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(´・ω・`)久しぶりの食あたり。上下の蛇口が開きっぱなしってのは何度経験してもきついもんだ。
お食事中の方失礼しました。
カナン王国の領土に入って二日目。
基本的に隠密行動を心掛け、人に見つかることなく順調に進んでいる。
目的地は前回と同じカナン―セイゼリアの交易ルート。
同じポイントを何度も使用すれば今後に差し障りがあること間違いないが、今はここしか知らないので仕方がない。
傭兵の集まる町を抜け、コソコソと東へ向かう。
道中気になる一団を見かけたのだが……大量の馬車を伴い南に向かう武装集団ともなれば、町に兵を集めているようにしか映らない。
「これはいよいよカナンとセイゼリアが衝突したか?」と首を捻りながら見送った。
ちなみに武装した集団の装備は半数以上がバラバラだったので兵士ではなく傭兵がメインだ。
正規兵らしき統一した鎧を身に着けていた者達もそれなりの数いたので、もしかしたら輸送部隊か何かだったのかもしれない。
ともあれ、この物々しい一団をやり過ごした俺は前回と同じ場所に無事到着。
周囲の確認をするべく荷物を隠して探索を開始。
まだ日が高いので無理はできないが、草原にでなければ問題はないだろう。
と言うことで木々の合間を縫うようにぬるぬると移動していると、気になる臭いが鼻についた。
(……血、だな。それも恐らくは人間のもの)
獣のそれとは違うと判断したのは臭いと音。
血の臭いを漂わせていながらあまりにも静か――これはもう既に死んでいるのではないかとすら思える。
その予想は見事的中し、臭いを辿った俺の前には血を流し横たわる男の死体があった。
「んー、物が盗られた形跡はなし……」
肩にかけられた鞄もそのままに、首を斬られて死んでいる。
足にも血の跡があることから、まずは逃げられないように足を切られ、それから首を斬られたと思われる。
(こんなところにある荷物の漁られていない死体かー)
状況から見てどう考えても訳アリの死体である。
体が食われていないことから死後一日かそこらであることは予想できるが、こんな場所にポツンと放置された遺体というのは中々に謎めいている。
取り敢えず荷物を漁ってみることにして死体へと近づく。
片側のポケットは血に沈んでいるので触らない。
そして手に入った物がセイゼリアの物と思われる銅貨数枚と携帯食料に水、日用品が数点と一枚の手紙。
面白いことにこの手紙――カナン王国語で書かれている。
(ははーん、これはあれだ。二か国間を行き来して両方の国に関係がありそうな人間と言えば……)
スパイか、それとも密輸等を行う犯罪者だ。
このご時世なら密入国をしようとして失敗した、と言う可能性もある。
所持品が無事であることを考えるとその可能性が高いと見るべきだろう。
「となると、この辺りにそういうルートがあるってことか……」
俺はそう呟いて周囲を見渡す。
念のために聴覚に意識を集中するが、特に人がいるような音は拾えない。
しかし、この辺りに人が通る道があると言うのであれば、その近くに荷物を置いておくと言うのは少しばかりリスクがある。
場所の変更を余儀なくされた俺は、渋々隠してある荷物の下へと戻った。
リュックが無事であることを確認し、俺は一息つくと先ほど手に入れた手紙を読む。
聞き取りはあまりできなくとも、こうして文章を読むくらいなら問題はない。
そう思っていたのだが……知らない単語が意外に多く、結局わかったことと言えば、先ほどの死体の男はどうやら何かを密輸しようとしていたらしく、それが失敗してああなったようだ。
不法出国のために案内人を雇っていたようなのだが、そのやり取りが手紙には書かれており「後払いは受け付けないが、そちらの荷が売れた際の半額でなら引き受けなくもない」と言う一文から、結構な高額の商品を持っていたことが窺えた。
「なるほど、小銭には手を付けないわけだ」と頷く。
犯人捜しをするほど暇ではないが、ちょっとした推理小説を読むが如く状況を考察して時間を潰す。
周囲に気を配り、魔法の練習に励みつつ、実は犯人は最初から密輸品目当ての詐欺師であり「案内人ではなかった!」と言うオチが付いたところで日が暮れた。
暗くなれば大胆に動くことができる。
また、野営の焚火等わかりやすい目印もあるので目的の物を探しやすくなる。
つまり行動するならば夜である――と自信満々に講釈を垂れて成果ゼロである。
「うん、そういう日もある」
俺は夜明けにトボトボと林へと戻り、この体には狭い木々の合間を縫いながらさらっと野鳥を数羽確保する。
久しぶりの鳥肉である。
森にいるのは小鳥ばかりで捕まえるのが容易ではない。
その点カナンはあの野生の弾丸こと飛杭魚の生息地が限られており、このようにそこそこのサイズの鳥を捕まえることができる。
できれば鶏をまた見つけたいが……野生のものなど条件が限られる。
今日のところはこいつらで満足しておこう。
羽を毟るのってそう言えば結構大変だったな、とすっかり日が昇って朝食を終えたところでおはようございます。
そしておやすみ。
数日は夜の活動が主となるので朝に睡眠時間を確保することになるだろう。
そんなわけで目を覚ませばお昼はとっくに過ぎていた。
さて、回復した魔力で修練に勤しみつつ、控えめだった朝食分を取り戻すため獲物を探そう。
林の中を指先に代わる代わる火を灯しながら狩りを行う。
木々の間隔が狭いことで難儀したが、どうにかウサギを二羽確保。
切った肉を焼いていると距離はあるが気配を感じる。
(……人の声、だな)
方角的には昨日発見した死体と一致しており、誰かが遺体を見つけて声を出したのだろうか?
様子を見に行くかどうか迷ったが……現在は昼食の真っ最中。
急な片付けは雑な仕事の元である。
「どうせ自分には関係のないことだ」と声を放置し、そのまま肉を焼き続けた。
ウサギの肉は淡泊なので濃い目に味付けするのが好みだ。
評議国に行けば調味料は手に入るだろうか、と考えつつ肉に集中していたところ、音が一つこちらに向かって来ていることに気がついた。
「うわ、めんどくさ」と言う本音を呑みこみ、トングを二本の指で摘まみつつそちらを凝視。
すると大声で怒鳴りつけるような声が聞こえてきた。
カナン王国語だったので一部が聞き取れたが、恐らくはこう言っている。
「こんなところで火つかってんじゃねぇ、馬鹿野郎!」だ。
まさに「ごもっとも」と言う外ない。
しかし俺は焼肉を止めない。
人間に何か言われたところで止めてしまえば言葉を理解しているとバレてしまう。
こっちの人間にはまだまだ情報を明かすつもりはない。
なので無視して肉を焼いていると、注意していた音がこちらに向かってくることを感知する。
一度立ち上がり、望遠能力を用いて見たところ一人の弓を持った狩人と思しきオッサンが見えた。
ここでこちらの存在が露見するのも都合が悪い。
取り敢えずその辺に落ちている手頃な石を掴み、大きく振りかぶって狩人に当てないよう投げた。
すると突如目の前の木にめり込む石を目の当たりにし、慌てて逃げる狩人を無視して最後の一枚を鉄板に投入。
狙いとは大きく外れてしまったが、当たらなかったので良しとする。
こうも見事に目論見通りに行くとは予想外だが、物事が思い通りに行くのは気持ちが良いものだ。
今晩にでも隊商が見つかってくれるのではと期待してしまう。
昼食が終わり、後片付けを済ませると再び林の中で横になる。
夜までもうひと眠り――たまにはこんな風にダラダラするのも悪くはない。




