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(´・ω・`)急な原因不明の腹痛でも一発で治す正露丸。信者がいるのも頷ける。
狩ってきた獲物を引き渡し、俺は再び魔法の練習を開始する。
魔力というものは時間経過で勝手に回復するものであり、その速度は鍛えることで多少ではあるが向上するそうだ。
魔力の総量は幾ら鍛えたところで微々たる変化しか確認されておらず、元に戻ろうとする法則故に、訓練はするだけ無駄になる公算が高い。
100を101にするために少なくない努力をしても、継続を怠れば三日で戻ると教えられた時はやる気が失せた。
ちなみに10年続けた努力が三日で消えた記録もあるらしく、今では誰も訓練しないのだそうだ。
これはどの種族も同じで、それ故に魔力量の乏しい人間は魔術師を「才能のある者だけがなれる」と重宝しているわけである。
以上の理由から俺が魔法を運用する場合、取れる選択肢の幅が非常に狭く、日常的に生活に役立たせる程度か、戦闘において隙を作るために意表を突く一発かのほぼ二択となっている。
なのでその一発のための一芸をものにしようと早速練習に励んでいる、という訳だ。
(まずは俺の頭の中にあるものを形にする。効率化はその後だ)
目標がはっきりしている故に努力という過程を楽しめる。
また講師が最上級とあっては才能がなくとも伸びるものはあるのだから捗るのは当然だ。
そんな訳で夕飯までしっかりと休み休み訓練した結果を披露。
「何となくそうではないかと思っていましたが……見た目と違って器用ですね」
披露した一撃を見た6号さんがそんな感想を漏らした。
俺がやったことは魔法を使って「火を噴く」ことだった。
と言ってもドラゴンのブレスのようなものではなく、火の息をボッと吐いた程度のものである。
ちなみにこれ一回で大体総量の半分くらいの魔力を持っていかれる。
効率化が必須であることは言うまでもなく、次のステージへの移行が望まれる。
他にも「尻尾の先に火を灯す」など最早場所を問わず魔法を発動させることが可能となった。
問題は時間がまだまだかかるということだ。
火を噴くなら待機時間が凡そ20秒。
尻尾で魔法を使うなら10秒だ。
これでも大分早くなっているのだが、実戦で使用するには程遠いと言わざるを得ない。
少なくとも即座に発動させることができなければお話にならない。
その域に到達するにはどれくらい時間がかかるのやら、と息を吐いて呼吸を整え魔力の回復に努める。
魔力は使っていない状態が最も回復効率が良い。
なので干渉していない自然の状態へ移行すれば、魔力の総量が少ない俺なら一時間とかからず全回復する。
魔力欠乏に因る不調は、個人差はあれど基本的に一定の割合を下回った際に起こるものなので、その確認も兼ねて実際に経験をしてみるなど実に有意義な時間を過ごさせてもらった。
余談だが――俺の場合、魔力欠乏の症状が出るのは大体総量の一割を切った辺りからなのだが、エルフだと5%くらいが目安とされている。
人間も似たようなものらしく「図体の大きさが関係しているのではないか?」という推測の言葉を頂いた。
そんな感じで日が暮れて、お待ちかねのディナータイム。
運ばれてきた豪勢な夕食に思わず「おおっ」と身を乗り出す。
丁度休憩を必要としていたので実にタイミングが良い。
続々と運ばれてくる料理は十分な量があり、見た目から質も期待させられる。
「本当に良いのか?」と指を差して確認したところ、6号さんが「望まぬ戦いを押し付けてしまいましたから」と申し訳なさそうに言う。
これがファイトマネー代わりかと思えば少し思うところはあるが、魔法の習得と修練には思った以上に懇切丁寧にしてもらっている。
ならばここはこの食事の出来で決めるとしよう。
(帝国料理に慣らされたこの舌――果たしてエルフに唸らせることができるかな?)
まずは大ぶりの鹿肉のソテーを調理器具を食器に見立て、器用に切り分け口に運ぶ。
なおナイフの代わりは包丁で、フォークの代わりが多分BBQなんかに使う道具と思われる二又の長い串である。
咀嚼する毎に口の中に広がる肉の旨味――焼き加減も上々で、ソースもまた僅かな酸味が全体の味を奇麗にまとめており、これを表現するならば「絶妙」である。
脂分の少ない部位を用いているからこそのこの僅かな酸味。
少しでも強すぎればバランスを損ねてしまうであろうにもかかわらずギリギリを攻めている。
ゆっくりと肉を飲み込み星空を見上げる。
「美味い」というその一言を口に出さずにただ頷く。
言葉は不要――ただ行動を以てその評価を示すのみ。
人間のように食器を用いて上品に食べ始めた俺を見て、ディナーを運んできたエルフの女性が「ええ……」と困惑した声を漏らす。
「それも帝国の本から学んだのですか?」
呆れる6号さんに「密かに練習してた」と書いたメモを見せる。
ついでに「反応を見て楽しんでいる」と如何にも知的生命体らしい理由付けを行うと何とも言えない顔をされた。
「人間かぶれ、か?」と誰かがぼそりと呟くのを耳にしたが、特に反応することもなく料理を楽しむ。
量も十分にある。
心行くまで人間らしい食事を楽しむなど何時振りか?
凡そコース料理5人前と考えれば結構な額だが、不足分はこの感傷で補っておいてやるとしよう。
モンスターの食事シーンなど見続ける趣味はないのだろう、一人、また一人と自分の仕事や食事へと戻っていく。
そんな中、残った一人が俺に声をかける。
「お味は如何ですか?」
言うまでもなく6号さん。
俺はただ一言「美味い」とだけ書いた紙を見せ、食事を静かに楽しむ。
「あなたは何故人の真似事をするのですか?」
千切ったパンを口に入れ、咀嚼を止めて紙とペンを手に取る。
「作法を間違えたか?」
当然そのようなことを聞いているわけではないだろうが、ちょっと理由を考えたいので時間稼ぎ。
「そういう意味ではありません。モンスターであるあなたが、何故人の真似をして食事をするのかが私にはわからないから聞いています」
真面目に返答していないことがバレたのか、少し不機嫌気味の声で問い質される。
時間稼ぎの甲斐あって、理由を思いつけたので長文を頑張って素早く書く。
「書物によれば『文化とはその地に根付いたものであり、その地を訪れるのであれば、その地の風習に従え』とある。その理由として土地に根付いた風習には何らかの根拠があり、それを怠ることで体調を崩す、病に罹るなど命に係わるケースもあると書いていた」
小さなメモ用紙に大きな文字ではここまでが限界。
メモを彼女に見せつつ次を書く。
「勿論それが『人間の場合』という前提で書かれていることは理解している。だが、私にも当てはまるケースがないとは言い切れない。言ってしまえば、人の残した知識を利用して身の安全を確保しているだけだ」
忘れそうになるが6号さんはかの「自然調和委員会」に所属している。
なのであまり彼女の意思に沿うような発言は慎まなければ、色んなことに巻き込まれる危険がある。
「距離は適度に保つ」という初心を忘れてはいけない。
「それに、こういう姿を見せると面白い反応する者が多い。以前傭兵団の前で肉を焼いて食った時の反応が面白くてな。それでこういったものも覚えてみた、という次第だ。つまり半分くらいは趣味だ」
真面目っぽい話をしつつ、このようにぶっちゃけたところ6号さんから「呆れた」と言わんばかりの表情と視線を頂いた。
「……取り敢えず、理解はしました」
理解はしたが、納得はし切れていない様子が見て取れる6号さんを横目に食事を再開。
満足そうに「ぐあぐあ」と小さく頷きながら鳴く。
今更だが、鳴き声のパターンとか作っておいた方が良かったかもしれない。
去り行く6号さんのおし……背中を見送り、手にしたスープのお椀に口を付ける。
流石に匙の代わりとなるお玉は持ってきていないのでこれは直飲みとなる。
少しばかり考えさせられることとなったが、今は食事を楽しむことを優先する。
そして明日には明日の楽しみも待っている。
「今日は眠れそうにないな」と遠足が楽しみで興奮して眠れない子供心を思い出す。
とは言え、前日は眠っていないので今日は寝ておいた方が良いだろう。




