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(´・ω・`)肉体を酷使する労働からの解放。やっとデスクワークに戻れた。
「ソレハ、敵トナルゾ?」
声に合わせて指を動かし、喉を弄ることで喋っているかのように見せかける。
これまでずっと筆談だったのにいきなり流暢に話すのも不自然なので、ワザワザ片言にしているのも拘りポイントである。
ただ単にエルフ語の発音が難しいからというわけではないし、いざ喋る段階で「失敗したらどうしよう」と考えてのことでもない。
「喋った……だと?」
驚きのあまり上げようとした手が途中で止まるお偉いさん。
6号さん側の面々も驚愕のあまり開いた口が塞がらない模様。
「個人ノ暴走。コノ状況デハ通用シナイ」
俺は明確にあのババアと現在の件を分ける。
言った通り、支配の魔法についてはエルフという種族の意思を介したものではないので敵対するつもりがないとも取れるが、氏族の有力者が率いる一団が攻撃するというのであれば、それはもう解釈の余地もない。
こちらが警告を発した以上、強硬手段を取ればそれ以降の俺を原因とする被害の責任は彼が取らざるを得ない状況を作ってやる。
しかしこれは彼が揺るぎない信念で断行するというのであれば意味をなさないが、俺は確かにその判断材料となるものを耳にしている。
(この男は「カシアル・ゼサト」と呼ばれていた。ゼサトというあれだ。何か最近エルフの方で勢いがある野心溢れた氏族だ。その辺の陰謀に巻き込まれたとかなんとか何度も聞いたのでよく覚えている)
そんな奴が俺と言う脅威を排除するための信念を持ち合わせているだろうか?
答えは否。
そういう権力志向を持つ者は得てして我が身を大事にする。
この逡巡を利用し、俺はこの不利な状況から脱しようと足に力を込める。
逃げるにせよ戦うにせよ、包囲されているというのは都合が悪い。
既に彼らの配置は粗方把握しており、魔法的な隠蔽を加味しても罠がある可能性は低いと見ている。
俺は頬を吊り上げ、ニヤリを笑おうとしてにちゃりと音を立て、飛び退こうとしたその瞬間――6号さんが歩き出し俺の隣に来ると口を開く。
「我々は、アルゴスと取引をしています」
笑みを浮かべ、たったそれだけを言うために出てきたのかと思ったが、どうやら何かしら意味があるようだ。
彼女の笑みは勝利を確信したものだと直観的に判断し、状況がどう動くのかを見守ることにする。
驚愕と困惑の表情を浮かべるカシアルを見れば、6号さんの言葉には彼を止める何かがあるのだろう。
「フォルシュナが求めるは旧帝国から採れる資源や資材。代価として我々は食料の提供を約束しています」
「正気か、貴様っ!?」
確かにモンスターと物々交換をやるなど正気の沙汰ではないだろう。
だがそれ以上の驚愕……いや、恐らくだが他に意味があるからこそ、この男はここまで狼狽しているのだと思われる。
「ここに、我々はこの者『アルゴス』を亜人と認定します」
それは静かな宣言だった。
そしてまさしくその宣言こそが聞きたくなかったとばかりに強く握られた拳が震えている。
「ふざけたことを……そのようなことが――」
「できますとも」
カシアルの言葉を遮り、きっぱりと言い切る6号さん。
川で子供相手にワタワタしている時とは大違いの凛々しさで、反論を封じるように言葉を紡ぐ。
「亜人とは、言葉を解し意思の疎通が可能な種族であることの他、何らかの経済的な交流を持つことができる種を指す――アルゴスはこの二つの条件を満たしております」
「……認められる、わけがないだろう」
「認める認めないの話ではなく定義の問題です」
正直話の内容が既にわからなくなってきている。
俺がモンスターではなく、亜人として扱われることに一体どのような意味があるのか?
その答えはすぐに知ることとなる。
同時に、彼女が「フォルシュナ」という氏族の中で高い位置にいることを否応なく思い知らされることとなった。
「そして、彼はこのフルレトス大森林を住居を構えており、この森が生息地であると言える」
「貴様っ!」
その言葉で彼女の狙いを察したか、カシアルが憤怒の表情を浮かべ叫ぶ。
「アルゴスは隣人であり、我々が領有を主張した土地には既に住む者がいた。つまり、あの宣言は無効となります」
「最初から、それが目的か!?」
一歩踏み出す彼の言葉に、これまでの俺と彼女のやり取りが全てこのためのものであったという答えが出てきた。
(あれ? それだと委員会の方はどうなんの? というか、これどういうことよ?)
前提が崩れる。
しかしそれはあくまで彼の目線であって、実際のところはどうなのかまではわかっていない。
「この戯けが! 森はいずれ人間が進出する! その前に抑えておかねば先の悲劇が再び起きることが何故わからん!」
「人間が森を支配下に置こうとすることは否定しません。ですが、それは果たして叶うでしょうか? ここにいるアルゴスも、我々が危機的状況に陥ることになった『森林の悪夢』も、この森から生まれたものです」
「あ、そう言えばそういうことになるな」とキメラ計画や遺伝子強化兵が生まれたのは旧帝国領であり、当然彼らは森林となった祖国の土地に現れる。
しかしそれは真実を知る俺だからこその視点であり、他から見ればこの森は新種の危険なモンスターが生まれる土地となる。
(えー、つまりこれはこういうことか? ゼサトの一族は森を人間が支配する前にエルフが領有することで先の大戦を未然に防ごうとしている。で、フォルシュナはそんなことをしようとすれば俺みたいな新種のモンスターを相手にすることになるのでその思惑を潰したい)
考えれば考えるほどどちらの言い分も理解できる。
「あなたは一つ致命的な思い違いをしている。何故あなたはあの『悪夢』が一体だけと思ったのか? そしてそれに続く別の何かが出て来るのではないかと考えなかったのか?」
一歩踏み出す者と一歩足を引いた者――決着は付いたと見て良いだろう。
「何故あなたは考えなかったの? あの『悪夢』以上の脅威が、大森林に既に生まれているという可能性を」
その一言はここまでの疑問を解消するには十分だった。
(ああ、そういうことか)
ようやく俺は彼女の目的を理解した。
自然調和委員会など考慮に値しない。
彼女は「悪夢」とまで呼ばれたモンスターの出現と俺と言う規格外の存在を知り、エルフの存続を憂慮した。
その結果、意思の疎通が可能であった俺を引き込むことで、今後相対するであろう脅威に備えようとしたのだ。
もっとも、これが全てであるとは言い切れないが、間違いなくこう言った意図があるに違いない。
「貴様に、何がわかる! あの戦争が、たかがモンスターに劣る脅威と言うか!?」
だがこの男には彼女の憂慮は通じない。
頭では理解できても感情がそれを許さない。
(戦争というのは、本当に救えないな……)
しかしそうなると困ったことになる。
仮に信念はなかったとしても、間違いなく恨みがある。
その対象は既にないと言えど、二度と同じことを起こさないためには手段を選ぶつもりはないのだろう。
引き金を引くには十分な理屈だ。
当時を見ていた俺も知っている。
戦争で親しい者が死に、それを理由に軍へと入隊する――そんな人間は皆あのような目をしていた。
(当事者が今も生きているんだから、人間の感覚では語れないよなぁ)
こればかりは俺から言えることは何もない。
最早「流れに従う外なし」と諦めていたところ、6号さんの手が俺に触れる。
「あなたが想定する最悪の事態とは何ですか? 再び先の大戦が起こることですか? その未来に辿り着く前に、この森で生まれた脅威に我々が滅ぼされている可能性を何故考えないのですか? 『悪夢』という脅威の前に、我々が取れた手段は何もなかった。この時点で、我々は大森林から手を引くべきだった」
「だから、見過ごせと言うか? あの戦争を知らぬ者が、よくもまあ偉そうに語れるものだ」
「別の問題だからです。幸い話の通じる相手も生まれていた。この好機を見逃すという手は我々にはありません」
その利用しようとしているモンスターが目の前にいるのにそれを口にするのだから豪胆としか言いようがない。
(利用するつもりだ、とはっきり目の前で意思表示することで信用の低下を最小限に抑える算段……これまでの6号さんの評価が根本から覆されたからなぁ)
そこでこれまでを簡単に振り返ってみたところ、ある懸念が生まれてしまった。
(……まさかとは思うが、6号さん俺が最初から「利用されること」くらい織り込み済みで交渉の席についているとか思ってないよな?)
ここで問題となるのが俺の評価――と言うより知能の高さ。
それを示すには十分な一例がある。
言語習得の異常な速度、である。
支配されていた関係でそれはもう学習が捗った。
そしてそれを見られないように頑張った。
恐らく傍から見れば、いきなりエルフ語を習熟したモンスターに映っているのではないか?
(そう言えば「学術的な本」を注文した時、入門書をすっ飛ばして来たな)
それが俺に対する評価だと言うならば改めて頂きたい。
未だ続く二人のやり取りが別のものに見えてきた。
蚊帳の外になったのは幸いと思い、ただこの舌戦の矛先がこちらへと向かないことを祈り続けた。
(´・ω・`)米の選挙が気になり過ぎて夜しか眠れない。




