119 とあるエルフの視点3
(´・ω・`)サブタイを日誌にしようかどうか迷った。
大きく息を吐く。
それが溜息か、それとも安堵のものとなるかは誰にもわからない。
折が悪く、出席した賢人会議にはゼサトの者がいた。
本来であるならば彼の氏族はこの場に居合わせることは滅多にない。
緊急性のある場合や重要性が高いものであるならば、多くの氏族が集まるため出席すれば必ず顔を合わせることになる。
しかし今回のようなただ集まる程度の小規模なケースに同席した際に出会うと言うのは予想外だった。
結果から言えば、やはりと言うべきかこちらの思惑を読み取り妨害に動いた。
そして手に入れたのが「フォルシュナ氏族単独でのアルゴスとの交渉」である。
禁忌がかかわる今回の一件――それをどういう訳かカシアル・ゼサトは知っていた。
情報の管理を徹底するべきであると氏族長に苦言を呈したいところではあるが、今はそんなことをしている場合ではない。
アルゴスとの交渉、それ自体は不可能ではない。
問題は対価である。
こちらの言い分を一方的に呑ませるには彼のモンスターの力は大きすぎる。
上手く行けば里の協力が得られたかもしれなかったが、それを見事に阻止した上で「禁忌の抹消のため遺跡に住むモンスターの排除」へと結論誘導したのだから大した根回しである。
残念ながら、向こうの方が一枚上手であったことは認めざるを得ない。
だからこその単独交渉。
「仕掛ける前にダメで元々ですが交渉してみましょう。やり方次第では失敗してもデメリットはありません。やる価値はあります」と言う提案にてどうにか方向を修正できた。
後はアルゴスが現れるのを待つだけとなったが、それがいつになるかは不明である。
そもそも来ない可能性もある。
私はただ戻った日常の中で待つことしかできなかった。
そのはずだったのだが……思いの外早く再会することとなった。
川での邂逅は予想外の収穫で思わず笑みが零れた。
しかし同時にある懸念も生まれる。
簡潔に言えば「アルゴスはあまりに無き帝国に寄り過ぎている」と言うことだ。
それ故に対話が成立するという安心感――そしてそれ故に対立し得ると言う不安。
「交渉は可能である。しかし困難なものとなる」との予測はあまりにも普通のものだった。
この時、私は子供たちを決して粗雑に扱わないアルゴスの姿を微笑ましく思いながらも、交渉の糸口を探していた。
そんなことが馬鹿らしくなるくらい、このモンスターは「人間かぶれ」だった。
思考としては理解できる範疇なのだが、如何に知識が帝国の書物に頼ったものであったにしても度が過ぎていた。
これに関しては「影響を受けやすい個体である」や「得た知識を披露したいだけなのでは?」と言った意見が得られたが、果たしてそれが正しいかどうかは不明である。
ただ「交渉ができる相手」と言う当初の見方が正しかったことは間違いない。
ならばと下手な小細工などせず真っ向勝負に出る。
その判断が正しかったかどうかはさておき、話すべきことは全て話した。
後はアルゴスの返事を待つだけとなり、しばらくの間静寂が場を支配する。
アルゴスの出した答えは「条件付きで承諾する」と言う想定した中では極々普通のものだった。
そしてその条件にしても「同様の施設を発見した場合に知らせること」に加え「破壊の際には同行させること」と予想だにしない内容だった。
だとしても、自らの住処を明け渡すにしては条件が釣り合わない。
しかしこれについて問い質すことはできない。
この条件を呑まないと言うことは交渉の失敗に直結し得る。
それはつまり禁忌を抹消する際、アルゴスとの武力衝突が確定することを意味する。
私はこの条件を呑み、アルゴスにしばし敷地内で留まるようお願いする。
そこでわかったことなのだが、どうやら毎日眠ると言う習性を持つ生物ではないのか夜通し本を読んでいた。
それとも単純に知識欲に駆られたが故のものなのだろうか?
少なくとも、かのモンスターの知性は私の想像以上であることは間違いない。
まさかこんなに早いとは思わなかった。
剣聖シュバードの訪問――理由は言わずもがな、アルゴスである。
彼がゼサトの者が何を言ったところで動くはずもなく、間違いなくコーナーの族長から直々に命を受けてやって来たことは間違いない。
だが、高齢故未だ傷が完治していない翁を動かしたとなれば、先のこちらの提案を無視する形となる。
「なに、トスタリテの了承も得ておる」とフォルシュナ氏族の長が許可を出したことを口にする。
その事実に「やられた」と反射的に空を仰ぐ。
「安心せい。ちょっと試すだけじゃ」
私の心配を笑い、シュバード老はその言葉のままアルゴスを試した。
その結果を語るには私では不足している。
護衛を務める男衆の話を聞くに「互いに本気は出しておらず、お遊び程度のものだった」と判明。
私はほっと胸を撫で下ろし、大きく息を吐いた。
後は禁忌の抹消さえ済ませてしまえば平穏が訪れ、上手く行けばアルゴスと言う協力者を得ることもできる。
万難を排し、私は準備を急がせる。
一方アルゴスはと言うと、覚えた魔法が面白いのか飽きることなく修練に励んでいる。
その姿を見れば誰しもが脅威を覚えるだろうが、対話も交渉も可能な相手なのだ。
そして群れを作らず単一のモンスターであるが故に領土的な野心とは無縁であり、欲しい物は奪うのではなく交換すると言う理性的な面も持ち合わせている。
「人間の真似事をしている」と評する者もいるが、それはこちらにとっては好都合と言う外ない。
全ては順調――そう思った矢先、シュバード老からの通達に私は眩暈がした。
「彼のモンスターは食った相手の能力を奪う可能性あり」
その一文で繋がってしまった。
何故アルゴスがあの遺跡と同種のものに拘るか――それはつまり、あの場にあったものから何かしらの能力を得たことで、同様に力を手に入れる算段なのではないか?
「そんな能力があるはずがない」と切って捨てることができれば良かったのだが、我々エルフはその前例を知っている。
最早自分一人には手に負えないのかもしれない。
だが、決断は既に下してしまっている。
仮に利用されているにしても、事実を確認しなくてはならない。
私の焦燥に気づいてか、皆の奮闘で予定より早く準備を整え遺跡へと出立する。
道中あまりにも何事もなかったことは意外だったのだが、どうやら「アルゴスがいることでモンスターが近寄ってこないのではないか?」と同行した護衛の一人が手を挙げた。
完全に失念していたが、何があっても良いように戦力は必要である。
そして翌日――準備が整いその時を迎えた。
だがここでアルゴスから待ったがかかる。
何でも「ここにある物がどういったものなのかこの目で見てみたい」と言うのだ。
恐れていたことが現実となりつつあった。
しかし、それでも私は事実を確認しなくてはならない。
私はアルゴスの提案の受け入れ、禁忌を衆目に晒した。
直視することすら苦痛と言えるその姿――人と蜘蛛を無理矢理繋いだ存在のなれの果てに口元を抑える者すら出た。
「これが禁忌である」と私は語る。
こんなものの存在を許してはおけない、と熱く語り、その熱が少しでも伝わることを、理解が示されることを願って周囲にも聞かせた。
そんな中、干乾びたそれに近づくアルゴスはしばし観察した後、徐に手を伸ばし――蜘蛛の足をポキリと折るとそれを口に入れたのだ。
現実となった――そう思った直後、アルゴスは口に入れたものを吐き出した。
何をしているのかと問うたところ「レア物だからこれを逃すと二度と食べられないかもしれないから」と言う場違いな答えが返ってきた。
まさか本当にそうなのだろうか?
それとも口に入れるだけで能力を奪えるのだろうか?
そう思っていたところで食生活について語り出した。
誤魔化そうとしているようにも見えるその仕草に安堵を通り越し怒りがこみ上げてくる。
試しにその怒りを少しばかりぶつけさせてもらったのだが、その反応は実にモンスターらしからぬものだった。
この件でわかったことが一つある。
アルゴスは恐らくエルフとの敵対関係を望んでいない。
この突如として現れた新種のモンスターは、何を思い、何を望み我々と行動を共にするのか?
それを知る日はやってくるのか?
禁忌の破壊を終え、何もわからぬまま帰路へ着く。
「甘かった」と言えば、その通りだと答えるしかない。
人にせよエルフにせよ、この世には「恨み」ほど恐ろしいものがないことを、私は失念していたのだから。
(´・ω・`)最近膝の上を毛玉に占拠され気味。米の選挙も気になるぅ。




