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(´・ω・`)暑さがマシになってくるとうちの毛玉が膝の上にやってくる。まだ暑いんや、勘弁してくれ。
「動き回らないでもらえると助かるのだが?」
立ち上がった直後、俺を見張っていたエルフの声が聞こえてきた。
どうやらここでじっとしていて欲しいようだが、俺の欲求を止めるには無意味なものだ。
とはいえ、こちらの行動が空振りに終わるのもよろしくない。
なので俺は一度腰を落とすと気合とスケベ根性を全開にし、全ての感覚器官を以てして6号さんの所在を確認する。
しばしの集中の結果、6号さんはまだ屋敷の中にいるという結論を下し、今しばらくこの場で待つことにする。
ますます以って人間離れしてきたと思うが、既にこの身はモンスターなので今更である。
ちなみに彼女の存在を確認できたのはあのダメおっぱいが情けない声で6号さんの名前を呼んでいたからだ。
「お願いします、ルシェル様! それだけはご勘弁を!」という縋り付くような声を出していた状況から察するに、また何かやらかしたと推測する。
まだ時間ではないなら慌てる必要はない。
どっしりと構えて再び入門書を手に取る。
そもそもある程度の知識は俺が支配の魔法で操られているフリをしている時に頭に叩き込んでいる。
問題はその知識の中に基礎的な部分がきちんと網羅されていたかどうかが不明だったことだ。
そして今回この「魔法初心者のための手引書」を読むことで基礎知識はしっかりと手に入れたと思われる。
それでも魔法が使える気配どころか、そのために必要な「魔力への干渉」とやらの取っ掛かりすら掴めないという有様で、更にその前段階である「魔力を感じ取る」ということにすら躓いている。
最早誰かに手伝ってもらうしかない、というくらいには独力での魔法使用が無理難題に思えており、やることがないので仕方なく入門書を読み返すことにする。
念のために屋敷の中の気配を気にしつつ、本のページを捲るがあまり頭に入ってこない。
それもそのはず、先ほどからどうも向こうが慌ただしい。
聞こえてくる声から察するにどうやら「誰かが来る」的な言葉がこの原因と思われる。
(なるほど。俺がここにいることで里のお偉いさんが出てきた、というわけだ)
こうなるとここの代表と推定される6号さんが対処に出る外なく、子供達と川へ行くということもできないと見るべきだろう。
後はそのお偉いさんが俺のところに来るか来ないか、だが……間違いなく来ることは聞こえてくる声でわかった。
「ああ、面倒くさ」と一つ大きな欠伸をし、気乗りしない訪問者を出迎えるべく相応しいポーズを取る。
つまり「真面目に読書に励んでいますよ」的な感じだ。
(この知性溢れる様を見るがいい。難癖を付けに来たのだろうが……この俺にはそのような浅はかなマネは通用しないことを知れ)
でも読んでいるのは子供向けの入門書。
昨日の中級書っぽいのであればまだ恰好はついたのだが、昨日の本は全て返却済みであるのでこれしかないのだ。
とまあ、そんな感じに待ち構えていたわけなのだが……こちらに向かっているのはわかるのだが、酷く遅い。
また、その周囲から聞こえてくる声から判断するに、どうやら俺に会いに来たのは結構な高齢者のようだ。
(これは、あれだ。所謂長老とかそんな感じの大物のご登場だな)
そんな予想をしたところで厄介事の臭いが辺りに充満してくるが、今更逃げるわけにもいかない。
何より「魔法の使用」という魅力的なものがあるのだから、それ以上のリスクでもない限りは退く訳がない。
そうして待つことしばし――庭に繋がる屋敷の廊下に姿を現した老人と、それに付き添う6号さんに女中と思しきエルフ二名を前に、俺はゆっくりと本を閉じて顔を上げる。
そこにいたのは予想よりかは若く見える長い白髪の老人。
しかしその手には刃渡り1mはある長剣を収めた鞘が握られている。
「こやつか」
顎でこちらを指した老人の言葉に6号さんが静かに頷く。
気迫、とでも言うべきか?
この俺を以てしても感じる圧がこの老人から発せられている。
(気のせいではないな。この老人、只者ではない。この感じは……同類? それほどの強者だとでも言うのか?)
俺は老人の挙動一つを見逃さないよう注視しつつ、彼がこちらに来るのを待つ。
老人はそんな俺を見て鼻を鳴らすと、庭へと踏み入り――盛大に段差を踏み外してこけた。
「ぐぅほぉ! アイタタタタ……腰が、腰がまた……!」
呆然とする俺を前に女中の二人が老人に駆け寄る。
そして両脇に付いた女中の助けを借りて起き上がろうとするが、俺ははっきりとその時の奴の顔を見てしまった。
角度的にすぐ傍にいる女中や、後ろにいる6号さんから見えなくとも、距離がある俺からはその横顔がしっかりと見えたのだ。
(……こいつ)
老人の両手はしっかりと女中のお尻を掴んでいた。
それどころか揉んでいたのだ。
助けを借りるどさくさに紛れて二人の尻をそれはもうしっかりと揉んでいた。
あのだらしないにやけ顔を見ればわかる――絶対にワザとだ。
明らかに故意であるセクハラムーブ。
そして掴んだ尻を撫でるようにずらし、二人の腰に手を回してゆっくりと立ち上がる老人。
(まさか……見せつけているのか!?)
周囲の反応からそれを許容されているという事実が更なる衝撃を俺に与える。
つまりこのスケベ爺は堂々とセクハラが許される地位にあるということだ。
「油断はできない」と俺は気を引き締める。
まさかそちらの意味での同類だとは一体誰が予想できようか?
被害が6号さんではなかったことが幸いだが、二人に任せていたのはエロ爺を警戒してのことだとするなら、流石と言うしかない。
「ふう、すまんの。少しばかり気を入れすぎたわ」
かっか、と笑い落ちた剣を女中から受け取りこちらに歩み寄る老人。
あの状態からならば、もう一段踏み込んで二人の胸に手を伸ばすと思っていたのだが、それをしなかったということは――このエロ爺、尻派である。
そして俺は言わずもがな、乳派だ。
尻も勿論大好物ではあるが、俺の天秤は明らかに傾いており、この爺と分かり合うことはないだろう。
さて、このスケベ爺が一体俺に何用かと身構えていたのが少々馬鹿らしくなる一幕だったが、だからと言って相手を侮るような真似はしない。
何故ならば、先ほどからどうも嫌な予感というのが消えないのだ。
(それもこれも……)
爺が持った剣に視線が吸い込まれる。
見た目は鞘が豪奢な少し長めのロングソード。
しかし、嫌でもわかる。
アレは危険な代物だ。
あの剣が視界に入ってからというもの、どういう訳か気になって仕方がないのだ。
老人がこちらに一歩踏み込むごとに警戒度が否応なしに増す。
今は鞘を持っているが、もう片方の手が柄に伸びた場合、俺は動かずにいられる自信が正直ない。
肌にピリピリとする空気が張り付くのを感じ、手で「これ以上近寄るな」と静止を呼びかける。
「ほう……獣よりかはマシか、ちゃんと気づきよる」
そう言って笑う爺が立ち止まり、鞘を地面に突き立てるとその柄を握った。
それを見た俺は手にした本を投げ捨て戦闘態勢へと移行する。
「シュバード翁! そのようなことを認めた覚えはありません!」
6号さんが声を上げるが、シュバードと呼ばれた老人は知ったことかと鞘から抜かれた剣を構える。
抜き身となった剣を見て思う。
(俺の予感は正しかったな。っていうか何アレ? 見ているだけで不安になるってレベルの嫌な感じがビンビンする)
恐らくこの爺さんは相当な手練れだ。
そこで俺はあることに気が付いた。
(あれ? シュバードって確か……)
聞いたことがある。
そしてそれは確か――そう、拠点にダメおっぱいを持ち帰った際、エルフの内情を聞き出そうとして出てきた唯一の戦士の名前。
あのダメおっぱいですら知ってるレベルの最強のエルフが目の前にいる。
「一応名乗っとくぞ、モンスター。ワシは『シュバード・コーナー』だ。ちょっと『悪夢』を斬り損ねてな。腕が鈍っとるんじゃないかと悩んでおる。そこでワシの獲物を食いよったお主をちょっと斬ってみたくなった。そこまで付き合わんか?」
空いた手で森を指した爺が口だけで笑った。




