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(´・ω・`)ちょっと深めに指切ったのでお休みしてました。
どうやら思いの外金になりそうなものが多かったらしく、一部のエルフ達は金属製の物はないかと未だに探している。
記憶が確かならばエルフは鉱山を所有しているわけではなく、鉱山資源はほぼ輸入に頼っている状態である。
冶金技術はカナン王国と同程度には保有しているはずなので、金属さえあればそれを鋳つぶして加工することができるのだろう。
ジャンク漁りをしているエルフというのも珍しい光景である。
「程々にしておくように」との6号さんの通達で我に返ったエルフ達だが、やはり目の前の宝の山を放置するには惜しいようだ。
帝国の科学技術に関するもの以外であっても、研究施設一つから手に入る素材は中々魅力的らしい。
そんなこんなで時間が経過し、蜘蛛男の失敗作を取りに行った者達が目的の物を縄に引っ掛け引きずりながら帰ってきた。
流石に直接触ることに抵抗があったようだが、貴重なものなのだからもう少し丁寧に扱って欲しい。
そんな訳で一同が蜘蛛男の失敗作とご対面。
その姿は俺が知る物よりも凄惨だった。
上部の人間部はまるで違うものなのは言うまでもないが、それでも体毛が一切ないことは共通しており、干乾びたその体はまるでミイラのようだった。
蜘蛛の部分はほとんど変化がなかったが、人間部分との結合部にやや違和感を感じる程度である。
話によれば結合部を金属で補強しているものなどもあったらしく、それらは正しく実験台という様相であったことが、失敗作を運んできたエルフの口から聞かされた。
顎に手をやり運ばれてきた失敗作に近づき様々な角度から観察する。
やはりこれを食べることに抵抗はあるが、やらないといけないのもまた事実。
(もしそれで問題が解決するなら、エルフとの関係は切らざるを得ないが……命には代えられないんだよなぁ)
食べ終わった後に来る眠気には抵抗できる気がしない。
ならば目の前のこれを食らい続ける俺に何をするかなど想像もしたくない。
「これが『禁忌』とする理由です。わかりますか? 人とモンスターの融合……何を以てこのような非道な行いを思いついたのかまではわかりませんが、これを放置するのは――」
その演説最中に俺が蜘蛛足をポキリと折って口に入れたことで全員が固まった。
この突然の奇行を前に、6号さんは言葉も出ないのか凄い表情でこちらを見ており、周囲のエルフもドン引きである。
そして俺はと言うと意を決して口に入れ、噛み砕いたは良いのだが……案の定反応はなし。
つまり、俺が予想した通り「生存している個体でなければ意味がない」という説が正しい可能性が更に高まってしまった。
(あー、やっぱり三人目を探し出すしかないのか)
俺は肩をがっくり落とし、口の中の蜘蛛の足をぷっと吐き捨てる。
「何を……しているのですか?」
恐る恐る俺に質問を投げかける6号さんに俺はただ一言「不味い」と書いたメモを見せる。
「これを見て、どうして食べようと思ったので?」
そのメモを見たエルフが失敗作を指差し震えながら尋ねるが、それに対しては「なんかレア物みたいだし、これ逃すと一生味を知る機会がないから?」と平然とした面持ちでペンを走らせた。
「本当にそれだけですか?」
だが不安そうな6号さんが念を押してくる。
どうやら俺に悪食疑惑がある模様。
今後変な物を出されても困るのでここは一つ彼女を安心させるべくそれっぽく理由を書いてみる。
「最近食事に気を遣うようになってきたのは知っての通りだが、新たな食材にも手を伸ばしているのは私が読んでる書物からも理解していることだろう。モンスターとは言え虫型。昆虫を食料とする文化もあると本で読んだ記憶がある。なので試してみたまでのこと」
俺から受け取ったメモ用紙を読み、こちらを見上げる6号さん。
それに合わせて取り敢えず頷いておく。
まるで安堵するように息を吐く彼女を見て、心の中で変な心配をかけたことを申し訳なく思う。
「兎に角、あまり突拍子のない行動は驚いてしまいますので、注意してください」
怒る可愛い6号さんを見て素直に頷く。
その時、視界に入った蜘蛛男の結合部分を見てふと腑に落ちるものがあった。
(そう言えば……遺伝子強化計画の前身がキメラ計画、だったか? 名前から察するに蜘蛛男はキメラ計画によって生み出されたと思われる。つまり、俺より先に計画に組み込まれた被験者だった。その実験段階であったからあのような犯罪者のような……いや、もしかしたら死刑囚とかかもしれないな――それであの人格か)
確かにそう考えれば一応辻褄が合わせられる。
凶悪な犯罪者だったが故に、実験台として用いられ、偶然成功した事例であるものがこの時代に冷凍睡眠から目覚めた。
(俺と同じ遺伝子強化兵は軍人から被験者を募ったと見るが、他にキメラ計画の囚人が世に現れると結構な被害が出る気がする)
そんな状況を「上手く利用できないか?」と考えてみるが、そう都合の良い状況など生まれることはないだろうと頭を振る。
ともあれ、この地下施設を破壊する目処はもう付いている。
俺の目的は果たせたので、この拠点ともこれでお別れだ。
非常に立地の良い場所なので惜しくなるが、引換に得たものも決して小さくはない。
設置した装置を最後に確認し、エルフ達が地下から脱出する。
全員が地上へ上るには時間を要したが、恐らく拠点を眺める俺に配慮でもしてくれたのだろう。
6号さんが最後に出たことを確認すると俺もそれに続き、その場に座ると黙ってお別れの時を待つ。
「始めてください」
6号さんの合図で装置を起動させる術者が精神を集中し始める。
魔力を感じ取ることができる前の俺なら、そんな感想しか抱くことはできなかっただろう。
だが、今の俺にははっきりと両手を合わせた彼らから発せられる魔力を感じることができた。
一言で言うならば濃密――俺が練り上げる魔力が頼りなく思えるほどにぎっちりと圧縮されたものを感じる。
けれども何も起こらない。
「何か失敗したか?」と思ったその時――俺は変化に気が付いた。
それは振動。
そして揺れる大地。
そう、これは……
(地震!? それもでかい! 局地的に大きな地震を再現することで地下を崩壊させる気か!)
もしもこれが大規模で起こせるならば都市攻略など容易となるだろう。
あれらの装置を使い捨てにすることを考えれば、恐らくコストは相応にかかるはずだが……それでもエルフが持つ兵器の一端を垣間見ることができた。
直接的な攻撃能力はないものだが、戦略的に見ればエルフの魔法と合わさればインフラ破壊に大いに役立つ物である。
反面、俺のような強力な個に対しては有効的な手段ではない。
エルフが取れる手段がこれ一つとは思えず、これならば俺が警戒しないと踏んだラインがここなのだろう。
揺れる床にどっしりと腰を据えながら、現在進行形で崩れているであろう地下に眠る者達に黙祷を捧げる。
たとえ犯罪者であったにしろ、彼らも帝国臣民である。
その眠りを祈るくらいは許されるだろう。
やがて地震は収まり、一人が魔法を使って地下の様子を確認すると、無事地下が崩壊したことを報告した。
これで彼らの眠りを妨げるものは最早ない。
俺は立ち上がりリュックを持ち上げる。
布団のような大きなものは持ち運べないので置いていく。
早く次の拠点を見つけなくては、と俺は大きく息を吐いた時、予想外の言葉がかけられた。
「良ければもう一度里に寄っては頂けませんか?」
そう言ったのは言わずもがな6号さんで、周囲のエルフは「えっ?」という驚愕の表情を見せている。
「その荷物……あなたたちだけで運べると?」
彼女が指差す先には戦利品の山――しかも金属の割合が結構高い。
(そう言えば、地下から運び出すのに結構時間かかってたなぁ)
あれはそういうことだったのかと俺は遠い目をする。
更に「一部諦めます」という提案を却下し「折角許可を出してくれたのだから責任もって全部持ち帰るように」と笑顔で止めを刺す。
「往復すればよいのでは?」という俺の意見は「護衛は出しませんよ?」と事実上却下された。
というわけで戦利品の一部を俺が運ぶことと相成った。
その報酬が一食というのだから少々割が合わないが、食いしん坊キャラっぽく誤魔化した前科がある以上、これを断る訳にはいかない。
ほんと抜け目がないわ、このエルフ。




