう。
翌朝――地下に下半身を突っ込み、浴槽につかるような体勢で目が覚めた俺は空を見上げる。
本日も曇り空のままだが、僅かながらぽつぽつと水滴が落ちて弾けるような音を耳が拾う。
どうやら予想通り降るには降ったが小雨も小雨。
「この程度なら大した影響はないだろう」と起き上がった時、視線の先でうぞうぞと蠢く虫の塊を見つけた。
思わず「うおぉ」と仰け反ったが、昆虫の集まっている場所が昨日白い粉を埋めた場所であることに思い至る。
「……危ない薬は薬でもそっち系だったのか?」
それとも何か好む臭いでもあったのか?
見ていても気分が良いものではなく、また仮拠点から距離が近いこともあるので、俺は容赦なく火を吹いて虫の塊を消し飛ばす。
魔法の訓練も順調であることを確認しつつ、スコップで穴を掘って薬を埋めた付近の土をそちらに移す。
その上から土を被せた後、足で踏み固めて作業終了。
さて、朝食を取りに行きますか――と仮拠点を離れたところで思い切り雨に降られた。
いやはや「これまで木が生い茂ってるんだからちょっとくらい大丈夫だろ」とか思ってたのだが、想定以上に雨脚が強い。
(これじゃ火をおこすことも難しいな……と言うか仮拠点の荷物大丈夫かね?)
俺の心配は的中し、地下部分に若干の浸水を確認。
使えない拠点だと思ってしまったが、よく見れば俺が入りやすいように床をぶち抜いた際にその周囲も壊していたことが原因と判明。
荷物は床の上に直置きしていたわけではないので無事だったが、水が溜まればここは使い物にならなくなるだろう。
まったく、世の中ままならないものである。
「こんな時に耐水性のものでもあれば」と思った時、ふと邪魔だからと捨てたブルーシートを思い出す。
まさかこれは役立たず扱いして捨てたブルーシートの呪いだとでも言うのだろうか?
思えば雨具の代用品として持って行くことに決めたような気もしてきた。
取り敢えず荷物だけは濡れないように安全な場所へと移し、何か良いものか場所はないか探しに出かける。
狩りが中断されたので朝食抜きでの活動となるが、一食抜いたところでどうと言うことはない。
雨に濡れたところで少々冷たく感じる程度であり、そもそもこの体にはそのような無用な心配である。
ただ雨が降ることで問題が発生することが判明した。
それは探索能力の低下、である。
雨音のせいで音による索敵に問題が生じた。
当然臭いも同様で、この状態ではいつも通りの能力を発揮するのは難しい――と言うよりほぼ不可能であることがわかった。
ここまで土砂降りだからこそのものだと思うが、これに関しては留意する必要がありそうだ。
雨量に因る能力低下の度合いを測ることも考えて良いだろう。
丁度良い機会なので色々試したりしながら町へと近づいていたところ、不意に人の話し声が俺の耳に届いた。
(距離はそこまで離れていない。いつもなら確実にもっと前に補足できていたはずだ)
身を隠すように潜みながら声のした方向へと進む。
雨音で何を話しているかはわからないが、女の声が二つあることは間違いない。
姿勢を低くしゆっくりと進む。
そして視線の先にある隣の木に寄り掛かる大きな倒木とその下にいる二人の女性。
雨の当たらないその場所で、火をおこした二人は身に着けている皮製の胸当てを外すと立てかけている弓の隣に置く。
どうやら彼女たちは狩人のようだ。
俺は二人に見つからないように姿勢を低くし、木の陰に隠れながら様子を見る。
土砂降りの雨、それに降られて濡れる女性の傍には焚き火がある――となればこれから起こることは一つしかない。
期待に胸を膨らませ、二人の挙動を見守っていると……予想通り彼女たちは濡れた上着を脱ぎ始めた。
俺は小さくガッツポーズを取ると上着を脱いで火に両手をかざす二人を見続ける。
しかし彼女たちは固まったように焚き火で暖を取っている。
(……え? 肌着は脱がないの?)
そんな風にガッカリする俺に、木々の隙間や葉を伝って落ちる雨粒は容赦なく降り続けていた。




