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(´・ω・`)ようやく復活。まだお腹が本調子ではないが、これくらいなら問題はなし。
はっきり言おう。
遅い――そして暇だ。
「周囲を警戒しながら進む」というこの大森林では至って普通のことが一行の歩みを遅くしているということは言うまでもなく、それが「必要か?」と言われれば実際はそうでもない。
しかしそれはあくまで俺の目線であって、エルフ達からしてみれば「森林の悪夢」などと呼称するまでに至った自分達の天敵が存在した森である。
如何にこの自然豊かな森が有利な地形とは言え、警戒なく進むという選択肢は彼らにはないようだ。
長らく放置されていたが故に、どのようになっているか彼らもわかっていないのが現状らしく、こうして川の向こうへと進出するのは結構な勇気と準備が必要なのだ。
ましてや今回は大きな荷物を背負っており、荷の安全の確保も視野に入れなくてはならず、その分慎重を期することになっている。
そのような事情があってのこの遅さに俺が何か口を挟める訳もなく、いっそ「護衛や警戒を俺に任せろ」と言えれば良かったのだが、彼らにも彼らの仕事がある。
それを不用意に奪えば、後程どのような形で悪影響を及ぼすかはとても予想できるものではない。
彼らには彼らのやり方があり、下手に口を挟むわけにはいかないという事情もあって、俺はこの状況を受け入れる外ないわけである。
いつも通りにのっしのっしと歩く俺は、最後尾であるが故に視線を気にせず魔法の訓練に勤しんでいたのだが、先ほど魔力の減少に因る不調を察知し、こうして回復を待っている状態である。
つまり暇になったのだ。
後ろからそれとなく女性陣のお尻などを眺めてはいるものの、特にラインが見えるような衣装ではなく、有体に言えば動きやすさを重視した色気のない服装である。
見るものもなく、エルフ達の速度に合わせてゆっくりと進むことに飽きてしまった俺はその後ろ姿を見ながら考える。
(エルフって森が得意なイメージだったからこう木から木へと飛び移って移動するってイメージあったけど、普通に地面歩いているからちょっとガッカリだな。このペースだと今日中には到着するだろうけど、暗くなってそうだし……)
そもそもほとんどこの森の主みたいな存在である俺がいるのに警戒とか必要なのか、という疑問がある。
それ以前にこの周囲のモンスターは粗方俺が排除してしまっているので、もっと大胆に動いても問題はない。
なおモンスターの排除理由は言わずもがな、俺の監視任務の妨げになる可能性があったから、である。
その辺りを掘り下げられても困るので何も言わずに黙って付いて行く。
「退屈だなぁ」とぼんやりしながらぼけーっと飛んでる蝶を目で追っていたら、それを偶然振り返っていた女性エルフが変な顔で見ていた。
俺が気づくと同時にさっと視線を逸らして前に向き直った。
「さてはギャップにやられたな?」と心の中でニヤリと笑う。
そんな馬鹿なことを考えてしまうくらいには退屈な道中、ようやく魔力が回復するくらいには時間が経過し、再び歩きながらの訓練を再開。
これを繰り返しながら昼は保存食を食べながら歩き、一度休憩を挟んで再び目的地へと向かい真っ直ぐ進む。
森が深くなり、日が暮れる前から薄暗くなるところまで来たところで誰かが呟く。
「……まさかとは思いますが、アルゴスがいるので近寄ってくるモンスターはいないのでは?」
「今頃気づいたか」という言葉を飲み込み、周りの反応を確認。
どうやらモンスターと一切遭遇しないことを疑問に思っていたらしく、斥候や護衛役が何かしらやり取りしていた模様。
全く気付かなかったことからハンドサインなどを用いてのやり取りと予想されるが、それすらわからなかったのだからエルフの連携というのはそれだけ侮れないということである。
しばし立ち止まっての魔法の訓練となったが、聞こえてきた会話内容から「周囲に敵影なし」ということがわかった。
どうやらここから速度を上げていくことにしたらしく、先ほどまでの倍に近い速度で進むことになる。
おかげで日が暮れる頃には拠点を目視できる距離まで近づいた。
そんな訳で晩飯を確保すべく、俺は単独行動へと移る旨を6号さんに伝える。
指先に灯した火を明かりにしてメモを見せ、サッと森の中へ姿を消し、一行が拠点に到達して間もなく俺は一匹の鹿を手に帰宅。
血抜きと解体を任せて俺は拠点の地下へと降りると、必要な物をかき集める。
(短い間だったが、良い拠点だった)
少しばかりの感傷を胸に、必要と思われる本をまとめ……ようとした手が止まる。
俺が集めたエロ本をどうするかで迷ってしまったのだ。
しかしあれらは街へ行けばまた手に入るものである。
ならば今は本よりも重要なものがある。
空になった香辛料の入れ物を眺めつつ、塩やタオルのような日用品をリュックに詰め込む。
この際なのでクーラーボックスも活用。
戦利品である武器と盾も忘れずに持って行こうとするが、生憎とこればかりは手に持って運ぶしかない。
一先ずはこれだけ持って上に上がることにした俺は、サーベルと盾を持ちながらスコップと鉄板が左右に引っ掛けられた大きなリュックを背負い、両肩から大きさの違うクーラーボックスをかけた意味不明な恰好となった。
勿論この姿を見たエルフ達は一同がぎょっとする。
理由は俺が手にする剣と盾、だ。
ちなみにサーベルの持ち手は俺には少し小さかったので、未使用の布をぐるぐると巻いて程よくフィットするようにしており、盾の持ち手も同様の処置を施している。
「武器を、使うのか?」という誰かの呟きを無視して荷物を下ろし、夕食にはまだ少し時間がかかることを臭いで判断した俺は、鉄板だけ渡して再び地下へと戻る。
次に持って行くものは布団である。
何せ俺の巨体を受け止めるべく大量に重ねており、正直これのために街を再び往復するという手間はできるなら避けたい。
次の拠点の位置にも因るが、ここは距離的にはかなり理想的な場所なのだ。
できればここからそう遠くない場所に次の拠点を持ちたい俺としては、ここでベッドとなる素材を埋めるのは避けて当然とも言える。
そんな訳で二度ほど往復して布団を全て地上へと持ち運んだ俺は、鉄板で焼かれる肉の臭いに引き寄せられ調理中の女性の後ろに立つ。
「ひっ」という声が聞こえたので怯えさせてしまったようだが、俺はしっかりと見るべきものを見て地上部分にある調理場へと移動。
食器などを持って戻ってくると、その姿を見たエルフから「何でそんなもんがあるんだよ」という声が漏れた。
確かにモンスターの拠点に行ったらお客様の分の食器とか出てきたらそういう反応もあるだろう。
6号さんですら呆れ顔になっている。
そんな訳で焼けた肉を各々が口に運ぶ中、一匹だけ小皿に盛った塩に付けて食うという明らかに異質な状況。
「おかしいだろ、それ!」
ついに耐えきれなくなった一人が声を上げる。
「塩が欲しいのか?」と小皿に盛った肉汁つきの塩を差し出すと男はがっくりと床に膝と両手を付く。
どうやら俺が使ったものは遠慮したいそうなので、リュックから先ほど入れた塩の入った容器を取り出しそっと置く。
俺の好意に対し「違う、そうじゃない」と呟く男を無視して焼かれた肉に塩を付けて口へと運ぶ。
提供された保存食との相性はそれほどではないが、品目が多いというのは良いことである。
ともあれ、夕食を終えた俺は鉄板を洗う場所を肉を焼いていた女性エルフに道具を渡して指し示す。
このアルゴス、お客様とて容赦はしない。
食器も勿論洗ってもらうので丁度そこにいた男に「ガッガ」と指で指示。
これで大丈夫だ、と満足したところで6号さんが声をかけてくる。
「地下の入口手前にテントを張りますが良いですか?」
どうやらついてすぐに作業を行うのではなく、明日の朝から開始するようだ。
確かにエルフと言えど休息は必要だし、魔法があるからと言えど暗い中での作業は効率が良いとは言えないだろう。
だったら今日布団まで持って上がる必要はなかったな、と少し急ぎ過ぎたことを反省しつつ、6号さんに設営の許可を与える。
俺はと言うと「それならば」と再び布団を地下へと持ち運ぶとしよう。
流石にこの巨体と一緒に寝るのはエルフの皆様の心臓に悪かろう。
その分警戒の必要はないだろうが、地下と地上を交代しても「退路がない」という状態よりかは幾分マシのようだ。
という訳で地下と地上を往復して布団を運び終えたところで、俺を待っていた6号さんが質問をしてきた。
「あなたは武器を使うのですか?」
彼女が指差す方向にあったのは俺がエンペラーから奪った巨大なサーベルと長方形の盾。
残念ながら手に入れたもののまだ一度も使っていない。
なので「使わない」と返答することもできるが、流石に現物があるのでそれは無理がある。
よってここは「練習中」とだけ書かれた紙を見せる。
「では、あれを一体何処で、どうやって手に入れたのですか?」
この追及には少し困った。
言われてみればあんなもの何処でどうやって作られたのか疑問に思わない方がおかしい。
明らかに人間が使うようには想定されていないサイズの武具である。
若干粗末な印象を受ける単純な作り故、あれらを「俺が作った」と考えるのも無理はない。
流石にそのような技術は俺にはなく、またそう思われるのも問題がある。
文明人っぽく気取っているように思われているのは承知しているが、技術があると思われては後々面倒なことになりかねない。
そもそも物を作る技術など今の俺の器用さでは無理がある。
だから俺は最も無難であり、かつ真実である「戦利品」と教えた。
「つまり、あれを扱うモンスターと戦い、それを奪った、と?」
確かにあのサイズの武器を扱うのはモンスターだろうし、戦利品と答えた以上そう考えるのは自然だ。
つまりあの武器を作ったモンスターと戦い、それを俺が奪ったということでもある。
あ、これ返答ミスったかもしれないな。




