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(´・ω・`)確認押し忘れてた。
結局、俺はこの老人に付き合わざるを得なくなった。
何故か?
答えは簡単――6号さんが折れたからだ。
「俺の意思は?」と聞きたかったのだが、どうもエルフという括りの上で拒否できない案件に持ち込まれたらしく、6号さんが頭を下げていた。
「剣を振って350年くらいになるかー? いつの間にか『剣聖』なんて呼ばれたりするようになってなー。あの頃はマジでモテた」
指定された空き地まで歩きながら爺は語る。
正直老人の昔話には興味はないのだが、350年以上生きているともなれば、帝国との戦争にも参加しているはずだ。
その頃の話ならば聞く価値はあるだろうと思っていた。
「両手に花、というより花束だった。あの頃は良かった。胸を揉んでも尻を撫でてもキャーキャー言うだけで平手打ちが飛んでこん。そりゃあ最高の環境だった」
だが待てども待てども聞こえてくるのは爺の自慢話ばかり。
しかもエロ方面がメインなので聞いてて羨ましい……いや、けしからん。
「でもなぁ、結局はこいつ頼りから進歩できなかった……いや、辿り着いた結論がそうだったと言うべきだな。俺が幾ら剣を振ろうが、こいつの力に頼る方が遥かに強くなれることを理解しちまったんだ」
それでも我慢して聞き続けていたら今度は苦労話にチェンジする。
「帝国関係の話はまだか?」という俺の期待はほったらかしにして、目的の空き地らしい場所に近づいてきた。
ポンポンと鞘に入れたやばそうな剣を叩きつつ、爺さんがこちらに振り返る。
「んで、こいつが通じない異物が現れた。『悪夢』だ」
「それで? それが何か教えてくれるのか?」
荷物を持って移動しているので、歩きながらメモ帳に字を書きそれを見せる。
少々字が歪んだせいか少し時間がかかったが、爺は嬉しそうに質問に答える。
「おう、これはな『精霊剣』ってやつだ。他所の国じゃ『聖剣』などと呼ばれたりするが……こっちが本家。今じゃ宗教家共の道具になっちまって見るも無残な扱いだが……ワシが振るうのは一味違うぞ?」
ただの魔剣ではないと思っていたが、どうやら完全に別物のようだ。
しかし精霊剣などという単語は見たことも聞いたこともない。
聖剣に関しては耳にしたことはあるが、人の手に渡った物が時代とともに扱いが変わったということだろう。
問題はその力については全く知識がないことだ。
魔法関連の代物であることは間違いない。
正直に言うとこの異常な圧力を感じさせる剣に対して警戒を隠すことができなくなっている。
「で、だ。こいつがお前さんに通じるかを確かめておかなきゃならんわけだ。ワシもエルフの守護者とか尊ばれる身じゃし? やっとかんと色々不味いわけ」
道理は理解した。
それに巻き込まれる身としてはたまったものではないが、このご老人は正しく義務を全うしようとしている。
一帝国軍人として義務を持ち出されてしまっては無下にするのも気が引ける。
6号さんが折れざるを得なかった理由にも納得がいったので、ここはもう一つ貸しを作っておくことができると思っておく。
「さて、ここらで良いな?」
ご老人がこちらに振り返ると同時に鞘から精霊剣を抜き放つと鞘を投げ捨てた。
俺は荷物を下ろして6号さんの隣に置くと、そのまま前に出て距離を詰める。
(うわー……これちょっと早まったかもなぁ……)
俺が近づくと精霊剣が光り始める。
小さな光球が所有者の周りを漂い始め、眩い爺が現れた。
それの何が問題かと言うと、先ほどから感じている圧力が増したのだ。
「では行くぞ?」
対エンペラークラスを想定しておいた方がいいかもしれない、と身構えたその瞬間――老人の姿が消えた。
それが高速移動に因るものであることは即座にわかったが、一瞬の隙を見逃さずに放たれた斬撃は的確にこちらの首を狙っていた。
構えたことで頭部の位置が下がったことで、下からの一撃が届くようになっていた。
そこを狙われたわけだが、高速移動の制動を足で行った際の音で位置を把握した俺は、ギリギリその一撃を回避する。
勿論ただ回避しただけでは終わらせない。
思い切り後ろに仰け反り、それと同時に後方へとバク宙しつつ尻尾による攻撃を行う。
腕が上がりきった爺の横っ腹にぶち込んでやったは良いのだが、直撃したはずの一撃はまるで羽毛布団を叩いたかのような奇妙な感触だった。
(魔法で防御したか!)
咄嗟にはそれくらいしか思いつかないが、恐らく間違いではないだろう。
地に足をつけた俺に再び迫る精霊剣。
どうやら空中制御はお手の物らしく、目の前に迫る剣を拳でいなし、カウンターを入れようとして――魔法をぶち込まれた。
振りぬいた剣から片手を放し、カウンターの一撃が決まる前に風圧が俺の顔面を直撃。
大きく仰け反ったことで俺の腕が空を切り、そこに精霊剣が襲い掛かる。
しかし俺もこの反動を利用させてもらい、仰け反るがままに体を任せ、剣を振る老人に蹴りをぶち込む。
そしてまたしてもぼふっとした感触。
中々に厄介な防御魔法だが、流石に蹴りの威力を殺し切ることはできなかったのか、シュバード老は大きく左側へと飛ばされている。
だが、ただで吹き飛ばされたわけではなく、俺の右腕には薄っすらと赤い線が刻まれ血が流れている。
折角なので一度やってみたかったことを一つ。
俺は「ガァッ!」と口だけの気合と共に右腕に力を籠める。
凄まじい治癒能力を用いて筋肉で血を止めたかのように見せかけつつ、親指で拭った血を舐める。
斬りつけられた腕からは既に出血はなく、俺は「かかってこい」と言わんばかりに指を動かし挑発――した時には既に爺さんはこっちに突っ込んでいた。
「ええい、空気の読めない奴め!」と心の中で罵声を浴びせつつ、俺の間合いに飛び込んできた爺に一撃を入れ――たつもりだったのが、手が触れた直後にその姿が掻き消えた。
(残像か!?)
勿論ただの魔法です。
しかし視覚は誤魔化せても、聴覚と嗅覚までは誤魔化せない。
幻影もしくは光の屈折辺りを利用しての接近は見事だが、そちらの位置は把握している。
わざわざ相手の間合いで戦ってやるほど俺はお人好しではないので、爺を正面に捉えつつ一歩引いて笑ったところに鼻先で爆発が起こった。
言い換えると鼻っ面に爆発系の魔法を叩き込まれた。
爆発音が聴覚による索敵を阻害し、一瞬だが視界と嗅覚を炎で奪われる。
その一瞬で距離を詰め、炎の中から精霊剣が姿を現す。
(そう来るのはわかっていた)
何せ精霊剣は圧が凄い。
慣れてくれば嫌でも何処から来ているかわかってしまうのだ。
だからこそ、俺は正確にその位置を把握し、炎の先にあるその腕を掴んで終わらせようとした。
だが再び爆発。
強引な軌道修正で掴み損ね手が空気を握る。
体勢を崩しながらも地に足を付けたシュバード老が剣を下げた。
「止めじゃ、止め」
そう言って手を振ると老人は投げ捨てた鞘を拾いに行く。
随分と引き際が良いことに俺は怪しんだが、爺さんは鞘を拾うと「やるべきことはやった」と剣を収めて去って行く。
ちょっとその気になり出していたので不完全燃焼だが、エルフの最大戦力の実力は大体ではあるが把握できた。
(脅威度はエンペラー未満。精霊剣は脅威であることには違いないが、当たらなければどうということはない。何より使い手があの老体……やり手ではあるが、年齢が完全に足を引っ張っている)
あのまま続けていれば間違いなく体力面での底が見えた。
それを警戒してのことだろうが、やはり老獪とでも言っておくべきか?
実力を完全に見抜くことはできなかったが、それはお互い様である。
俺は一度として自分から攻めることはなかった。
これではこちらの戦闘能力を測ることはできまい。
(しかし精霊剣か……)
俺の体に傷をつけるどころか、下手したらぶった切ることができる可能性を秘めた武器。
もしかしたらニュースで見た「切断された戦車」の原因だったかもしれない。
駆け付けた6号さんが俺の傷を見てくれるが、既に傷跡はなく炎に因る火傷もありはしない。
「中々楽しめた」とだけ紙に書き、それを見せると彼女の後ろに控えていた男衆から乾いた笑いがこぼれた。
実際、命の危険があったにもかかわらず割と楽しかった。
この体に順応してきたことを意味しているようで少々怖いが、今はこの借りをどのように清算してもらうかを考えよう。
(´・ω・`)次回は爺視点。「悪夢」に勝てなかった理由などが出てきます。




